濃厚接触、外出自粛、分散参拝、、、どれも今の社会に根付いた格言かスローガンのように聞こえる。
2020-12-28
分・散・参・拝
2020-12-26
ベランダ焚き火
月がきれいで、星がいくつかきらめていて、風がない夕刻は焚き火にもってこい。
炎の熱が、火の中で木材が弾ける音が、そして薪が燃える匂いが五感をくすぐる。時折、煙が目にしみる。それもまたリアルな実感だ。
2020-12-25
クリスマスのベートーヴェン第9
NHK交響楽団の今年最後の定期公演の演目は、ベートーヴェン「第9 合唱付き」。
第9を完成させた頃、ベートーヴェンはすでに完全に聴覚を失っていた。また内臓疾患にも苦しんでいたという。そうした苦しみの中で、もがくように光と希望に満ちた本交響曲を作り上げた。
会場は渋谷のNHKホール。客席は観客の間に空席を一つずつ挟んでの公演であるが、その状態で会場はほぼ満席だった。
指揮はスペイン人のパブロ・エラス・カサド。キビキビした指揮ぶりだ。
テノールの宮里直樹は私の遠縁の一人だが、今や若手で日本を代表する歌い手の一人。彼にとって今回の公演は、N響バイオリニストの父親との「共演」でもあった。
大晦日の夜にNHKで放送されるらしい。
2020-12-24
「〜なのに」をやめることから始める
「今日はクリスマスイブの日なのに、街はどこも例年の賑わいを欠き、・・・」。街の様子を紹介するニュース番組でのコメントだ。
2020-12-23
袴田事件、再審開始が決まった
袴田さんの無罪を求める再審請求が認められる可能性が出てきた。
1966年に当時勤めていた味噌会社の一家4人に対する強盗殺人放火犯として逮捕され、47年以上にわたって収監された。これは世界最長の収監期間としてギネス認定になっているほど。
しかし、その記録を読むと僕には明らかに警察のでっち上げにしか思えない。取り調べは凄まじい、文字通りの拷問が長期間にわたって繰り返されている。有罪の決め手となった証拠品としての味噌桶に投げ込まれた血痕がついていたする衣類はどう見ても警察の捏造である。
味噌会社で働く前にプロボクサーをしていた袴田さんは、警察にとっては格好の狙い目だったのだろう。「ボクサー=暴力的で野蛮」というイメージを前面に押し出すことで、袴田さんを犯人に仕立て上げようとあらゆる手段を講じている。
なんとも偏見にみちた非道な考えだ。そうしたことが普通に、本当に普通にまかり通っていたのである。袴田さんが関係しているとされるこの事件だけが決して特別な例外的ケースではない。
今回、裁判をやり直す再審を認めなかった東京高裁の決定を取り消し審理を差し戻した最高裁の決定は、ささやかながらも袴田さんを支援してきた僕にとっても明るいニュースだ。
しかしながら、事件から半世紀以上が過ぎた。袴田さんはすでに84歳になっている。
2020-12-20
総閲覧数がトップに
3月からのコロナウイルス感染拡大の影響で、この夏参加予定だったベルギーの国際学会への出張がなくなった。
仕方ないので報告先を国内の学会に切り替え、研究成果はこの10月に開催された学会(日本マーケティング学会)で発表した。
https://waseda.box.com/s/xiuu0a2nhl4zsbafnib0i1f8iv0mg3z4
この前学会事務局から連絡があってそのサイトを見たら、その後に学会サイトへ掲載された研究報告で閲覧数がトップになっていた。
学会のサイトにはあえてフルペーパー(論文本体)は掲載せず、報告概要しか載せてないんだけど、とにかく興味を多くの人が持ってくれたのは良かった。
10年ほど前からほぼ毎年、海外の国際学会に参加して研究発表をしている。外国の学会に出ると世界各地からやって来たいろんな研究者と知り合えるし、なんといっても海外の研究者はフランクに質問してくるから刺激的でとても楽しい。
日本人ばかりの集まりだと、なぜそうならないのだろう。
2020-12-19
エリートが出て来ないからこそ
川崎のチネチッタで観た『ニューヨーク 親切なロシア料理店』は、デンマークの映画監督ロネ・シェルフィグが2019年に制作した作品。
重要なセッティングのひとつであるロシア料理店「ウィンターパレス」のあるところは、たぶんマンハッタンのミッドタウンあたりをイメージしているんだろう。主人公の女性クララが2人の子供を連れてたびたび訪れる New York Public Library(ニューヨーク公共図書館)が懐かしい。
なぜ映画の舞台がマンハッタンだったのか。人々(アリスなどそこを訪れた事がないアメリカ人にとっても)の憧れの地で、種々雑多な人が暮らし、そしてタフな場所というイメージが映画の原題である<The Kindness of Strangers> を浮きだたせる舞台としてふさわしかったのだろう。
マンハッタンというと、個人主義の強い人たちが集まった厳しく情け容赦のない競争の地というイメージがあるかもしれないが、実体はたぶんそうではない。
確かにニューヨーカーらは、自分からあまり人に深くは構おうとしないが、それは他人を尊重しているから。話しかけ、必要な助けを求めれば、多くの人たちはさりげなく手を貸してくれる。というのが、以前そこで1年間暮らした僕の経験だ。シェルフィグ監督が醸し出したかった雰囲気もそれだったに違いない。
主題の一つは、救い。映画の中、主人公のそのクララと病院の救急医療の場で働くアリスの2人の女性がストーリーのなかで交差し、それぞれのやり方で救われていく。それをもたらすのは、見知らぬ人たち(ストレンジャーたち)の親切さ。
忘れてはならないのは、アメリカ社会がーーわれわれ日本人には意外かもしれないがーー豊かな共助によって支えられている社会だということ。それを象徴する「シェルター」の存在。
アリスが所属する教会、彼女がそこで定期的に開いている「赦しの会」という集まり、ホームレスらへの食事提供の場、42丁目にあるニューヨーク公共図書館、そしてロシア料理店の「ウィンターパレス」。どれも助けを必要としてる人たちのためのシェルター(避難場所、保護施設)になっていて、そのベースにはコミュニティーの意識がある。
社会的、経済的な成功者(エリート)は誰も出てこない。物語は寓話のようでもあるが、マンハッタンの人たちの実際の暮らしのスライスでもあるように思った。
