2019-08-26

風はつかまえられる

映画「風をつかまえた少年」は、マラウイの少年ウィリアム・カムクワンバの実話がベースになっている。

マラウイはアフリカの中でも最貧国と呼ばれる国の1つ。国民の8割が農業に従事している。彼の家もそうだ。主にトウモロコシを栽培し、家族が食べる食糧以外の余剰分は市場で売って現金収入にしている。

映画で描かれた(撮影は実際にマラウイで行われた)その土地は茶色く、埃っぽい。降れば土砂降り、という言葉があるが、まさにその土地の気候は大雨が続き、畑の種や土をごっそり押し流してしまったかと思うと、次の季節は日照り続きの干ばつに長期間悩まされる。

マラウイが大干ばつに襲われた年、国中の飢饉のため14歳のウィリアムは親が学費を払うことができなくなり学校から追い出される。

しかし、担任の理科の教師が乗っている自転車の車輪に取り付けられたダイナモ(発電機)に見せられたことから、あるひらめきを得る。人がペダルを漕いで電気を起こせるなら、風で風車を回して電気を起こせばいい。そして、電気をバッテリーに貯えればポンプで井戸水を汲み上げて、乾ききった畑に流し込むことができる。

彼の発想は、問題の解決に向けてシンプルで明快だ。彼はその後アフリカの発明家として有名になったが、彼の素晴らしい点は発明家かどうかより、当時14歳の少年でありながら自分たちが置かれている状況を正確に理解し、その解決のために何が必要かを合理的に判断し実行できたこと。

日照りが続き作物が枯れ果て、備蓄も底をついてきて、ウィリアムの家では食事は1日1回と彼の父親が宣言する。そして悲しげに、自分も先祖たちがやって来たように雨乞いでもするしかないと語る。

しかし学校の図書室で電気の本を見つけて学んだ息子は、雨乞いではなく、科学的な仕掛けで水を畑に引こうと考える。

そうそう、ウィリアムの家では井戸から水を汲んで生活のいろんな側面で利用しているシーンが出てくるが、その井戸からはバケツに括り付けた紐をたぐり寄せて水を汲み上げる。日本でも水道が完備されるまでは井戸を使っていたが、そこにはたいてい手押しポンプがあった。

テレビの時代劇などで見る長屋の井戸には手押しポンプはないが、井戸の上にはやぐらが組まれ、滑車を用いて水を汲み上げることができるようになっている。

それにくらべて映画で描かれているマラウイの井戸は原始的だ。残念ながら工夫というものがほとんどなされていない。水を雨乞いに頼ってしまう心性が、工夫する発想を押しとどめてしまうのだろうか。

ウィリアムが違ったのは、本を読み、自らの問題意識で学ぶ姿勢をもっていたから。

彼は自転車の車輪と発電機を用い、残りの材料は廃材を集めて風車発電の仕組みを作った。風はタダだ。そしていつも吹いている。その風をつかまえることで、作物を乾期でもできるようにした。1年に1回の収穫が2回になった。立派なイノベーションだ。

その後ウィリアムは奨学金を得て進学し、2014年には米国アイビー・リーグのひとつであるダートマス大学を卒業した。手作り風車によって、彼は風とともに自分の未来もつかまえた。




2019-08-23

レバノン映画「存在のない子供たち」


レバノンの首都ベイルートは、中東のパリと称えられたほど美しい都市(らしい)。彼の地で働いていた友人が、懐かしそうにそこでの物質的にも文化的に豊かだった暮らしを語るのを聞いたことがある。

しかし、彼女は国連職員という身分の特権階級だったからこそ、そのパリらしさを十二分に満喫できたのだろう。

この映画の舞台はベイルート中心部から車で10分ばかり東に向かい、ベイルート川を越えたあたりの貧民街らしい。その程度離れただけで、人々もその暮らしもがらりと変わる。

主人公のゼインは、出生記録がない。親が手続きしなかったから。だから誕生日を知らない。自分の年齢も分からない。彼の兄弟もそうだ。学校には行っておらず、家族の生活を助けるために路上で働く毎日に追われている。

その彼が、妹を傷つけた(彼が言う)「クソッタレ」を刺して少年刑務所に収監される。だが、黙って大人の世界の流れに身を任せるような少年ではない彼は、社会問題を取り上げるテレビの生番組に電話をかけ、「大人たちに聞いて欲しい。世話できないなら生むな」と呼びかける。その番組をきっかけに弁護士が付き、かれは自分を生んだ両親を訴える・・・。

主人公のゼインを演じた少年(本名も同じ)をはじめ主人公はすべて素人である。シリア難民の彼だけでなく他の子供や大人もすべて社会の最底辺で生きていた、役柄に似た人たちだ。映画の中でゼインの弁護士役を演じたこの映画の監督(ナディーン・ラバキー)だけが「本物」ではない。

脚本もよくできてるが、この映画ではそれを画にするためのキャスティング・ディレクターの仕事もまた称賛されるべきだろう。

ゼインやその周辺の人たちの悲惨な境遇は凄まじい。しかしゼインの賢さが少しずつだが変化をもたらし生活を切り拓いていきそうな予感を漂わせる。中東の移民問題にも迫っている優れた一作である。

2019-08-09

ヨシモト型社会の到来

積み上がった古新聞の切り抜きをそろそろ片付けなければと格闘している。

その格闘に勝利するする最大の方法は、そのままその切り抜きの山をゴソッとまとめて捨てること。何度それができたら楽なんだろうと思ったことか。

今年の5月30日付けの新聞で駒澤大学の井上智洋が「頭脳資本主義、数より質重要」という記事を書いている。AIやロボットが社会に浸透していき、労働力として人間の生産性向上に役立つとともに、一部の人間以外の労働を奪う(代替わりする)ようになると指摘している。

そうなった時代を象徴する言葉が「頭脳労働主義」らしいのだが、オックスフォード大学のマイケル・オズボーンは「雇用の未来」という論文で、今後なくなっていく職業が増えていく一方で創造的な仕事は残り「クリエイティブ・エコノミー」の時代がくると書いた。

クリエイティブ・エコノミーとは、2000年代初頭にリチャード・フロリダが唱えたクリエイティブ・クラスと呼ばれる社会階層が中心となる経済社会をイメージすればよいのだろう。

井上は、日本国民の所得分布は今とは様変わりすると述べる。つまり、正規分布モデルをベーストしたものからベキ分布(ロングテール型)への移り変わりである。



中間層と呼ばれるボリュームゾーンが失われ、そこでは平均や分散といった値は意味をもたない。

かつて、貧富の差の少ない日本の社会構造をもとに一億総中流という国民の意識が一般的だった時代もあったが、それが大きく変化しようとしている。

何日か前に、吉本興業の若手芸人の時給が300円という話をこのブログに書いた。所属する芸人・タレントらの収入はまさにこのロングテール型だ。一部の超売れっ子と膨大な数のほとんど無給に近い売れてない芸人の集団である。

これが芸能事務所だけの世界でなく、徐々に一般の社会にも当てはまるようになるのはどうも避けられそうもない。

そして左端のボリュームゾーンの人たちを守るための最低賃金法の改定やベーシック・インカムの導入といった話題がこれからもっと表に出てくるに違いない。

かつて植木等が映画「ニッポン無責任時代」で演じた主人公の名前は、平均(たいら・ひとし)といった。どこにでもいそうなニッポンの無責任なサラリーマンを拡大戯画化して描いたものだが、もうこれからの日本に平均(たいら・ひとし)はいない。


2019-08-06

闇営業と副業の違い

今も吉本興業の芸人による「闇営業」に関する報道を目にする。

今日のN本経済新聞は、こう書く。
芸能界のコンプライス(法令遵守)が話題になっている。吉本興業では所属タレントが会社を通さない「闇営業」で反社会的勢力の集まりに出席していたことが発覚。ジャニーズ事務所を巡っては、テレビ局に同事務所を退所したタレントを出演させないよう働きかけた疑いがあるとして、公正取引委員会が注意した。

「闇営業」が批判されるべきと言いたいのか、反社会勢力の集まりに芸人が出席したことが許せないと主張しているのか判然としない。あえて判然とさせてないように思う。

芸人が所属している事務所を通して仕事しようがしまいが、それは彼らの間でのこと。新聞記者がどうこう言うことじゃない。

また反社会的勢力の集まりに顔を出したのがコンプライアンス違反だと糾弾したいのであれば、その前にそうしたことを日常的にやって来た政治家を指弾しなけりゃ筋が通らない。

政治家は相手として怖いから物が言えないけど、芸人をよってたかって叩くのはたやすいからそうしてるだけと見られてもしかたないだろう。

ジャニーズ事務所がテレビ局に働きかけたというのも、さもありなんだ。もちろんおかしいし、上品なことじゃない。だけどテレビ局のプロデューサーが大人なら、それを無視すればいいだけの話だ。周りがしょうもない正義感をふりかざす必要には及ばない。

記事の冒頭で、法令遵守と括弧付きでコンプライアンスなどときいたふうな言葉を振りかざしながら、その本当の意味を分かっていない記者が薄っぺらい知識でテキトーに書いた記事。だからか署名もない。

また記事に、

「吉本」「芸能人」などの言葉を含む491件のツイート(10%サンプル値)を分析した。
とある。最近は、誰が言ったか分からないツイート上の言説をもとに、新聞記者はさもそれが世間の見方のような記事を書くのか。楽なもんである。

ところで記事中の(10%サンプル値)って何だ。これまで市場調査を多数やってきたが、こんな書き方見たことない。新聞社の他の人たち、意味が分かってるの?

