2014-06-30
日本酒のバーへ
この山口県岩国の酒蔵は都内の京橋にバーを持っているらしい。そこで、夕方4時開店の一番客として訪ねてみた。
ここで扱っている銘柄はすべて獺祭だが、原料米(山田錦)の磨き度合いによって5割、3割9分、2割3分、さらにもっと磨いたものとスパークリングがある。
獺祭という日本酒はすっきりしていて、たいへん飲みやすい。これなら和食はもちろん、白ワインが合う料理ならどのような料理にも合わせることができる。
まずは5〜10銘柄の日本酒を選び、それらを先兵に「日本酒」を世界に拡げ売っていくことを考えてみてはどうか。いまこそ、日本酒のマーケティングが求められている。
2014-06-29
しっぽ村のコテツ
清川しっぽ村へ出かけた。お陰様で、先日紹介した真っ黒なワンコ(サスケ)の里親が決まりました!
https://tatsukimura.blogspot.com/2014/06/blog-post_6158.html
こうした場合のネットの拡散力のおかげかなと驚いてます。今日は、3 週間ほど前にそのサスケと一緒に草むらで雨に打たれていたところを保護されたコテツ(と呼ばれている牡犬)と散歩。彼は、サスケとはおそらく兄弟犬だと思う。
2014-06-28
「ここには何もない、があります」
彼は5年前に社長公募に応募して、ローカル線の経営者になった。いすみ鉄道は、駅数14、路線長26.8キロ、日本の典型的なローカル線である。沿線には全国的に有名な名所旧跡があるわけではない。内陸部を走るので、太平洋の風景が眺められるわけではない。
けれど、そこにはのどかな日本の里山の風景がいまも残っている。それを無理をせずに、分かってくれる人たちにだけ訴えかけている。
「ここにはなにもありません」というポスターを駅や電車に貼ったらしい。以前、都会から来た観光客が駅で「せっかく来たのに、ここには何もないじゃないか」と怒っているのを目にしたという。すみませんと頭を下げているのは、ボランティアで鉄道を支援してくれている地元の方々だった。
それを見て、これじゃあいけないと思ったのがきっかけだったとか。地元の方が、地元のあるがままの姿を観光客に否定されたり、なじられたりすることの間違いを起こしてはいけないと思われたのだろう。
そこで、彼が考えたのが、「ここには何もない、があります」という逆転のポジショニングである。すばらしい!
9割の人が無視しても、1割の人が興味を持ってくれればいい、そしてそのまた1割が年に1度来てくれればいいと。自分たちの身の丈を知っているのである。「いすみ鉄道なんて、たいした鉄道ではありませんから」と、はばかることなく公言する。しかし、それがファンを引きつけ、長くじっくりと愛される秘訣。戦略的なのである。
事実を曲げたり、あるいは針小棒大に語って集客に成功しても、そんなものはすぐにばれるものです。一時でも客さえ集まればいい、というのはよい経営ではないことを鳥塚さんはよく分かっている。
彼が以前つとめていた航空会社(ブリティッシュ・エアウェイズ)は、僕の昔の職場でもある。彼は成田空港で運行部長として、僕は都内でマーケティングの仕事をしていたのだけど、番組の打合せ時には共通の知り合いの話で大いに盛り上がった。
今回、番組に先だってBA時代の友人に連絡を取ろうとして分かったのは、以前、東京で行っていた日本路線のマーケティングはいまはロンドン・ベースで行われるようになり、日比谷にあった予約センターは香港に移ったということ。日本国内の高い人件費や共同運航便を飛ばす他の航空会社(日本航空)との関係からの判断のようだ。
LCCに代表される価格の安い航空会社の台頭に、伝統的な航空会社は対応に苦慮していることがうかがえる。構造的な問題であり、今後も変化がつづくのだろう。
今日の挿入曲は、ドゥービー・ブラザーズのロングトレイン・ラニング。トム・ジョンストンが作詞作曲した曲で、彼らのサード・アルバムに収められている。
2014-06-14
清川しっぽ村
今日は午後から神奈川県愛甲郡にある「清川しっぽ村」を訪ねた。
清川しっぽ村というのは、東日本大震災等によって飼い主を失った犬と猫をあずかり、里親を探しつつ面倒を見ている一般社団法人だ。http://ameblo.jp/ananan223/entry-11826656617.html
場所は、東名の厚木ICから30分くらいの自然豊かな山ふところにある。いま住んでいる町の最寄り駅でボランティアの人がときおり募金活動をしていて、彼らと話を何度かするうちに一度現地で詳しい話を聞きたくなって出かけた。
途中、高速の事故渋滞につかまり、予定より1時間ほど遅れて現地に。スタッフの方たちは夕方の犬の散歩の準備で大忙し。ここに現在、身請けもとのない犬が13匹、猫が21匹保護されている。
それならばと、僕も一匹お手伝いがてら散歩に連れていかせてもらった。どの位のコース(時間)をいつも行っているのか尋ねたら、施設の裏にある山につながる路を上り30分、下り20分ほど歩いてきて欲しいとのこと。なかなか本格的である。結局、1時間ほどサスケという名の黒いわんこと散歩をして一汗かいた。
| 散歩途中のサスケ |
犬の朝夕の散歩はもちろんだが、ここでは犬と猫の健康にとても気遣った世話がなされている。餌や水の食器を洗う時は、食器用洗剤できちんと洗ったのち、消毒液につけ、そして乾燥機で乾燥させていた。間違いなく、我が家の食器より清潔である。
食事の量は、一匹ずつ体重に合わせて計量された食事が与えられている。夕方の散歩後、どの犬もご飯を待ちかね、それぞれのところに餌を運んでやるとあっという間にペロリと平らげる。もっとたくさんやればとも思ったが、犬も人間同様にむだに肥満になるのは病気のもとだから。
犬小屋や犬舎などは、とても清潔に保たれている。病気になってから獣医にかかり治療してもらうのではなく、そもそも病気にかからないようにとの対応が施されていた。
| 福島で保護された牝犬のマロン |
犬たちは天気の良い昼間は庭の犬小屋でそれぞれのんびり過ごし、夕食後はエアコンが効いた犬舎に移され夜を過ごす。実は最初、相手は犬と猫なのに甘やかしすぎではないかと思った。しかし、これも犬猫の体調管理と彼らにストレスを極力かけないための方法なのだろう。
また、ここに連れてこられた時点で、どの犬も猫もそれなりにたいへんな目にあっているはずで、それを考えると多少甘やかしてもらう資格はある。
リーダーシップについて対談
彼が強調されていることのひとつは、リーダーは役割であって必ずしもポジションではないということ。そして、その役割には必ず責任が伴っているということである。確かにマネジャーはポジション(役職)だが、リーダーは必ずしもそうではない。
今朝の選曲は、Manic Street PreachersのA Design for Life。
2014-06-09
ユニクロ(ファースト・リテイリング)の企業体質
2001年にファースト・リテイリング社は、年に2回だったと思うがフリースの回収を店頭で始めた。これはなかなか賢い選択だった。
圧倒的な量で世間に広まったフリース・ジャケット。ポリエステルで出来ているその衣料をゴミとして廃棄するのは環境への負荷になり、それに対しての環境保護団体の動きが気になっていた。
それに先手を打つように、環境への負荷を減らすためとしてリサイクルを行ったのである。回収された商品は、当初は燃料となったり工事用のシートなどに加工されていた。
その頃は、イトーヨーカドーなど大手のスーパーチェーンでもプライベート・ブランドのフリース・ジャケットが数多く販売されていたが、ユニクロが店頭で回収するのはあくまでも自社のものだけ。リサイクルのために古くなった商品を持って店頭に訪れてくれる客は、彼らにとっては大変いいお客さまである。
古いユニクロ商品をリサイクルのためにカウンターのスタッフに手渡した多くの客は、そこで何か買い物をしていったことだろう。
その後、同社のリサイクル・プログラムは、対象が全品に拡がり、時期も通年になった。回収された商品はリサイクル以外に、アフリカの難民の人らに送られるようにもなった。このことは、たいへん結構なことである。
ところで、同社のサイトを見ていて、リサイクル商品の回収数のグラフが気になった。2013年度の回収数がそれまでのトレンドより大きくかけ離れていて、前年の2012年に比べると2倍以上の数値になっている(下記の上の棒グラフ)。
気になって、その数値(1217万枚)の中身を同社広報室に問い合わせてみた。要領を得ないやり取りに繰り返し付き合わされた後、最終的に同社の広報室が僕に示した回答は「単純な計算ミスです」だった。
