2026-07-30

元の期待値が低いから、支持率が保たれている

新聞でタカ市総理についての面白い論考を読んだ。

最近の皇室典範改定などのやり方で支持率が低下したとはいえ、なぜいまだ多くの人が彼女を総理大臣として支持するのかに関する考察だった。著者によれば、その理由は「共感」。

 「厳しい追求には答えたくない」「議論を尽くす合意形成は面倒くさい」「英語でのコミュニケーションは苦手だけれども、できているように見られたい」

こうした彼女の姿勢は普通なら批判の的となり、国民からの支持率低下につながるはず。ところが我らが総理大臣は、このような欠点ゆえに支持されているとの分析なのだが、なるほどこれは一理あるなと感じた。

もし、そういった指摘が前総理の石破のものであれば、彼は即刻多くの批判を受けることで支持率の低下は免れないだろう。ところがタカ市の場合は、そういった総理大臣としては明らかな問題を抱えるが故に「それってあるよね」と、逆にある層から共感を持って認められているというわけだ。

不思議な現象だが、確かにそうとでも考えなければ、現状についての合理的な説明はつかない。

国の最高意思決定者ではなく、ある層にとっての推しの対象になっているわけで、いやはや、なんとしたらいいのだろう。

総理大臣に対しては、本来、国民はもっと高度な期待を持っても構わないはずなのだけど。 

2026-07-29

鍵を捨てた

机の引き出しの中の箱に鍵が入っていた。5本ほど。それらは、実は何の鍵なのか自分でもわからないまま、そこにあった。

分からなくなる前にタグなど何か手がかりを付けておけばよかったのだが、そうしたものはなく、どれも何のための鍵かまったく不明だった。

ずっと処分できなかったのは、それらが自分が忘れている何かの「扉」を開くために必要な鍵かもしれない、という思いがあったから。捨てることで、自分が開くことができなくなる「何か」を手放してしまうのでは、といった小さな怖れがあった。小心者なのである。

今日、それらの鍵を全部捨てた。

万一、その鍵が必要だったということが後にわかったとしても、もういいや、と言う気になれたからで、実にすっきりした気分。

何かを切り離したり捨てていく行為は、ちょっとしたなごり惜しさとともに、それに勝る気持ちよさを与えてくれる。

2026-07-28

SNSを子どもたちの<居場所>にしてどうする

フランスなど欧州のいくつかの国やオーストラリアで、子どもたちの心身の健康を守るため、また性的搾取をはじめとする犯罪被害や各種イジメからの子どもの保護を目的として、SNS利用への年齢制限を設ける動きがある。

背景にある考え方は国によって異なるところがあり、例えばフランスは以下の点を強調している。

・
若者の精神的健康
・サイバーいじめ
・注意力を奪うプラットフォーム設計
・夜間利用と睡眠不足
・学校生活への影響
・親だけでは対応できない巨大プラットフォームの影響力、など

一方、日本では有識者とやらが発する、子どもたちのプライバシーの問題や自由の尊重を理由としたSNSの利用規制へ反対する強い意見があり、具体的な対策がほとんど取られていない。

その代わりに、「学校教育でSNSの正しい使い方を教えるべきだ」とか「プラットフォームに対策を講じるように要請する」といった考えがいまも採用されている。

が、考えてみればいい。学校教育で教えるSNSの正しい使い方? それって具体的に何を示しているのか分かる人がいるのか。教育の現場を惑わせるだけではないのか。そのための明確な「トリセツ」でも作成されているのか。

学校の教師がSNS利用について具体的に何をどう教えるのかを示さず、「相手は子どもなんだから、学校で先生が教えてやれよ」だけでは何も動くはずがない。さらに、もし役人がそのための「指導要領」を作ったとしても、ネットの状況は日々変化しているので対応できるものでもない。

Xやメタなどの米国のプラットフォームが、どれだけ反倫理的な運営を平然と続けているかは日々の彼らの動きから誰でもわかるはずだ。各国の行政からの要請を無視するそれらの姿勢はこれからも容易に変わることはないだろう。