レストラン・オーナー役のビル・ナイが、飄々としたいい味を出している。
2020-12-18
データ漏洩の可能性は、顧客に速やかに連絡すべきだ
ひさしぶりにNHKオンデマンドのサイトにログインしたら、「このパスワードはデータ漏洩で検出されたことがあるため、このアカウントは危険に・・・」というメッセージがいきなり現れた。
もちろんパスワードは変更したが、自分のアカウントが他者に利用されていた可能性は否定できない。
その場合、僕のアカウントで他の誰かがサイトを利用していたということであり、まあ大きな実質的な被害はないのだろうが、それでも気持ちいいことじゃない。
アカウントデータ漏洩が確認できた段階でサイト運営者はすぐにその説明を利用者(顧客)に連絡する義務があるんじゃないのかね。
2020-12-17
やっぱり芸術とうんちは違うんじゃないのか
今朝の新聞紙上でインタビューを受けていたネット証券会社社長のM本某が、「芸術はうんちみたいなもの。排泄しないと不健康だし、人間らしさが凝縮されている」と語っていた。
そうか? 芸術家が日々創造しているのはうんちなのか。画家も彫刻家も音楽家もうんちに生きているというのか。こんな失礼な話はないだろう。
うんちはご飯さえ食べてれば勝手に(自然に)でる。そこには何の葛藤もない。ネズミだってミミズだってうんちをする。
排泄しないと本当に不健康かどうか知らないが、そうした発想自体が不健康である。
(うんちには)人間らしさが凝縮されてるんだって? 知ってた? じゃあ、あなたのうんちにはあなたらしさがどう凝縮されているのか話してごらん。
アーティストが、自分が生み出したものという意味で自らの作品をうんちということはあるかもしれない。だけど、数字(ゼニ)のことしか考えてなく、芸術家と違って人のこころを動かすものなど何もクリエイトしてない人が利いたふうな口を叩くのは止めたらどうか。
彼の会社には、これ見よがしに(たぶんね)若手の現代美術家の作品が社内に飾られているらしい。もしうんちが好きなら、ぜひピエロ・マンゾーニの「芸術家の糞」でも一緒に展示するといい。
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| ピエロ・マンゾーニの糞缶 |
2020-12-15
迷走する政権のGoTo なんたら
ガースー首相が「GoToトラベル」キャンペーンの全国一斉停止を発表した。やっと年末年始が静かに過ごせそうだ。
とにかくやることが遅く、判断が一貫していない。説明が説明になっていない。こんなのではどうしようもない。
感染者数がこれまでになく増えているのは明らかなのにもかかわらず、妙な数字を持って来て、キャンペーンの継続を正当化し続けた。その挙げ句、世論調査で首相の支持率が急低下したと見るや一転、自己保身的にキャンペーンの停止を発表した。二階派に対して「忖度」を続けている場合ではなくなったのだ。
それとタイミングを一にして、自民党二階派が「勝手なことしやがって」と毒づいたとか。現在の自民党幹事長二階は、全国旅行業協会の会長。業界は、その一派にとって重要な票田であり、献金元なのだろう。
だからか、観光庁も「GoToトラベルが感染を拡大させたというエビデンスはない」とずっとうそぶいていた。かれらは極めて限定的なデータをもとに、そんな証拠はないのだからGoToは続けて問題がないと子どものようなロジックを主張し続けていた。
医学領域の専門家があれだけGoToを控えるべきだと懸念していたにもかかわらずだ。彼ら政治家と官僚が、国民の命や健康、安全といったものより明らかに自分たちの利益集団を守り、票田を保つことが優先されていたというだ。
2020-12-13
それでも少年は生きていく
横浜で映画「異端の鳥」を観る。3時間近い白黒映画である。
舞台は東ヨーロッパのどこかの国。ドイツに攻め入られ、侵略されている国だが、特定の国名やそれを著す言語は出てこない。そうするとどこにもない国のようだが、どこにでもある国でもあると言える。
チェコ人の監督、マルホウルはこの映画をデジタルではなく、古典的なモノクロのネガフィルムで撮影した。デジタルとは異なる輪郭とコントラストが際立った映像は、こんなに鮮やかだったのかとあらためて再確認させられた。
ホロコーストを逃れて親から田舎の祖母の家に預けられた物言わぬ少年が主人公。小さなその家で、少年がたどたどしいながらピアノを弾いているシーンが冒頭にある。
ある日、祖母が当然死し、同時に事故で住んでいた家が火事で燃えてしまい少年は居所を失ってしまう。
彼は各地の村落で差別され虐待される。凄まじい偏見と暴力。不条理の海を少年はそれでも一人でわたっていく。登場する人物たちの邪悪さ、粗雑さ、人間の皮を被った獣のような普通の村人たち。
まるでいじめのゲームでも見ているかのように、行く先行く先で少年は出会った大人たちから蹂躙され痛めつけられる。そして、それでも彼は生きていく。だんだん子供なりに人間性を失っていきながら。
映画には説明的なナレーションや少年の内なる台詞などは一切ない。寡黙な少年の心情を映画の観客が知る術は、彼の表情しかない。時にうつろに、時に大人たちの心の奥底をのぞき込むような眼差しに引き込まれる。
この映画の原作は、1965年にポーランドの作家イェジー・コシンスキーが発表した小説「ペインテッド・バード」。映画の半ばで、鳥売り男が出てくる。その男が、あるとき一羽の小鳥の羽に戯れにペンキを塗って空に放つ。鳥は空を舞う仲間の群れに入って行くが、群れの仲間から小突かれ、突っつかれ、やがて無残な姿で墜落する。
羽の色が自分たちとは異なるペンキを塗られた鳥は、異物であり、異端であり、排除されるというメタファーである。東ヨーロッパ各地の村を流れて行くユダヤ人の少年もまた異物であり、異端と受け取られたために動物、いや虫けらの扱いを受ける。
普通の人々の残虐さと狭量さ、かれらこそ人間であっても動物のような精神性しか持ち得ていないことを訴えている。そうした人間たちは、自分たちの群れに属さない存在は拒絶し、放逐して何にも感じるところはない。すでに人間としての理性や情緒を失ってしまっているのだ。
それらのすべて、とりわけそうした人間のもつ偏見の根底には無知がある。