「闇営業」という言葉がこの事件(?)をきっかけに普通に使われるようになったようだけど、それって何かよく分からない。所属する会社の正規のルート外で仕事しただけと違うのか。

「闇」だとか、そこまで大げさな表現を振り回す必要があるのだろうか。「闇」と「副業」とは何が違うのか。

むかし広告制作やイベント・プロデュースの仕事をやっていたとき、勤めていた会社以外のそうした仕事は単純に「バイト」と呼ばれていた。能力のある連中ほど他社からも声がかかり、アフターファイブにそれらをこなしていた。ただそれだけのこと。

2019-08-02

風穴の開け方

昨日、臨時国会が開会した。そこには、れいわ新選組の特定枠で当選した重度障害者の木村さん、舩後さんの姿もあった。

重度の身体障害をもち、脳性麻痺の診断も受けた木村さんが手足で動かすことができるのは右手だけだ。舩後さんはALS(筋萎縮性側索硬化症)で、声を発することができない。が、目と口の動きで意思を伝えることができる。

国会の歴史の中で、こうした重度障害者が議員として登院することはなかった。だから議場のバリアフリー化などの改修工事が今回なされることになった。「賛成の方はご起立ください」と議長が言っても立ち上がることができない二人は、介助者がその場合代わりに手を挙げて賛成を表明する。

多くの人たちが多様性が重要と判を押したように叫ぶなか、心の中ではこうした二人のような国会議員の姿を想像すらしなかった。その多くの人たちの心の隙間に風穴を空けた山本太郎という男はなかなかだ。

れいわ新選組が獲得した票数である228万票は有権者全体のわずか2%に過ぎず、ミニ政党の域を出ていない、と評する政治学者もいるようだけど、数じゃないんだよ。アイデアのインパクトなんだよ、注目すべきなのは。

これまでの長年の政治の世界に向けた人々の気持の中の閉塞感が変わっていくことを期待せずにはいられない。

2019-07-30

時給300円で人は生きていけるか

吉本の芸人たちが待遇改善を求めて起ち上がり始めているという。例の闇営業から波及した芸人たちと彼らを管理する会社社長とのもめ事の延長だ。

1回の仕事のギャラが1円だったとか、一週間拘束されて仕事した報酬が一万円だったとか聞くと同情に気持は傾く。

ただ、なぜこれまで誰も本人たちが声を上げようとしてこなかったのか。こうしたきっかけがないと動き出せないのがちょっと情けない感じがする。

そもそもが会社に管理されて給料もらって、最低賃金保証されて・・・というのはあまり芸人らしくはない。社会からなんだかんだいってはみ出して、河原乞食とまではいわなくても、堅気の社会人であることに背を向けた連中が芸人だというのは、今ではおかしな発想なんだろうか。

以前は芸人を目指すということは、師匠を見つけてその弟子となって芸やその世界のしきたりを体で覚えながらやっと一人前の芸人になっていくという道筋がほとんどだったように思う。

それがいつの間にか「事務所」と呼ばれる会社の養成所を経てデビューし、マネジャーに世話を焼かれてテレビに出るのが芸人の生き方になった。吉本興業やジャニーズが代表格だ。そこには雇用主と被雇用者の関係があって、師弟関係はない。

テレビ局や制作会社なども大手の事務所を通して出演者をブッキングするのが楽で便利なので自分で新しいタレントを探して育てようとはしない。今の状況を作った最大の責任はテレビ局にあるというが僕の見立て。

ここでもまた流れがなく、水がどんよりと淀んでいたのだ。その深いところには汚泥がたまり、メタンガスが立ち上り、異臭を放っていた。それが今回のひょうんなことから水面に泡がひとつまたひとつと吹き出て、多くの人の知るところになった。

2019-07-25

日産スタジアムで花火

7月25日、日産スタジアムのある新横浜公園で花火の打ち上げがあった。午後7時半から8時まで、わずか30分、しかも大した大玉はなかったがそれでも楽しめた。

周りにいた子供たちがひとつひとつの打ち上げに歓声をあげるのが面白い。ただ、会場周辺の警備があまりにも型どおりというか、土手の上にだって「危険ですから立ち止まることはできません!」ってメガホンで怒鳴られる。何言ってんだろうって・・・。


2019-07-22

老年よ、海外をめざせ

金融庁の審議会が、老後ひとりあたり2000万円の生活資金が不足するという報告書を出したのをーつのきっかけとして、民間の機関が個別の事情を深掘りする独自の調査報告を相次ぎ公表した。ニッセイ基礎研究所、第一生命経済研究所、日本総合研究所といったところからだ。
それぞれの調査の方法は独自の基準に基づいて行われているが、どの機関も公的年金だけで生活水準を保つのは難しいとしている。現役世代で十分な資金があるのは2割だという試算も出した。結果として、長くなって行く寿命に合わせて生活を成り立たせていくためには、上手に資産運用をすることと長期間働き続けることで収入を得続ける環境が肝心だと結論した。
定年で仕事を終えたあとは、退職金と年金で余生をゆったりと過ごすという、ついこの前までの日本人の人生の晩年の過ごし方に大転換が迫られているわけだ。なんなんだと思う。
100年人生だとか言われてるが.長生きすることが果たして幸せなことなのかどうか。多くの人が真剣に考え、身につまされることになるだろう。
経済的な視点からは、貯蓄が限られ退職金や年金が限られる中で生計を営んでいくためには、不足する分を自分の力でその後も稼ぎ続けるか、家族や周りに食べさせてもらう方法しかない。
しかし稼ぐ代わりに、限られた持ち金でそれなりの生活をし、幸せを感じながら生きていく方法を探し求めてはどうだろう。
一つは金銭的な経済に頼りすぎない生活をすること。例えば、土地の余っている田舎に生活の場を移し、田や畑を耕し、自分たちが食べていくための自給自足に近い生活をするという道だ。
あるいは、日本より物価の安い外国に移り住むという方法はどうだ。1980年代後半に当時の通産省がシルバーコロンビア計画というのを発表した。
スペインや、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、そしてアジアのタイやマレーシアなどがその対象国だった。日本より物価の安いそれらの国に移住し、残りの人生をゆったりと過ごしてはどうだっという考えである。実際のところはうまくいかず、計画は頓挫した。

「海外姥捨て山」とか「老人の輸出」といった批判がなされたことが背景のひとつにあった。しかし、改めてそうした人生後半の過ごし方をもう一度真剣に考えてもいい時期かもしれない。
例えば日本より物価が5分の1といった国では、日本で暮らすには不十分と思われる年金の額でも生きていくことはできる。

そのためにも機会を見つけて、まずは外国にいろいろと出てみることだ。言語も含めて、日本のぬるま湯的な社会環境とは違うなかで折り合いをつけながら日々を楽しく過ごせるようにするトレーニングを積んでいく必要はある。
また食事にしても、外国で日本と同じような食事が普通にできるわけではない。現地の食事に慣れていくか、あるいは自分で工夫をして料理を楽しむしかない。そのためには、男だろうが何だろうが台所に平気で入り、自分の知恵と経験でどんどん料理を工夫し作っていくくらいの応用力は必要になる。
つまりは、今までと違う環境に自分の身を投じて、そこに自らを合わせていく柔軟性や自分の好きな料理をアイデアと工夫で作っていくといった、人間の基本的な能力といったものが最後は鍵になる。

