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2026-07-30

元の期待値が低いから、支持率が保たれている

新聞でタカ市総理についての面白い論考を読んだ。

最近の皇室典範改定などのやり方で支持率が低下したとはいえ、なぜいまだ多くの人が彼女を総理大臣として支持するのかに関する考察だった。著者によれば、その理由は「共感」。

 「厳しい追求には答えたくない」「議論を尽くす合意形成は面倒くさい」「英語でのコミュニケーションは苦手だけれども、できているように見られたい」

こうした彼女の姿勢は普通なら批判の的となり、国民からの支持率低下につながるはず。ところが我らが総理大臣は、このような欠点ゆえに支持されているとの分析なのだが、なるほどこれは一理あるなと感じた。

もし、そういった指摘が前総理の石破のものであれば、彼は即刻多くの批判を受けることで支持率の低下は免れないだろう。ところがタカ市の場合は、そういった総理大臣としては明らかな問題を抱えるが故に「それってあるよね」と、逆にある層から共感を持って認められているというわけだ。

不思議な現象だが、確かにそうとでも考えなければ、現状についての合理的な説明はつかない。

国の最高意思決定者ではなく、ある層にとっての推しの対象になっているわけで、いやはや、なんとしたらいいのだろう。

総理大臣に対しては、本来、国民はもっと高度な期待を持っても構わないはずなのだけど。 

2026-07-28

SNSを子どもの<居場所>にしてどうする

フランスなど欧州のいくつかの国やオーストラリアで、子どもたちの心身の健康を守るため、また性的搾取をはじめとする犯罪被害や各種イジメからの子どもの保護を目的として、SNS利用への年齢制限を設ける動きがある。

背景にある考え方は国によって異なるところがあり、例えばフランスは以下の点を強調している。

・
若者の精神的健康
・サイバーいじめ
・注意力を奪うプラットフォーム設計
・夜間利用と睡眠不足
・学校生活への影響
・親だけでは対応できない巨大プラットフォームの影響力、など

一方、日本では有識者とやらが発する、子どもたちのプライバシーの問題や自由の尊重を理由としたSNSの利用規制へ反対する強い意見があり、具体的な対策がほとんど取られていない。

その代わりに、「学校教育でSNSの正しい使い方を教えるべきだ」とか「プラットフォームに対策を講じるように要請する」といった考えがいまも採用されている。

が、考えてみればいい。学校教育で教えるSNSの正しい使い方? それって具体的に何を示しているのか分かる人がいるのか。教育の現場を惑わせるだけではないのか。そのための明確な「トリセツ」でも作成されているのか。

学校の教師がSNS利用について具体的に何をどう教えるのかを示さず、「相手は子どもなんだから、学校で先生が教えてやれよ」だけでは何も動くはずがない。さらに、もし役人がそのための「指導要領」を作ったとしても、ネットの状況は日々変化しているので対応できるものでもない。

Xやメタなどの米国のプラットフォームが、どれだけ反倫理的な運営を平然と続けているかは日々の彼らの動きから誰でもわかるはずだ。各国の行政からの要請を無視するそれらの姿勢はこれからも容易に変わることはないだろう。

そして日本の有識者の中には「今やSNSは子どもたちの<居場所>なので、彼らのためにそれを奪うわけにはいかない」という利いた風な理由で規制することに反対する向きもあるが、どうにも理解が不可能だ。

SNSという、優れた(もちろん皮肉だが)ユーザビリティを実現しているツールだからこそ、子供らは中毒的にそこにのめり込み、友達などとの実体のある付き合い(コミュニケーション)ではなく、ただ手のひらの上ですべてを済ましてしまう。

SNSが使えなくなったから、子どもたちが友達との交流手段がなくなるわけでもあるまい。学校以外で友達に伝えたいことがあれば電話すればいい、訪ねていけばいい、遠方であればメールすればいい。

SNSが使えなくなると子どもたちが<孤立>してしまう、と考える理屈が理解できない。

ヴァーチャルからリアルへ、いまのうちに子どもたちを取り戻すべきではにのか。 

2026-07-23

今年の後半は倒産企業数が増え、国民の生活困窮度も高まる

円安傾向が止まらない。タカ市政権が意図してその流れを強化しているのだから、当然と云えば当然だ。

ドルの値段が163円/1ドルを超え、円は1989年以来39年ぶりの安値レベルに落ちた。円の価値が上がる理由が見当たらず、それに市場が素直に反応している。

財源について語らないまま「責任ある積極財政」だとか、「骨太の方針」だとか、意味が分からない。

政府の施策に責任が伴うことは国民にとって自明のことで、わざわざ「責任ある積極財政」を標榜するってことは、これまでは責任というものが存在しなかったという事か?