2020-12-12
タダほど高いものはないから
グーグルが利用者へのサービスポリシーを変更すると発表した。いつかやるだろうと思っていたが、予想より早かった。
そもそも「無料」だから何も言えないし、こちらも工夫次第でなんとかしのげる。しかし、それも彼らは織り込み済みで、またいつかもっと厳しくポリシーを変更してくるか分からない。信頼しきっていたら、大変なことになりそうだ。
僕にとっての最大の影響は、これまでグーグル・サイトを学生などとのファイル共有の場にしていたのが、そう簡単にできなくなったことである。
しばらくは様子を見ながら、いざとなったときの対応策を検討しておかなければと思っている。
2020-11-14
グーグルの気味わるさ
YouTubeであるアプリの設定の仕方を動画で確認しようとDuckDuckGoで検索をかけたところ、匿名性に関する警告が表示された。「YouTube(Google社)に匿名性はありません。ここで見るビデオはGoogle社によって記録されています」と。実にはっきりと述べている。
情報としては知っていたものの、このような表示を見せられると、このまま安易にアクセスしてよいものやらどうか。
そういえば、Google Photos がその方針変更を発表した。まあ、いつかはやるだろうと思っていたが、現行の写真保管のデータ量にキャップ(上限)をかけることにするらしい。
ユーザーとすれば、使用料を彼らに払って使っているサービスではないので何をやられても文句の言いようがない。
ただ、これをきっかけに、多くのユーザーがグーグルのサービス利用に関してより注意を向け、このままタダという目先の小さな利益を追って個人情報を垂れ流していってよいのか自分の頭で考えるきっかけになればと思う。
話をYouTubeに戻せば、彼らは広告収入を広告主から得ていながら(この仕組みは民間放送テレビやラジオと同じ)、さらに同時にユーザーの個人情報を収集し、販売して稼いでいる。 大もうけできるはずだ。
2020-11-09
犬の散歩にウンチはつきものだから
冠雪した富士山を眺めつつ、朝の空気を吸いながらススキの道を散歩をしていたら、道端にDog Poop Boxと書いた缶を収めたちいさな屋根付きの箱を見つけた。上の段にはビニール袋の箱が置いてある。
誰がこれを設置したのか。たぶん自分自身ワンコを連れて散歩をする人だろう。自分も使えるし、他の犬好きにも喜んでもらえると。この缶の大きさだと、2、3日に一度は回収をしなきゃならないけどね。
2020-11-06
70円のエアメール
書き損じのはがきを持って郵便局へ立ち寄った。そこで鞄の中から取り出したのは、返信しなかった往復はがきの片割れが数枚ほどと机の引き出しに残っていた国際郵便はがきである。
机を整理していて、古い手帳やらメモ帳の下から出てきたエアメール専用のはがきには、70円の切手が印刷されている。いつ頃それらを購入したか覚えていない。10年以上前なのは確か、いや20年前くらいかもしれない。
国内で使う普通のはがきの料金が63円だから、どうせこのままでは使えないだろうと思って窓口に出したところ、「いまもこのまま使えますよ」と言われた。
はがき代はここ数年少しずつ上がってきたが、この国際郵便はがきは今も変わらず、立派にエアメールで送れると言われた。
Eメールでメッセージが送れる時代にエアメールといえども葉書でメッセージを送る人がどれだけいま日本にいるのか、思わず考えてしまった。たぶんほとんどいないとはいえ、こうした手段がまだ残っていることには、なんだか感謝の気持ちがわいてくる。
手書きのエアメールなんて書いたことない人がもうほとんどなんだろうけど、われわれの世代にとっては今も懐かしく、ちょっぴりお洒落な響きと感傷をかき立てるアイテムである。
2020-11-05
地球から1番近い星、2番目に近い星
空気が澄んできて、天気がいい夜は星がたくさん見えるようになってきた。
ベランダに出てみると、正面に月と火星が。
スマホには天体観測用のアプリがいくつか入っていて、その中のひとつは星にカメラを向けると、星座と星の名前を示してくれる。無料のアプリなのに便利で重宝している。
2020-11-04
2020-10-26
気仙沼で秋刀魚を
秋の気仙沼にやって来た。一ノ関から気仙沼線に乗換えて気仙沼駅。そこから先はBRTと呼ばれる鉄道の代替交通機関として走っているバスで南気仙沼駅へ。もともと鉄道が架設されていたところが舗装され、バス路線に替わっている。
南気仙沼駅前で待っていてくれたタクシーの運転手さんの案内で街を回る。まず街全体を見下ろせる場所へ行きたいという僕の希望で連れて行ってくれたのは、安波山という小高い山。
そこの駐車場から街を見下ろしたが、その場所は3・11の時に気仙沼に来ていたサンドウィッチマンが、地元の方に連れられて津波から避難してきた場所だったと聞いた。
街のなかは静かだ。夜は9時頃を過ぎると、あらかたはひっそりとしている。黄色い街路灯が冷たい光で地面を照らしている。
日中はいつも旅先でそうするように時間がある限り歩き回ったが、気になったのは子どもをまったく見なかったこと。もちろんいないわけじゃないだろうけど、なぜだろう。
| 安波山の展望台から市内を見下ろす |
| 町の産業は、土木業だけが栄えている |
| 昨年ほどではないが、ことしも秋刀魚の漁獲量は少ない |
2020-10-21
近藤等則の死を悼む
ジャズトランペッターの近藤等則が亡くなった。71歳。死亡理由は明らかにされていない。
80年代なかば、ジャズの歴史をモチーフにラジオコマーシャルのシリーズを制作していた時、アドバイザーをお願いしていたジャズ評論家の油井正一さんから「面白いから」と彼の音楽を薦められた。
既存の音楽集団に属することなく、独自の理論と音作りで世界を文字通りわたりながら活動していたミュージシャンだった。
2020-10-11
人は、本によってできている
部屋の片付け(つまり物を減らす作業)をしていたら、岩波書店が発行している古い『図書』がでてきた。1997年の臨時増刊号で、岩波新書創刊60周年記念と題字の上に描かれている。
特集タイトルは「私の薦めるこの一冊」。岩波書店が各界で活躍している人たちにアンケートを送り、回答を返してくれた429人の「岩波新書の一冊」についての思い出やコメントが紹介されている。