僕の指摘をきっかけに、同社がサイト上で訂正した2013年度の数字は802万枚で、つまり415万枚も「計算ミス」していたことになる(下の棒グラフ)。
http://www.fastretailing.com/jp/csr/environment/recycle.html
http://www.fastretailing.com/eng/csr/environment/recycle.html
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| ■ 彼らに連絡する前にファースト・リテイリングのサイト上に掲載されていた回収数のグラフ |
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| ■ 連絡後、いつの間にか訂正された回収数のグラフ |
「単純な計算ミス」を責めるつもりはないが、外部から指摘があるまでこれほどの数値の大きな変動について疑問を抱かなかった同社の広報部門は鈍い。グラフを見れば誰でも「あれっ?」と感じるはず。
僕が連絡をした時は、こちらの身元や質問の意図を何度も何度もファースト・リテイリング側は聞いてきた。そして最後に、彼らは「計算ミスです」と素っ気なく返答した。それはこちらがもし報道機関だったら、もう少しまともな回答を寄こしたということだろう。
その後、彼らのサイトを確認したら、数字とグラフがいつの間にか変更されていた。
常識で考えると、「ご指摘ありがとうございました」の一言もあってしかるべきだと思うんだけれど、このダンマリの姿勢はどうなのかね。
同社のサイト上には、以前の表示(数字)が間違っていたという「訂正のお知らせ」などは一切ない。それは、自分たちにマズいことはさっさと書き換えて知らん顔すれば済むと考えているから。企業体質がよく出ている。印刷物と違ってネットは便利だねえ〜。
たまたま僕は、彼らが修正する前のグラフをスクリーンショットで保存していた。英語のサイトだけだけど、内容はもとの日本語サイトと同じだ。
こうした可能性があることすら想像しなかったファースト・リテイリング社担当者のお粗末さを笑う。フリースの製品はよくできてるんだけどね。
2014-06-05
授業のち、打ち上げ
毎週水曜日は午後7時から3時間の授業があって、その後も学生たちの質問に答えたり、なんだかんだと用事を済ませていると大学を出るのは夜の10時半をまわる。
昨日の最終授業は90分の予定だったので早く帰れるかと思ってたら、学生たちの打ち上げに誘われた。場所は大学近くの変な店。授業の打ち上げのために貸し切っていたらしい。
会には受講生のほぼ4分の3の学生が参加し、「やっと終わったぞ」とばかり、のびのびとした感じでグラスを重ねていた。
こうした場で、グラス片手に学生たちと話をするのはいい。大学の教室で授業の続きで話しているのと違って、彼らのプライベートな側面が垣間見えて、思わず話が弾む。
会の終わりに、残っていたメンバーでマーケティングのMを手文字で描いた記念写真を撮った。全7回のレポートを頑張ったヤツも、サボったヤツもみんなこういう時はいい顔をしている。
やっぱり帰宅は、午前0時過ぎだった。
2014-06-01
警察の知能犯課にお世話になる
内容はもちろん、日本語も幼稚だ。発信人は、日本人以外だろう。人をバカにしたメールに、発信者を調べてもらおうと地元の警察に通報した。で、そのメールを転送しようと思ったら、それはできないと。警察のネットワークは、外部からアクセスできないようになっているらしい。
「こちら(警察署)へいらっしゃれませんか?」と電話口で訊ねられ、じゃあ行くかと麦わら帽子をかぶり出かけた。
応対に出てきたのは、まだ30歳くらいの若い警察官。知能犯課の所属だという。警察に知能犯課という部署があることを初めて知る。
彼は何枚も僕のスマホの画面に映ったメールをデジカメで撮影した後、基本的な対応の仕方を教えてくれた。
フィッシング詐欺やこうした詐欺メールの発信元は、そのかなりの部分が外国である。多くの場合、北米のサーバーをいくつも経由して発信元が分からないようにしてあるが、なんとか辿ってみると最終のサーバーは中国にあるというケースが圧倒的らしい。
問題は、サーバーが国内ではない場合、現状では日本の警察は手が出せないことだ。実に腹立たしい。
参考までと、URLを検索窓に入れるだけでサーバーの設置場所やプロバイダを確認できる以下のサイトを教えてくれた。ネットショップなどの場合、日本のサイトを装いつつサーバーが日本国内にないものは、ほぼインチキである。
IPひろば
aguse
cman
2014-05-31
TEDxTokyoのライブビューイング@横浜
渋谷会場への参加はとっくに締め切られていたのだけど、横浜にある富士ゼロックスR&Dスクエアで社員とその家族、友人を対象にしたライブビューイングをやるという誘いを受けて出かけた。
日産ビルの隣にある富士ゼロックスの建物は、開放感と自然光に溢れたすばらしい環境だった。
ビッグデータとは何か
http://tatsukimura.blogspot.jp/2013/04/blog-post_14.html
言葉だけが先走りしているように思われてならないビッグデータ。企業の人と話していると、顧客データベースや販売履歴があれば、ビッグデータの分析で何か将来のヒントが自然と解き明かされると勘違いの向きが多い。
たいした仮説も持たず、ただデータを高い金を払って分析させても実際にビジネスの役に立つ結果が得られるわけではない。大量のデータがあるだけで将来の指針が得られるのであれば、めでたいことに経営者は組織に不要になる。
ションベルガー&キクエは『ビッグデータの正体』のなかで、著者たちはビッグデータとは何ぞやという問いに、"from some to all" すなわち、「部分計測から全体計測へ」と言い表している。
この変化が何を意味するのかというと、それは因果関係の追求から相関関係の追求への変化であるといえる。それは、なぜそうなのかという理由が分からないまま、実際はこうだからという現象にだけ着目する方向に進むことを示している。
確かに、蓄積された膨大なデータによって、「オレンジジュースとアスピリンの組み合わせがガンを治す(ガンが治った患者の多くはオレンジジュースとアスピリンを摂取していた)」ことが確実にいえるのであれば、それはなぜかというと問いはまずは置いておいても、その事実の方が重要になる。
これを敷衍していうならば、そこでは「答えさえ分かれば、理由は不要」ということだ。アマゾンが利用者に対して行っているレコメンデーションではその理由などは誰からも問われないからよいだろうが、保険会社がこれまでの診療記録をもとに今後の保険料の算定を行ったりする場合には、納得のいく説明ができないことになる。
いずれにせよ、ビッグデータは打出の小槌などではない。企業であれば、明確なビジネス上の目的を持って分析に望まなければ、労多くして得るものは少ないままに失望の海に沈む。
今朝の一曲は、エルビス・コステロで「She」。 映画「ノッティングヒルの恋人」(1999年)のテーマ曲。
2014-05-28
ブルー・ジャスミン
ニューヨークを舞台に映画人としてのキャリアをスタートしたウディ・アレンが、その後ヨーロッパのいくつかの都市を舞台に映画を作り、そして西海岸にたどり着いた。
ジャスミンは、ケイト・ブランシェットが演じる主人公の名前。本名のジャネットが「平凡すぎる」からとジャスミンにその名を変えたニューヨークのセレブリティで、アメリカの大実業家の妻という役柄。それが、夫のビジネスが根っからのいかさまだったため破綻。結局すべてを失いサンフランシスコの妹の家に転がり込む羽目になる。
タイトルのブルーは「憂鬱」といった意味だが、状況は憂鬱どころではない。ジャスミンの精神は徐々に、そして確実に壊れていく。ブロークン・ジャスミンだ。その様子は救いようがない。ウディ・アレンの眼差しも醒めていて、彼女を救済しようとなどと考えていない。辛い映画である。
般若顔を時折見せる主人公のブランシェットが、実にうまい(アカデミー賞主演女優賞を獲った)。彼女なしでは作品は成り立たなかったし、興行的にも成立しなかったと思う。
お話は、テネシー・ウイリアムズの「欲望という名の電車」を連想させる。作りがよく似ている。実際、ケイト・ブランシェットは、母国オーストラリアの舞台でブランチの役をかつて演じてたことがある。
60年前のニューオリンズを舞台にした話をベースに、なぜウディ・アレンがいまサンフランシスコとニューヨークを舞台に物語を書いたのか。
彼は昔から女性に対して厳しいというか、心を赦していない感じがしていた。ジョークで女を笑わせようとするが、あくまでも女性は彼にとって立ち向かう対象だった。