言葉尻をとらえるわけではないが、「骨太の方針」というのも意味が分からない。骨太か骨細かの区別は一般の国民には関係ない。その方針は、国民が求め、必要としているものかどうかがすべてなのである。

タカ市は太いのが好きなんだろうが、それは自分の個人的な趣味にしておけばいい。

銀行口座に残高がほとんど残っていないのに、クレジットカードでどんどん買い物してたらどうなるか。やがて支払いができなくなり、信用を失い、金を借りることもできなくなり、最後には飯が食えなくなる。

円が売られ続けているということは、すでにそうした兆候に日本の経済が向かっているということ。 

気分で選んだとしか思えない具体性の欠如した17の重点投資分野を掲げ、370兆円を越える投資を流し込むことで一部の企業に大金が分け与えられ、大もうけする連中も多々出てくるが、国民経済全体がそれで底上げされるほど簡単なものではない。

タカ市ら今の官邸のものの考え方とやり方では、例のCJ(クールジャパン)シンドロームを繰り返すだけだ。 

今年後半、止まらぬ円安によって国内の倒産企業数が増えていくことが懸念される。 

2026-07-21

サッカー・ワールドカップと国民の民度

39日間に及ぶサッカー・ワールドカップが閉幕した。足かけ1か月以上だった。

一昨年のパリ五輪は全32競技(329種目)が17日間にわたって行われたことを考えると、サッカー1競技でこれだけの日数(五輪の2倍以上の日程)を要したのはなぜなんだろうと考える。商売とすればゲーム数が多く、日数が長ければ長いほど儲けが上がるわけで、そこにFIFAの意図が現れているのだろう。

今回の大会は日本チームの活躍も含め、ゲーム自体は見ていて面白く、実にワクワクさせられたが、その一方、フィールド以外の部分で考えさせられることが多かった。

その1つがアメリカ・チームがボスニア・ヘルツェゴビナ・チームと戦った際に審判から出されたレッドカードの扱いだ。アメリカチームの選手がレッドカードを受けて次の試合に参加できなかったはずのところが、トランプ大統領がFIFA会長のインファンティーノに直接電話してその決定を変更させた件である。

この行為については、既に多方面の関係者やファンからも様々な声が上がっているので、ここでは触れないが1つ気になるのは、そうしたトランプの行為とFIFA側の対応についてのアメリカ国民の反応だ。

YouGov/Economistが、2026年7月10日から13日に実施した全米調査によれば、「トランプ大統領がFIFA会長に電話をかけ、バログンの試合出場停止処分の撤回を求めたことを指示するか」と言う問いに対して、支持する米国人が21%いた。

「大統領が自国のチームを支持するのは当然だ」と言う考え方がベースにあるとされているが、これには首をかしげざるを得ない。

スポーツはスポーツであり、戦争とかではない。

そうした基本すらわきまえていない米国民が、5人に1人いると言うから驚きである。

ただしこれを政党別に見るとかなり違いが現れていて面白い。YouGovのクロス集計では、共和党支持者では賛成が多数派である一方、民主党支持者ではその圧倒的多数が反対の意を示している。

従って、FOXなどでの「大統領が自国選手を守るのは当然」と言う意見は、アメリカ市民全体の考えを反映したものではなく、共和党及びトランプ支持者らの意向を反映したものであることがわかる。

今回の件、アメリカではサッカーファンほどトランプの行動とFIFAの決定について批判的だったらしい。そして一方で、アメリカの一般国民は「よくわからない」と答えた層が多かった。

サッカーを日常的に見ている、いわゆるファン層では政治介入はスポーツの公平性を損なうとか、アメリカ代表の評価まで傷つけたといった意見が非常に目立っていた。

つまりこれらを総合的に考えてみると、サッカーについて詳しく知るわけでもない共和党・トランプ支持者らが歪んだ単純すぎる愛国心によってトランプがやったことを支持し、スポーツにおいても、とにかくアメリカが勝ちさえすればそれでよいと考えていると云うことが分かる。

こうした傾向は日本も同様で、ものごとを深く考えることなく表層的にしか判断しようとしない特定層が社会全体を蝕んでいっている姿が想像される。

勘違い丸出しの高市自民党へ投票した有権者しかり、斎藤知事を飽きもせず再選挙でも支持した兵庫県民しかり、ゲス丸出しの福岡県議会議員を自分たちの代表として選んだ福岡県民しかり。民度で云えば、先の米国民より酷いんじゃないか。 

2026-07-20

やはり米国への属国化を強めるしかないのか

『銃・病原菌・鉄』で、著者のジャレド・ダイアモンドはとても興味深い論考を展開して見せた。

例えば、かつて同じような条件でスタートしたはずの人間が、今では一部の人種が圧倒的優位を誇っているのはなぜかーー。著者によれば、答えは地形や動植物相を含めた「環境」にあるという。

その進化生物学者である彼が、今日の新聞で「米国の強さとは何か」について語っていた。

今度発行される新著で「リーダー」について述べているのと絡め、歴史に残るリーダーがリーダーたり得た理由として「場所とタイミング」を指摘している。つまり、正しい場所に正しい時にいたかどうかということ。