「岩波新書にこんな本があったんだ」という発見だけでなく、評者と本の意外な取り合わせが面白くて、トイレに置いてしばらく眺めていた。
劇作家の人が数学に関する本を「学生時代に読んで、忘れられない」と書いていたり、天文学者が禅の本を取り上げていたり。取り上げられている本にもまして、なぜこの人がこの本を、と創造するのがとても楽しい。
一方で、政治家が政治思想史の本を取り上げていたり、歴史学者が歴史の本をこの一冊と言っていてもなんだかね。
自分が回答するとしたら、どの一冊だろう。永六輔さんの『大往生』かな。
2020-10-07
どこへ行くのか、民放放送
武漢型肺炎感染拡大以来、この半年は自宅で仕事をする機会が増えた。時を同じくして、テレビをつけている時間も以前に比べて伸びたのが分かる。きちんと見ている、聴いているわけではないが、なんとなく仕事のBGM的に流している。
主にチャンネルを合わしているのはCNNかBBC、そうでなければNHKの地上波かBSだ。
民放局(地上波もBSも)を見ることは、最近ではTBSの「報道特集」などごく一部の番組を除いてほとんどない。
民放を見ない理由は特にない。あえて言えば、見る理由がないから。どのニュース番組も主張がないし、ゴールデンタイムの番組もほとんど何のためにやっているのか意味が分からない。しかもやらたと1つの番組が長い。
今日の民放各局の夕方以降の番組は、NTVが夕方のニュース番組(バラエティ?)が2時間10分、その後の同じくバラエティが2時間、続いてドラマが2時間(まあこれは分かる)。
テレ朝は夕方のニュースが2時間5分、続くクイズ番組が3時間10分、ニュースが1時間20分。
TBSは夕方のニュースが3時間10分、続くバラエティが3時間。
テレ東は、夕方のニュースが2時間35分、その後のバラエティが2時間。
CXは夕方のニュースが3時間15分、続くバラエティが2時間、さらに2時間のバラエティが続く。
多彩な選択肢と時間の過ごし方が可能な現代で、どのくらいの人がひとつのチャンネルのまま3時間見続けると考えているのだろう。ただこうやって時間単価あたりの番組製作費を抑えているとしか思えない。
これまで僕は、いくらネットの時代になってもマスメディアのパワーと影響力は残ると主張してきたが、それにしてもこんなコンテンツじゃあ、民放局はどこも近いうちにどうなるかホントわかんないね。
だって番組編成を見る限り、どこももう半分死んでるも同様だからサ。
アップデイトという弊害
最近では、エクセルで関数を使って計算する機会は以前ほどなくなった。それでもたまにやんなきゃならないことがあって、スプレッドシートを開き作業する。
そうしたとき困るのは、アイコンやボタンの位置が以前使ってたときと感じが違っていること。ソフトの機能はさほど変わってないのに操作性だけが大きく変わっていて、昔の勘ではそのまま使えない。
さっさと計算を済ませたいのに、そのまえにエクセルの使い方に新たに慣れるという手間がかかるのは愉快ではない。
もういい加減、見た目を変更するだけのアップデイトは止めにして欲しいものである。
OSのバーションがどんどん変更になるのも考えもの。セキュリティ強化などが目的なのだろうが、それにしても手元でのアップデイトには手間がかかる。集中して作業しているとき、スクリーン上にOSアップデイトの案内などが出ると気が削がれるしね。
複数のパソコンを一緒に使ってると、各機のOSのバージョンの違いにより使えるソフトが異なる不便も発生する。
もうこの辺にしたら、と言いたくなるが、売らなきゃいけない方としてはそうもいかないのだろう。
下はコンサルタントをしている友人の「スタジオ」写真。企業研修などはここ(彼の自宅)からライブでやっているそう。MacBookが3台あるけど、うまく同期を取りながらやっているんだろうなあ。
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2020-10-03
DXは、80年代のSISに似ている
DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉を聞くと、1980年代後半から90年代によく耳にしたSIS(戦略的情報システム)という言葉を思い出す。
2020-10-02
いきなり馬脚を現した新政権
いやあ、驚いた。日本学術会議が推薦した新会員候補を菅首相が拒否した。学術会議が推薦書を提出した105人のなかから6人の任命を拒否した。
官房長官の加藤勝信は、「首相の下の行政機関である学術会議において、政府側が責任を持って(人事を)行うのは当然」と言ってのけた。
前代未聞。同会議が設置された目的からすると、首相に任命権そのものや拒否権があるとは思えない。気に入らぬものは徹底的に排除する精神のあらわれ以外のなにものでもない。
時の政府から拒否された以下の方々は、実はわれわれにとってとても重要な研究者であることが分かったよね。きちんと覚えておきたい。
【任命されなかった6人】 (ハフポストから)
■芦名定道(京都大教授 ・キリスト教学)
「安全保障関連法に反対する学者の会」や、安保法制に反対する「自由と平和のための京大有志の会」の賛同者。
■宇野重規(東京大社会科学研究所教授・政治思想史)
憲法学者らで作る「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人。 2013年12月に成立した特定秘密保護法について「民主主義の基盤そのものを危うくしかねない」と批判していた。
■岡田正則(早稲田大大学院法務研究科教授・行政法)
「安全保障関連法案の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼び掛け人。沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設問題を巡って2018年、政府対応に抗議する声明を発表。
■小沢隆一(東京慈恵会医科大教授・憲法学)
「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者。安保関連法案について、2015年7月、衆院特別委員会の中央公聴会で、野党推薦の公述人として出席、廃案を求めた。