心底女をやっつける映画を作りたかったのかもしれない。しかも興業として成り立つ一般的な作品として。そのためには誰もが知るテネシー・ウィリアムズの戯曲に併走しながら、米国の2大都市を舞台に、ケイト・ブランシェットというこれ以上考えられない配役を決めたというわけだろう。まぎれもない、アレンの職人技である。
2014-05-27
炎上マーケティング
炎上マーケティングとは、「わざと非難されるような極端な発言をして注目を集め、議論を喚起することで結果的に話題の中心になったり、自分のことを宣伝したりする」ことらしい。
漫画『美味しんぼ』で福島を訪ねた主人公が鼻血を出すという、放射線被害を連想させる描写が「売り上げ目当ての炎上マーケティングだったのではないかとの指摘もある」と書いているが、それはまずないだろう。連載を始めたばかりの漫画ならともかく、30年以上の連載実績を持つこの漫画がそうしたことで今さら話題性をひこうと画策する理由はない。
いずれにせよ、本来、売らんがために話題を振りまくこと狙っただけの活動を「マーケティング」とは呼ばない。
つねづね思っていたことではあるが、「マーケティング」はほとほと融通無碍な概念として捉えられている。その証拠に、一見、どんな言葉だってマーケティングの前につけることができる。ほとんど無限の接頭辞が「マーケティング」には可能であり、それらしく聞こえてしまうから始末が悪い。
「炎上マーケティング」でマーケティングが意味するところは「売り込む手法」である。もちろん、マーケティングは一方的な売り込みではないし、その点でステマなどと呼ばれているステルス・マーケティングといった考え方もマーケティングではない。
2014-05-26
やらせレビュー
そこで、彼はサイトを運営するカカクコムにその疑問を投げかけた。すると、総合点は利用者がつけた評価を単純に足しあげて平均したものではなく、特定のレビュアーが高い評価を付けないと総合評価が上がらない仕掛けが施されていると。そして、「低得点に甘んじているという飲食店様においては、まだ点数への影響力が高い複数のレビュアー様が高得点をつけられていないという状況ではないかと考えられます」と彼が受けた説明が続く。
ということは、先の店の評価については「影響力の高いレビュアー」による評価が悪かったからということになる。
店の関係者やサクラによるヨイショ評価を避けるために、一般利用者の評価ウェイトを低くし、信頼のおける良質なレビュアーの評価が総合点に大きく影響するようにしているということなら、なるほど納得がいく説明ではある。
しかし、その記事によれば、複数の飲食店経営者が次のような証言をしているという。「毎週1回は代理店から『食べログに広告を出せば、影響力の大きいレビュアーが来店する可能性が高くなりますよ』と営業電話がかかってくる」
これは何を意味するのか。広告をサイトに出してくれたら、影響力が大きい(つまりサイト上での店の評価を左右する)レビュアーを送りこみますよ、そして総合評価が上がりますよ、ということ。つまりその場合、味やサービスには関係無く、ということであろう。
一見、「みんなの声がもとになってるんだよー」という、いい人の顔を見せていながら、自分たちの都合に合わせて裏側で操作しているのが気持ちわるい。
他にもこうした一般の利用者から分からないところで恣意的な仕組みがなされているものは多い。ただ、多くの利用者がそうしたことを気付かないまま情報操作されている事実について、僕たちはもっとよく考える必要がある。
若い人たちにとっては、こうしたことは「当たり前のこと」であって特別気にするような問題じゃないのかもしれない。学生たちからは「別にいいじゃん」とか笑われることかもしれないが、僕はこの件に疑問を持ち、そしてその疑問を解こうとアクションを取った記者におおいに共感する。
そんなことを考えてたら、今日の読売新聞の読者投稿欄に洋食店を経営する神戸の方が、以下のような投稿をされてたのを目にした。
新聞にしろ雑誌にしろ、広告か記事かの区分けについて注意しなければ混同してしまいがちだ。インフォマーシャルというinformationとcommercialをくっつけた造語も一般的になっている。
日本では、それらはマスメディアでは「PR」や「お知らせ」と表記されることが多い。それが消費者にとって十分な配慮かどうかの議論はあるが、報道機関ではないネットではそもそも事実と広告を区分けしようとする考えすら希薄である。
2014-05-22
初夏のコンサート
また従兄弟といっても親子ほど年が違うのだが、サントリーホールの大ホールで朗々と歌う姿は大したものだ。身内びいきかもしれないが、日本を代表するテノールになると信じている。
2014-05-19
自分でメソッドをつくり出す知性
1時間半ほど待たされて、まずは内科で診察。その後、血液検査、尿検査、レントゲン撮影を受ける。呼吸器科の医師による診察。吸入薬による治療。診断。点滴による治療。診断。肺機能検査。診断。
会計を済ませ、処方箋を手に病院を出たのは午後5時過ぎだった。もちろん昼食抜きで、その時は目が回りそうだった。
| 目の前にぶら下がった点滴薬 |
点滴を受けたのは生まれて初めてのこと。ベッドに寝ているだけで他にすることがなく実に退屈だったので、ちょうど持ってたキンドル・ペーパーホワイト(電子書籍リーダー)を針が刺さってない方の手で操作しながら岡田斗司夫『オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より』を読む。
実に面白かった。新聞に寄せられた人生相談に彼が答えるのだが、愛と工夫に満ちている。よくあるような、頭よさげで、もっともらしく、それでいて相談者の想いにまったく沿っていない大人の回答ではなく、相手の気持ちの底を掘り下げて掘り下げて、真に解決をしなければならない問題と現実的な解決法を示してやっている。
そこに行き着くための彼の方法論は独自だ。それらは学術的な裏付けはないが、とても分かりやすく、実際的で腑に落ちるものである。本か何かで読んで身につけた有効な方法論を適切な用途で用いて問題解決をするのも賢いが、自分で目的にあった独自の方法論を編み出すのが岡田は得意だ。しかもそれらが役に立つ。彼はある種の天才である。
2014-05-16
地方の良さも相対的なのである
番組は、この土曜日朝8時15分からFM 79.5 Nack5「ビジネスの森」で放送予定だ。
http://www.nack5.co.jp/program_1262.shtml?date=2014-05-17
http://tatsukimura.blogspot.jp/2014/02/blog-post_16.html
彼は、日本の地方にある数々の里山の豊かさを力説する。中国地方の地方都市で生まれ育ち、東京の大学に通い、卒業後は都内で仕事をし、海外の大学院でも学んだという経歴は僕と同じ。
里山の良さと言っても、日本の若い人たちにはあまり実感がないだろう。彼らが、そうした場所で生まれ育っていても、また都会で生まれ育っていても。
僕自身、日本の地方の良さを本当の意味で感じ始めたのはそれほど昔ではないように思う。自分の年齢と、それなりに国内外の方々を見てきて初めてそれらのすばらしさや恵まれた環境に気付かされたといっていい。
絶対的な価値なんてそれほどあるもんじゃなくて、たいていのことは色んな比較の上で僕たちは評価を下している。
2014-05-11
SNLが見られなくなってしまった
日本ではHuluで見ることができたのだけど、日本での放映は終わりになるらしい。理由は、この4月にHuluの日本での事業権を日本テレビが買ったことがきっかけだろう。シーズン38をもって5月18日で日本からのSNLのすべての視聴ができなくなる。
Huluに毎月1000円ほどの料金を払っていた理由がなくなるので、解約することにした。もちろんラインアップには、他にも映画やテレビ番組があるにはあるが、どうも僕にはつまらないものばかり。
米国の人気番組は放映権料が高いから継続しなかったのかもしれないが、そこは営業努力で加入者を増やすなどして他にはない優れたコンテンツを提供していかなければ、きっとじり貧になるんじゃないだろうか。
今日からNHK総合テレビで、ダウントン・アビーが放映される。米HBOによる大ヒット作品である。番組の内容もNHK的だ。一方、SNLはといえば、番組内容から日本の地上波はちょっときつい。
システム上の抜け道を使った視聴サービスを提供しているところもあるようだが、どこか合法的に番組を提供してくれるところがないだろうか。Amazonがインスタントビデオで流してくれると簡単でいい。