そして日本の有識者の中には「今やSNSは子どもたちの<居場所>なので、彼らのためにそれを奪うわけにはいかない」という考えで規制に反対する向きもあるが、どうにも理解が不可能だ。

自分の10歳の子どもがSNSに居心地のよい<居場所>を見つけ、そのまま成長していくことを想像してみればいい。例えば20歳までの10年間、SNSで過ごした彼(女)が、その後、そこからどうやって抜け出せるとおもうか。

SNSという、優れた(もちろん皮肉だが)ユーザビリティを実現しているツールだからこそ、子供らは中毒的にそこにのめり込み、友達などとの実体のある付き合い(コミュニケーション)ではなく、ただ手のひらの上ですべてを済ましてしまう。

SNSが使えなくなったから、子どもたちが友達との交流手段がなくなるわけでもあるまい。学校以外で友達に伝えたいことがあれば電話すればいい、訪ねていけばいい、遠方であればメールすればいい。

SNSが使えなくなると子どもたちは孤立してしまう。だから居場所としてのSNSが彼らに必要なのだとする考えが、僕にはどうしても理解できない。

ヴァーチャルからリアルへと、むしろ今のうちに子どもたちを取り戻すべきではないのか。 

2026-07-23

今年の後半は倒産企業数が増え、国民の生活困窮度も高まる

円安傾向が止まらない。タカ市政権が意図してその流れを強化しているのだから、当然と云えば当然だ。

ドルの値段が163円/1ドルを超え、円は1989年以来39年ぶりの安値レベルに落ちた。円の価値が上がる理由が見当たらず、それに市場が素直に反応している。

財源について語らないまま「責任ある積極財政」だとか、「骨太の方針」だとか、意味が分からない。

政府の施策に責任が伴うことは国民にとって自明のことで、わざわざ「責任ある積極財政」を標榜するってことは、これまでは責任というものが存在しなかったという事か?

言葉尻をとらえるわけではないが、「骨太の方針」というのも意味が分からない。骨太か骨細かの区別は一般の国民には関係ない。その方針は、国民が求め、必要としているものかどうかがすべてなのである。

タカ市は太いのが好きなんだろうが、それは自分の個人的な趣味にしておけばいい。

銀行口座に残高がほとんど残っていないのに、クレジットカードでどんどん買い物してたらどうなるか。やがて支払いができなくなり、信用を失い、金を借りることもできなくなり、最後には飯が食えなくなる。

円が売られ続けているということは、すでにそうした兆候に日本の経済が向かっているということ。 

気分で選んだとしか思えない具体性の欠如した17の重点投資分野を掲げ、370兆円を越える投資を流し込むことで一部の企業に大金が分け与えられ、大もうけする連中も多々出てくるが、国民経済全体がそれで底上げされるほど簡単なものではない。

タカ市ら今の官邸のものの考え方とやり方では、例のCJ(クールジャパン)シンドロームを繰り返すだけだ。 

今年後半、止まらぬ円安によって国内の倒産企業数が増えていくことが懸念される。 

これ、何の支払いだろう

クレジットカードの利用明細は紙で送ってもらっている。 今どきはどのカード会社も「ご利用代金明細書発行手数料」とやらを取るが、内容の確認には紙の方が便利である。

デジタルが嫌いというわけではなく、紙でできて、しかもそっちの方が扱いやすい場合はこれまで通り紙を使いたいだけ。 

その毎月の明細書のなかに、ご利用店名が「NTTドコモビジネス」で、摘要欄が「26年〇月」と記載されているものがあるのだが、その中身が分からない。

NTTドコモの携帯は使っていないのでこれは通信料金ではなく、ただの決済代行だということは推測できる。摘要欄は年と月なので、サブスクなどのサービスなんだろうと思っているが、実際に課金されているサービスが思いつかない。