定年後も働くということ

日本の大手企業で、これまでならば定年で会社を去っていくはずの社員を、そのまま役職につけたままで雇用し続ける例がいつか見られるようになってきた。
もちろん全ての定年を迎える社員をそうやって雇用延長するわけではないが、企業とすれば年齢に関わりなく優秀な人材を組織の中に留め、活躍してもらうというのはきわめて合理性に沿った判断である。今さらながらにしてやっと、という気がする。
2000年代あたりだったと思うが、家電産業を中心に日本企業から多くの優れた技術者たちが中国や韓国の企業に流れた。ソニー、パナソニック、シャープ、当時の三洋など、枚挙にいとまがない。
それらの企業は深く考える事もなく、それまでやってきた社内の紙の上での決まりに沿って人材を社外に押しやった。それまで優れた研究開発の業績を上げてきたにもかかわらず、ただ定年だと言うことで仕事を取り上げ、会社から追い出してしまった。
まだ働きたいし、能力を活かすことができるエンジニアたちは、こぞって中国や韓国からのスカウトの話に乗って海を渡ったのである。結果として外国の多くの競争相手に貴重なノウハウや知識、経験を与えてしまうことになり、長年にわたって日本企業の中で培ってきた優れた技術を中国や韓国の企業に移転することになった。
日本企業は、やがてそうした国の家電メーカーに対して競争力を失っていった。しかし日本企業の経営者たちは、そうした実体を知っていながら発想を変えることをせず看過していた。
なぜその当時から、能力がある社員は年齢に関わらず社内で活躍し続けてもらおうと考えなかったのか。合理性から考えれば至極当たり前のことを、どうして日本企業の経営者たちはできなかったのだろう。

2019-07-20

参議院議員の被選挙権年齢に合理性はあるか

明日は参院選の投票日である。投票率が、特に若年層のそれがどのくらいになるか気になる。

参議院議員の被選挙権年齢は30歳から、衆議院は25歳からである。その年齢差には「良識」の差が関係している。参議院は「良識の府」と位置づけられているらしい。そのため任期は6年間で、解散はなし。対する衆議院は任期4年で解散がある。

じっくり長期的視点で国政を考え実行してもらおうというのが参議院の位置づけになっている。だがちょっと待てよ。だからといって参議院をあえて「良識の府」と呼ぶのはそもそもの問題があるだろう。衆議院はそうでなくても構わない、仕方ないという考えが裏側にあるわけだから。

もうひとつ。25歳は良識をとわれなくて、30歳になれば良識があると判断していることの論理的合理性の所在の問題だ。誰が決めたのか、その根拠はどこにあったのか?

ちなみに米国も、上院と下院で被選挙権の最低年齢は30歳と25歳と5歳の違いがある。ただこれを年齢差別と指摘する声は聞かない。らしくないな。不思議だな。

2019-07-15

見習うべきひとつの男の生き方

ロバート・レッドフォード主演の「さらば愛しきアウトロー」を横浜のkinoシネマで観る。ここは初めて。小振りだがきれいで、落ちついて映画が観られるいい劇場だ。
映画の原題は The Old Man & the Gun。なんとなく彼の出世作であるButch Cassidy & Sundance Kid、邦題「明日に向かって撃て」にタイトルのスタイルが似ている。

この映画は、レッドフォードが役者としての引退作だと宣言して出演した作品。彼は現在82歳。これからはスクリーンに出ることはなく、監督や製作担当者として映画にかかわるのだろう。

そう言われて観れば、スクリーン上のレッドフォードもさすがに老いた感じは否めない。1936年生まれだもの。だけど人が年をとるのは当たり前で、共演しているダニー・グローバーは73歳、トム・ウェイツは70歳である。映画の中でレッドフォードが演じたフォレストがたまたま出会い、心引かれる女性を演じたシシー・スペイセクも70歳だ。ホントこの映画出演者の平均年齢は高い!
さて、彼が演じたフォレスト・タッカーは実際にアメリカにいたという銀行強盗。なんと65年間にわたり銀行強盗、逮捕、脱獄を繰り返してきた実在のアウトロー。ただ一度として人を傷つけることなく銀行強盗を行ってきた、伝説の人物である。
雑誌「ニューヨーカー」に書かれた彼のそうした逸話を読んだレッドフォードが、その映画化権を取っていた。そして今回、彼の主導のもとで製作されたのがこの映画である。
学生時代、「明日に向かって撃て」「追憶」「スティング」はいずれも高田馬場にある早稲田松竹で観た。当時、その映画館で繰り返し上映されていた覚えがある。それだけ当時の学生らに人気があったのかもしれない。
レッドフォードはその後ハリウッドで大成功を遂げる。しかし彼自身は、ハリウッドに与することをよしとせず、ユタの田舎でインディペンデントの映画作家を支援するためにサンダンス・インスティテュートを設立し、映画祭(サンダンス映画祭)を開くなどをしていた。
冒頭、「この映画はほとんど実話である」という字幕で始まる。そういえば「グリーンブック」もほとんど同じ字幕で始まったが、その時と同様に見終わった感想としては、やはり本当だろうかという思いは拭えない。アメリカ人でもない僕は、なるほどこんな話があったんだろうなという感じで理解するしかない。
レッドフォードが演じたフォレスト・タッカーは、根っからの自由人、というか何にもとらわれること好まないはみ出しものの男。映画の最終盤、彼はシシー・スペイセク演じるところの女性との暮らしに落ち着いたかに見えたが、ある日、ソファーでうたた寝する彼女に「買い物にいくが、何か欲しいものないか」と尋ね、そのまま街へ出かけて銀行強盗をしかける。そこで映画は終了するのだが、ちょっとそこは演出が過ぎた感じ。
ただ、タッカーのはみだし者、さすらい人ぶりはよく描かれていて、それはひょっとしたらレッドフォードがこれまで多く映画の中で見せてきた姿をここでもまた、最後の最後にスクリーンで見せつけたと理解した方がいいのかもしれない。
ずいぶん昔になるが、レッドフォードにある日本企業のCMへの出演を依頼したとき、彼の側からの返答はそのCMのディレクター(監督)を自分にやらせてくれるのであれば仕事を引き受けてもいいという内容だった。思いがけない返答に、我々やスポンサーはこれはきっと彼のサイドの断りの方便だろうと考え、彼のCMへの出演を諦めたことがあった。
そして間もなく、彼は自らが初監督した映画「普通の人々」でアカデミー監督賞を受賞する。

2019-07-12

JR東海社員 入社5年目

東京駅日本橋口の改札前に置かれたホワイトボード。乗客に向けての案内がマーカーで書かれているのだけど、そこに新幹線と電車と東京駅のイラストが添えられている。


日本橋口は東海道新幹線だけのための改札である。それを知らず、在来線や地下鉄を利用しようとする客が間違って入ろうとすることが多いのだろう。そうした人に向けての手書きの案内だ。

そこに添えられたイラストは、もちろんプロの出来映えではないけど、書き手が電車や駅が好きなんだという気持が伝わってくる。

そのイラスト、誰が描いたのか、みどりの窓口のスタッフに聞いたら「えっ、イラストってなんですか」と返ってきた。10メートル先の自分たちの駅の改札前に置かれているホワイトボードに何がいま書かれているか知らないのだ。忙しいのか、興味がないのか。

調べてもらったら、入社5年目のJR東海の男性社員の手になるものだとか。それなりに時間もかかったろうに。なんかいい感じだ。

2019-07-05

ペーパーバック版が出た

英国の学術出版社Routledgeから連絡があり、Internal Marketing のペーパーバック版が出版されたとか。

https://www.routledge.com/Internal-Marketing-Another-Approach-to-Marketing-for-Growth-1st-Edition/Kimura/p/book/9780367350659

日本に比べ、欧米のハードカバー書籍はとても高い。僕の本もハードカバーは100ポンド以上もして、ちょっと知り合いにも勧めにくかったというのが正直なところ。それが今度は30ポンドを下回る価格に設定されている。より広い読者に手に取ってもらえそうだ。

日本のアマゾンでは、このリンクから。

2019-07-04

パブロ横尾画伯の迫力

今日の朝刊から。玉置浩二のロマーシカと銘打つコンサートシリーズの広告。

理屈はいらない。横尾忠則のこの玉置を描いた肖像画がすべて。


2019-07-03

商売より投票、金より地球

パタゴニアは、7月21日に直営店全店を休業にすると発表した。この日は日曜日。参院選の投票日で「投票に行くパタゴニア社員のために」店を休みにするという。

見上げたものである。真剣に社会を考えるということは、ここまでやることだと教えてくれる。しかも、「みんなで投票に行こう」じゃなく、自分のところの社員のためにという発想が素晴らしい。押しつけがましさや「ええかっこしい」的なスタンスからも離れている。