2014-05-03
優れたサービスデザインとしてのラウンド・アバウト
http://www.bbc.com/news/uk-england-beds-bucks-herts-22246576
世界最古のラウンド・アバウトは英国のものではないらしいが、英国をクルマで走っていると、とりわけ地方都市や郊外のあちらこちらでラウンド・アバウトに出くわす。
ラウンド・アバウトでは道路が空なのに信号が赤だというだけで止まっている、というようなケースは発生しない。また、完全に一時停止せずに環道に入るチャンスが多いので走行に遅れが少なくなるし、環境への負荷も減る。
誰のアイデアか知らないが、実によくできた設計である。十字の交差点と違って信号機の設置の必要がないのがいい。日本では停電などの折、警察官が交差点に出て手旗で交通整理するが、もともとそうした必要はない。
交差点を「点」と考えるのでなく、植栽などを施した島(丸い面)にしてその周りを流れに沿って緩やかに回ろうと考えた発想がポイントである。実に優れたサービスデザインの例だといえる。
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| 一般的なラウンド・アバウト |
2014-05-02
酔っぱらいとエイリアン
この映画、高校時代の悪友たちが当時育った町で再会し、高校卒業時になしえなかった町内の12のパブをすべて飲み倒すというストーリーが縦糸としてある。その最後の目的地(パブ)の名前がThe World's End。これ、アーサー王伝説で、アーサー王たちがサクソン人を相手に戦ったとされる12の戦いをモチーフにしている。
現代のネットワーク社会や画一化された企業サービス(典型例としてスターバックスがしつこく取り上げられている)への批判を横糸として織り込みながら、酔っぱらいたちがエイリアンたちを粉砕するというスラップスティックである。
下敷きにしているアーサー王伝説にしろ、インターネットやスターバックスに代表されるアメリカ型の経済モデルへの辛口の批評にしろ、いかにも英国の映画らしい。
http://wn.com/the_world%27s_end
2014-05-01
深夜のコンビニで思うこと
先週の日曜日(27日)に放送されたばかりのNHK「調査報告 女性たちの貧困 〜”新たな連鎖”の衝撃〜」が、昨晩24:40からもう再放送されていた。それだけ初回放送後の反応が大きかったのだろう。
僕は日曜日の放送分を見たのだけど、番組で紹介されている女性がまだ夜も明けきらぬ早朝からコンビニで働いていたのを覚えている。都会では比較的年配の女性のパートの働き口はスーパーのレジ係で、若い女性の働き口はコンビニがまかなっているように見える。
コンビニで深夜や早朝帯に働いている人たちに出会うと、彼女たちは昼間はどうしているのかと(まったくお節介ながら)気になる。
学校に通っているのならともかく(疲れてしんどいだろうが)、夜から早朝までコンビニでずっと働き、そのあと自分の部屋に帰って昼間は寝ているだけという子もたくさんいるのではないかと想像する。
逆説的ながら、コンビニのアルバイトがあるからそうした彼女たちの生活が存在しているとも云える。深夜だからこそ比較的割のいい時給で働くことができ、そのため生活を昼夜逆転させ、学校に行ったり友達と遊んだり、という当たり前の昼間の暮らしを捨てて過ごす日々。
そうしたアルバイトでスキルを磨くことができないことくらい気がついているだろうし、いつまでもそうした生活を続けられないことも分かっているに違いない。でも、やめるわけにいかない状況だ。
僕が好きなシンガーソングライターの一人、トレーシー・チャップマンのアルバム『Tracy Chapman』のなかに「Fast Car」という曲があった。当時23歳だった黒人女性歌手の彼女が歌うその歌詞には「コンビニエンス・ストア」という言葉が出てくる。
酒浸りの父親を捨てて母親が家を出て行き、残った彼女はいたたまれない思いを抱えたまま父親の面倒を見るために学校をやめた。そしてコンビニのレジでアルバイトを続け家計を支えながらも、八方ふさがりの暮らしから逃げ出したいと思っている。そんな彼女の願望をボーイフレンドが手に入れたクルマに託して歌っている。
トレーシー・チャップマンの歌は、こんな詞で終わっている。
You got a fast car
Is it fast enough so you can fly away?
You gotta make a decision
Leave tonight or live and die this way
この歌が発表されたのは1988年だから、いまから26年前のこと。その後、アメリカはどうなったのだろう。毎日コンビニで働くだけで行き場を失った彼女はどうなったのだろう。アル中の父親や差別が深く残る土地を捨てて彼のクルマで遠くに行ったのだろうか。それとも・・・。
そして、いま日本でコンビニでしか働けない若い女性たちは、これからどこへ向かうのだろうか。
2014-04-22
グローバル人とグローバル人材
グローバル人材について聞かれ、自分なりに疑問に思っていることや、言葉の定義の曖昧さ、こうした言葉が勝手に一人歩きしている背景などについて話をさせてもらった。
僕なりの問題提起として少し話させてもらったのは、「グローバル人」と「グローバル人材」の違い。当たり前だけど、このふたつは違う。ポイントは、人材として存在しているか、そうではないか。人材であるための必要条件は、専門的な能力があること。それがあって初めて、形容詞のグローバルが付加される。
主従で言えば、人材が主でグローバルは従である。だがなぜか、こうした当たり前のことがよく忘れられている。グローバル=英語ができる、と矮小化され、グローバルであることで人材であると勘違いされている。
2014-04-20
終わりにさせないということ
今ほどどの授業も出席にうるさくなかったことが第一の理由。授業そのものが面白くなかったのがそれに続く。何を喋っているのかその言語自体が分からない老教授が多かったり、ひたすら文字通り教科書を教壇で読んでいる若手教師などに付き合っている暇はぼくにはなかった。
18歳で東京に出てきて2日後には、近くの本屋でアルバイトを始めていた。それ以外にもバイトを掛け持ちで、1年生ながら「こんなの出てらんねえ」という授業は出る余裕も意欲もなかった。それでいて、成績は結構よかったのは、出席を取らず、期末の試験かレポートで成績評価を付ける教師の授業を選択しては、先輩たちからその傾向を聞いて対策を考えるのが得意だったからだ。
だから、講義をほとんど聞かぬままに「終わって」しまった多くの科目について、ずっと「晴れない」気持ちを抱えながら社会人になった。
22歳で大学を出て企業に就職し、今は大学で教えている。どうやってそうなったのか聞かれることが多いのだが、今にして思えばそうした晴れない気持を引きずっていたから、自分でそれらを学ばなければという思いが強く、会社員をやりながら多少は人より勉強し続けたからかもしれない。
もしぼくが、学生時代に真面目に何々論とか何とか学とかの授業に出ていたとしたら、それらの分野についてその後きちんと学ぼうと考えたかどうか怪しい。勝手に自分で「履修ズミ」と思い込んだに違いないから。
授業をサボることを勧めるつもりはないが、「サボったため勉強していない」ことを後ろめたく思い続けることも大切である。
2014-04-19
佐々木圭一さんをゲストに
2014-04-09
XPのサポート終了
日本国内にはまだ600万台ほどのXP搭載機があるらしい。これらの多くが廃棄処理されるのだろう。それほどの利用者がいながら、自分たちの都合で利用者を切り捨てる企業には呆れる。
ウイルス対策ソフトの会社以外でも、誰かこのビジネスチャンスを上手く活かせばよいのに。
2014-04-05
マイクの前で話すということ
ラジオ番組のパーソナリティをやることになり、ラジオ局のスタジオ(収録ブース)に初めて入る経験をした。
仕事がら話をすることには慣れていると思っていた。何年も大学で講義を行っているし、年に何度かは海外の学会に出かけて発表もしている。それ以外にも、講演会やらセミナーで話をすることもある。
ところが、スタジオに入り何本ものマイクを前にし、ガラス窓で隔たれた副調整室からの指示をイヤホンで聞きながら話をするというのは、これまでと要領がまったく違う。
極度な緊張感で喉が渇く。おそらくアドレナリンが出て、瞳孔が開き、脈拍が速くなっていたに違いない。思い出すと反省点も多い経験だったが、一方であの緊張感は悪くはないとも思った。
新番組、始まる!