それほど大きな金額ではないのだけど、自分で分からないのが何だか気持ち悪いままでいる。 

なぜ摘要欄に具体的なサービス(商品)名を記載しないのだろう。これはカード会社の問題ではなく、決済代行の会社、すなわちNTTドコモビジネスの問題である。

ぼくは実際にその会社のサービスを受けているわけでもないし、その会社に何か申し込んだわけでもないので、問い合わせ先すら分からない。

決済会社として自分たちは代金の請求さできればそれでいいと考えているんだろう。これって随分と不親切だと思うんだけど、それこそ今どきはこんなもんなのかねぇ。

2026-07-21

サッカー・ワールドカップと国民の民度

39日間に及ぶサッカー・ワールドカップが閉幕した。足かけ1か月以上だった。

一昨年のパリ五輪は全32競技(329種目)が17日間にわたって行われたことを考えると、サッカー1競技でこれだけの日数(五輪の2倍以上の日程)を要したのはなぜなんだろうと考える。商売とすればゲーム数が多く、日数が長ければ長いほど儲けが上がるわけで、そこにFIFAの意図が現れているのだろう。

今回の大会は日本チームの活躍も含め、ゲーム自体は見ていて面白く、実にワクワクさせられたが、その一方、フィールド以外の部分で考えさせられることが多かった。

その1つがアメリカ・チームがボスニア・ヘルツェゴビナ・チームと戦った際に審判から出されたレッドカードの扱いだ。アメリカチームの選手がレッドカードを受けて次の試合に参加できなかったはずのところが、トランプ大統領がFIFA会長のインファンティーノに直接電話してその決定を変更させた件である。

この行為については、既に多方面の関係者やファンからも様々な声が上がっているので、ここでは触れないが1つ気になるのは、そうしたトランプの行為とFIFA側の対応についてのアメリカ国民の反応だ。

YouGov/Economistが、2026年7月10日から13日に実施した全米調査によれば、「トランプ大統領がFIFA会長に電話をかけ、バログンの試合出場停止処分の撤回を求めたことを指示するか」と言う問いに対して、支持する米国人が21%いた。

「大統領が自国のチームを支持するのは当然だ」と言う考え方がベースにあるとされているが、これには首をかしげざるを得ない。

スポーツはスポーツであり、戦争とかではない。

そうした基本すらわきまえていない米国民が、5人に1人いると言うから驚きである。

ただしこれを政党別に見るとかなり違いが現れていて面白い。YouGovのクロス集計では、共和党支持者では賛成が多数派である一方、民主党支持者ではその圧倒的多数が反対の意を示している。

従って、FOXなどでの「大統領が自国選手を守るのは当然」と言う意見は、アメリカ市民全体の考えを反映したものではなく、共和党及びトランプ支持者らの意向を反映したものであることがわかる。

今回の件、アメリカではサッカーファンほどトランプの行動とFIFAの決定について批判的だったらしい。そして一方で、アメリカの一般国民は「よくわからない」と答えた層が多かった。

サッカーを日常的に見ている、いわゆるファン層では政治介入はスポーツの公平性を損なうとか、アメリカ代表の評価まで傷つけたといった意見が非常に目立っていた。

つまりこれらを総合的に考えてみると、サッカーについて詳しく知るわけでもない共和党・トランプ支持者らが歪んだ単純すぎる愛国心によってトランプがやったことを支持し、スポーツにおいても、とにかくアメリカが勝ちさえすればそれでよいと考えていると云うことが分かる。

こうした傾向は日本も同様で、ものごとを深く考えることなく表層的にしか判断しようとしない特定層が社会全体を蝕んでいっている姿が想像される。

勘違い丸出しの高市自民党へ投票した有権者しかり、斎藤知事を飽きもせず再選挙でも支持した兵庫県民しかり、ゲス丸出しの福岡県議会議員を自分たちの代表として選んだ福岡県民しかり。民度で云えば、先の米国民より酷いんじゃないか。 

2026-07-20

やはり米国への属国化を強めるしかないのか

『銃・病原菌・鉄』で、著者のジャレド・ダイアモンドはとても興味深い論考を展開して見せた。

例えば、かつて同じような条件でスタートしたはずの人間が、今では一部の人種が圧倒的優位を誇っているのはなぜかーー。著者によれば、答えは地形や動植物相を含めた「環境」にあるという。

