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2026-05-17

S・キングの短編を映画化した『サンキュー、チャック』が描くのは、天上天下唯我独尊である

映画『サンキュー・チャック』は3章(3部)仕立てで(それは見終わらないと分からない)、まず第3章から物語は始まる。

世界が、この場合、比喩ではなく文字通りの世界が、すなわち宇宙そのものが消滅して終わりに向かう。これが映画で描かれたこの物語の結末だ。

厭世的などというレベルを越え、完全にぶっ飛んでいる。途中でテレビにカール・せーガンがかつてホストをしていた番組が流れ、そこで彼が宇宙カレンダーについて語るのはご愛敬か。

物語はその第3章の終わりで終末の現れを示した後、第2章、第1章へと謎解きのように話が展開する。これ、映画上の演出かと思ったのだが、スティーブン・キングの原作小説がそうした構成になっている。

主人公のチャックは平凡な会計士。有名人でも何でもない。そもそも米国では、「会計士」とは真面目で面白みのない平凡な勤め人の典型というか、象徴として描かれる。日本では役所勤めの公務員といったイメージだ。

そのチャックが病気で39歳で亡くなる。キングは、その死を宇宙、つまりこの世界全体の消滅と同列に扱い、描いている。彼は、ことし79歳。自分が考える「人生とは」をその作品のなかにいっそう滲ませている感じがする。 

監督のマイク・フラナガンは、原作となった短編をベースにしながら、そのあたりを丁寧に丁寧に伏線を重ねながら一本の映画にした。

第2章、ブリーフケースを下げて街中を歩くダーク・スーツ姿のチャック。周りの誰も目を留めることのない平凡なビジネスマンが、たまたま出くわしたストリート・ミュージシャンが叩くドラムスの音に何かを感じて(それが何だったかは続く第1章で示される)、その場にたまたま居合わせた、ちょっと訳ありのダンス好きの女性とペアでダンスを始める。

その軽快なダンス(とドラムス)がすばらしい。この映画の白眉のひとつ。

 
一編の短編を原作に、その物語を丁寧になぞりながらも、映画ならではの見せ場を考えて組み立てられた構成力はなかなか。

ところで第1章で、幼い頃に交通事故で両親をなくしたチャックを親代わりとして育てた祖父母の祖父役を演じたのが、あのマーク・ハミルだったというのは、エンドロールを見るまで気付かなかった。このキャスティングも悪くない。

2026-05-14

連帯が必要と語る『オールド・オーク』

映画『オールド・オーク』は、英国の名匠ケン・ローチが2023年に製作した作品。86歳になる彼のおそらく最後の作品。彼の作品はどれも市井の人々を深くとらえ、社会を低い位置から水平に眺めているのが特徴だ。

2023年の作品だが、日本では配給されないままだった。それが先週末から国内の映画館で公開されるようになった。まるで今のこのタイミングを待っていたかのようだ。


この作品の舞台は、2016年の英国。EUを離脱するかどうかで揺れていた頃の英国である。

イングランド北東部の、かつては炭鉱で栄えていた町。その後閉山とともに廃れ、人口も減少をつづけるその町がシリアからの難民を受け入れることになったことから起こる摩擦と対立を描いている。

「オールド・オーク」はその町に一軒だけ残ったパブ。決して繁盛しているわけではなく、細々と、しかし町の人たち(特に元炭鉱労働者の男たち)が息抜きと仲間との繋がりを求めて集う唯一の場所である。

そこを舞台に、男たちの口からかつての町の繁栄とその後の衰退、彼らが呼ぶ「よそ者」への嫌悪が伝わってくる。経済的に回復の光が見えないなかで、なぜ難民に自分たちの税金から医療や公共サービスが提供されねばならないのかといった英国人住民の不満と怒りが描かれる。

人は自分がうまくいかないと、その原因をどこか他の所に見つけようとするものだ。その町の衰退もそうだ。サッチャーリズムの流れの中での政府の方針転換と地方の切り捨て策によってそれまでの産業が断たれ、人々の働き場がなくなり、学校が消え、教会も閉じた。そして多くの人々、特に若者は町を去って行く。出て行くことができない人たちがあとに残る。

未来のない閉塞感と不安が人々をおおっている。人口が減少している、そうした家賃も安い地域は政府にとって格好の難民の送り先になる。

もとからいるその地の住民は、「よそ者(荷物)を押し付けられた」と感じて怒りを募らせていく。そして、その前からさびれ続けていた町であるにもかかわらず、難民らが自分たちの町の衰退の原因だと考えるようになる。