そして、その延長線上で、なぜ米国にめざましい成功を収めた政治家、経済人、科学者らが集中してきたのかを問われ、以下の3つのポイントを挙げている。

1:野心と行動力、リスクテイクが報われるという楽観主義の存在
2:多くの危機を乗り越えた強固な民主主義と資本主義を身につけていること
3:階層がなく、若者や女性か活躍できる社会であること 

翻って日本はどうか、米国のような成功者を生む国であることはできるのかどうかというと、かなり心許ない。

とりわけ1と3は絶望的だ。1が無理なのは日本の若い連中を見ていれば納得がいくだろう。とにかくリスクに敏感すぎる。つまり、リスクとは全力で避けるべきものと考えている。だが、リスクがないところには真のチャレンジも成功もない。

3であるが、政治家の集まりを見ても、経済人の集まりを見ても、年配者しかいない。しかもほとんどが男だ。そして、いうまでもなく日本人が圧倒的。

ダイバーシティなんて横文字が振り回されて久しいが、実態は遅遅として変わらない。

皇室はある意味で日本の縮図。皇紀何年とか言って、保守系政治家らは今も間違った歴史観をあからさまに口にするだけでなく、国会では意味薄弱な「男系男子」への妄信的執着が大勢を占めて、皇室典範について国民の総意とまるでかけ離れた決定がなされた。

おやじたちは階層にとどまることに人生をかけ、若者や女性を対等な存在として扱おうとはしない。 

それでも大半の国民が真面目にコツコツやることでそこそこのところまで登り詰めたが、それも今後はもう無理。コツコツやるのはAIやロボットの方が圧倒的に得意で勝負にならないんだからさ。 

やはり日本はコバンザメ戦略で、米国に追従していくしかないのか。

ただ米国について云えば、ノーベル賞受賞者や誰もが知るような企業経営者(例えばNVIDIAのジェンスン・フアン、スペースXのイーロン・マスクなど)を見ても、移民に繋がる人物の多くが米国で影響力のある大きな成功を収めている。その意味で、今後どうなるかは分からないけど。 

2026-07-12

「勝ちたいとか満足いくプレーをするとかではなく、もぎ取りにいく」

7月11日、ウィンブルドン選手権の車椅子の部、女子シングルス決勝で上地結衣が初優勝した。10度目の挑戦だった。

これで彼女はテニスの四大大会全制覇にパラリンピック金メダルを加えた「生涯ゴールデンスラム」を達成した。すごいぞ、上地。

写真:共同


今回の決勝の相手は、2022年に決勝で敗れたデフロート(オランダ)。宿命の決勝戦であり、上地は「勝ちたいとか満足いくプレーをするとかではなく、もぎ取りにいく」と臨んだ。

その強烈なスピリットがあってこその勝利だった。これまでウィンブルドンでは優勝できなかった悔しさを爆発させた一戦を見せてくれた。 

2026-06-27

あれこれ下手な考えでこねくり回さない方が良い

皇室典範の改正要綱が、政治の場で概ね了承された。

内容はというと、説明を読んだが、それにしてもややこしい。あれこれとツギハギをして何とかその場しのぎをしていることは窺える。長期的な視点と明確な指針に欠けていて、相も変わらず政治家や政府が考えることらしい。

内容の詳細についてはここでは触れないが、気になるのはその改正の目的として掲げられている「皇族数の確保」と云う考え方だ。

数を確保するために皇室典範をどう修正するかということで、人ではなくまるでモノを扱っているかのような印象を受ける。皇族だって人間だろうに。

道具とまでは言わないまでも、球団が新しい選手を獲得する話をしてるかのようだ。なぜそこまでしてこうした制度を維持しなければいけないのか、彼らはそもそものところをどう考えているのか、考えていないのか。

この国では人口が確実に減っているのだから、皇族の人数が減っていてもそれは自然な流れだ。しかも皇族の場合、やれ男だとか女だとか、やけにめんどくさい。

天皇を継ぐ人物がいなくなったらいなくなったでいいんじゃないかと思うんだけど、それっておかしいのかね。

「千代に八千代に」だなんて、明らかなフィクションの世界を真に受けすぎではないのか、日本人は。
 
「立法府の総意」とのたまった衆参両院の正副議長
 
写真のおっさんらは、皇室の人間を人ではなく、絶滅危惧種のトキやコウノトリと同じように考えているみたいだナ。

2026-06-17

米国のお粗末さが露呈した今回の覚書締結

昨日から今日にかけての世界のトップニュースは、アメリカとイランが戦争終結に向けての条約への締結をしたというニュースだ。

報道では14項目の合意がなされているとされ、特に第8項目の「イランは核兵器製造せずと改めて表明(最終合意で対処)」が注目されている。

米国の高官が読み上げたその正式な内容は「イランは核兵器を取得・開発しないことを再確認する」となっている。

これって気にならないか。

英語で何と言ったのか調べたらこうだ。"The Islamic Republic of Iran reaffirms its permanent commitment not to produce or acquire nuclear weapons."