その進化生物学者である彼が、今日の新聞で「米国の強さとは何か」について語っていた。

今度発行される新著で「リーダー」について述べているのと絡め、歴史に残るリーダーがリーダーたり得た理由として「場所とタイミング」を指摘している。つまり、正しい場所に正しい時にいたかどうかということ。

そして、その延長線上で、なぜ米国にめざましい成功を収めた政治家、経済人、科学者らが集中してきたのかを問われ、以下の3つのポイントを挙げている。

1:野心と行動力、リスクテイクが報われるという楽観主義の存在
2:多くの危機を乗り越えた強固な民主主義と資本主義を身につけていること
3:階層がなく、若者や女性か活躍できる社会であること 

翻って日本はどうか、米国のような成功者を生む国であることはできるのかどうかというと、かなり心許ない。

とりわけ1と3は絶望的だ。1が無理なのは日本の若い連中を見ていれば納得がいくだろう。とにかくリスクに敏感すぎる。つまり、リスクとは全力で避けるべきものと考えている。だが、リスクがないところには真のチャレンジも成功もない。

3であるが、政治家の集まりを見ても、経済人の集まりを見ても、年配者しかいない。しかもほとんどが男だ。そして、いうまでもなく日本人が圧倒的。

ダイバーシティなんて横文字が振り回されて久しいが、実態は遅遅として変わらない。

皇室はある意味で日本の縮図。皇紀何年とか言って、保守系政治家らは今も間違った歴史観をあからさまに口にするだけでなく、国会では意味薄弱な「男系男子」への妄信的執着が大勢を占めて、皇室典範について国民の総意とまるでかけ離れた決定がなされた。

おやじたちは階層にとどまることに人生をかけ、若者や女性を対等な存在として扱おうとはしない。 

それでも大半の国民が真面目にコツコツやることでそこそこのところまで登り詰めたが、それも今後はもう無理。コツコツやるのはAIやロボットの方が圧倒的に得意で勝負にならないんだからさ。 

やはり日本はコバンザメ戦略で、米国に追従していくしかないのか。

ただ米国について云えば、ノーベル賞受賞者や誰もが知るような企業経営者(例えばNVIDIAのジェンスン・フアン、スペースXのイーロン・マスクなど)を見ても、移民に繋がる人物の多くが米国で影響力のある大きな成功を収めている。その意味で、今後どうなるかは分からないけど。 

2026-07-17

祇園祭、山鉾巡行

祇園祭の先祭、山鉾巡行が街の中心部で行われた。

毎年7月に行われている京都の代表的な恒例行事だが、今年は37度という猛暑の中で鉾や山を引く人はさぞ大変だったに違いない。

とりわけ、鉾の屋根の上で真木(しんぎ)にかけられた綱を引っ張っている2人はさぞ大変に違いない。

朝9時頃に四条通りを出発し、午後1時頃にまた四条通りに戻ってくる。その間4時間ほど。もし交替せずに役目を務めているとしたら命がけだ。 

京都の市中を廻り、四条通りに戻ってきた長刀鉾

2026-07-16

蟷螂山のお神籤

今日は宵山。地元の蟷螂山町、西洞院通りの山車で1回300円のお神籤に長蛇の列ができていた。自分でカマキリのからくりを回す仕掛けが素朴で愉快。

2026-07-12

「勝ちたいとか満足いくプレーをするとかではなく、もぎ取りにいく」

7月11日、ウィンブルドン選手権の車椅子の部、女子シングルス決勝で上地結衣が初優勝した。10度目の挑戦だった。

これで彼女はテニスの四大大会全制覇にパラリンピック金メダルを加えた「生涯ゴールデンスラム」を達成した。すごいぞ、上地。

写真:共同


今回の決勝の相手は、2022年に決勝で敗れたデフロート(オランダ)。宿命の決勝戦であり、上地は「勝ちたいとか満足いくプレーをするとかではなく、もぎ取りにいく」と臨んだ。

その強烈なスピリットがあってこその勝利だった。これまでウィンブルドンでは優勝できなかった悔しさを爆発させた一戦を見せてくれた。