ケン・ローチはこの映画で、難民を優しく迎えましょうとか、仲良くしましょう、助けてあげましょう、と言っているのではない。もちろん彼らを排斥した方がいいと言っているわけでもない。問題を解決するための特効薬などないことを理解した上で、少しずつ理解し合って歩み寄るしかないとそっと語っている。

映画の中では、人々が食事を作り、一緒に食べるシーンが何度もでてくる。わかり合うためのもっとも簡単で効果的な方法がそれなんだというメッセージだろう。同じ釜のメシを食う、というのは国を問わず共通なのである。

もう一つ、この映画の制作者が語っている大切なこと。それは、敵は目の前にいる相手ではないということ。その後ろにいる、大きな力をもった連中こそが本来の敵であることを忘れないようにしなければと訴えている。 

2026-04-12

現在公開中のジェシー・バックリー主演のもう一作

『ハムネット』で主演したジェシー・バックリーがこちらも主演しているということで『ザ・ブライド』を観に劇場へ。

彼女の役柄は、あのフランケンシュタインの花嫁(ザ・ブライド)である。フランケン同様に、彼女も墓から掘り起こされてアネット・ベニングが演じる医師によってモンスターとして再生する。設定は1930年代のシカゴ。 

フランケンシュタインを演じているのはクリスチャン・ベールで、その「怪物」2人はひょんな事から警察に追われることになり、クルマで逃走する。最後は警察の銃弾を浴びて絶命するのだが、このあたりはウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイの『俺たちに明日はない』を連想。

これまで制作されてきたフランケンシュタインの映画にオマージュを捧げながらも、単なるホラーではなく、場面場面にユーモアも含みながら展開するゴシック・パンクである。

偶然だろうが、バックリーは『ハムネット』で始終赤いドレスを身につけていたが、この映画でも彼女の衣装は赤いドレス。『ハムネット』での赤が愛と情熱の象徴なら、『ザ・ブライド』での赤は血と反逆か。 

続編が計画されているのかどうか知らないが、ラストはそれを思わせるものだった。 

2026-04-10

シェークスピアの妻を描いた映画『ハムネット』

シェイクスピアの名は誰でも知っているが、その実際の人物像や生涯には謎が多い。謎が謎を呼び、世界中でこれまでも数多くの創作の素になってきた。さらにその実体が不明なのが、彼の家族についてである。

年上の妻だったアン・ハサウェイはどんな女性だったのか。彼らの息子が少年期になくなったのは何が原因だったのか、今も不明なままだ。 それでいながら、シェイクスピアの妻は後生、ずっと悪女としてこき下ろされてきた(ソクラテスの妻、クサンチッペと同様に)。

映画『ハムネット』は、その女性を主人公にすえ、シェイクスピアの戯曲『ハムレット』と11歳でなくなった2人の息子ハムネットを想像力で結んでいる。

本作品の主人公のアグネスを演じるジェシー・バックリーが実にすばらしい。圧巻の迫力と演技力である。劇中の彼女は鷹を操り、種々の野草のもつ効果について詳しい知識を持ち、自然そのものと交感する力を持っている。そうした原始的な強さと魔性を持つ女性を自然とこなしている。

 
自然のなかで自己の精神を守り続けていく女性は、本作品の監督であるクロエ・ジャオが2021年に制作した『ノマドランド』でフランシス・マクドーマンドが演じた主人公も同様だった。 
https://tatsukimura.blogspot.com/2021/04/blog-post.html

原作小説を書いたマギー・オファーレンとクロエ・ジャオの共同脚本による本作品は、悪女として扱われてきたシェークスピアの妻を「再生」させ、謎に包まれた夫婦の関係を息子の死を中核にしながら、2人の出会いと相克、そして喪失と再生を想像力豊かに作り上げた。

終盤、ロンドンのグローブ座で劇中劇として『ハムレット』が上演される。当時は椅子などなく観客は全員立ち見で観劇しているのだが、その最前列で夫の作品を観るアグネスがその芝居によって「再生」されていく様がなんとも感動的に描かれていた。なるほどこれならアカデミー主演女優賞を受賞したのも当然と納得した。

観客は予想と違って男性が7割! そして、その7割は僕より年上の人たちだった。 

2026-04-05

映画「金子文子 何が私をこうさせたか」

今日は朝から雨。花見でもなかろうと、朝食後は近くの京都シネマに行く。ここは昔からセレクションがユニークで、大手の興行会社が運営する劇場ではかからない作品を見せてくれる。