イランは核兵器を「製造」も「取得」もしないとなっているが、これでは例えばロシアや中国から核兵器を借り受けた場合はこれに抵触しないことになる。

またイランは、この項目で核兵器を「使わない」とは言っていない。さらに同じ第8項目の後半は次のようになっている。

"The Islamic Republic of Iran and the United States have agreed that the fate of enriched material and the fate of all other mutually agreed nuclear-related issues, including Iran's nuclear needs, will be adequately addressed in a final agreement."(イランと米国は、濃縮核物質の処遇およびイランの核エネルギー需要を含むその他の核関連問題について、最終合意において適切に解決することに合意した)

ここでの「適切に解決」が何なのかは不明のままである。

イラン側は、とにかく早く決着をつけたくて仕方ないトランプの足下を見て交渉をうまくやった。というか、米国高官らの対応があまりにお粗末すぎるのが、よその国の事ながら気にかかる。 

トランプはこの合意で一件落着と思っているようだが、これから一悶着あるのは間違いない。 

2026-06-16

14億人市場の読み方

講談社がインドで出版社を設立すると発表した。

彼らはその目的としてふたつあげている。ひとつは「(インドの)全人口は14億6300万人以上、そのうち10代〜20代のいわゆるZ世代だけでも約3億7000万人もいる」であり、もうひとつは海賊版対策だという。

さてその通り、うまくいくか。

講談社は以前からインドに社員を置いているが、同社の今回の発表内容を読む限り、それでもってインドのことを分かっているとはあまり思えない。

確かにインドの人口は中国を抜いて世界一の14.6億人という途方もない数だ。しかし、インドは一つの国というより、その文化や言語の観点から見れば28の州がそれぞれ異なる別個の国のようなもの。

言葉だけで数百の言語・方言がある。もっとも多く用いられているのはヒンディーだが、全体の半分に満たない。

ヒンディー語(約43.6%)
ベンガル語(約8.0%)
マラーティー語(約6.9%)
テルグ語(約6.7%)
タミル語(約5.7%)
その他

英語が曲がりなりにも読める層は全体の1、2割と推定されている。そして、現地でいま講談社の漫画を激安の海賊版で読んでいるのは、そうした英語版読者だ。 

出版社が版権を売った米国の出版社が発行した漫画雑誌がインドに輸入され、その店頭価格が高い(読者にとって)のですぐ海賊版に化けてる。もとの一冊をスキャナーで読んでデータ化するだけなんだから、簡単に行える。

おそらくインド政府はマンガの著作権(それも外国のIP)の保護などさほど関心はないだろうし、スキャンする人たちのモラルや読者の懐具合(小遣い)といった状況も合わせて考えれば、講談社の担当者がいくら「手に取りやすい価格で正規品を売ることで海賊版を減らしたい」と言っても、その撲滅は絶望的に思える。マンガに正規品も海賊版もない。

しかも、講談社がインドに設立する新会社は「紙」で出版すると宣言している。だからなのか、あるいはその方策の理由なのか、大日本印刷がインド法人の共同設立者になっている。

あえて自分の手足を縛った、デジタルをやらない(できない)体制で出版事業を現地で興す発想が分からない。

紙のマンガ雑誌(もの)をどうやって毎週毎週、広大なインドの書店やキオスク(そうしたものがあればの話だが)に配本するのか。ちなみにそれは日本のように返本可能か、それとも売り切りか。

コンテンツ開発、ターゲット設定、商流管理など不安要素しか浮かばないのだけど、講談社の経営者は何か秘策でも持っているのだろうか・・・。 

同日、キッコーマンとカゴメがそれぞれインドでのビジネス強化を進めるという話を聞いた。こちらには期待が持てるのだが。 

2026-06-03

政治家の「はぐらかし」が追求されない日本という国

「週刊文春」と文春オンラインが、しつこく(もちろんいい意味で)高市総理の地元事務所が2月の衆院選などで他候補を誹謗中傷する動画を大量に作成・発信した件について報道している。

それによると地元の高市事務所の公設秘書が動画作成を依頼したことは明らかだろうと思われるのだが、高市総理は一連をすべて否定している、というか正しくは、認めていない。

そうしたことを陣営として行ったのかどうか問われたときは、行ったとも行っていないとも回答せず、「私は秘書を信じる」と答えた。回答をさけた「はぐらかし」だ。

高市総理が国会質問で「週刊文春」に掲載されたその動画作成に関わった人物の証言の是非について問われたとき、彼女は雑誌に書かれたその証言について語ることなく、「面識のない方の名誉を傷つけることは申し訳ない」と、これまた完全に的をずらした答えを繰り出した。

確信犯だ。 

今回の事以外にも、こうした悪質な政治家の「はぐらかし」を目にすることがある。兵庫県知事の斎藤や東京都知事の小池の顔がすぐ浮かぶ。

兵庫県知事選にかかわる事件では、県議会議員や県職員が自死するということまで起こったにもかかわらず(というか、そうした重大な事柄が起こったからこそ)、それらへの関与を問われた斎藤は、自身が「関係していない」とは明言せず、「関係しているという認識はない」という表現に終始した。