■加藤陽子(東京大大学院人文社会系研究科教授・日本近現代史)
「立憲デモクラシーの会」の呼び掛け人。改憲や特定秘密保護法などに反対。「内閣府公文書管理委員会」委員。現在は「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」の委員。
■松宮孝明(立命館大大学院法務研究科教授・刑事法)
犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」法案について、2017年6月、参院法務委員会の参考人質疑で「戦後最悪の治安立法となる」などと批判。京都新聞に対し「とんでもないところに手を出してきたなこの政権は」と思ったとインタビューに答えている。
2020-09-17
徐々に、徐々に、なんだろうけど
まだまだ新幹線で移動する人が少ないので、そのメリットを生かしての移動である。Go To 何とかを使ったわけではないが、それでも宿泊料は驚くほど安い。ホテルが気の毒になるくらいだ。
夕食後、京都市内の四条通りを歩いたところ、まだ9時前だというのに人の流れがとても少ない。
スターバックスもこの通り閑散としている。
2020-09-13
大坂なおみがUSオープンで優勝
もちろんそうしたメッセージの確かさと力強さだけでなく、肝心の毎回のプレーも目を見張るものだった。
何年か前は、大坂といえばゲームの最中に精神的に不安定になり、コーチがまるで子どもをなだめるかのように話しかけているシーンがたびたび見られた。彼女は、まだ10代だったはず。
おそらく当時は(今もそうかもしれないが)、周囲の大人たちの駒として動かされていた苛立ちや不安が強かったのだろうと想像する。
まだ22歳だが、外から見ていても本当に成長したのが分かる。
「ニュースからの情報ばかりにならないようにして、自分の考えをつくるように心がけている」
https://www.afpbb.com/articles/-/3304344
2020-09-10
日本企業は、ここでもまた失敗する
全社員のジョブ型雇用への移行を目指す富士通。総務部門はジョブディスクリプション(職務記述書)と呼ばれる文書の作成に追われている。
2020-09-04
大学はいつまで閉じこもるのか
![]() |
| https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000647797.pdf |
70代以上は6%だが、10代や20代は統計データ上は0.0%だ。これは割合では感染者1000人中1人もいないことを示している。
2020-09-02
印税の小切手から日本の銀行について考える
じゃあこうした小切手はどうやって現金化したらいいのが聞いてみたが、どちらの銀行も「他行の事はわかりません。ご自分でお調べください」とつれない。
間違ってても構わないから、あなたの銀行員としての知識で何か顧客にアドバイスできることはないのかと少しだけ食らいついたが「間違ったことをお伝えすると、お客様にご迷惑をおかけすることになりますから」と型通りの返答。それしかできないのであれば、人間よりAIの方がまし。
2020-09-01
ヤマザキマリとブレイディみかこ
2020-08-27
座らない生活を始めてみた
当たり前のようにそうしてたが、長時間座ることは体によくないらしい。確かに座ってばかりいると、腹筋や背筋が緩んでくるのが分かる。
そこで立って仕事をすることにした。高さを調整できるテーブルを購入し、机の上に載せて使い始めた。僕はもともと猫背気味なので、あえて今は少し高めに設定し背筋が伸びるようにしている。
なかなかいい。ずっと同じ姿勢だと足が疲れてくるので、ときおり足踏みしたりしながら続けている。
もともと本を読むとき、家の中をぶらぶら歩きながら本を読む習慣があるので、それにも都合がいい。わざわざ「よいしょ」と立つ必要がないからだ。そのまま本を手に読書の旅に出ることができる。
今のところは、座ったままより集中できる感じが続いている。
2020-08-24
こういう日々だから、花火の音が聞きたい
やっと残暑も収まってきたのかもしれない。秋の訪れが待ち遠しい。
振り返ってみると、今年は花火とは縁のない夏だった。ほとんどの花火大会が、武漢型肺炎対策で中止になった。花火の音を聞くことがないまま終わる、侘しい夏の終わりになった。
花火には何も実用的な機能はない。ただ、ドーンと打ち上がって、大空でパーンとはじけ、パラパラパラと消えていくだけだ。
だが、夏を夏として人々の記憶に刻むその色と音は、これまでずっと日本人の夏のひとときに欠かすことができないものだった。
2020-08-23
なぜ怒らない、男性社員
ダイバーシティーと言っても、一言で言いあらわせられるものではない。種々の観点から定義できるが、最近メディアなどで取り上げられているもののひとつにジョブ型かデモグラフィ型かいう区分けがある。だがそれだって定義が曖昧で、両者の違いがはっきりしているとも言えないんだけどね。
それはさておき、日本企業のお粗末な大多数の経営者らにとってはダイバーシティもその本質を理解するには至らず、ただ人材多様性の別語としか理解されていない。それも一言で言えば、女性管理職の登用のことと受け取られている。
それはダイバーシティーが意味する表層のひとつであり、本質的な議論はそれとは別途に存在してる。だが、難しいことを言っても理解できない経営者らには、まあそうしたものとまず考えてもらうのも一法だ。そして、たとえ形式的であっても、とりあえずは女性を組織のできるだけ中心部分に送り込むことは無駄なことではないように思える。
「おれたち、<ダイバーシティー>を理解してるもんね」と言いたい経営者らは、女性社員の中からこれぞと思った(各部署から選抜させた)女性社員を対象にした管理職登用への資格取得のための特別研修を社内で実施する。
その根底にあるのは、経営者と人事部で女性社員を持ち上げてやっているという「してやってる」意識だ。選ばれて参加を促された女性たち自身は、そうした不自然な扱いに対して違和感を感じているという人が多いらしい。