選んだのは「金子文子 何が私をこうさせたか」。彼女は1903年に生まれたが、親が出生届を出さず、壮絶な虐待を受けて育つ(朝鮮半島で彼女を奴隷のように扱う鬼祖母を吉行和子さんが演じており、吉行の遺作になった)。虚無主義者、無政府主義者として生き、23歳で獄中で縊死する。

 

彼女が死んでちょうど100年。100年前の日本でこうした女性が生き、闘い、抗い、死んでいった。投獄されたのは冤罪だった。天皇や天皇制を批判したことで「官」から目をつけられぶち込まれたわけだ。

映画は、彼女が残した手記にある短歌をもとに脚本が書かれ制作された。映画の中でそれらのいくつかが紹介されるが、すばらしい。深い才能を感じる。

彼女は短歌以外にも膨大な量の書き物を残したが、当時の官憲がそれらが世の中に出ることを怖れて短歌を除いて処分してしまった。

この時期、他にも才気溢れる反骨の女性たちが国家権力によって殺されている。菅野スガが1911年に29歳で死刑に、伊藤野枝は1923年、28歳の時に特高によって虐殺された。

受難の時代だ。今はどうだ?

2025-10-29

「世界で一番美しい少年」と言われ続けた男

ルキノ・ビスコンティが1971年に撮った映画『ベニスに死す』に出演したビョルン・アンドレセンが先日、70歳で亡くなった。


ダーク・ボガード主演のその映画に彼が出演したのは15歳の時。ビスコンティにスカウトされたらしい。 

当時、彼につけられたキャッチフレーズが「世界で一番美しい少年」。ボガードが演ずるアッシェンバッハという名の老作曲家を虜にする美少年という役どころから、そう設定されたのだろう。 


それを聞いて「へぇ〜」と思ったものだ。その後、彼は明治だか森永のチョコレートのCMにも出ていたような記憶がある。

今回、彼の死を伝える報道のなかでもその「世界一美しい」はしっかり付いて回っていた。

世界一美しいかどうかなんてまったく主観の問題なのに、当時の映画関係者の誰かがつけたそのフレーズは半世紀以上も根強く残ってたわけだ。

つくづくイメージというものの粘着性の強さに驚く。一度ついたイメージは簡単には剥がせない、剥がれないのである。

彼はそのせいかどうか、その後アルコール中毒やうつ病に悩まされたらしい。年を経ていったあとも、どこへ行っても「世界で一番美しい少年」という目で見られたら、精神がどうにかなるのは分かる気がする。

2025-10-13

ダイアン・キートンと「アニー・ホール」

ダイアン・キートンが79歳で亡くなった。死因などは公表されていない。

彼女が出演した映画を最初に観たのは、中学時代に友人と行った「ゴッドファーザー」。だが、あの男の群像を描いた映画のなかに登場した女優は、誰一人ぼくの印象に残らなかった。ダイアンもそのなかのひとり。彼女の影が薄かったとかではなく、そういう映画だったからだと思う。

強烈に覚えているのは学生時代に観た「アニー・ホール」。彼女がアカデミー主演女優賞を獲得した、ウディ・アレンが監督した映画である。

この映画は面白かった。アレンとキートンが劇場の入口で開場を待っているシーンは忘れられない。当時のメディア界を一世風靡していたマーシャル・マクルーハンが本人として登場した、あのシーン。こんな演出もあるのかと、たまげた。 


彼女の出演作ですぐ思い出せるのは、「アニー・ホール」以外に「マンハッタン」「インテリア」「ミスター・グッドバーを探して」「レッズ」など、どれも学生時代に観た作品だ。 

90年代以降も彼女は多くの作品に出演し、それらはどちらかというとシリアスなものではなくロマンチック・コメディと言われる類の作品で、ぼくの個人的な印象は薄かった。

これは彼女の女優性の問題ではなく、プロデューサーなど作品の作り手側の問題だったと思っている。 

つばの大きな帽子がトレードマークだった、個性的で魅力的な女優さんだった。

 

2025-10-05

40年間未公開。馬鹿げた日本の映画興行界

ポール・シュレイダーの「MISHIMA」(1985年製作)が、今月から日本で初公開されることになったらしい。
https://www.yomiuri.co.jp/culture/cinema/20251001-OYT1T50022/

新聞では今回の初公開が三島の生誕100年の年だからとか、人を小馬鹿にした説明がされているが、なんだそれは。
https://tatsukimura.blogspot.com/2012/07/mishima.html