後に捜査で事実が明らかになったときのことを考えての逃げ道を用意している。「関係していない」と言ってしまうと偽証したことを問われるが、「関係しているという認識はない」なら、認識が違ってました、と云うことにして逃げ切ろうというわけだ。

カイロ大学首席卒業という学歴の正否を問われたときの小池の対応も、また呆れるほど同類。

なぜ政治家というのはこうもずる賢いのか。そして、日本のメディアはなぜそうした稚拙なはぐらかしをしっかり糾弾しないのか。 

たぶんだけど、その背景の一つには、そんなこともういいじゃないか、彼女(彼)は総理(県知事、都知事)にまでなった人なんだから、という日本国民の、ありがたくも寛大過ぎる勘違いした心の広さがあるからかもしれない。 

2026-05-31

750人の電通太郎

電通がマーケティング・リサーチを仮想空間上でできるようにするらしい。

仮想空間上と云ったのは、生身の人間ではなくAIがこしらえた仮想顧客(仮想人間)のことで、これまでの調査で必要だった調査対象者のリクルートが全く不要になる、らしい。

これまで調査でもっとも大変だったのは良質なサンプル(回答者)をタイミングに合わせて集めることだった。コストがかかった。

早く、安くできると謳うネット調査は実は形だけで、一般的にはノイズが多すぎて残念ながら調査といえる代物にはない。ましてやマネジメントが経営上の判断に用いるのは危うすぎる。
https://tatsukimura.blogspot.com/2023/03/blog-post_6.html

それをすべてヴァーチャル人間に切り替えちゃおうというわけだな。

電通は、彼らの説明によればこれまで収集した顧客に関するデータをもとにAIが750種類の人格を作成し、それをもとに顧客調査ができまっせと。

彼ら、というかそれらは生身の人間じゃないから「質問や聞き直す回数に上限はなく、持病などの悩みから広告などに関するネガティブな感想まで、聞きづらい本音も回答を得られる」のがウリだとか。

だけどね、ちょっと考えてみようよ。例えばだけど、持病や性癖、家庭状況、自分が抱えている悩みやコンプレックスといったプライバシーに関わるようなことでも、感情を交えずあっけらカーンと答えてくれる被験者が被験者たり得るのか。 

どうも違うんじゃないのかね。だって、そんな人間、世の中にはいないんだからさ。

それと、電通は750種類の人格をそれぞれ1つのサンプル(ペルソナ)として売って課金する商売を考えているんだろうけど、AIがつくり出した仮想顧客なんだから、本当はひとつ(1人)で済むはず。

1人で750の人格を備えている多重人格者、といったら分かりやすいかな。ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』という興味深い本があったけど、それと同じような感じだ。

仮想顧客の被験者「電通太郎さん」は男であると同時に女であり、大人であると同時に子どもでもある。都内の金融機関に通勤するサラリーマンであり、田舎の田畑で毎日汗を流す農家でもある・・・。つまり電通太郎は、750人分のペルソノが備わっている超重度の解離性同一症の人物と考えれば分かりやすいだろう。

だとすると、調査はすべてn=1で済む。その1は<電通太郎>だ。でもそれじゃ商売にならないから、生身の人間のイメージに合わせて個々に切り分けて料金設定するんだろうな。 

今後、AIの能力を使ってマーケティングのやり方はドラスティックに変わっていき、本来の意味でのマーケティング・オートメーションが実現するようになる。

1人か2人の真に優秀なマーケターがAIエージェントを扱うことで、市場分析やマーケティング・プランの作成などすべてのマーケティングの仕事をこなすイメージだ。

企業側はもう何十人といったマーケティング部門を構える必要はなくなる。真に優秀なマーケターとマーケティング・センスがあるトップ・マネジメントがいて意思決定ができれば、それで済むのだから。 

夢物語ではなく、近い将来、確実にそうなるだろう。

2026-05-24

まるで狐と狸の化かし合い

昨日のブログ記事に対して知り合いからコメントがあった。

名古屋周辺の大学で教えている彼女曰く、「こちらもAIで対応してます」。

学生のレポートはクラウド上に提出させ、それらはすべてAIに採点評価させて、フィードバック用の講評もAIに書かせているとか。

学生に負けず、教授の側も作業をすべてAIに代行させているわけだ。

これでは狐と狸の化かし合いみたいだナ。

2026-05-23

「AIの執筆した文章は、もう読みたくない」

小説の新人賞などへの応募に、AIを使って書いた作品が紛れ込むようになっている。

AIに誤字や誤表記を指摘させるといった校正作業ではなく、そもそものアイデアをAIに次々と出させ、プロットを考えさせ、小説自体の執筆をやらせる。誰でも今日から作家デビューができるわけだ。

すでに多くは人間が書いたものかAIが書いたものか、編集者や小説家など活字のプロでも見分けがつかないようなレベルに達しているという。

今年の星新一賞の選考では、一般部門受賞作4作品のうち3作品がAIを利用して執筆されたAI小説だと判明した。もう何が何だか、である。

以前勤めていた大学の研究科では留学生の選考は書類審査のみで、そこに書かれていることが事実かどうかを見分けるのは容易ではなかった。学歴については最終校の卒業証明書と成績証明書を添付することになっていたが、それ以外は何もエビデンスがなかったからだ。

