2020年7月31日

前期授業が終了

今週で大学の前期の授業が終わった。Zoomを使ってのライブ授業や講義ビデオを事前に撮影し、それをオンデマンドで学生が見られるようにしたり、初めての経験が多かった。

4月の時はどうなるかと思ったが、意外と教師も学生も世の中の状況が分かっているだけに強い違和感はなく、やり方に前向きに慣れようと努力し、協調的な雰囲気がいつの間にかできていた。

パソコンの画面からだと発言や質問もやりづらかろうというのは、こちらの勝手な思い込みに終わった感じだ。チャットの書き込みで質問を投げてきたり、システム上の挙手反応で質問の意思を示したりするのは学生にはストレスがなくていいのかもしれない。

画面上に並ぶ学生たちには、お互いに妙な序列を感じていなかったようだ。教室という場と違って体の大きさや声の大きさ、身なりや持ち物といった付随する情報がない分、学生たちがフラットな雰囲気のなかで自由に発言できる空間だったのだろう。

2020年7月24日

人気のないキャンパスは寂しいね

入構制限のため、夜間になるといっそうひっそりと静まりかえる大学キャンパス。照明も最小限になっていて、気を付けないと水たまりに踏み込んでしまう・・・。いつまでこれが続くのか。早く大学に賑わいが戻ってくるといい。

11号館前から大隈講堂方面。時計台の左は大隈さん銅像のシルエット

2020年7月19日

副業だからといって、相手の足下を見すぎではないのか

自宅他でリモートワークで人が働くようになって、4ヵ月目に入った。

サラリーマンは月曜から金曜日、朝から夕方までオフィスで働くもの、というのが日本社会の基本だったのがあっという間にリモートワークに取って替わられつつある。まだ少数ではあるが、リモートで働くことを基本にするところも出てきた。

そうした流れを汲むように、ヤフーが副業で働く人材を募集し始めた。戦略人材として100名。他社の正社員でありながら副業でヤフーで能力を発揮してくれる人を求む、というわけである。

試みは大変面白いと評価できる。だが、新たな事業プランや企画を立案する「アドバイザー職」としてオンラインで月最大5時間程度働き、月5万円の給料は求めている能力の割には安すぎるんじゃないかね。

2020年7月11日

グーグル漬けから抜け出すために始めたこと

個人情報を流出させられたことを書いたが、それを機に個人情報の取扱いについて考えることにした。

対象はネット企業、とりわけグーグルに渡っている個人のさまざまな情報だ。

検索はgoogle、メールはGメール、地図はgoogleマップ、ファイルの共有はgoogleドライブ、写真の保存はgoogleフォト、予定の管理はgoogleカレンダー、動画の共有や閲覧はYouTube、ブラウザーはChrome・・・と自分が何者で、どこでいつ何をしているかがグーグルに丸裸になっている。

グーグルに蓄積される個人の情報は日々積み重なっていく。使い勝手が良く、しかも無料なので負担やストレスをあまり感じることなく、当たり前のものとして使っているが、これって自分を売り渡していることだと思うようになった。

しかも、どれも無料だからわれわれ利用者はグーグルがサービスの変更やその廃止を決めても不平を申し立てられない、考えてみればとても危ういサービスなのだ。

グーグル社が保持している我々の情報はgoogle takeoutというツールを使ってデータのアーカイブをダウンロードして確認するできるらしい(まだやったことはないが)。そして「マイ・アクティビティ(myactivity.google.com)」にアクセスして、個人で「広告」の履歴を削除することはできる。

しかし、ユーザーが削除したデータがグーグルのサーバーから消去されるか、それとも匿名化された状態でグーグル内に保持されるかは、グーグル社の方針によって決まるという。

つまり、いったんグーグルにわたった個人の情報は、現時点ではどうやっても彼らの手元に残り、加工され、売り渡されると考えた方が良さそうだ。

そこで僕は、武漢肺炎禍でパソコンの画面に向かう時間が増えた中、自分なりのチャレンジを始めた。以下のような変更だ。

★検索は、google → DuckDuckGo(全然問題ない)
★メールは、Gメール → Fastmail(快適)
https://ref.fm/u24279104
★地図は、googleマップ → Appleマップ(問題なし)
★フィル共有は、googleドライブ → dropbox、evernote、その他いろいろ
★写真のクラウド保存は、googleフォト → Amazonフォト(遜色なし)
★予定の管理は、googleカレンダー → Fastmailカレンダー(問題ない)
★動画の共有は、YouTube → Vimeo(これから)
★ブラウザーは、以前からFirefoxとSafari