もしそんなことで初公開するのだったら、さっさと日本でも公開すればよかったわけでね、東宝が怠慢こいてただけじゃないのかね。 

1985年製作の映画『MISHIMA』日本初公開の報道を参照中に撮影したスクリーンショット

2025-09-14

高畑勲と手考足思

麻布台ヒルズギャラリーで開催されている「高畑勲展」では、彼が60年近く携わってきたアニメーションを中心とする、ほぼすべての作品についての軌跡を見ることができる。

作品の完成に至る途中の圧倒的な数のスケッチ、コンテ、アイデアメモなどだが、とりわけなかでも印象に残っているのは、映画「火垂るの墓」の脚本作成のための高畑のノートだ。

野坂昭如の原作本を全文コピーしたものを数セット用意し、場面、時間、人物にマーキングしたうえで時系列ごとに分けてノートに切り貼りしている。

そして、その余白には彼が映画で描こうとしている各シーンの状況説明や台詞、カメラワークなどが書き込まれている。

高畑勲の手書きのノート
 

野坂の原作にはなかった「死んだ兄妹が物語を見つめている」という映画での二重構造は、高畑がこのノートを作りながら構想していくなかから生まれた。

「手考足思」という河井寛次郎の言葉があるが、高畑の仕事はまさにそうだと思う。作品を作るに際しては画で考え、文字で考えるのはもちろん、彼は可能な限りその舞台となる地を内外を問わず訪ねて、その地の歴史や人物に関することなどを渉猟することで企画書をまとめていった。

高畑のこのノートを見ることができただけでも、出かけた甲斐があった。「ものをつくるということ」「表現するということ」を、あらためて考えるきっかけになった。 

2025-09-06

「バード ここから羽ばたく」

主人公は12歳の少女ベイリー(先日観たラッセ・ハルストレムの映画の主人公犬と同じ名前だ)。舞台は特定できないが、海が近くにあるイングランドのとある町。

彼女の父親は、今は離婚した女性との間に彼が14歳の時にベイリーをつくった。お気楽な不良上がりで定職にも就いていない。元の母親は幼子を抱えながら、これまたクズの男と暮らしている。

登場人物全員が金がなく、教育も受けておらず、感情の赴くまま荒れた日常をただ過ごしているように見える。そこにバードと名乗る奇妙な男が現れ、ベイリーは彼の親探しを手伝うようになる。

今の英国の一面を描いた社会派リアリズムの映画かと思って見ていたら、終盤になって一気に寓話の世界へストーリーが展開し驚いたが、それはそれで12歳という「これから何でもあり」のベイリーの未来を反映してるようだった。

映画には鳥はもちろん、馬や犬、猫、魚などの生き物が出てくる。どれも無垢な自然を象徴しているようだ。そして明日を思い煩わずに「今」を生きている存在として描かれている。

映画を見終わって劇場を出たあと、頭の中でずっとジョン・レノンの「フリー・アズ・ア・バード」が鳴っていたのはなぜだろう。


2025-08-24

LION/ライオン 25年目のただいま

「スラムドッグ$ビリオネア」や「ニューズルーム」(HBO)のデブ・パテルが主演した映画「LION/ライオン 25年目のただいま」の始まりは1986年のインドの小さな村である。

それはいまから40年ほど前だが、それにしても当時の日本とは比較にならないほどの貧しさのなかで人々が生きていたのが描かれている。

兄の仕事を手伝うために鉄道駅に向かった5歳のサミーが、ひょんな事から回送の長距離列車によってコルカタ(カルカッタ)に運ばれてしまう。帰りたいと思っても、彼は自分が生まれ育った村の正しい名前すら知らない。

やがてオーストラリアの夫婦のもとに養子として迎えられ、豊かな愛情の元で25年の日々を過ごす。だが、もちろん彼の心の中には分かれたインドの村の母親と兄がいた。

鉄道駅の近くに給水塔が建っていたとか、町の裏には母親が石運びとして働いていた岩山があったなどの数少ない断片的な記憶をもとに、Google Earthで自分の生地を探り当てて訪ね返るという話である。

ひょんな出来事で家族から離れてしまった彼だが、映画で描かれているその後の人生は極めて恵まれた幸せなものと言っていいものだ。

ただ心のなかでくすぶっているのは、インドでまだ生きているだろう母親と兄の消息。映画の終盤、彼はネット上の地図で見つけた村を訪ね、いまもそこで彼の帰りを待っていた母親と25年ぶりに感動的な再会を果たす。