番組名は「木村達也 ビジネスの森」。ステーションはFM79.5 Nack5で、毎週土曜日朝8時15分から。毎週、話題のビジネス書の著者や各界で活躍している人をお招きする予定だ。
今週と来週のゲストは、無印良品を経営する(株)良品計画会長の松井忠三さん。今回は松井さんが書いた『無印良品は、仕組みが9割』をもとに、彼の社内改革の中心として使われたマニュアル(無印良品ではMUJIGRAMと呼ぶ)を拝見しながら、その役割と効果について話をうかがった。
今回、松井さんと初めてお話をしたのだけど、その静かな語り口の中に揺るぎない意志の強さを感じさせる方だった。
上の写真で、手前が松井さん。撮影事故(!)があって、今回のスタジオ内の写真はこの1枚だけ(汗)。僕の右隣はアシスタントの小林さん。
2014-04-03
2014-04-01
音の取り揃えも大切
しかし、自分が日本人だからかもしれないが、外国から日本に戻ってスーパーマーケットに行くと、その品揃えのよさに驚く。日本のスーパーのレジのあり方は気に入らないが、商品のバラエティや並べ方はおおむねどこでもよく考えられていると思う。
ただし、そこに流れている音楽(BGM)は何とかならないだろうか。日本を代表するある大手スーパーマーケットでは、同じ音楽が繰り返し繰り返し店内のすべてのスピーカーから流れている。何か意味がある選曲とは思えない。はっきり言って、どうでもいい安っぽい曲である。
こうした音楽がいったん気になり出したら、とにかく早くそこを出たくなる。見たくないものは目をそらせばよいが、聞きたくないBGMだからといって耳を塞ぐわけにはいかない。
気の毒なのは、その店内で働く人たちだ。店長やマネジャーたちはどう思っているんだろう。商品の品揃えに気を遣うように、店内に流す音楽にももう少し気を遣った方がいい。あるいは、音楽など流さないのが一法だと思うのだが。
2014-03-31
8%へ
今日は、どこの駅の窓口も定期券の延長をもとめてなが〜い列ができていた。ガソリンスタンドも入りきらないクルマが道路に連なっていた。
夕方、髪を切りに行ったら、この一週間は暮れの時期より混んでいたと言っていた。みんな誰もが「上手な買い物」をしなければとかけずり回っているかのよう。
スーパーマーケットとドラッグストアを、取り立てて用はないのでだがいくつか回った。気のせいかどうか分からないが、店内はいつもより混んでいるし、買い物客のかごの中身もたくさんあふれていた。3月末日の日本の風景。
2014-03-30
2014-03-29
ゼミOB会
夕方からは、大学正門前の大隈記念タワーに入っているレストランでゼミOB会が開催された。
15階の高さからの夜景を眺めながら、懐かしい話に花を咲かす。最後に全員で記念写真を撮って解散。翌日にはフェイスブックのグループが起ち上がっていた。これまでは連絡ごとはメーリングリスト経由だったけど、コミュニケーションの仕方が変わった。
実はフェイスブックはほとんど開かないのだけど、これからはもう少しは見るようになるだろうか。
2014-03-26
大学院の修了式
2014-03-22
彼岸の故郷で
日産とルノーで共同開発されたこの電気自動車は、2人に乗り。運転席を前にスライドさせて後部シートのスペースを取るが、狭くて大変そうだ。フル充電で80キロほど走行可能だという。ガルウィングがユニーク。横に開かないから、省スペースではある。もとになったルノーの車は、開放感を求めて両側のドアがないそうだ。日本では安全基準を満たすためにドアらしきものをつけた。瀬戸内国際芸術祭の開催にあわせて昨年の7月からレンタカーとして島に8台配置されている。利用料金は、一日8千円也。メーカーの主目的は、坂道が多いこの島と実際のお客さんによる実証実験である。
翌日、今度は島からの帰途、着いた小さな港町で迎えてくれたのは、闇夜に浮かび上がるアラーキー(荒木経惟)の巨大な写真パネルのディスプレイだった。
2014-03-15
「それでも夜は明ける」
19世紀半ばのアメリカ、フリーマン(自由黒人)である主人公(ソロモン・ノーサップ)が誘拐され、身分を証明するものを奪われ南部へ奴隷商人に売られる。その後、彼は12年間の苛烈な奴隷生活を経て、ほとんど奇跡的に身分の復活を遂げて家族のもとに戻る・・・。ノーサップ本人が書いた実話、"Twelve Years a Slave"が原作である。
映画の現代は、原作と同じく"Twelve Years a Slave"だが、日本では「それでも夜は明ける」とタイトルが付けられている。映画を見終わって誰もが感じるのは、夜明けにはほど遠い当時のアメリカ奴隷の悲惨極まりない状況だ。
映画の中、南部の綿農場で重労働にかされる黒人たちが歌うワークソング(労働歌)、正面切って支配層の白人にものが言えない彼らが思いをほとばしらせるスピリチュアル(黒人霊歌)が重く胸に迫る。挿入されている曲目数は多くはないが、どの曲も主人公や他の黒人たちの置かれている姿をシンボリックに描き出す歌詞や曲となっている。
2014-03-12
航空会社の「テッセイ」
マルタへは日本からの直行便はなく、行きがソウルとフランクフルト経由、帰国便はロンドンとソウル経由で飛んだ。20時間以上の旅程を乗り継ぎをしながら、行きも帰りも機内食で食事を4回続けて済ますのは、文字通り食傷気味で疲れた。
いつも飛行機に乗り降りする度に思うことがある。「機内の清掃ってたいへんだろうなあ」という素朴な感想だ。
新幹線のホームに整然と一列に並び、丁寧なお辞儀をして出迎えてくれる姿で有名になった「テッセイ」(株式会社JR東日本 テクノハート TESSEI)という鉄道整備会社がある。その会社で働く社内清掃スタッフたちは、実質的に7分程度の停車時間にで車両内やトイレの清掃を行うという。
飛行機内の清掃は、新幹線内よりはるかに大変だ。まず機内が複雑。シートの下には救命ベストなどがあり、スペースは狭い。通路も狭いし(とりわけメインキャビンは)、なかなか目や手が届かない場所が多い。機内誌やオーディオ・ビジュアルガイドなどシートポケットに取り揃えなければならないものも多い。それに各シートには毛布と枕が不可欠。
あと何といっても、長距離のフライトを終えた後の機内に散乱する多くのゴミや食事カス。それらを清掃し、現状復帰しろといわれたら、僕だったら目が回る思いだ。それを、すべての航空会社が各フライトごとに当たり前のように行っている。どんな人たちが、何人くらいで、どうやってこんな大変な仕事をやっているのだろう。興味がある。
「テッセイ」と航空機内の清掃スタッフの違いは、外から見えるかどうか。見えないところにもすごい連中がいて、大変な仕事を当たり前にやっている。
2014-03-09
グーグルに就職したければ
記事のなかで、グーグル社の採用部門の最高責任者は、大学の成績は無意味であると断言する。そして、よい成績は徒になると云うことはないが、最も重要視しているのは一般的な認知能力であると述べている。グーグルの採用ではIQではなく、学習能力だったり機転が利くかどうかが問われている。
2番目の点として指摘されているのが、リーダーシップである。ただし、ここで指摘されているリーダーシップのあり方には注意が必要だ。われわれが普段「彼(女)にはリーダーシップがある」といった言い方をする時、その人の持つ周りを引っ張っていく力強さに焦点が当たっているはずだ。しかし、グーグルが求めるリーダーシップは、問題が発生した時に必要に応じて介入(step-in)して先導するが、しかるのちには身を引き(step-back)、リードすることを止めることを指している。グーグルにとっての優れたリーダーシップとは、権力(power)を進んで放棄できることなのが新鮮だ。
また、謙虚であることの大切さが重ねて強調されている。専門知識を持っているかどうかは期待されておらず、対人関係面でのソフトスキルがより求められているところがこの企業らしい。
人が自由に働き、協力し合いながら世間が驚くようなものをつくり出す職場では、グーグルに限らずこうした人材が求められていることを学生たちには知っておいてもらいたいと思う。
How to get a job at google
MOUNTAIN VIEW, Calif. — LAST June, in an interview with Adam Bryant of The Times, Laszlo Bock, the senior vice president of people operations for Google — i.e., the guy in charge of hiring for one of the world’s most successful companies — noted that Google had determined that “G.P.A.’s are worthless as a criteria for hiring, and test scores are worthless. ... We found that they don’t predict anything.” He also noted that the “proportion of people without any college education at Google has increased over time” — now as high as 14 percent on some teams. At a time when many people are asking, “How’s my kid gonna get a job?” I thought it would be useful to visit Google and hear how Bock would answer.Don’t get him wrong, Bock begins, “Good grades certainly don’t hurt.” Many jobs at Google require math, computing and coding skills, so if your good grades truly reflect skills in those areas that you can apply, it would be an advantage. But Google has its eyes on much more.