パタゴニアの社員はもちろん投票にいくのだろう。そして、それに釣られて多くの人たち、特に若い人たちが投票所にむかうといい。

https://voteourplanet.patagonia.jp/?in=921


2019-07-02

自家製枝豆でビールを

ベランダで育てた枝豆を収穫した。といってもプランターひとつ分だから、ほんの数分で作業は終了。

取れた枝豆は30房ほど。水で洗い、塩もみし、沸騰したお湯で4分ほど茹でる。茹で上がったらザルで水気を切って終わり。

見た目はあまり良くないが、美味しい。自分が育てたからか。100パーセント自然栽培である。


2019-06-25

人々の未来を作る図書館

岩波ホールで上映中の映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」をやっと観ることができた。都内ではここだけの単館上映で、劇場内は満席だった。

ドキュメンタリーを得意とするフレデリック・ワイズマンの手によるNYPL(New York Public Library)を余すところなく紹介した映画だ。


NYPLは、マンハッタンの40丁目から42丁目にかけて位置している。タイムズスクエアとグランドセントラル駅のほぼ中間あたり。

Public(公共)library となっているが、公立の図書館とはちょっと感じが違う。市からの財政支援も受けている一方で、それと併せて民間からの寄付によって運営されている独立法人だ。

図書館の裏は、ブライアント・パーク。これが公園として実に素晴らしい。夏には芝生の上で映画の上映会なんか開かれていて、ぼくは在外研究でコロンビア大学に在籍しているときにはよく出かけた。
https://tatsukimura.blogspot.com/2012/07/bryant-park-summer-film-festival.html
https://tatsukimura.blogspot.com/2012/11/blog-post_14.html

NYPLは88の分館を含む全92館の図書館のネットワークであり、とにかく日本の図書館では考えられないような「サービス」の数々を実現している。

 日本のように本を所蔵し、貸し出すだけではない。地域の人たちの学びの場であり、コミュニティの場であり、子供たちの学習の場であり、新しい仕事を探し人生を築いていくための場所。アメリカの民主主義をどこよりも体現している場所といっていいかもしれない。

1911年に竣工されたダウンタウンにある本館の閲覧室は、厳粛な雰囲気を漂わせているが、基本的にはこの図書館はとても市民に対して敷居の低い図書館で、だれもが本当に気軽に日常的に使えるように考えられている。

この映画の中で誰かが言っていた。「図書館は、本についてのものではありません。図書館は本を所蔵するところではありません。図書館は、人についてのものです。人が知識を得るために本が整えられているのです」。

映画を観て、この図書館を使うためだけにでもまたニューヨークに住んでみたいと強く思う。

ただ映画は3時間26分と長く、途中で10分の休憩が入ったが少し疲れた。

2019-06-18

テレビのニュースはもうこれでいいや

筑紫哲也さんがTBSで「ニュース23」を始めたのが1989年。その年は昭和でいえば64年、そして平成元年だ。

なぜそんなことを覚えているかというと、僕が初めて転職した年だから。大学卒業後8年間つとめた広告会社を辞めて航空会社に移り、昭和天皇の健康状態などを報じるニュースを気にしながら仕事をしていた記憶がある。天皇の健康を気遣うというより、崩御の際の業界への影響を考えていた。

筑紫さんはその後2007年に亡くなるのだが、その前年まで彼がキャスターやっていた「ニュース23」が僕にとってのニュース番組だった。当時は仕事で帰宅するのが遅く、彼の番組くらいしか最初のトップニュースを見られなかったという状況もあった。

長年見ているうちに、無意識にも彼のものの考え方は僕に移っていったような気がする。それと、早く帰宅できた日は、10時からの久米宏「ニュース・ステーション」を見ていたようにも記憶している。

その後だが、とくに決まって見るニュース番組はなくなった。見るとも聞くともなく、適当にチャンネルを変えながら見ているといったところ。気になるのは、ニュースとバラエティの境界がもうなくなっていること。最近は、CNNやBBCをBSで見る方が多くなった。

最近は夜11時25分からのNHK「ニュースきょう一日」を見ている。15分間の短いニュース番組だが、その日の主要なニュースをコンパクトに要点をつまんで伝えてくれる。井上あさひさんという女性キャスターの出身地が僕と同じで、卒業した小中学校も同じというのも何か縁を感じる。テレビのニュース番組は、もうこれでいいや。
https://www4.nhk.or.jp/news-kyou1/

2019-06-12

呆れた大臣

麻生太郎金融担当大臣が、金融庁の審議会がまとめた報告書の受理を拒否した。

この報告書は老後の資産形成を呼びかけ、議論のきっかけとする狙いで審議会が作成したものである。それを大臣である麻生が受け取らないというのは非常識であり、理解をこえている。

記者会見でその理由を問われて、「政府の政策と全然違うから」だと説明した。

自分たちにとって都合の悪いことは、聞かない、見ない、受け取らない、つまりなかったことにすれば済むと考えているわけだ。政治家としてきわめてタチの悪い振る舞いと言わざるを得ない。

しかも一昨日の参議院決算委員会で野党議員からその報告書を読んだのかと問われたときは「冒頭の部分に一部目を通した。全体を読んでいるわけではない」と回答したという。

2019-06-04

ヤフーの信用度はわれわれが点数づけしよう

ヤフーのユーザーは、今年3月時点で4800万人にのぼる。その膨大なデータをもとに、ヤフーは利用者の信用度を点数化していくという。まるで中国だ。

点数が高くつけられた者にはポイントが与えられるという。ありがたや、ありがたや。

利用者個人には、それぞれの点数は知らされることはない仕組みになっている。一方で企業がヤフーとこのプログラムで提携するとユーザーのスコアを無料で手に入れることができる。ヤフーはというと、提携企業からさまざまなデータを入手することが目的だ。

消費者には何がどう起こっているのかがブラックボックス化されたまま、胡散臭い連中が適当にデータをいじり回して個人のプライバシーを金に換えていく。

そろそろ気を付けて、ヤフーの使い方を工夫していかなきゃならないようだ。


2019-05-04

右脳か、左脳か、両脳か

サントリー芸術財団50周年記念の催しとして、佐藤オオキさんのnendoとサントリー美術館が企画した information or inspiration? 展が乃木坂で開催されている。

出品点数は22点のみ。しかもどれもサントリー美術館がもともと所蔵している工芸品だ。ポイントはそれらを右からと左からの2つのルートで見て「感じ」「考える」というところにある。


「最初は黒のルートでどうぞ」と勧められたのは、22点の工芸品を観客が自分の眼(まなこ)で虚心なく鑑賞するためにしつらえられた展示。極力、ものとしての作品以外の情報が観客に伝わらないように工夫されている。

一方、白のコースには、それら工芸品が供えている様々な意匠や工夫が鑑賞する人に分かるような説明的な展示が施されている。それらの作品についての詳細な説明が歴史的、工芸的な側面から文章とイラストでなされている。

これら黒のコースが inspiration、白のコースが information という訳だ。展示会タイトルの副題は「左脳と右脳でたのしむ日本の美」とあり、白コースが information を表す右脳コースで、黒コースが inspiration の右脳コースを示している。

脳がまたブームである。人類にとって宇宙とならぶ未知の領域だけに、テーマとしてはまさに鉄板ネタともいえる。

経営学の分野でもそれをネタにした本が最近またぞろ登場してきている。大学での同僚の内田さんが出した「右脳思考」や佐宗邦威「直感と論理をつなぐ思考法」などがそうだ。

前者は分かりやすく右脳と左脳という言葉を直裁的に用いていて、後者は右脳、左脳という用語は用いず直感と論理と表現している。また、前者は右脳を優先させる思考によって、後者は直感と論理をつなぐことによって新たな視点を手に入れ、ひいてはビジネスの成功がもたらされると説く。

米コロンビア・ビジネススクールのウイリアム・ダガンが2010年に出した「戦略は直観に従う」につながるビジネス書だが、日本でのはしりはといえば30年以上前に脳生理学者だった品川嘉也さんが書いた「右脳ビジネス」だろう。脳が永遠のテーマと言える所以だ。

左脳ではなく右脳を活かせとか、直感(右脳)と論理(左脳)をつなげとか言われても、実際どうしたらよいものか悩んでしまう。右手左手、右足左足のように本人に見えるわけじゃないからね。


2019-04-27

休めないニッポンがある

10連休が世の中で始まった。空港は混雑し、下りの新幹線はどれも満席。下りの高速道路も長い渋滞ができている。

それにしてもなぜ「一斉」なのか。調査によると、日本の企業などで働く人たちは他国の人に比べて多くの有給休暇を与えられている。しかし問題は、いやそもそも問題かどうかの判断すら難しいが、その半分ほどしか日本の労働者はそれを使っていないらしい。