ストーリーが美しすぎるが、これは実話をもとにした話が映画化されたものらしい。描かれた人物にはおそらく演出上のフィクションも含まれているはずだが、とにかくGoogle Earthで彼が育ったインドの村を探し出したという点は本当の事なのだろし、そのテクノロジーに感嘆した。

養母役のニコール・キッドマンがいい。 

 
(後記)なぜこの映画が気になったのか、分かった。この映画のしばらく前に観た「火垂るの墓」の少年・清太とサミーを頭の中で重ねていた。清太は14歳、サミーは13歳でほぼ同じ年齢だ。共に雑踏の中(それぞれ神戸とコルカタ)にひとりぼっちで放り出され、清太は誰からも救いの手を差し伸べられることなく駅の構内で餓死する。一方、サミーはコルカタで見知らぬ人によって救助されて生き延びるだけでなく、その後、生家の母親と再開を果たす。時代も場所も違うとは云え、これら二人の少年の運命の差の大きさとその理由を考えさてしまった。
 

2025-07-02

ルノワール

映画「ルノワール」の主人公は11歳の少女。時は1980年代後半。主な登場人物はその少女フキ(変わった名前だ)とその母と父。

父親(リリー・フランキー)は闘病中で入院している。医師から余命宣告は受けていないが、入院先の出す薬を自分で調べて自分がガンだと知っていて、死ぬ覚悟はもう気持ちのなかでほぼできている。母親(石田ひかり)は仕事と家事、それにフキの世話に追われて神経が尖っている。

そうした家族環境の中での少女のある夏が、いくつかのエピソードをパズルのように組み合わせながら展開していく。

ぼくには11歳の少女の気持ちを想像することや、彼女の周りに起こるだろう日々の出来事を思い浮かべることはたやすいことではないけど、それにしても映画の中で起こる事件のような出来事はまるでスペインのファンタジー映画を観ているような印象だった。

そんななか、一つだけ日本的というか土着感を感じたのは、入院している父親が病院を抜け出して自宅のアパートに帰り、寝室の扉を開けると、そこに女物の喪服が衣紋掛けに駆けられていたシーン。

ゾッとするとともに、これってあるかな〜? えっ? なに? あるんだ。

早川千絵監督の「PLAN 75」はテーマがストレートで、いかにも(良くも悪くも)新人監督のメジャーデビュー作といったものだったが、「ルノワール」は難しい。
https://tatsukimura.blogspot.com/2022/08/blog-post_17.html 

11歳だという少女の気持ちの変化や波打つ感情を、もう推測できなくなっているからかもしれない。 

2025-06-14

Anselm Kiefer + 京都二条城

昨年日本で公開された「アンゼルム 傷ついた世界の芸術家」は、戦後ドイツを代表する芸術家であるアンゼルム・キーファーを主人公とした、ヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリー映画だった。

1945年、第二次大戦のさなか、実家が爆撃された日に生まれたという。今年80歳になるこの芸術家を僕はその映画を観るまで知らなかった。

この映画で一番印象に残っているのは、パリの郊外にあるという彼のアトリエ。まるでジャンボ・ジェット機の格納庫を思わせるような巨大な空間におびただしい数の作品が収納されいて、キーファーがそのなかを自転車で悠然と動き回るシーンがおもしろかった。

ヴィム・ヴェンダースが製作した映画ということもあり、以降、キーファーにも興味を持っていたところ、京都の二条城で彼の展覧会が開催されていることを知った。

京都二条城
 
二の丸御殿台所を舞台にした会場に足を踏み入れて、まず最初に目に飛び込んできたのは、彼の代表作の一つである「ラー」と名付けられた例の翼だ。

京都の二条城で公開されたアンゼルム・キーファーの作品「ラー」
二条城の空間に不思議とマッチしている

ほぼ想像していた通りの大きさに嬉しくなる。今回、展覧会に足を運んだのは彼の作品の実際の大きさとそれぞれの作品の質感を確かめたかったから。

だが、それ以外の作品はといえば、個々のものはそれぞれ興味深かったのだけど、残念ながら展示作品の点数が限られていて、その少ない点数を「二条城」という別の作品で補っている展覧会という感じだ。 

ところで今回、展示を見るために二条城のかつて台所だった建物の中に靴を脱いで上がるのだ、展示作品を見ていた連れが会場スタッフに声を掛けられた。

ストッキングと裸足はダメで、スリッパを履いてくれという。チケットを購入したホームページの注意事項にはそうした文言はなかったと返したら、先ほどチケット窓口でそう伝えてあるはずだと。