“There are five hiring attributes we have across the company,” explained Bock. “If it’s a technical role, we assess your coding ability, and half the roles in the company are technical roles. For every job, though, the No. 1 thing we look for is general cognitive ability, and it’s not I.Q. It’s learning ability. It’s the ability to process on the fly. It’s the ability to pull together disparate bits of information. We assess that using structured behavioral interviews that we validate to make sure they’re predictive.”The second, he added, “is leadership — in particular emergent leadership as opposed to traditional leadership. Traditional leadership is, were you president of the chess club? Were you vice president of sales? How quickly did you get there? We don’t care. What we care about is, when faced with a problem and you’re a member of a team, do you, at the appropriate time, step in and lead. And just as critically, do you step back and stop leading, do you let someone else? Because what’s critical to be an effective leader in this environment is you have to be willing to relinquish power.”What else? Humility and ownership. “It’s feeling the sense of responsibility, the sense of ownership, to step in,” he said, to try to solve any problem — and the humility to step back and embrace the better ideas of others. “Your end goal,” explained Bock, “is what can we do together to problem-solve. I’ve contributed my piece, and then I step back.”And it is not just humility in creating space for others to contribute, says Bock, it’s “intellectual humility. Without humility, you are unable to learn.” It is why research shows that many graduates from hotshot business schools plateau. “Successful bright people rarely experience failure, and so they don’t learn how to learn from that failure,” said Bock.
“They, instead, commit the fundamental attribution error, which is if something good happens, it’s because I’m a genius. If something bad happens, it’s because someone’s an idiot or I didn’t get the resources or the market moved. ... What we’ve seen is that the people who are the most successful here, who we want to hire, will have a fierce position. They’ll argue like hell. They’ll be zealots about their point of view. But then you say, ‘here’s a new fact,’ and they’ll go, ‘Oh, well, that changes things; you’re right.’ ” You need a big ego and small ego in the same person at the same time.
The least important attribute they look for is “expertise.” Said Bock: “If you take somebody who has high cognitive ability, is innately curious, willing to learn and has emergent leadership skills, and you hire them as an H.R. person or finance person, and they have no content knowledge, and you compare them with someone who’s been doing just one thing and is a world expert, the expert will go: ‘I’ve seen this 100 times before; here’s what you do.’ ” Most of the time the nonexpert will come up with the same answer, added Bock, “because most of the time it’s not that hard.” Sure, once in a while they will mess it up, he said, but once in a while they’ll also come up with an answer that is totally new. And there is huge value in that.
To sum up Bock’s approach to hiring: Talent can come in so many different forms and be built in so many nontraditional ways today, hiring officers have to be alive to every one — besides brand-name colleges. Because “when you look at people who don’t go to school and make their way in the world, those are exceptional human beings. And we should do everything we can to find those people.” Too many colleges, he added, “don’t deliver on what they promise. You generate a ton of debt, you don’t learn the most useful things for your life. It’s [just] an extended adolescence.”Google attracts so much talent it can afford to look beyond traditional metrics, like G.P.A. For most young people, though, going to college and doing well is still the best way to master the tools needed for many careers. But Bock is saying something important to them, too: Beware. Your degree is not a proxy for your ability to do any job. The world only cares about — and pays off on — what you can do with what you know (and it doesn’t care how you learned it). And in an age when innovation is increasingly a group endeavor, it also cares about a lot of soft skills — leadership, humility, collaboration, adaptability and loving to learn and re-learn. This will be true no matter where you go to work.