聞いてみると、「なぜ女性だけの研修なのか?」と疑問を述べる。そうしたやり方では、自己肯定感が持てないと言う。そりゃそうだろうナ。その感覚は、まっとうだ。
一方で、経営者や人事部は鈍感の極地ともいえる。そうしたことにすら気がついておらず、彼女たちと会社のためという<好意的差別主義(benevolent sexism)>に染まっている。
もうひとつ、僕が不思議なのは、そのような企業で男性社員が声を上げないこと。同じ階層で女性だけが幹部登用を前提にした研修を与えられているのなら、それに対して異議を唱えるのが当たり前だろう。
だが、男声社員が会社に対してそうした場面で異議申し立てをした例を知らない。情けないとしか言いようがない。
この国では、ビジネスパーソンとしてまともな意識をもってるのは一部の女性だけのようだ。日本のほとんどの企業の経営者らはやっぱり基本のところが判っていないし、それらをロールモデルとして会社生活を過ごしている多くの男性サラリーマンも、残念だが思考停止のままだ。
2020-08-19
あの夏はどこへ
熱中症患者の数もうなぎ登りで、昨日は30人の方がなくなった。病院に救急搬送されたなかで、初診時に死亡が確認された数だ。おそらく救急車で病院に運ばれなかった人、そして搬送された人の中でもその後亡くなった方が他にもいるだろう。
だから、実際は30人の数倍の人が熱中症で一日になくなっていることが推察される。武漢型肺炎(COVID-19)で昨日亡くなった人は全国で16人だから、われわれが本当に心配しなければならないのはどっちか分からなくなる。
それにしても、以前からいわれていることではあるけど、日本はもう熱帯に属する国になった。少なくとも夏の季節はそうだ。
昨年の夏、30年前に英国の大学院で一緒だった友人がシンガポールから訪ねて来た。学会出張で東京に来たという。早稲田大学の近くのレストランで食事をしたのだが、シンガポールの天気はどう?と尋ねたら、笑って "Same, same..." と。ややあって、 "Hot, very hot, very very hot..." だって。
つまりシンガポールには四季なんかなく、暑いか、とても暑いか、ものすごく暑いかってことらしい。思わず笑ったが、このところの日本の夏もまったく同じじゃないかと思う。
子どもの頃、夕方になると井戸から水を汲み、庭に打ち水をした。熱気が蒸気としてす〜と消えていき、気持ちよい風が庭に吹くのを感じる一瞬。そのあとは縁台を出して、そこでスイカを切ったり、冷えた麦茶を飲んだり、将棋を指したり。
あの夏の日はどこへいったのだろう。
2020-08-14
ハリケーン イサイアス
NYに住む知り合いのところでは停電した。この暑さのなかでだ。おかげで日没と共に就寝、日の出と共に起床の日々が始まったと言っていた。
僕がコロンビア大学に研究員として行っていた2012年には、超スーパー級のハリケーン・サンディがNYを襲った。
https://tatsukimura.blogspot.com/search?q=%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%B3
彼女によると、今回のハリケーンはそれほどでもないらしいが、このところ何年かに一度はハリケーンのためNYは停電になっているという。
間違いなくこれも異常気象のひとつ。だが、そうした異常がしだいに異常でなくなってきている。
鳥と間近に空を飛ぶ感覚
クリスチャンと息子のトマが、北極圏に近い場所から越冬地までカリガネたちを率いて軽飛行機で「飛ぶ」。 実話ではスウェーデンからドイツの越冬地までだったのが、フランス映画だからか、この物語のなかではノルウェーからフランスまで鳥たちを誘導しながら飛ぶ話になっている。
童話の「ニルスのふしぎな旅」を連想させる。実際、鳥たちの中で一匹だけ種類の違うカモの名前は、その童話にも出てきたアッカという名前がつけられている。
とにかくよく調教された鳥たちとの飛行シーンが素晴らしい。調教されたというより、鳥たちが彼らを親と思って一緒に飛んでいるのだろうけど。野鳥と一緒に空を飛んでいる気分になれるだけでも、今のこの時期に見る価値はあった。
ところで本編とは関係ないが、映画の主人公のトマはフランスの中学生。グランド・ジャーニーは、その彼が過ごす5週間のバカンス中の出来事だ。5週間のバカンス!だぞ。
そして彼は、その5週間を母親が離婚した父親とその間一緒に過ごすために、母親とその今の恋人にネットもまともに入らないようなところに連れてこられた。
日本の単独親権の考え方のもとでは、子供のこうした過ごし方はまずあり得ない。
この国で少子化がいつまで経っても解決の方向に向かわない理由の1つだ。
2020-08-10
PSJの論文を投稿
7月最終週で大学の授業がすべて終了し(そう、今期はすべてZoomを使ってのオンライン授業だった)、その翌日からは投稿論文を書いていた。
F・ライクヘルドらが提唱しているNPS(Net Promoter Score)の問題点を修正した日本版NPSともいえるPSJ(Promoter Score Japan)に関するものである。
これまで海外の学会で一部を紹介してきたテーマだが、年初からの武漢肺炎の影響でまったく海外出張に出られなくなってしまったので、今年はしかたなく国内学会へ参加することにした。
PSJ®は、日本の消費者を対象にした顧客推奨度を測定するための独自の新たな指標だ。
早稲田大学マーケティング戦略研究所と僕でその商標を持っている。論文は締め切りまであまり時間がなくていささか忙しかったが、今日で一段落といったところ。
このあとは、ペンディングにしてしまっている前期授業の成績評価を早く終わらせなければ。
2020-08-05
学生らと打ち上げ
呑み会といっても例によってZoom上のことだけど、今のところはこれもしょうがない。授業ではできなかった話をしたり、学生らと少しプライベートに関する話もできたのがよかった。こうした機会がないと、やはり人間同士の距離感が縮まっていかない感じがするからさ。
2時間ほど酒を飲みながら(学生たちはあまり飲んでなかったみたいだけど)多岐にわたるあれやこれやの話をし、最後に記念写真(↓)を撮って終了。なかなか、おもしろかったよ!