チケット窓口に並んだのは僕だから、ストッキングのことなんか言われても当然ながら知った事じゃない。右から左だ。 

これは、建物のなかでは帽子を取ってくれ、というような事とは違う。ストッキングがダメなら靴下を履いてくるように事前にサイトで注意を促しておくべきだが、そうしたことがなされてなかった。

結局、建物からいったん外に出て、別に設えられた売店でスリッパを買わされることになった。

これはやり方が間違っている。万が一、ストッキングの女性に対してスリッパを履くことを求めるのであれば運営側が用意したものをそこで差し出すべきである。主催者の極めてお粗末な運営をうかがわせた。 

展覧会のあとは、キーファーの作品からふと連想した銀閣寺を訪ねた。断続的に雨が降り続いていたがそのためか思ったほど人はおらず、広い境内のなかをゆっくり回ることができたのが良かった。

雨に濡れた京都・銀閣寺
雨に濡れた緑のなかの観音殿(銀閣)

2025-06-12

ブライアン・ウィルソンが亡くなった

ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが82歳でなくなった。

薬物中毒に苦しんだり、精神を病んだり、彼の人生は大変な苦痛の波に何度も襲われていた。死去する前は認知症を患っていたらしい。

ただ3年前に公開された映画「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」の中の彼には、そうした印象はまだ見受けられなかったのだけど。
https://tatsukimura.blogspot.com/2022/08/blog-post_21.html  

間違いなく不世出のミュージシャンだった。これから世界中の多くのミュージシャンからトリビュートが寄せられることだろう。 

ところでビーチ・ボーイズというバンド名は、彼らが自分たちで付けたものではなく、レコード会社が勝手に命名したもの。彼らにはもともと別のバンド名があったが、レコード会社によって製作されたレコード盤には見たこともない名前が印刷されていた。そのときメンバーは全員驚いたが、すでに遅かった。

ビーチ・ボーイズの、というか、ブライアン・ウィルソンの曲にはサーフィンをテーマにした曲もあるけど、バラード調の曲にもすばらしいものがたくさんある。


2025-05-23

地方自治と二元代表性について考える

ポレポレ東中野で「能登デモクラシー」を観て、自分が生まれ育ったちいさな町を思い出していた。高校を卒業してすぐそこを出てしまったので、実際にその町の行政や議会の中味が分かっていたわけではないが、なぜか「似てる」と感じたのである。

住んでた人たちの考え方や雰囲気が共通していた。典型的な地方の保守的な田舎町。役所の人間がなぜか分からないが偉そうにしていた。高校生から見ても理不尽なことが多く、不愉快だった。

今年のはじめ、ある新聞で同郷の漫画家の一条ゆかりが、その町についてこう書いていた。

この場所から逃げ出したいと思っていた。噂好きで、人と違うことをする人間を嫌う。何かについて「女だからダメ」と言う。そんな人の多い田舎が大嫌いだった。 

彼女は僕より10歳ほど上だが、これを紙面で読んだとき、古い地元の仲間に会ったような気がした。

「能登デモクラシー」の舞台である穴水町は人口約7千人の小さな町。高齢化だけでなく、その高齢者の数も年々減少している。消滅が想定される町のひとつだ。

そんな町で、いや、そんな町だからか、代々の町長らは自分の利益のためのやりたい放題。 にもかかわらず、町議会の監視機能がまったく働いてない。行政と議会のあいだには惰性と忖度の関係しかない。

だが、それはこの町特有のものではない。僕の生まれた町も、あの町も、日本のどの町も似たようなものだ。その意味で、映画で描かれている穴水町は「日本の縮図」という言葉がぴったりくる。 

カメラが捉えるのは、地元の80歳の男性とその家族。「このままでは町がなくなる」「何もしなければ、何も変わらない」と語り、手書きの新聞を発行しながら町の未来に警鐘を鳴らす。少しずつ理解者がふえてくるのが救いである。

この映画の監督は、地方局である石川テレビのディレクター。彼が、もとは地上波の番組として制作したものがベースになっている。

地方にあるメディアの矜恃というか、意地のようなものを感じる。今では多くの地方メディアがその存在感をなくしているなか、まだまだ頑張っているメディア人がいることが分かり少し嬉しい。 

2025-05-16

映画「リー・ミラー」

ケイト・ウィンスレットが『タイタニック』で世界的に知られたのは、彼女が22歳の時。それから27年。

映画の冒頭、雑誌「ヴォーグ」の元モデル、カバーガールとして一世を風靡し、その後「撮られる側」から「撮る側」に移った写真家リー・ミラーに扮するウィンスレットが、胸をはだけた姿で知り合いたちと寛ぐ姿が映る。