いま僕が勤務している組織にはタイムカードがない代わり、有給休暇という制度もない。しかし20年ほど会社勤めをしていた80年代と90年代は1日たりとも有給休暇を使い残した年はなかった。ま、そんなこと自慢するようなことじゃないが。

国が先導してこうした連休、つまり国民の休日をやたら増やすのは問題だと思っている。同じ時にみんなが休めば、いろんな不便が発生するのは誰でも分かる。交通機関も観光地も混雑し、ホテルや航空運賃など旅行代金はその間高騰する。

日本という国では仕事を休む日にちまで国が「指導」してくれる。そのうち、子供を産むタイミングや我々が死ぬ時期まで国が決定するようになるかもしれない。いや、冗談じゃなくて。

連休中でも仕事柄休暇をカレンダー通り取ることができない人もたくさんいるだろう。また日本の被雇用者の4割近くを占める非正規で働く人たちは、休んだ分だけ収入が減ることになる。そうした個人だけでなく、中小企業のなかにも稼働日が減ることで売上がその分減少し経営に大きな影響を受けるところも多いだろう。

とすると、国が定めた大型連休をその通り享受できるのは、大企業か役所に正規社員、正規職員として雇用されている人たちだけ。

国は連休を制度として制定することが国民に対するプレゼントのように考えているようだが、まったく大きなお世話である。

2019-04-23

つまらない規則から若者を解き放て

経団連と大学側が話し合いを行い、大学生の就職活動の横並びを今後やめていくことで同意した。

春の新卒一括採用ではなく、これからは通年採用を拡大していくという。結構なことだが、何をいまさらという感じだ。実際、楽天やファーストリテーリングなどは、経団連のルールに合わせず通年採用を既に行っている。

現在の新卒採用は、経団連が定めるルールに沿って大学3年生の3月に企業が説明会を始め、4年生の6月に面接を解禁する日程で進む。なぜこうした規則のもとに、大学生が振り回されなければならないのか。

社会人と話していて、よく就職氷河期入社だとかバブル入社組といった言葉を聞くことがある。自分たちが卒業する年に、世の中の景気がどうだったかで、自分が希望していた仕事に就けたり就けなかったり。人生に運はついて回るものだが、それにしても理不尽だ。

トラック競技よろしく号砲とともに全員が一斉にスタートをする就職活動がほとんど人生一度きりのチャンスとなっているために、日本では容易には敗者復活戦が効かない。若者にとってはもちろん、企業にとっても望む優秀な人材を採用できない理由になっている。

既に大学を卒業して何年かたっている人間の中にだって、適性があり優秀な人間はたくさんいるはず。にもかかわらず、そうした人間はほとんど新卒の採用の対象にならない。こうしたトコロテン式で大学から企業へ直行させる、つまらない就職活動のもとになっている就職協定なるものは早くなくした方がよい。

ライフネット生命の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学の学長をしている出口治明さんの本にあったのだけど、彼がある日SNSを見ていたら「全員が日本人男性で最年少が60代。全員がサラリーマンで起業家はゼロ。大学卒業後、1つの会社で勤めあげた人ばかりで、転職経験も副業経験もゼロ。この組織は何?」と言う投稿があったらしい。その答えは何かというと・・・そう、経団連である。

硬直的な組織の中で生きてきたこうした連中が、若者の将来を左右する就職活動についてのルールを決めてきたことがそもそも間違いである。何かというと、口先だけで多様性が大切だとかほざく日本企業のおっさんたちほど多様性に欠けた存在はないのだから。

2019-04-22

スリランカでもテロ

スリランカの首都コロンボで、複数の箇所で爆発事件が起きた。今日時点で200名強がなくなり、450名あまりの負傷者が報告されている。日本人の犠牲者も出た。

爆発が起きた箇所の1つの名に目を引かれた。狙われたシナモン・グランドホテルは、2015年2月にJICAの仕事でコロンボを訪れた際、3日間ほど投宿したホテルだったからだ。

滞在中はいろんな人から長年にわたる内戦のこと、民族間の諍いのことを聞かされた。でも当時、それらは落ち着き、昔そうだったような穏やかな暮らしを人々は取り戻していた。

今回の事件はまだ原因が解明されていない。連続的な事件につながらなければいいけど。

後日、スリランカからの留学生と話した際、今回の事件で彼の自国の友人の2人の姉妹が犠牲者になったと聞かされた。

シナモン・グランドホテル近くの幹線道路

2019-04-18

丁寧すぎて分かりづらい日本語

ペルー出身の女性がインタビューに応えていた。彼女は日本の大学で講師を務めている38歳の女性。来日して22年になる。

そんな彼女が「市役所や銀行で使われる言葉は敬語も多く、丁寧すぎて一番分かりにくい。やさしい日本語を使ってください」と語っていたことに考えさせられる。

丁寧な日本語か、やさしい日本語か。決まったルールはもちろんないが、相手に合わせて話し方や使用する語彙を使い分けるのが当然だろう。組織からおしえられた話し方を盲目的に身につけるだけで、相手に伝わらない日本語を使っているとしたら恥ずかしい。

2019-04-16

みそと日本

広告が面白くない、とずっと思っている。理由はいろいろ考えられるが、結局は広告クリエーターと広告主企業の担当者の問題だ。

腰が引けた広告表現ばかりだとウンザリしながらも、ネットに企業の関心と予算が急速にシフトするなかこうした流れ、つまり広告表現の凡庸化は仕方ないと諦めていた。

そんなとき、こうした広告を見ると「頑張ってるじゃないか」と応援を送りたくなる。


今朝の新聞1面のコラム横、横4.5センチ x 縦6.5センチほどの小さな小さな広告スペース。

コピーは「おみそがダメになったら、日本もダメになると思う。タケヤみそはそんな気持で、一所懸命におみそを作っています」。ど真ん中、ストレートな表現に味噌屋としての矜恃を感じる。

LGBTQのQとは

きのう、早稲田大学の大隈ガーデンハウスで異文化交流センター主催のちょっと風変わりなコンサートがあった。

メインの出し物は「シドニー ゲイ&レズビアン合唱団」のコーラス。シドニーを拠点に活動する1991年に設立された「多様性あふれる」合唱団である。パワフルな歌声を12曲ほど披露してくれた。

70名を超える団員がいるらしいが、今回はその中の30〜40名が来日して東京、京都、福岡で公演を行う。


大学を舞台にしたアウトリーチ活動ということもあって、コンサートの途中で結構長々と人権や平等といったことについての講演がはさまれたが、そこでLGBTQという言葉を彼らが何度も使っていたのが気になった。

最後のQとは何か気になり、帰ってから調べると、それはQueer あるいは Questioning を指し、LGBT以外のジェンダーマイノリティのことだったり、それすら自分でよく分からない人たちをQで示しているらしい。

ウルトラQと同じだ。

ケムール星人

ガラモン

2019-04-15

世界を変えた一枚


初めてこれを見せられたら、人は何だと答えるだろう。焦点のぼけたシュガードーナツの写真とか。人は自分の周りの知っているもの、今まで見たことのあるものにそれを重ねようとする。

今年は、一般相対性理論が歴史的な実験によって初めて実証されてから100年の節目の年に当たる。

2019年4月10日、イベント・ホライズン・テレスコープの研究チームは世界6か所で同時に行われた記者会見において、巨大ブラックホールとその影の存在を初めて画像で直接証明することに成功したことを発表した。

今回撮影されたのは、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホール。このブラックホールは、地球から5500万光年の距離にあり、その質量は太陽の65億倍。

どちらの数字もその規模の想像すらつかない。最先端の科学は哲学的だ。

2019-04-07

「ひこうき雲」から45年

夕方、帰宅途中に駅前で食料品の買い物を済ませ、いつも通る横浜アリーナの前を通りがかった。気づかずにいたが、今日は松任谷由実の3連続公演の最終日だ。


何かちょっと気になり、買い物のビニール袋を手に当日券売場へ。ちょうどあと10分でその窓口が開くタイミングだった。シャッターが降りたままの窓口には「当日券・立ち見席」と張り紙がしてある。

立ち見はいやなので、指定席券があるかどうかに賭け並ぶ。「会場の機材取り外しのため席がでました」とやらで指定席が手に入った。9720円也。

コンサートのコンセプトは、TIME MACHINE TOUR。彼女のデビュー45周年を記念したコンサート。これまで彼女がやって来たコンサートからのピックアップ、ダイジェストといっていい。アンコール入れて2時間半。

彼女がデビューしたとき、僕は中学三年。だから勝手に、コンサートのお客さんは僕と同じ年か少し上だろうと思っていたが、一回り、二回りも若いお客さんがほとんどだ。ユーミンがそれだけ長くソングライターとして活躍している証拠だな、これは。立派なもんだ。