彼らが画面上で指で示しているのは、「K」のマーク、らしい。
2020-07-31
前期授業が終了
4月の時はどうなるかと思ったが、意外と教師も学生も世の中の状況が分かっているだけに強い違和感はなく、やり方に前向きに慣れようと努力し、協調的な雰囲気がいつの間にかできていた。
パソコンの画面からだと発言や質問もやりづらかろうというのは、こちらの勝手な思い込みに終わった感じだ。チャットの書き込みで質問を投げてきたり、システム上の挙手反応で質問の意思を示したりするのは学生にはストレスがなくていいのかもしれない。
画面上に並ぶ学生たちには、お互いに妙な序列を感じていなかったようだ。教室という場と違って体の大きさや声の大きさ、身なりや持ち物といった付随する情報がない分、学生たちがフラットな雰囲気のなかで自由に発言できる空間だったのだろう。
2020-07-24
人気のないキャンパスは寂しいね
2020-07-19
副業だからといって、人の足下を見すぎている
サラリーマンは月曜から金曜日、朝から夕方までオフィスで働くもの、というのが日本社会の基本だったのがあっという間にリモートワークに取って替わられつつある。まだ少数ではあるが、リモートで働くことを基本にするところも出てきた。
そうした流れを汲むように、ヤフーが副業で働く人材を募集し始めた。戦略人材として100名。他社の正社員でありながら副業でヤフーで能力を発揮してくれる人を求む、というわけである。
試みは大変面白いと評価できる。だが、新たな事業プランや企画を立案する「アドバイザー職」としてオンラインで働き、給料が月5万円というのは求めている能力の割には安すぎるんじゃないかね。桁がひとつ違うだろう。
2020-07-11
グーグル漬けから抜け出すために始めたこと
対象はネット企業、とりわけグーグルに渡っている個人のさまざまな情報だ。
検索はgoogle、メールはGメール、地図はgoogleマップ、ファイルの共有はgoogleドライブ、写真の保存はgoogleフォト、予定の管理はgoogleカレンダー、動画の共有や閲覧はYouTube、ブラウザーはChrome・・・と自分が何者で、どこでいつ何をしているかがグーグルに丸裸になっている。
グーグルに蓄積される個人の情報は日々積み重なっていく。使い勝手が良く、しかも無料なので負担やストレスをあまり感じることなく、当たり前のものとして使っているが、これって自分を売り渡していることだと思うようになった。
しかも、どれも無料だからわれわれ利用者はグーグルがサービスの変更やその廃止を決めても不平を申し立てられない、考えてみればとても危ういサービスなのだ。
グーグル社が保持している我々の情報はgoogle takeoutというツールを使ってデータのアーカイブをダウンロードして確認するできるらしい(まだやったことはないが)。そして「マイ・アクティビティ(myactivity.google.com)」にアクセスして、個人で「広告」の履歴を削除することはできる。
しかし、ユーザーが削除したデータがグーグルのサーバーから消去されるか、それとも匿名化された状態でグーグル内に保持されるかは、グーグル社の方針によって決まるという。
つまり、いったんグーグルにわたった個人の情報は、現時点ではどうやっても彼らの手元に残り、加工され、売り渡されると考えた方が良さそうだ。
そこで僕は、武漢肺炎禍でパソコンの画面に向かう時間が増えた中、自分なりのチャレンジを始めた。以下のような変更だ。
★検索は、google → DuckDuckGo(全然問題ない)
★メールは、Gメール → Fastmail(快適)
https://ref.fm/u24279104
★地図は、googleマップ → Appleマップ(問題なし)
★フィル共有は、googleドライブ → dropbox、evernote、その他いろいろ
★写真のクラウド保存は、googleフォト → Amazonフォト(遜色なし)
★予定の管理は、googleカレンダー → Fastmailカレンダー(問題ない)
★動画の共有は、YouTube → Vimeo(これから)
★ブラウザーは、以前からFirefoxとSafari
一番悩んだのがメールだ。これまであまりにGメールに慣れすぎているし、データの蓄積も半端ではない。だが、最終的に選択したFastmailはとてもいい。使い勝手もいいし、信頼できる。有料だが、そこはサービスを受けるものとして当然と考えることにしている。
https://ref.fm/u24279104
そうそう、いまだ移行をどうしたらよいか決めかねているのが、グーグルが運営しているこのBloggerだ。1,000を越えるこれまでのブログ記事をそのまま写真ともども問題なく移行できる先をどうしようか。
2020-07-09
個人情報の漏洩に合う
JICAの国際プロジェクトを引き受けたときの相手側の実働部隊がそこで、謝金もそこから支払われた。
振込先の僕の銀行口座や住所、電話番号などが外部に情報漏洩したことが確認されたと連絡があった。該当の銀行に連絡し、不審な入出金(入金はないだろうが)やアクセスがないかを確認してもらったところだ。