受験者が勤務していたという企業もそこでの職名もすべて自己申告のみ。ビジネススクールへの志望動機や自己分析をもとにした自己アピール文は、本人が書いたものかAIに書かせたものか判別はつかない。

また、応募書類は出願者の顔写真を貼る仕様になっていて、貼付されたもの中にはAIが作ったとしか思えないようなツルンとした美人顔、ハンサム顔がやけに多かった。面接審査をやるわけではないので、それが本人かどうかなど分からない。

そうやって入学した彼らは、レポートも修士論文も同じようなやり方で済まそうとするに違いない。それが違反行為だと分かっていても、一度憶えた楽ちんさには勝てないものである。

一方、AIが瞬作したレポートや論文を大学側の人間はどんな顔をしてそれらを読み、評価するのか。

せめてレポートを教場での筆記試験に変更するくらいのことはやらなければ教育機関として成り立たなくなっている。

星新一賞の審査員を務めたノンフィクション・ライターの最相葉月さんは、「たとえAI小説がどれほど面白かったとしても、私は人間の内から生まれた言葉こそが尊いと思う。(中略)AIの執筆した文章は、もう読みたくない」と、今後は審査員を引き受けないらしい。

最相さん同様、ぼくもAIが書いた学生のレポートや論文を読まされるなんてまっぴらご免だった。いくらそれが構成や文章がしっかりしていて、ストレスなく読めるものであったとしてもだ。

2026-05-19

無署名の書き込みを投稿と呼ぶな

共同通信が、3月3日から5月3日(憲法記念日)までの2ヵ月間のXへの書き込みで「憲法」と「9条」の双方の言葉が含まれるものを集計した。

その数は約230万で、昨年同時期に比べ21倍だったと報じた。共同通信はそのことで「9条」への国民の関心が高まっている、と論評している。 

21倍という数字をもっとも重要なファインディングとしているようだが、そもそもXへの書き込み全体が同時期にどのくらい増えたのかを考慮しなければ適切な推量はできない。

なのだが、ここで言いたいのはそうしたことではなく、彼らが使っている「投稿」という言葉の是非だ。

投稿とは辞書によれば「新聞・雑誌などに掲載してもらう目的で自分の原稿を送ること。また、その原稿」とある。なるほど、その通りだろう。

ではXへの書き込みは投稿か・・・? その多くは署名すらない。まともな新聞や雑誌が、書き手の名前も住所もなんにも分からない文章を果たして投稿として扱うだろうか。

変名する前のXはTwitter、それは小鳥のさえずりのこと。そうした勝手なつぶやきは、投稿とは別のもの。誰が言ったかすら分からないようなものは公衆便所の落書きと同列だ。

そんなものをメディアが「投稿」などと称して、さらにはご苦労なことに集計結果など発表するからややこしくなる。本来は、ただ無視していればいいだけ。

2026-04-16

東海林さだおさんが死去

東海林さだおさんが亡くなった。88歳。さえない、もてない、仕事に身が入らないサラリーマンを主人公にすえた漫画を長年週刊誌各誌に連載していた。どれも40年以上なんて長丁場の仕事だったのがすごい。

食べ物をめぐるエッセーなんかも彼が書くと絵のない漫画で、その独特の言語感覚に気持ちをくすぐられ思わずにんまりしてしまうことが多かった。ひょっとしたら、読者層の広さの点では漫画よりエッセーの方がまさっていたのではないかナ。 

またそうしたエッセーとはちょっと毛色のちがう『超優良企業さだお商事』(東洋経済)は、プロの仕事師がどうあるべきかを教えてくれる。若いビジネスマンには、世に跋扈するコンサルもどきが書いたデタラメビジネス本なんかより、よっぽど役に立つ。


そういえば、先月亡くなったつげ義春さんも同じく88歳だった。どちらも、他に類を見ない唯一独自の漫画を長年にわたり見せてくれた独創的な表現者だった。

昨年9月にはさいとう・たかをさんも亡くなってしまった。

2026-04-15

モバイルバッテリーの機内持ち込みを禁止にする前に必要なこと

昨年一月、韓国の釜山空港で航空機が炎上した。その原因として、モバイルバッテリーが出火元だった可能性が指摘された。

そうしたこともあってか、国土交通省が旅客機に持ち込めるモバイルバッテリーに規制をかけることにした。持ち込みは一人2個までで、充電は禁止。スマホやラップトップへのモバイルバッテリーによる機内での充電はしないよう要請するという。

確かに発火リスクがあるのなら、しょうがない。ぼくだって機内で火だるまになったり、機体もろとも墜落はしたくない。

だが規制に先だって政府にはやってほしいことがある。これまで発生したモバイルバッテリーの発火事故について、その原因になった製品のメーカー名とモデルを発表してほしい。