『タイタニック』で見せた裸体に比べれば、スタイルはかなり変わった。仕方のないことだ。それより、49歳とは思えないいい形の胸を惜しげなく晒すところに、彼女の覚悟のようなものを感じた。ウィンスレットは8年かけて、リー・ミラーについてリサーチしたという。


ミラーは従軍カメラマンとして第二次世界大戦の欧州戦線に赴き、数々のセンセーショナルな写真をものにした。大胆不敵な発想と行動。直情径行な性格でありながら、周囲への、特に虐げられる者への共感の眼差しを持つ複雑さ。とても魅力的だ。 

ヒトラーが自殺し、終戦が間近になった頃、彼女はナチス強制収容所で目を覆わんばかりのホロコーストの悲惨な姿をカメラに収める。しかし、その多くは世の中には出なかった。インターネットなどない時代だ。編集者の判断で新聞や雑誌に写真が掲載されなければ、それらを人々が目にすることはない。

世の中が求めたのは、戦争の終わりと連合軍側が勝利したことを人々に伝える「希望に満ちた」写真や報道だったわけだ。それに強く苛立つミラー。

彼女はかつて、モデルやセレブリティとして輝くような光の中で生きていた。だからこそか、写真家となった彼女を引きつけたのは、人や世界の影の部分だった。

劇中、彼女が使っていたローライフレックスのカメラが気になった。カメラを顔の前に構えるのではなく、腰のレベルで構えて上からファインダーを覗いてピントやアングルを決める。そのあとは、被写体と普通に顔を合わせたままシャッターを押せるのがいい。

 
ナレーション:ケイト・ウィンスレット

2025-03-19

自由を最優先に考えれば、学校はこんなにおもしろい

今年15回目になる大倉山ドキュメンタリー映画祭の最初の上映作品は「夢みる小学校」だった。

映画に登場する小学校「きのくに子ども村学園」は、テストも宿題も通知表もない。先生もいない(らしい)。

ちょっとびっくり。でもちゃんとした小学校だ。


映画のなかに映る子どもたちは驚くほど自由で活発。子どもたちはもともと疲れを知らないんだから、やりたいことさえあれば、それに夢中になれるのが彼らの特権だ。

いつの間にかこんな学校ができたのではない。自由を最優先に、子どもたちがのびのびと楽しめる場(学校)を作ろうと考え、それを地道に実行した大人がいてできた。

とにかく自由。責任がともなわない、完全な自由だ。責任はオトナが取る。だから、子どもたちは自分が何をやりたいのかをみずから考え、見つけ、頭と体をめいっぱい使って毎日を過ごす。

一方で、それができない子には辛い場所かも知れない。先生からあれをやりなさい、これをやりなさいと言われてやっているほうがよっぽど楽だから。

だから、この学校はすべての子どもたちの場ではない。そうある必要もない。だが、こうした学校がもっとたくさんあってもいい。 

映画のなかに「卒業を祝う会」の様子が映し出される。「卒業式」ではないのがいい。卒業式になっちゃうと、先生(学校)が主体となってもの事が決められ、式次第がそこにあって、それに子どもたちが合わせるだけになるから。

体育館に集まった卒業生たち、てんでバラバラに並んでいる。普通だったらクラスごと一列に並ばされるけど、この学校ではそんな集まり方はしない。<前へならえ>で一列に並んだら「前が見えないでしょ」だって。ははは、そのとおりだ。

昨日、今年のセンバツ高校野球の開会式があった。ニュースでその選手入場の風景を見たけど、さっきの小学校とまったく対照的で別の意味で驚かされた。

こちらは全員が丸坊主姿。おそろいのユニフォームに身を固め、ブラスバンドの音楽に合わせてイチニ、イチニと整然と手を振り足を上げて進む。


これはまるで軍隊の行進だ。

大会を主催している高野連、毎日新聞、後援の朝日新聞など、運営している側の大人たちは、こうした光景を毎年毎年見てて何も感じないのだろうか。 

だとしたら、感覚が完全に麻痺してる。

2025-03-18

映画「生きて、生きて、生きろ。」

近くの大倉山記念館で映画「生きて、生きて、生きろ。」を見る機会があった。
https://ndn-news.co.jp/dvd/4478/

東日本大震災と東電の福島原発事故に遭遇した人たちの中には、遅発性PTSDと呼ばれる精神疾患に苦しむ人たちが多い。

家族を震災でなくし、自分だけが生き残ったことを許せないと悩む人。転々と移動させられる避難所生活によって心を病んで家族が自殺してしまった人。ふるさとを追われ、それまでの日常を消し去られて急速に痴呆症が発症した配偶者を見守る人。

