本棚から昔の原稿が出てきた。2006年12月の日付けが記してある。
ある新聞社からの依頼で、たしか翌年の正月に載せる特集記事のひとつとして書いた原稿だったと思い出した。ただそのプリントアウトはあるが掲載紙がないところを見ると、その頃新聞社が始めたばかりのデジタル版用の原稿だったかもしれない。
こんな内容だ。
今年の消費・トレンドのポイント
「今年の消費・トレンドのポイント」は何かというのが新聞社からのテーマなのだが、正直、そんなこと僕にはよくわからない。「今年のトレンド」という言葉が何となく論理矛盾を含んでいる気もするし。ただ、トレンド予想は苦手だけど、時代の流れの中でこんな変化はありそうだといった推測はいくつか立てられる。さもなければ、こうあって欲しいなあという期待みたいなものとか。
今年の市場を見た場合、そのもっとも大きな変化の一つが「2007年問題」と言われている団塊世代の第一波が定年を迎えて消費市場に本格的に登場することだろう。退職金をもらったうえ、今までにない自由時間を手にした彼らが考えることはなんだろうか。それは、まずはそのお金の置き所をどうするかではないだろうか。金融機関はどこも強迫的なまでに積極投資へ彼らの背中を押し、多くの退職者たちは慣れない投資とやらに思い悩む。せめて我も人並みにと・・・。資産があるが故に、どうにか活用せねばという深き悩み。投資のあり方は個別性が高いはずが、人並みを基準としたものの買い方・使い方に慣れている人たちが、いきなりこれぞ私の投資法といった戦略を立てられる訳もない。結局誰もが、誰もが買っている投資信託の銘柄に投資して一件落着となる。
投資だけではない。何に幾ら、どのように消費するかといったことにも多くのシニア、とりわけ日本の男性は概して自らの主張がないと言ったら彼らから怒られるだろうか。そうした意味で、案外これから最も有望なビジネスは、そうしたシニアにお金の使い道を指南するためのアドバイザーのような存在かもしれない。夫婦へのカウンセリングをもとに、あなたはまず奥さんとヨーロッパかニュージーランドへ3週間のんびり贅沢な旅行にいくのがいい。帰国後は、昔かじったギターでも買って、懐かしいフォークソングを健康維持もかねて毎日声を出して練習するのがよい、とかね。
じゃあ、彼らの奥さんたちはどうだろうか。一つ想像できるのは、これまで夫や子供など家族の面倒をみてきた彼女たちが、そこから解放されて、今度は自分が金銭を支払い誰かに「やってもらう」ことに夢中になるということではないだろうか。自らが料理するのではなく誰かに自分の好みの食事を用意してもらう、健康について人から気遣ってもらう、思いっきりわがままを聞いてもらう、などなど。亭主を会社に送り出す必要(責任)がなくなった主婦に怖いものはない。これまでできなかった「やってもらう消費」への情熱が花開く。
彼らにとっての消費は、別荘購入など除いて圧倒的に「もの」より「こと」へ向かう。そして、そうした「時間消費」は彼らにとっては重要な「仕事」だ。だって彼らはじっとなんかしてられないんだから。どこかで読んだが、人は自分が経験したことがあるものにしか夢中になれないところがあるらしい。彼らがかつて経験したこと、例えばそれは旅行だったり、楽器の演奏や語学の勉強、学校の体育でやったスポーツ競技など、そうした昔の記憶や感覚を取り戻すための「回帰消費」が拡大するのは想像に難くない。言い換えれば、当然のことだが退職したからって誰もが蕎麦打ちに興じたり、陶芸に生き甲斐を見つけたりするわけではないということだろう。
もう一つ忘れてはならないのが、ますます盛んになる「健康消費」。健康病と診断してもよい程の飽くなき健康追求の病をいやすための消費である。食事も健康、旅も健康、スポーツも健康、友人づきあいも健康。何はなくても健康第一。とにかく健康スパイスがふりかかっていないと触手が動かないといった、強烈な健康消費がさらに広まることだろう。
と、ここまで先輩世代をずいぶん揶揄してしまったが、彼らの根っこは常識的な社会人であり、実は彼らが担う消費社会の特徴はバランスの良さだと僕は信じている。お金は使うが死に金は使いたくない彼らには、今の若者のような一点豪華主義的な消費性向は少ない。いわば「バランス消費」である。給料月20万円のOLが、月に一度は一泊5万円の老舗温泉旅館に出かけるとか、100円マックを頬張るもう片手にエルメスのバックが握られていたりするのは、決してそれらが悪いわけではないが、いかにもアンバランスである。それらと対照的に、身近なものに自分が納得のできるプレミアム性を求め、それにふさわしい対価を支払うのが団塊世代を中心としたバランス消費の特徴だろうと僕は期待している。20年前は、OLなんて言葉がまだあった。その頃、我々は日々の消費をそれなりに楽しんでいて、サラリーマンの退職後の姿にも今のような悲壮感がなかったのが分かる。
自分が書いたものを元に言うのも変だが、ある面で今よりよっぽど明るい時代だったことがうかがえる。
「やってもらう消費」「時間消費」「回帰消費」「健康消費」そして「バランス消費」などと勝手なことを言っているが、その後の日本の消費者の行動とどのくらいマッチしていたか、自問自答の機会だ。




