最近ではほとんど聞くことはないが、もし家電製品が何らかの理由で発火する事故があれば、必ずその製品のメーカー名やブランド名が発表され、メディアで広く公表される。

ところが今回の肝心のモバイルバッテリーはどのメーカーのどういった(どのくらいの容量の)ものかなど一切公表されていない。

昨日、iPhoneのバッテリーを新しくした。6年ほど前に買った機種で、バッテリーの最大容量が80%を切っていたので交換と相成った。

iPhoneのバッテリー交換は自分ではできないから、業者に頼むことになる。依頼先の候補は3つで、アップルとその正規プロバイダーの店、次にアップル製品の修理を専門としていて各地に店舗展開している専門業者、それと個人かそれに近い形の運営元が営業する修理ブティックである。

近くに2番目のタイプの店があったので、そこでやっちゃおうと持ち込んだのだが、店のお兄ちゃんからバッテリー交換で「問題が発生しても文句言いません」のような書類にサインを求められ、止めた。

結局、アップルからライセンスを受けている正規プロバイダーの店で先の店より7割以上のプレミアムを支払って交換してもらったのであるが、その際、いろいろとスマホのバッテリーについて専門スタッフから教えてもらったおかげでリチウム電池について知識が得られた。

さてそこで、機内への持ち込み制限がかかることになった先のモバイルバッテリーだが、モバイルバッテリーが一様にリスキーな訳ではないと考えている。

スマホの電池もモバイルバッテリーも、どちらもリチウム電池(Li-ion)だ。リチウムイオン電池が発火のおそれがあるなら、ノートPCも機内に持ち込めないことにならないか。だが、そうはなっていない。なぜならその発生確率はゼロではないが、極めて低いから。

リチウム電池の性能(この場合は特に安全性能)を決定する最大の要因は安全確保のための回路がきちんと組み込まれているか、次にリチウム電池のセルの品質だ。

つまり、モバイルバッテリーがもとから危険なのではなく、安全対策を施していない粗悪品が火を噴くのである。

であれば、一律に禁止することは得策ではなく、危険なメーカーやブランドを公表して利用者に注意を促す方が機内持ち込みに限らず安全性を担保する面からメリットが大きい。

ノーブランドの粗悪品に比べて価格は高いが、しっかりしたメーカーが安全対策をちゃんとほどこした設計と機構を組み込んだモバイルバッテリーが現にあるのだから。

発火などの事故を起こした製品のメーカー名をしっかり特定し、それらを公表することが疎かになったままになっている。

旅客機内への持ち込みや使用を一律に禁止する前に、やることをやってほしいものである。  

2026-04-06

SNSはなぜクソまみれになるのか

端的に言って、SNSはクソだと思っている。

ネット上での誹謗中傷に関して寄せられた相談件数が過去最多を記録した。

そりゃそうだろう、ネット空間は増大し続けているなか、発信者のモラルは低下する一方なんだから。兵庫県知事選に際して発生したあまたの問題を思い返せば明らかである。

人の意識は容易には変わらないことを考えれば、まずは制度や仕組みを変えることで対応していくしかない。

オーストラリアやフランス、米国のいくつかの州では既にSNS利用の年齢制限を法で設け、SNS利用の運営企業には利用者の年齢確認を義務化している。その他、デンマーク、スペイン、ドイツ、ギリシャ、フィンランド、ポルトガルで議論が進んでいて、だいたい15歳を利用制限年齢に設定するという方向で進んでいる。日本での実質的な利用者年齢についての規制はない。

2020年、フジテレビ制作の番組がきっかけで、女子プロレスラーの木村花さんが視聴者から大量の中傷誹謗を受け自殺した。その後、中傷投稿への対応をSNSの運営企業に義務づける情報流通プラットフォーム対処法が2025年にやっとできた。

だが、それには予防的な効果は期待できず、いくらかの事後的処理のための制度でしかない情けなさ。だって企業の対応はまちまちだし、腰は引けてるし、強制力はないし。役所がやってる振りを見せるための腑抜け規制と言われても仕方ない。

最大の問題は、誹謗中傷投稿の発信者を被害者が特定するのに極めて骨が折れること。時間がかかるし、問題解決に働きかけるのにも信じられないほどの手間がかかる。

日本では未だにそうした現状に対して鋭角的に切り込まない理由として、「表現の自由」が取りだたされている。

だが、考えてみればすぐ分かると思うのだけど、匿名での発言に「表現の自由」もないはず。誰が言ってるのか分からず、今では人間が発信しているのかどうかすら分からないのだから。

プラットフォーム企業が「発言の自由」を振りかざしてこれらの問題を放置しつづけているのは、ネット上の情報流通が多ければ多いほど彼らにとって儲けになるからに過ぎない。単純な話だ。

欧州のデジタルサービス法(DSA)は、利用者保護の観点からプラットフォーム企業にSNS規制をしっかりかけている。罰金もとる。違反企業の前年度の全世界での売上高の最大6%まで課す。