一番悩んだのがメールだ。これまであまりにGメールに慣れすぎているし、データの蓄積も半端ではない。だが、最終的に選択したFastmailはとてもいい。使い勝手もいいし、信頼できる。有料だが、そこはサービスを受けるものとして当然と考えることにしている。
https://ref.fm/u24279104

そうそう、いまだ移行をどうしたらよいか決めかねているのが、グーグルが運営しているこのBloggerだ。1,000を越えるこれまでのブログ記事をそのまま写真ともども問題なく移行できる先をどうしようか。

2020年7月9日

個人情報の漏洩に合う

JICA(独立行政法人国際協力機構)の下請け先組織のひとつに、一般社団法人日本国際協力センターという団体がある。

JICAの国際プロジェクトを引き受けたときの相手側の実働部隊がそこで、謝金もそこから支払われた。

振込先の僕の銀行口座や住所、電話番号などが外部に情報漏洩したことが確認されたと連絡があった。該当の銀行に連絡し、不審な入出金(入金はないだろうが)やアクセスがないかを確認してもらったところだ。

併せて、そのセンターには、僕に関する情報はすべてデータベースから消すように依頼した。彼らがセキュリティの専門会社に調査させたところ、不正アクセスは海外のサーバーからだったと聞かされた。

まさか自分が情報漏洩の対象になるなど考えていなかったが、それこそが勝手な思い込みだった。

2020年7月8日

吉日と言われても

現在住んでいるところの掲示板に、NTT東日本の貼り紙があった。来週の月曜日に建物内の回線を調査するという案内である。それはいいのだが、その案内に「2020年7月吉日」とあるのを見つけた。結婚式の案内でもないのに、何かヘンだ。


2020年7月6日

様式美、とは言わないが

新型コロナウイルスによる緊急事態宣言と休業要請。多くの分野がそのために大きな変化を求められた。

将棋の世界で何が起こったか。オンラインで将棋を行うことは技術的には何ら問題はない。既にずいぶん以前からアマチュアたちは、ネット上で対局を楽しんできた。

だが、この時期に及んでもオンラインでの公式戦は行われていない。その理由は、伝統文化の様式美が重視されているからと聞いた。

へ〜え、と唸った。これをどう考えるか。オンラインでも簡単にできるのだから、そうすればいいじゃないか、というのは一法。きちんと対戦両者が将棋盤をはさんで向き合うという「型」、すなわち様式美が公式戦の対戦をそうであると形作っているというのも一法。

今日、この4月からの新学期で初めて学生と直接会った。研究室で、大学院生に修士論文の指導を行った。時間をおいて2人。将棋の対戦と同じで、Zoomでも可能。だが、やはり直接会って話していると話題の拡がりが画面上とは違うことに気づく。

こちらは様式美というほどたいそうなものじゃないが、ネット上とは異なる実感を久しぶりに充分に感じられたのが収穫だった。

2020年7月5日

Black Lives Matter

今年5月、米国ミネソタ州で黒人が白人警官から暴力的に押さえ込まれて死亡したことから、Black Lives Matterという言葉がクローズアップされ、日本語で「黒人の命も大切だ」と訳された。

それに対してあるジャーナリストなどは、その日本語が黒人差別の事実を矮小化していると批判している。何を批判しているのだろう。「黒人の命が大切だ」と言いたいようだが、これまでの歴史と人種の問題を契機に起こってきた数々を考えれば「黒人の命も大切だ」と表現するのがもっとも適切に僕には思える。

そういえば、マイケル・ムーアが制作し、2018年に公開した映画『華氏119』にも黒人らがBlack Lives Matterと権利の主張を掲げて行進しているシーン(下の写真)があった。一瞬だけど。

『華氏119から』

2020年7月3日

あじさいの藤森神社

藤森(ふじのもり)神社のあじさい園へ。もう花の盛りは過ぎていて(6月後半が見頃だったと言われた)、咲き誇っているというより頑張って生き残っているという感じだったが、それでもまだピンク、白、紫などの大輪のあじさいが眩しい緑の中で数多く姿を見せていた。

2020年7月2日

千本ゑんま堂

打合せで久しぶりに京都へ来た。夕方から、北野天満宮の北にある千本ゑんま堂を訪ねた。寺の名前は引接寺。かつての結界に位置しており、閻魔大王を祀っている珍しい寺だ。

午後7時から風祭りという特別祈願会に参加した。梶の葉に願い事を書き、それを祈祷いただいたのち、お堂に貼られた紐に吊して願をかける。これは七夕の時に願いごとを書く短冊の原型である。吊された梶の葉は時間が経つにつれて願いごとを書いた葉の表が丸まり、自然と他には見られないようになる。