泣くに泣けない人たちばかりである。いずれもやり場のない無念さに、胸をかきむしられる。

誰だ、原発は安全だから問題ないと言い放ち、放射性廃棄物の処理もままならないのにそれを推し進めた奴は。誰だ、原発の建屋に達するような津波など来ることはないと住民に平然とウソをついた奴は。

自己の利益と保身だけをつねに最優先する連中は、自分たちは安全地帯にいて、アブないもの、汚いものはいつだって貧しい地方に持って行く。人々の働く場所が限られ、財政が乏しく必要なインフラすら整っていないような村を狙い、補助金という餌と甘言で絡め取る。

そして今また、政府は政策方針を転換し、原発の新増設などを言い始めている。


2024-09-23

映画「本日公休」

台湾映画「本日公休」の主人公は、台中の街で40年にわたり常連客の髪を切ってきた理髪店の女店主。自分に技術を教えてくれ、かつては一緒に店を切り盛りしていた夫はなくなり、一人で店をやっている。

3人の子供たちはそれなりに独立したが、まだいずれも地に足が付いていない感じだ。

娘からこんな時代遅れの店はやめた方がいいと言われても、彼女はいつもの常連客の頭にいつものようにハサミを入れる。変わっていく台湾の社会。世界のどこにでもあるジェネレーション・ギャップ。だけど、台中の街の風景には、「いつもの」暮らしと人間関係が染みついていて、それが実によく似合っているように思える。

彼女は、毎月離れた街から髪を切りに来てくれていた古くからの馴染みの客が床に伏していることを知り、めったに運転しない古い車でその町へ向かう・・・。

やっとのことでたどり着いたその家で、会いたかった古くの客である老人は息を引き取っていた。彼女は横たわる彼の髪を切り、整え、ヒゲをあたり、最後の理髪を行う。

彼女は、いつもの店で、いつもの客といつものように語らいながら、いつものように髪を切る。そのことで相手を知り、関係を自然と作るなかで自分の仕事や生きている意味を感じていたのだろう。自分がどこで生きているのか、自分は誰か、何をすべきかもよく分かって生きている。

本作では、それが決して頑迷さということではなく、ただゆるぎない一人の生き方として自然なものとして描かれていた。そこはかとないペーソスを秘めた佳作である。

2024-03-13

映画「オッペンハイマー」

96回目になるアカデミー賞では、「オッペンハイマー」が作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞した。

 
原爆の開発責任者だったJ・ロバート・オッペンハイマーについて描いた作品である。僕は先月、この映画を2回観た。飛行機の中、行きと帰りだ。他に観たいものがなかったからだけど。

さて、昨年7月に米国などで公開されたこの作品は、まだ日本では公開されていない。原子爆弾の本質、原爆でのヒロシマ、ナガサキでの被害や被災者の姿などがきちんと描かれていない、という批判がすでに多く寄せられていることがその理由の1つだ。

日本人の一般感情としてそれは分かるが、この映画はそれを目的に作られたものではない。「ゴジラ」とは違う。

焦点は原爆そのものではなく、その開発の中心人物で原爆の父と呼ばれた(呼ばれてしまった)人物の思いや葛藤が中心のストーリーだ。映画として世界中に配給され、商業的に成功するものをと考えたならそうなる。しかたない。だから、日本人がこの映画に「NHKスペシャル」のような作りを期待したら間違っている。

映画で描かれた原爆の「向こう側」にいたわれわれ日本人が考えるべきこと。それは、この映画がヒロシマ、ナガサキの被災者の状況をきちんと描いていないことに対して不満を募らせることではなく、なぜ原爆の投下を相手に許してしまったのか、なぜそれを止められなかったのか、つまり大戦の負けを認めるべきタイミングでそうした対応(降参)を国の中枢部が決められなかったのかだ。

僕は米国による日本への原爆投下を認めているのではない。しかし、もし日本が原爆を大戦中に先に開発していたなら、日本の軍部は間違いなくそれを敵国に対して使用していただろうこと、そして、そうした戦争にともなう開発競争のなかで、大局的にどのように国民と国を守っていくかという考えが、日本の中枢部には決定的に欠けていたことは確かである。