日本はそれに比較するとまるで何も規制していないに等しいのだ。間違いなく国の不作為である。

だからネット上の中傷誹謗についての相談件数がうなぎ登りになるだけでなく、泣き寝入りも後を絶たない状況が続いている。

冒頭、SNSはクソと書いたが、クソなのはSNSというシステムではなく、匿名でしか発言ができない奴と、発生している問題へ真剣に対峙しない当局の担当者がクソなのだ。 

2026-04-02

AIについての軍事利用も教育利用もベースは同じ

ニュース番組でAIの軍事利用が急速に進んでいる話題が取り上げられていた。

思い出すのは、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地域への攻撃で嫌というほど見せられた、モニター上で建造物や施設、車両などが自動で照準を合わされ、あっという間にミサイルで爆破される例の映像だ。 

AIが何を攻撃するかを決定し、実際に攻撃し、その評価まで行うのに要する時間はほんの数分。人が介在し、その攻撃の適正さなどを判断する時間はすでになくなっている。

つまり、AIが勝手になんでも攻撃を進めているのが既に現実なのである。具体的な手順は、以下の画面に写っている6つのプロセスだ。 
 

NHK『国際報道』

よく見てみると、これらの6ステップはAIによる自律的な攻撃だけのことではなく、AIを用いた他のジョブにもしっかり当てはまる。

最近では、ほとんどの学生が課題の作成に関して、程度の差はあれこそAIを利用しているという。そして、AIに卒業論文や修士論文の手伝い(作成)をさせる際の流れもほとんど同様に思える。

修士論文を作成するように学生に命じられたAIは、まず①指定の分野においてリサーチ・クエスチョンを探し(Find)、②その学生の修論として使えそうなトピックを特定し(Fix)、③周辺領域の先行研究を集め(Track)、④参考文献として利用できそうな記事を選定し(Target)、⑤それらをベースに論文本体を執筆(Engage)、最後に⑥研究の限界をまとめる(Assess)といった具合だ。 

また番組では、進歩するAIの軍事利用のなかで、もっともその利用が懸念され、また課題となっているものとしてLAWS(Lethal Autonomous Weapons Systems 自律型致死兵器システム)が紹介されていた。

これは差し詰め、学生たちに当てはめれば、LAWS(Longing Autonomous Writing Systems 自立型渇望的文章作成システム)といったところか。これさえあれば、レポートはもちろん、卒論でも修論でもあっという間にできちゃう。


だからこそ、軍事面においても大学での学習面においても倫理について考えておくことが重要になる。ただ単に、「便利なツールなんだから使わない手はない、上手に使おう!」で済ませていてはダメなのである。

その番組の最後でまとめ的に取り上げられていたのが「自動化バイアス」だった。これもまた、というか、戦場においての軍事利用よりも大学などの教育機関においてこそ注意しなければならないポイントである。


自分自身、生成AIを日々使っていて感じるのは、AIは実にうまく「もっともらしい」答えを出してくるなという驚き。決して分からないとか、知らないと匙を投げたりしない。必ずそれなり(に見える)回答を、それも自信満々にひねり出してくる。 

そうしたとき、出てきた答えを見て違和感を感じたら自分でそれを深掘りして調べてみる。と、そうした時はAIのアウトプットはたいてい間違っている。実際は、まだその程度なのだ。

だが、もし急いでいたり、そうした手間を惜しんだり、端から盲目的にAIが吐き出す回答を疑わない習慣になっていたら当然ながら間違いにも気づかないままに終わる。

そこが、まさに自動化バイアスの罠である。 

2026-03-28

「空飛ぶクルマ」はクルマか

経産省と国交省が「電動垂直離着陸機」の商用化への工程表を示した。

それによると、来年か再来年にはパイロットが操縦するものを運用開始し、2030年代前半には都市間の輸送をそれに担わせるらしい。

そして2030年代後半には自動運転で飛行できるように制度を改定するという。

これだけドローン技術が発達しているので、人が乗れるようにしたその大型と考えれば納得もいくが、飛行している途中に地上や衛星からの電波が途絶えたりしたら、どうなるのかちょっと心配だ。

現在のタクシー代わりのような存在になると言われているけど、うまくいくだろうか。タクシーで運転手さんに「その先の郵便ポストのあたりで止めて」みたいな使い方ができるとは思えない。だって、どこにだって降りられるわけではないから。

日本は(人が住んでる)地上は電線がいっぱいだし、道も公園も狭い。これは10年後だって変わっちゃいないはず。離着陸するには危なくて仕方ない。 

スカイドライブ社の「空飛ぶクルマ」


それにしても、この手のモビリティだが、いまだに日本では「空飛ぶクルマ」と呼ばれている。けれど、見ての通り車輪はついていない。垂直に上昇するから滑走もしない。 

なのに、なぜクルマと呼ぶのか。形状と機能はクルマではなく、ヘリコプターに一番に似ている。だから「空飛ぶクルマ」というへんてこな呼び名はやめて、「ミニヘリ」と定義した方がいい。