コンサートは「ベルベット・イースター」で始まり、「ひこうき雲」で幕を閉じた。どちらも彼女が19歳(!)の時にリリースした初アルバム「ひこうき雲」からの曲。うちに帰ってからあらためてそのアルバムを全曲を聞き返してみた。今さらながらだが、詩が洗練されていて完成度が高い。あらためて彼女の才能を確認させられた夜だった。

2019-04-04

見えてるものと見えないものの間

日産自動車元会長のカルロス・ゴーンが東京地検特捜部によって逮捕された。4度目の逮捕である。容疑は特別背任。一連の事件捜査はずいぶん長く続いている。一体何がどうなってるのか未だ全容がよくわからない。

それにしても、なぜこのような事件が起きたのか。たまさか起こったのか、起きるべくして起こったのかが気になる。

カルロスゴーンは経営界のスーパースターだった。経営破綻の瀬戸際にあった日産自動車の業績をV字回復させた手腕は、停滞する日本経済全体の中で光輝いていた。

それがなぜこのようになってしまったのか。当時瀕死の日産自動車を立ち直すため、彼は提携先のルノーから招かれた。しかしリバイバルプランと呼ばれた彼の改革は、彼自身が策定したものではない。改革案そのものは、すでに日産自動車の中にあったのだ。

しかし当時の日産の経営者では、それらを実行することができなかった。なぜなら日本の経営者にとって最も難しいことの1つは社員や工場の整理、つまり首切りである。また、これまでの系列会社などとの関係解消も難しい。いわゆる日本人同士のしがらみという奴があるからだ。

どんなに明晰で理路整然とした人間でも、こうした点になると多くの日本人は一転して本来の自分ではなくなる。当時の日産自動車の経営者もそれがわかっていたから、自分たちの手で行うのではなく、外圧としての外国人を用いようと考えたわけだ。そして、日本人では行われなかったであろう日産自動車社内の大改革はひとまずは成功した。

ただその際、当時の日本人の経営者たちは、その出口を考えていなかったのかもしれない。つまりはポストゴーンである。ゴーンで経営を再建した後、誰がどのように日産自動車全体の旗振りをするのかというシナリオがなかったのかもしれない。あるいは、全権を掌握したゴーンがそうしたシナリオをつぶしていったのかもしれない。もちろんこれは推測である。

そして日本人の経営層は、それらの成り行きを手をこまねいて見ていたとしか今では思えない。そこがこの事件と日産自動車の不幸の始まりだった。

かつてビジネススクールでも、カルロス・ゴーンがなした日産のV字回復が優れた経営手腕の典型例として積極的に教えられていた。見えていたものと実際に組織内部で起こっていたこと、つまり見えていなかったもののギャップが経営学の教授たちにも全く見えていなかった。

内部と外部の違いと言ってしまえばそれまでだが、今にして思えばカルロスゴーンに我々日本人全体がしてやられたと言う気がしないでもない。

見えるものと見えないもの、それらを理解し、見えないものを見ようとする意志と洞察力、それが今さらながらに求められている。

2019-04-03

ライフ・イズ・ゴーイング・オン、そして女は強し

ROMAは、映画監督アルフォンソ・キュアロンが1970年代のメキシコを舞台して描いた白黒映画。政治的混乱に揺れる時代背景の中での比較的豊かな中産階級の家庭とそこで働く家政婦が登場人物である。

白黒映画というカラーに比べて情報量の少ない映像だが、だからこそ見るものは自分がその世界の中の一員であるかのような気にさせられる。それはパンをして流れるように映される風景とそこに自分が溶け込んでいるかのような気させる絶妙のカメラワークと不思議な音響効果のせいだ。

映画館の音響設備にもよるのだろうが、僕が今回観た横浜のイオンシネマの劇場では音が270度位の角度から耳に流れ込んできたような印象があった。自分が家の中のソファーに座り、右手に立つ女性が電話で話している一方で、左手の方からは子供たちが遊ぶ声が聞こえてくるような、そんな臨場感あふれる音響の作りだった。

映画の主人公は、この家で働く若い家政婦のクレオ。そしてもう1人挙げるとするなら、この家の主婦であるソフィアだろう。ソフィアの夫やクレオの恋人ら男たちももちろん出てくるが、影が薄い。彼らは格好だけつけているだけで、おおむね意気地がなかったり、無責任な人間として描かれている。

それに対してクレオもソフィアも、ソフィアの母親もみんな普通のメキシコ人ではあるが、勇気と愛に溢れていて、子供たちを心から愛しているまっとうな人間たちだ。

日常の家庭を舞台に取り立てて大事件が起こるというわけではないが、揺れ動く時代背景の中でそれらに対応しながらしぶとく、しかし明るく、愛と勇気を持って生きている女性たちの姿。またそうせざるを得ない人たちを淡々と描くことで「人生は続いていくんだ」と語りかける。
 

2019-04-02

探し物を見つけるコツは、探さないこと

あるはずの資料が見つからない、必要とする本が書棚に見つからない、買ってきたお土産を家の中にどこに置いたか忘れ見つからない。探し物が見つからなくて部屋の中をあちこち歩き回ることが結構ある。

多くの人も同じかもしれないが、そうした探し物をするために費やす時間は結構馬鹿にならない。時間だけではなく、そこで費やすエネルギーや、なかなか見つからないことから感じるストレスも大きい。

それでも見つかればいいが、見つからなければフラストレーションはますます高まる。その人の気性次第だが、自分なんかは結構ムキになってぜひとも見つけてやるぞと探し物をいつまでも続けることも多い。それで見つかることをもあれば、結局見つからないことも。その時は、時間切れだ。否が応でも諦めるしかない。

そうしたときは徒労感だけが残る。こんなことだったら最初から探さなければよかったと、いささか自分の行動と気持ちを振り返って反省する。

結局、探し物を見つけるコツは探さないことかもしれない。

探さなくても探し物は結構現れてくる。そんな経験は誰しもがあることだろう。思いもかけないところに隠れていたり、あるのにただ見えていなかったり、といったことも結構ある。忘れた頃に、ひょんなことから現れてくるのだ。

探さずして見つけることの最大のメリットは、得られる安堵感である。 
 

2019-04-01

広告に一番たいせつなのは「らしさ」

本日、新しい元号が発表された。その名は令和だという。典拠は万葉集。初めて日本の書物から採ったというのが、いかにも現政権らしい。


ところで、今日の新聞の全面見開き広告にこんな広告が載っていた。小渕恵三よろしく、香川照之がキンチョールと書かれた額を思いっきり神妙なおもむきで掲げている。これを見た誰もがニヤッとしたことだろう。

なかなかのアイデア。キンチョーらしい。たぶん社内でも、こんな季節外れに何千万円もかけて殺虫剤の広告を出したって商品が売れるわけない、と反対の意見も多かったに違いない。それにもかかわらず、「エイプリル・フールだし、やっちゃえ」とばかりに殺虫剤の広告を出したのが清々しい。
それはそうとして、どうしてこのアイデアを他の企業では思いつかなかったのだろう。何十年に1度できるかどうかのチャンスである。その機会を逃した広告マンたちの多くは、このキンチョーの広告を見て今頃歯ぎしりをしているだろう。
広告媒体の中で、インターネットに押されて印刷媒体の肌色はよくない。実際、出稿量からみた広告主にとっての重要性は減少をたどる一方だけど、その紙面の大きさを活かしてアイデア次第でこんな事ができるんだということを示した広告主企業の宣伝部と広告クリエイターに拍手だ。

2019-03-31

最も大切な問い ーー それ、何のためにやってるのか?