2014-03-08
マルタ島の漁村
学会参加のため地中海に浮かぶ小さな島、マルタ共和国に行ってきた。イタリアとアフリカ大陸に挟まれ、「地中海のヘソ」と呼ばれている。
マルタ島というと、ハーブ・アルパートの曲「マルタ島の砂」とダシール・ハメットの探偵小説「マルタの鷹」でその名前を聞いたことがあるくらいだった。日本からは直行便はなく、ヨーロッパ経由で入国する。人口は約42万人ほどの小国だが、ヨーロッパと北アフリカの36都市へ運行するマルタ航空というなかなか立派な航空会社を持っている。
先史時代に築かれた遺跡や多くの建造物、地中海らしいのどかな自然が残る豊かな島だ。夏はビーチなどが多くの観光客で賑わうのだろう。
写真は、学会終了後に訪ねたマルタ島東岸の村、マルサシュロック(Marsaxlokk)の風景。新鮮なシーフードを食わせてくれるのどかな漁村である。
2014-02-19
騙す方も、騙される方もどっちもどっち
「現代のベートーベン」と米誌TIMEで紹介された佐村河内守氏が作曲したほとんどの曲が、本人の手によるものではなく、ゴーストライターによるものだったという。
彼が一般の日本人も知る有名人になったきっかけとなったNHKの番組「魂の旋律〜音を失った作曲家〜」は僕もテレビで見た。その時のロン毛にサングラス、角張ったアゴの形が印象的で、彼が薬の副作用に苦しみ自宅の廊下を四つん這いで進む姿は強いインパクトを与えた。
その数日後、銀座の山野楽器を訪ねた時、店頭には彼の写真の巨大なパネルが掲げられていた。代表作とされた「交響曲第1番<HIROSHIMA>」のCDは18万枚の売上を記録した。
そうした話題性が大きかっただけに、ウソが暴かれた彼は格好の新聞ネタ、週刊誌ネタとなり叩かれている。そして、CDを買った人のなかには「だまされた」と怒りを露わにする人もいるらしい。
確かに作曲者としてクレジットされた人物がニセ者で、本当の作者が別にいたということではだまされたわけだが、その曲の本当の作曲者が別人だからといってその曲の価値が変わるわけではない。
だまされたことに怒っている人は、何に怒っているのだろう。自分が裏切られたことだろうか。その気持は分からないではないが、自分が手にしたCDに収められた曲が良ければ、それでよしとすればいいとも思う(ウソをついてた彼の行為を認めているのではない)。
芸術は、そもそも属人的な観点で評価されるべきものではない。音楽であれば、それを聴く者が自分の耳で聞いて好きだと思えば、それでいいじゃないか。その曲を書いたのが「誰」かというのは、その次だ。曲が本質、作曲者は周辺情報のはずだ。
今回の事件でだまされたと大騒ぎする人たちは、自分の耳を持っていない人たちと云えないか。メディアによって広まった佐村河内のイメージに乗せられ、作られたストーリーに易々と身を委ね、心を動かされていた。騙す方も騙される方も、どっちもどっち。
そもそも年に一度もコンサートに足を運ぶこともないような人が、したり顔に彼を指弾しているのが片腹痛い感じだ。「誰が」が重視され、どういった「ストーリー」が作り込まれているかで評判と評価が決まる。これでは本物は生まれないし、育たない。
2014-02-16
いつまでも金ですべてが買えるわけではない
かつての自然回帰ブームや懐古主義ではなく、前向きで発展性のある日々の営みを、これまで見落としがちだった地方(つまりは都会以外)のなかから再発見していこうと言うわけだ。
彼らが云う里山資本主義の例として紹介されているものは、どれも読めば「なるほど」と思うものばかりである。そこには秘密も、目の覚めるような先進的テクノロジーの利用と云ったものもない。あるのは、人と人のつながりのなかから社会や毎日の生活を大切にしていこうとするまなざしの確かさである。
誰もが実際に里山で暮らせるわけではないが、都市生活のように容易に金ですべてを充足させるのではない、別のアプローチがあることを身近な例から思い起こさせてくれる。そして、地方の時代などとずいぶん昔からいわれながら、おおかたは人口が減り、疲弊が続く地方の市町村をコミュニティ・デザインの発想で活性化できそうな気にさせてくれる。
読み終わったあと、先月末にリリースされたブルース・スプリングスティーンのアルバム「High Hopes」のなかのタイトル曲「High Hopes」のサビの一節を思い出した。
分からないかい、近頃は
金を払わなければ何も与えられない
でも俺はまだ持ってる
大きな希望、まだ持ってる、大きな希望
2014-02-06
身内とよそ者の論理
正社員って何だろうか。正社員である正規社員に対するのは、契約社員や派遣社員。しかし、宋が指摘しているように、正社員も同様に企業と社員が労働契約によって結ばれているわけで、正社員とは別の契約社員というのはヘンである。ここで考えなければならないのは「正」に込められている意味だ。
また正社員も多くの日本企業ではそれが新卒入社か中途入社かによって、組織での扱われ方が異なってくる。つまり、正社員で新卒入社した「身内」である社員とそれ以外の経緯で社員になった「よそ者」という意識が支配していると云うことである。そして、たいがいよそ者はプロパーと呼ばれる身内から低く見られてしまう。
さらに日本企業で厄介なのは、複数企業同士が合併や吸収などで一つになった時は、2つの(場合によっては3つ以上の)正社員間でそれぞれの「身内」と「よそ者」をめぐる衝突や牽制、駆け引きがあきることなくなされること。合併で一つになった大企業内で、10年も経つのに社員たちが「おれたちはD、あいつらはSだ」などと今はない出身母体の名前に拘っていることをよく聞かされる。
会社だけではない。日本は、今も昔と変わらず身内だけにやさしいムラ社会である。
2014-01-31
議論する中国人学生、正解を探す日本人学生
この学期、大学院のある授業でとても積極的な中国人学生たちがいた。ケースメソッドを用いた授業だったので、なるべく学生たちに発言してもらうように毎回促しながら進行したのだけど、人数でクラスの1割ほどの中国人学生の発言が全体の半分以上を占めていたように思う。発言の中には、自分のはっきりした考えがまとまっていないものも時折あったが、多くは正しいかどうかは別としてそれぞれはっきりした主張をなしていた。
クラスの中で、100パーセント完璧とはいえない日本語で自分の考えを積極的に述べていく中国人学生に対して、日本人学生の「おとなしさ」が気にかかったのは言うもでもない。彼らとて何も考えていないわけではなさそうだ。その証拠に、レポートを書かせるとそれなりにしっかりした考察を述べている。しかし、教室の中で手を挙げてそれを披露し、主張するものは多くはない。
自信がないのか、面倒くさいのか、そうした習慣がないだけなのか・・・。理由を尋ねる機会がなく終わってしまったのでよく分からないが、社会に出てからの個人としての勝負強さで、日本人学生は優秀な中国人学生に圧倒的に負けてしまう気がする。
正しいか間違っているかなど気にせず(そもそもそうした正解など多くの場合存在しないと思った方がよい)、他人と異なる自分ならではの考えを言葉にしていかなければ、「外」では理解されなし、仕事にもならないはずなんだけど。
授業の教室では発言しなくても、実社会にでたらガンガン主張ができるから自分は大丈夫、と思っているのだろうか。だとしたら、大間違いである。
2014-01-03
信用するが、信頼できない
今朝は新聞は見たが、テレビやラジオのニュースは目に(耳に)することなく家を出て、駅で慌ててしまった。どうも様子がおかしい。新幹線がまったく走っていないのだ。7時9分発予定の新幹線が3時間経ってまだ駅のホームに到着していない。
原因は有楽町駅周辺での火災だという。線路が火災をおこしている訳ではないらしいが、消火活動のために鉄道の運行をすべて止めてしまったためだ。 運行再開の見込みはまったくたっていないとのことで、しかたなく予約をキャンセルして帰省を見合わすことになってしまった。
今朝の新聞一面に、東海道新幹線の運行システム「COMTRACK」のことが載っている。
平時の運行はコンピューターが制御し、緊急時でも10秒ほどで2〜3時間先の適切なダイヤを計算する。これを基に司令員がダイヤの乱れを収束させ、東京ー新大阪約550キロを一日330本以上が走る新幹線の遅れは平均30秒だ。なるほど、採用されてる技術はすばらしい。ところで、新幹線の運行中止の原因は東京と品川間にある有楽町でのビル火災だ。関東一円が大地震などの災害に見舞われたわけではない。なぜ品川以西で新幹線を運行できなかったのか。
