2010-10-19

学歴ロンダリングというヘンな言葉

大学の近くの書店の店頭に、少し前の週刊ダイヤモンドが今も高く平積みされていた。特集のタイトルは「壊れる大学」。その中に「驚愕の学歴ロンダリング」という記事があった。これは、有名校の大学院へ進学することでそれまでの最終学歴を変えることを指している。

記事はそのような事に対して多分にシニカルな論調だが、いったい何が問題なのだろう? 問題ないではないか。実際、低偏差値校といわれている大学の出身者でも優秀な奴は結構いる。たまたま15歳から17歳あたりで受験勉強しなかっただけだ。そうした連中が社会に出て、学びの必要性を本当に感じて大学に戻ってくる。僕は結構なことだと思う。

マネーロンダリングは違法行為だろうが、学歴ロンダリングをしたと指摘されている彼らは大学院の正規の入学試験を受けた上で入学しているはずである。そのどこに問題があるのか。学歴ロンダリングという言葉には、上からの侮蔑的な視線を感じる。

2010-10-14

元気はもらうものか

「元気をもらった」という言葉をいつから耳にするようになったのだろう。

ニュース番組の終わりあたりでちょっといい話が紹介され、そこで一般市民へマイクが向けられるシーンが続く。人々は言う。「元気をもらいました」。わくわくした、心が躍った、いい気分になったという意味で、さほど深い思いが込められていないのが判る。「感動を分けてもらいました」というのも同じだ。が、そうした言葉が当たり前の表現になるにつれて、僕たちは元気やら感動というのは、どこかから与えられるものといつの間にか思い始めてはいないだろうか。

自発的に何かを発見するのではなく、元気や感動という「サービス」や「快楽」の消費者になりつつあるようにも思える。

2010-10-04

商標権の侵害と大手総研の対応

昨日、用語について書いたが、先日こんなことがあった。

野村総合研究所のサイトに、マーケティング関連の提案書(新サービス)が掲載されているのを見つけた。企業に向けての自社のセールスシートだ。

そのなかでは僕が商標権を持つ用語がサービス名として使われていた。

論文や研究報告書なら構わないが、料金表まで載っているセールスのためのコンサル提案書に登録商標を勝手に使われるのはちょっと困る

そこで、提案書に載っていた担当者3人にサイト内容が商標権に抵触している旨を連絡した。ややあって、「弊社法務部、知的財産部と協議の上、ご回答さしあげますので、少しお待ちください」との返事が来た。

そして数日後、「ご指摘いただきました、商標についてですが、弊社提案書の表現を ●●●●●●● に変更いたしましたので、ご報告いたします。以後、ご指摘の商標については利用いたしませんので、ご理解ください」と連絡してきた。

サイトを確認すると、掲載されていたセールシートのpdfファイルは確かに修正されていた。

まあ、これで問題解決なのだろうが、気がつかなかっただけとはいえ他人の商標権を侵害してたのだから「スミマセンでした」の一言も添えるのが礼儀だと思うが・・・。ごめんさないと言うと、金でもせびられると思っているのかね。

日本を代表するような「総研」が、自社の新しいサービス名称を決める際にそれが他人の登録商標だと「知らなかった」というお粗末な話。仕事のレベルがうかがえる。 

2010-10-03

文科省の就職支援

大卒者の就職率の低さに対応するため、文科省が財政支援を始める。新聞の報道によれば「就業力」(何にでも「〜力」をつければいいというものではないだろうに)の育成に取り組む大学・短大に対し、一件当たり年間2千万円程度を援助するらしい。

学業を終えても職に就けないのは、確かに大変な事である。しかし、これは大学卒に限った話ではなく、高校を卒業した後も職に就けない生徒も増えている。そして、高卒で就職できそうもなかった、あるいはできなかった生徒たちの多くは大学に進学しているのかもしれない。

数の上ではすでにわが国は大学全入という環境下で、ことさら「大卒でも」とか「大学を出たのに」といった発想は転換した方がいい。

2010-10-01

木田元と独習

昨日まで、日経朝刊の「私の履歴書」欄に哲学者木田元さんのことが取り上げられていた。彼は、英語、ドイツ語、ギリシャ語、ラテン語、フランス語を農業専門学校と旧制の大学で独習した。

「・・・テレビもない、貧しくて酒も呑めない、そんな時代だからこそできたことなのかもしれない。考えようによっては、いい時代だったことになる」という言葉を噛みしめる。