『学校の「当たり前」をやめた』(時事通信)の著者、工藤勇一さんは2014年から千代田区立麹町中学校の校長を務めている現役の教育者だ。

彼はこう述べる。
「みんな仲良く」と教室に掲げても、子供たちは仲良くなりません。他者意識のない作文、目的意識のない行事、すべてやめませんか。
もっともだと思う。実際、彼の発案とリーダーシップで、麹町中学では宿題を出すのをやめ、定期考査を行うのもやめた。考えることを求めず、ただ生徒がこなすことに躍起になっていることを続けることに疑問をもったことから宿題をやめた。

「ゆとり教育」とかそういったことではない。授業で学んだことを繰り返しても、「できないことができる」ようにはならないからだ。

生徒たちには、与えられたことをこなすのではなく、勉強の中身を充実させるように自律的に学ぶ経験を求めている。さらには、学校ではしっかり学び、家では好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、スポーツをしたり、ぼんやりと思索する時間を持った方がよいとの考えがベースにある。

こうした方法が採れるのは、何が本当に大切なことかをきちんと理解しているから。何が真の目的で、何がそのための手段なのかを冷静に考えた上で、これまで「当たり前」とされていたことをゼロベースで考え直し、変えて行ったのは見事である。

だから、生徒たちの服装や髪の色にはほとんど関心を示さない。それらはどうでもいいことなのである。

一方で、世の中には服装の乱れが心の乱れの元になり、生活態度や学習態度に悪影響を及ぼす、だから、厳しく服装や髪型を規則で縛るべきだという人たちも多くいる。

だが、無理やり表層的に矯正しても本人が納得していなければ、教育的な効果はない。そうした当たり前の事が学校での生徒指導に欠けていた。これまでやってきたことを継続することが教育だと現場は思ってきたことが、彼の本を読んでよく分かる。

本来、何のためにそれが必要なのか、何のために行われていたのかが抜け落ちたまま、そうした手段がいつのまにか目的になっていることの何と多いことか。中学教育の場だけを言っているのではない。

われわれの周りを見渡せば、どこの職場にも「そう言われてみれば、何でこんなことやっているのか説明できない」ことが多々あるはず。そんなものはないという人は、ある意味、もう終わっている人だ。


ところで、明日(4月1日)から働き方改革関連法が施行される。企業には、社員の残業を減らしたり、有給休暇の消化率を上げることが求められ、ルールを破ると罰則もある。

例えば、残業時間の上限は、原則月45時間。違反企業には罰金が科される。年次有給休暇は社員に最低5日は取得させる義務が企業に課される。これも達成できないと、一人当たり最大30万円の罰金が科される。(なぜその社員に対して払われるのではなく、国へ支払う罰金なんだろう・・・)

どちらも、目的と手段を取り違えている。

「何のためにやっているのか?」というシンプルな問いを立て、その答えを見つけることでこの国の企業だけでなく、大学も教育も社会もずっとよい方向へ変わっていく。

惰性で続けている意味のないことをやめること。目の前の課題は本来、何か上位の目的があってのことなのに、それ自体を達成することが目的化してしまっていることは思いのほか多い。

2019-03-26

目黒川の桜 3月26日

今日は中目黒駅で一旦下車。目黒川沿いの桜はどんなものか足を運んでみた。ソメイヨシノがもう5分咲以上の開花だ。


2019-03-24

ヘルメットはベトナム仕様

ベトナムは、モーターバイク社会だ。特に都市部では昼となく夜となく、小型バイクが所狭しと走り回っている。


朝夕の通勤だけでなく、聞くところによると、夕食後は家族で1台のモーターバイクにまたがり街中を走り回ることをよく彼らはやっているらしい。どこに行くというのではない。ただのレジャー、気晴らしだという。

そうした時ハンドルを握るのは、やっぱりお父さん。後ろにお母さんが座り、その間にひとり、あるいはふたりの子供がはさまれている姿が一般的。50ccのバイクに家族4人が乗って街中を走る。端からは決して安全には見えないが、子供らはみんな父親と母親を信頼しているのだろう。眠っている子供すらいる。これが家族団らんの秘訣かもしれない。

ベトナムの若い女性はポニーテールが圧倒的に多い。流行っているのか、ただ簡単だからかしらないけど。

そのためか、ベトナムのバイク用ヘルメットの後ろの部分は、その「尻尾」がちゃんと出るようにカットされている。ベトナムだけじゃないかな。少なくとも、日本にはこんなのない。なかなかかわいい。

ホアンキエム湖の女子学生たち

日曜日の朝、朝食後、ハノイのホテルを出て近くのホアンキエム湖へ散歩に行った。
湖の周辺は週末らしく、若者がスポーツに興じたり、カラオケを楽しんだりゆっくりと時間を過ごしている。
歩いていると、白人のバックパッカーカップルがベトナムの女性たちに囲まれて、何やら立ち話をしている様子。近くを通りすがりにカメラを向けたらその中の1人がこちらにやってきて、5分だけ時間をもらえないだろうか、英会話の練習に付き合って欲しいと言う。
それにしても、日曜日の朝にこうやって大学生たちが観光客を練習台に英会話のトレーニングに励んでいるなんて。成長著しいベトナムのエネルギーのひとつと感じた。

日本でも昭和の時代には、英語を学ぶ学生たちがそうやって英語を使う機会をつくっていた頃があった。最近はどうなんだろう。よくは知らないが、日本ではそうした姿はもう見ることがないように思う。

今では英語を身につける方法はいくらでもある。アバター相手に英会話のトレーニングを受けるなど、ネットさえあれば英会話の練習方法は選び放題である。

だけどその一方で、ハノイの大学生たちが見せていた学びへの熱意を、日本の大学生は持っているだろうか。

10年後、世界で実際に活躍しているのは、きっと彼女たちの方だと思う。

2019-03-23

Cong Caphe コン・カフェ

ハノイの中心部、ホアンキエム湖からほど近い場所にある「コンカフェ」は、ベトナムで若者たちに人気のカフェ。コンカフェのコン(Cong)はベトコンのコンだ。

スタッフ(なぜか若い女性がほとんど)はみんな迷彩色のユニフォームを身につけ、店内のむき出しのレンガの壁には懐かしのプロレタリアートをイメージしたものが飾られている。 

Cong Caphe コン・カフェ ベトナムのハノイ




ハノイだけでなく、ホーチミン市やダナンにも支店があるらしい。

2019-03-22

ベトナムの小学校で

アジアの少数山岳民族の村を中心に、現地に小学校や中学校を建てる活動をしている NPO団体、アジア教育友好協会(AEFA)の人たちとベトナムを訪れた。

ここは、ベトナムのトゥエンクアン省カンバオ村の小学校。子供たちがかわいらしい。まさに絵に描いたような純真な瞳に、忘れていたはるか昔の懐かしい想いが押し寄せてくるような感じだ。


子供たちがいま学んでいる校舎は、米を収納しておくために村が造った倉庫を改修したもの。設備も教材も何もかもが我々の目からは間違いなく最低限のものだったが、それでも子どもたちの学ぶ意欲の輝きは何ものにも代えがたいものに映った。

2019-03-21

太鼓がおしえてくれる

ベトナムのハノイ国際空港から北西へクルマで2時間半ほど。トゥエンクアン省のナンリー小中学校。

授業の開始と終わりには、太鼓がどんどんどんと打ち鳴らされる。



2019-03-10

東日本大震災、沿岸部の工事続く

あれから8年、宮城県の南三陸町を訪ねた。その海沿いをめぐる。

たしかに港湾部はきれいに整備され、一見したところではもう被災の傷跡のようなものは分からない。新しい建物が建てられ、あたり一面きれいだ。だが、人がいない。

浜から少し離れたところには立入禁止のロープがはられ、まだ修復されないまま被害が残された箇所もある。

南三陸町から国道45号線を気仙沼、陸前高田、大船渡方面へ進む。どこもかしこも工事が多い。津波で押しつぶされた家屋や建物があっただろう土地は整備のための工事が、そして臨海部は長大な防潮堤を築くための工事があちこちで行われているのを目にする。

昔からその土地にいる人たちの目からは、風景がどんどん変わっていっているだろう。防潮堤はいざというときの津波を防ぐとともに、人から海の景色を完全に遮断する。高い塀で守られた街は、まるで中世ヨーロッパの城壁都市を連想させる。

普段の景色が変われば、そこに住む人たちの意識も変わっていくのだろう。海の意味も、母なる海というかつての牧歌的なものから、人に牙をむく恐ろしい海へとあり方が変わったに違いない。




2019-03-07

インケン

インケンと聞けば、人はまず陰険という漢字をアタマに思い浮かべるかもしれないが、われわれが呼んでいたインケンは「隠研」のこと。隠居研究会の略称である。

一昨年の秋に日本の新しい隠居を考えるための研究会組織として起ち上げ、一年ほどかけて読書会を中心に、ゲストを招いての講演&討議やフィールドワークなども行った。

隠居というと、古典落語に出てくる横丁のご隠居さんのような存在を連想するかもしれない。しかし、これからの時代にはそれとは様相がまったく異なる新しい隠居の姿があるのではとの個人的な思いが背景にあった。

今後日本人(とりわけ60歳以降)がどのように個人として生き、また社会と関わっていくことができるか、そうしたことを半分真剣に、半分面白がりながら「人生100年時代」(ほんまかいな?)と言われる時代性の中で考えて議論した。