帰宅後、テレビのニュースに写っていたJRのある関係者によれば、「東京駅に列車が入らなければ車内清掃ができないから」というのが理由だとか。折り返しの列車の清掃ができないから運行できない(しない)というのは、Uターン客だけで何十万人もいるという状況下でとてもおかしな判断だ。
たとえ足下に多少ゴミが散らかっていても、そんなことは状況を車内アナウンスすれば客たちは理解してくれる。前の席のシートポケットに新聞やペットボトルが残っていようが、それよりとにかく列車を走らせてもらいたいのというのが利用客が求めることだ。
航空機であれば給油が必要となるが、鉄道は車両が線路にのっかっていれば走れるはずだ。JR自慢の運行管理システムCOMTRACKで、なぜ運行スケジュールを品川終点で組み直さなかったのか。これは技術の問題ではなく、運行サービス業を担っている企業の責任者の判断の問題である。
JRの技術は世界に誇るすばらしいもの。十分に信用できる。しかし、サービス企業としてのJRは信頼できない。
2013-12-31
マーケティングは世界を救うか
ただ、いくら彼がマーケティング概念の拡張論者であるにしても、回を重ねるにつれて語られるマーケティングについての拡大解釈がエスカレートしてきたのは「?」である。
マーケティングを、世の中を豊かにし、環境問題など各種の社会的課題を解決してくれる「魔法の杖」のように語るのは違和感がある。「マーケティングが、世界の平和と繁栄を実現する役割を担う余地は十分ある」と言われても、具体的なアプローチが示されなければ残念ながら納得できるものではない。
コトラーは、まるで「マーケティング教」の教祖のようになってしまったかのようである。
2013-12-21
窓からの富士
空気が乾燥してくるこの季節。朝、研究室に行き、西側のブラインドを上げるとまず「今日も富士山元気かな」と遠くに目をやるのがいつの間にか習慣になった。
高層ビルに少し姿を隠しながらも、晴れた日は遠くに富士山を眺めることができるからだ。日中その姿をきれいに望める日は少ないだけに、そうした時はそれだけで得した気になる。陽が西に沈む夕方は、そのシルエットを眺めてぼうっと手を休めることもしばしばである。
2013-12-05
2013-12-02
虹 ー No rain, no rainbow
学生時代の友人Aの墓参りのため、新潟へ向かった。今年が3回忌である。
今日の関東平野は秋晴れのよい天気だった。関越自動車道をひたすら北へ。谷川岳を貫く関越トンネルを抜けると、山なみには雪がかぶさっていた。道路脇にも雪が積もっている。
空の色は、トンネルを抜ける前とまったく変わった。雨が断続的に降りかかるが、峠をいくつか越えると雨は止み、やがてすばらしい虹が道路の向こうに現れた。
路肩にクルマを停め、しばし虹の帯に見とれた。
2013-12-01
使用許諾契約
こうしたアップデートは日常的なので、アップデートに際して画面に現れる使用許諾契約に目を通す人はほとんどいないはずだ。長文の面白くもない文章を読む時間も労力ももったいないからだ。
考えるまでもなく、これはその名の通り、契約書である。よくよく考えると目を通さず「同意する」と承諾してよいのかとふと疑問も浮かぶ。規約のなかにクッキーで収集した個人情報の自由な利用を認めるといった、利用者の権利を一方的に侵害する条項があってもわれわれには分からない。かといって、自分でいちいち目を通すのは現実的ではないし。
だれか、その「使用許可契約」の内容を自動チェックし、こちらに不利益を及ぼす内容があったさいに知らせてくれるサービスを提供してくれるとありがたいんだけどね。
2013-11-24
ハンナ・アーレント
大学の帰り、神保町に「ハンナ・アーレント」を観に行く。岩波ホールは久しぶりである。
劇場が、というよりその上映ラインアップのせいだろうが、観客の雰囲気が他の一般館とはかなり異なる。見たところ今日は、中年以上の女性同士のペアが圧倒的に多かった。次に比較的若い女性同士。若い男女のカップルは数えるほどだ。
髪がかなり白くなった男性の1人客も目立つ。彼らの多くは映画の上映が始まるまで、席で静かに本を読んでいる。文庫本ではなくハードカバーが多かったのは、彼らの年齢(老眼)のせいか。
映画の途中、隣にいた女性の携帯電話が突如けたたましく鳴り始めた。慌ててバッグの中をまさぐっているその人物を見たら、むかし「海を感じる時」でデビューした作家Nだった。そういえば彼女が教えている大学も近くだったな、との思いが頭をかすめた。
ハンナ・アーレントは、『全体主義の起源』で知られる20世紀有数といわれる女性哲学者。ユダヤ人である。彼女は、アドルフ・アイヒマンの裁判傍聴記(Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil)を米国のニューヨーカー誌に連載して同胞のユダヤ人たちの間で物議をかもす。
ナチスの親衛隊にいたアイヒマンは、ホロコーストの中心的人物であり、大戦後にアルゼンチンで潜伏生活を送っていたところをイスラエルの諜報機関モサドによって見つかりエルサレムに連行された。1961年に裁判にかけられ、1962年に死刑になっている。
彼女はニューヨーカーの連載のなかで、裁判傍聴の様子を中心に、欧州各地でどのようにユダヤ人が国籍を剥奪され、収容所に送られ殺害されたかを詳述している。彼女はこの本の中でイスラエルは裁判権を持っているのか、アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、裁判そのものに正当性はあったのかなどの疑問を投げ掛けた。
さらに、アイヒマンを極悪人として描くのではなく、ごく普通の小心者で「取るに足らないただの役人に過ぎなかった」と描いた。
記事のなかで彼女は、アイヒマンは命令にただ従っただけだったと主張した。彼の犯した罪は、官僚支配の行き渡った世界での非人間性のもとで行われたものであり、その無思考性と悪の凡庸性こそが問題だとした。
辞職を強硬に迫る大学の同僚やナチを擁護したと強烈な非難を投げかけるイスラエルのシオニストなど、ユダヤ人のナチスに対するルサンチマンのすさまじさを感じつつも、「考える人」アーレントとそれを支える家族や編集者の存在の大きさと力強さに勇気づけられる映画だった。
2013-11-22
ヒースロー空港へ
ホテルで朝食をさっと済ませた後、朝10時の開館と同時にカーディフ美術館を訪ねる。それほど大きくはないが、近代や現代の有名な画家の作品に加えて、地元ウェールズを代表する作家の作品が多く展示されていた。
| カーディフ美術館 |
昼過ぎ、昼食用のタルトを2つとナッツ1袋を買って、ヒースロー空港行きのバス、ナショナル・エクスプレスに乗り込む。そして一週間前に来た道を、そのまま今度は東へ走る。
ところが途中、高速道路でバスの運転席側のサイドミラーが突然壊れ、走っていたバスは路肩に停車。見ると風圧でミラーが破損して、ぶらぶらとぶら下がっている。これが路上に落下すると、間違いなく後続車が事故になる。
運転手がバス会社に連絡し、救援を待つ。僕はバスの前から3列目あたりに座っていたのだけど、その間運転席までやって来て、サイドミラーがなくたって車は走れるのだから空港へ向けて走るべきだとか、このままだとフライトに遅れるかもしれないからタクシーを呼べとか、強烈な要求をしてくる乗客がいるのに驚く。たいていは、アメリカ人か中国人である。
40分ほど待って、乗り換え用のバスがやって来た。以前、ハワイでも途中でバスが故障して、道中で30分ほど待って救援のバスに乗り換えたことがあったのを思い出す。
まあ外国ではこんなもんだろうと、十分ゆとりをもって出たので慌てることはなかった。むしろ、こんなちょっとしたハプニングのおかげで、バスを乗り換えた際に隣に座っていたロシア人女性ととても親しく話ができた。地質学者である彼女はその仕事柄か、旧ソビエト連邦内をずいぶん旅していて、興味深い話をたくさん聞かせてくれた。別れ際にメールアドレスを交換した。
2013-11-20
Morgan Arcade in Cardiff
本屋のショウウインドーには、研究社版の『ビジネス英和辞典』が展示されていた。古書も扱ってるので、カーディフ大学で勉強していた日本人学生が売っていったものかもしれない。
またこのアーケードには、スピラーズという1894年に開店した世界最古のレコード店がある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Spillers_Records

