併せて、そのセンターには、僕に関する情報はすべてデータベースから消すように依頼した。彼らがセキュリティの専門会社に調査させたところ、不正アクセスは海外のサーバーからだったと聞かされた。
まさか自分が情報漏洩の対象になるなど考えていなかったが、それこそが勝手な思い込みだった。
2020-07-08
吉日と言われても
2020-07-06
様式美、とは言わないが
将棋の世界で何が起こったか。オンラインで将棋を行うことは技術的には何ら問題はない。既にずいぶん以前からアマチュアたちは、ネット上で対局を楽しんできた。
だが、この時期に及んでもオンラインでの公式戦は行われていない。その理由は、伝統文化の様式美が重視されているからと聞いた。
へ〜え、と唸った。これをどう考えるか。オンラインでも簡単にできるのだから、そうすればいいじゃないか、というのは一法。きちんと対戦両者が将棋盤をはさんで向き合うという「型」、すなわち様式美が公式戦の対戦をそうであると形作っているというのも一法。
今日、この4月からの新学期で初めて学生と直接会った。研究室で、大学院生に修士論文の指導を行った。時間をおいて2人。将棋の対戦と同じで、Zoomでも可能。だが、やはり直接会って話していると話題の拡がりが画面上とは違うことに気づく。
こちらは様式美というほどたいそうなものじゃないが、ネット上とは異なる実感を久しぶりに充分に感じられたのが収穫だった。
2020-07-05
Black Lives Matter
それに対してあるジャーナリストなどは、その日本語が黒人差別の事実を矮小化していると批判している。何を批判しているのだろう。「黒人の命が大切だ」と言いたいようだが、これまでの歴史と人種の問題を契機に起こってきた数々を考えれば「黒人の命も大切だ」と表現するのがもっとも適切に僕には思える。
そういえば、マイケル・ムーアが制作し、2018年に公開した映画『華氏119』にも黒人らがBlack Lives Matterと権利の主張を掲げて行進しているシーン(下の写真)があった。一瞬だけど。
![]() |
| 『華氏119から』 |
2020-07-03
あじさいの藤森神社
2020-07-02
千本ゑんま堂
午後7時から風祭りという特別祈願会に参加した。梶の葉に願い事を書き、それを祈祷いただいたのち、お堂に貼られた紐に吊して願をかける。これは七夕の時に願いごとを書く短冊の原型である。吊された梶の葉は時間が経つにつれて願いごとを書いた葉の表が丸まり、自然と他には見られないようになる。
2020-06-29
光をなくしたアップル
昨日、新しいMacBook Airが届いたーー。これまで使っていたのは2013年版のMacBook Pro。自宅と研究室で同じ機種を使ってきた。だから、新しい機種はいくぶんキーボードのタッチなどに違和感を感じなくもない。しかし、そうしたことは次第に慣れるのだろう。
新しいだけあって起動が早いのがいい。
ただ、光るリンゴマークがないのに気がついた。それまで使ってきた機種は、電源を入れるとリンゴのマークがディスプレイの光を使って白く光った。
使っている時、そのリンゴマークの光は利用者には見えず、また当然ながら性能にはまったく関係ない。ただのデコレーションである。
しかし、それこそがアップルの証明だったのに、なんとも残念な気持ちだ。Airでは、2018年のモデルからトップのリングマークが光らなくなっていたらしい。
コネクタを本体に差し込むわけではないので、充電コードを足か何かに引っかけてしまった際にもすぐに外れ、本体には何も損傷を与えないように考えられていた。こうしたユーザー思いのところがアップルらしかったのだけど。
もうひとつ、細かいことだが、MagSageコネクタからUSB-Cタイプの充電コネクタに変わってから、そこにあったちっちゃなLEDのランプがなくなってしまった。充電時は橙で、充電完了時は緑で点灯していた。
どれもノートブックの性能そのものには関係しない。しかし、だからといって無駄というものではなかった。どれもが、すこぶる「アップルらしさ」を象徴する「デザイン」だったのだ。
20年以上にわたってアップル製品のデザインとソフトウェア部門の責任者を務めていたアイブの目が行き届かなくなっていた、あるいは彼がその現場から退いていたということじゃないかな。
2020-06-21
花の名は「ハナノナ」で
裏の土手にいろんな野草が咲き乱れているのがしばらく前から気になっていて、それらの名前を知りたくて、ネットで「野草図鑑」を買おうと探しているうちに、花の名前をAIが教えてくれるアプリがあることを知った。
さっそくApp Storeで探してみると、従来の図鑑を電子本にしたものとスマホで撮影するとデータベースから検索して名前やその他の情報を示してくれるものがあった。
利便性から言えば後者で、なかでも千葉工業大学が開発した「ハナノナ」というアプリは優れものである。それに無料なのがありがたい。
使い方は実に簡単、アプリを起ち上げ、そのままスマホで植物の写真を撮るだけ。瞬時に、その写真に花の名前を表示してくれる。データベースをもとにしたこうした限的的なAIの使い方こそ、AIが一番役に立つ側面である。
散歩の楽しみが倍になった。