その研究会のメンバーの1人だった藤原智美さんが出された『この先をどう生きるか』(文藝春秋)は、定年前後世代に向けてのそうしたテーマへのひとつの答え、提言である。


2019-03-06

『早稲田乞食』第190号

顧問のようなことをしている早稲田大学サークル「早稲田乞食編集部」の新旧幹事長が研究室に挨拶にやってきた。

サークル幹事長の交替を大学に届けるための書類やら前年度の活動報告書を大学に提出するにあたり、僕の署名と印鑑が必要だったためだ。

新幹事長は文学部の2年生(この4月から3年生)で、なかなか利発そう。うまくサークルをまとめて引っ張っていってくれそうだ。ただ、部員がこのところあまり増えていないとか。そこがちょっと心配。

いまどき手書きのミニコミ誌なんて、世間的には流行らないのだろう。化石のようなもの。超アナクロもいいところだ。だけど、だからこそ41年の歴史を誇るワセコジ(『早稲田乞食』)の火を絶やさないよう現部員たちには頑張って欲しい。

彼らが研究室に置いていった最新号をめくっていると、そのなかに僕を描いたイラストを見つけた(23頁)。本人に何の断りもなく・・・。アンビリーバブル!!   ま、いいか。



2019-03-04

アメリカという国が持つ問題と希望

「グリーンブック」は、第91回アカデミー賞の作品賞と脚本賞に輝いた作品。時代は1962年、裕福な天才的ピアニスト、ドクター・シャーリーが、無学でがさつだが腕の立つ男、トニーをドライバー兼用心棒に雇って米国の南部へ演奏旅行に行った8週間を描くロードムービーである。

ただ、そのピアニストは黒人、しかも同性愛者で博士号学位を持つインテリ。一方ドライバーは、黒人のことを決して好きではないイタリア系の白人男性だ。 
 

最初、観る者は自分がどちら側なのか想いを巡らす。冴えない日々の仕事をこなしているだけで決して輝くような将来があるわけではないが、賑やかな家族と友人関係に恵まれたイタリア系白人か、それとも豊かな教養を持ち、世間から尊敬を集めるだけでなくカーネギーホールの高層部に住居を構えるほどの富も持つ孤高の黒人か。

旅の途中、とりわけ車の中での二人のやりとりは、どちらもが欠けた部分を抱えて生きていることを伝えてくれる。
 
ディープサウスと呼ばれる保守意識の強い州でドクター・シャーリーは数々の差別を受けるが、彼はそれらに耐え、ときに毅然と立ち向かう。その姿にトニーの黒人に対する意識も変わっていく。ただこの映画は、そうした差別を事実として描くだけでことさら強調しているのではない。登場人物ふたりの関係を持って、黒人と白人が融和したなどというのも焦点がずれている。

映画は、その裏にある社会の複雑な関係性をエピソードを重ねることで重層的に伝えようとしている。差別と偏見への直接的な怒りというより、それを正視しつつ笑い飛ばすユーモアが底辺にある。

家族想いのトニーは、行く先々で妻のドロレスに手紙を書く。勉強嫌いの小学生が書くような拙い内容の手紙を、その度にシャーリーが表現に技巧を凝らした見事な文章に変えてやる。手紙を受け取る度に夢見心地になるドロレス。

ツアーからニューヨークに戻ったあと、トニーの家をクリスマスに訪ねたシャーリーに、彼女がそっと「あなたが手紙を書いていたのよね」とささやき抱き合うラストシーンは、クリスマスらしい温かい気持ちを観る者に届けてくれる。

2019-02-22

今日は猫の日である

2月22日は猫の日である。ニャン・ニャン・ニャンということで猫の日なのだろう。
近年は猫がブームである。テレビでも猫を取り上げた番組がたくさん流れている。代表的なのが、写真家の岩合光昭さんがNHKでやっている「世界ネコ歩き」だ。カメラを構えて猫に近づいていく岩合さんは、猫語が話せているとしか思えない。
この番組、最初は同じNHKの「世界街歩き」を本歌に取ったシャレでやってるのかと思ったが、すっかり定番として放送しているところを見ると、視聴率なんかも結構かせいでいる感じ。
ところで今の時代、なぜ猫が人気なのだろう。どうしてワンコではなくてニャンコなのか。
犬は一般的によく人になつき、従順である。その従順で健気なところが、かつての高度経済成長期の日本人の姿を投影したところがあって、犬は家族の大事な一員として迎えられていたように思う。日本人全体が、犬的だったのだ。もちろん、番犬としての役割もあった。
その点、猫は自由でわがまま。勝手気ままで、人からは何を考えてるのかわからない。何かの役に立つということもない。ただ、それが今の時代の空気というか、人々がこうありたいと思ってる自己の姿の反映に近いのかもしれない。
つながれ、管理されるのではなく、好き勝手気ままに生きたいと感じるその一つの姿を現代人は物言わぬ猫に投影しているのだ。
それにしても、2月22日を猫の日と決めたのは誰なんだろうね。 

2019-02-21

全584ページのマニュアル

科研費という制度がある。正式な呼び名は、学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金というらしい。我々研究者に与えられる国からの研究助成金である。申請に対しての採択率は、分野にもよるが全体ではおよそ20〜30%である。

われわれは、そうした資金をもとを研究を行い、学会で発表を行い、論文を作成する。研究資金を与えられるのはもちろん有り難い話ではあるが、その使い方がなかなか複雑で厄介である。

僕の場合、現在は昨年度から3年間にわたる研究助成金を受けている。今年はその2年目にあたり、大学を通じて初年度の総括と次年度の研究請求金額の届けが求めれてきた。

初めてのことではないのでだいたいのことは分かっているつもりではあるが、その申請継続手続きのための資料として大学から送られてきた操作マニュアル(研究者向け手引き)は、なんと全584ページにわたる。年々複雑化している。これでは電話帳である。だれも読まない。



だいたい、こんなものを人に読ませようといういう文科省は、研究者に果たして本来の研究をさせたがっているのか、それともただ(彼らが考えるところの)問題のない手続きを最優先でやらせたいと考えているかのか。

2019-02-13

ジャンボはまだ飛んでいた

ジャンボ・ジェットの愛称で知られるボーイング747機が初飛行したのは、1969年2月。ということは、それからちょうど50年である。

日本到着後に撮影

今回、フランクフルトで乗り継いだルフトハンザ機は、その747だった。まだ飛んでいたのかと、ちょっとビックリした。

日本航空も全日空も、もうジャンボは飛ばしていない。燃費の悪さなどの性能、使い勝手で後続機に先を越されてしまったからである。だけど、世界の旅行ブームを牽引してきたのは、間違いなくこのジャンボだった。エアバスA380が就航するまで、もっとも座席数の多い機材だった。

僕が BA(ブリティッシュ・エアウェイズ)で働いていた時に日英間を飛んでいたのもすべてこのボーイング747だった。90年前後のバブルの頃は、そのファースト・クラスやビジネス・クラスから席が埋まっていったのが嘘のように思い出される。

だから、フランクフルトから日本へ向かう便がジャンボだと知ったときは、懐かしい友に会ったような気になった。 

だけど、久しぶりに乗って感じたのは、残念ながらその友はもう時代遅れだということ。最新鋭の機材に比べて、なんといってもキャビンの静粛性に欠けている。実にうるさいのだ。またキャビンの座席の配置も最近のものに比べて工夫がなく、乗客にはとっては快適さにも欠けている。

たくさんの客を積めるので飛行機会社にとっては今も使い出があるのだろうけど、やはりもう引退させたほうがいいというのが正直な感想である。

2019-02-11

川のある風景

ポルトの街を東西に流れるドウロ川(Rio Douro)。その川によって街は北と南に分かたれている。北側の丘陵地は日当たりが良いからか、斜面に沿って多くの住宅が建ち並んでいる。

一方、川の南側のガイアと呼ばれる地区の斜面はあまり日当たりが良くないので、ワインの醸造所や倉庫が多く並んでいる。温度があまり変わらないから、それがきっと好都合だったわけだ。


リスボンは、テージョ川(Rio Tejo)によって南北に分かれていた。リスボンもここポルトも川があるから港があり、人や物が船で運ばれ、その結果経済が発達し、新しい文化や考えが外から入ってきていたのだろう。

ポルトの下町で

ポルトの裏町で見かけた微笑ましい風景。斜め上のお隣さんが洗濯物をベランダから下の家に落としてしまったのを、いつものことのように物干し竿で器用に拾い上げているおばさん。下町らしいいい光景に見とれてしまった。


「うまいもんだね〜」と下から声をかけたたら、おばさん、手を振って応えてくれた。




2019-02-09

リスボンからポルトへ

ポルトガル鉄道に乗り、リスボンからポルトへと移動。ジウジアーロがデザインした急行列車で、時間はおよそ3時間弱。快適な旅路だ。