2020年8月23日

なぜ怒らない、男性社員

ゼミ生の中に、組織におけるダイバーシティ推進をテーマに修士論文の研究を進めている学生がいる。

ダイバーシティーと言っても、一言で言いあらわせられるものではない。種々の観点から定義できるが、最近メディアなどで取り上げられているもののひとつにジョブ型かデモグラフィ型かいう区分けがある。だがそれだって定義が曖昧で、両者の違いがはっきりしているとも言えないんだけどね。

それはさておき、日本企業のお粗末な大多数の経営者らにとってはダイバーシティもその本質を理解するには至らず、ただ人材多様性の別語としか理解されていない。それも一言で言えば、女性管理職の登用のことと受け取られている。

それはダイバーシティーが意味する表層のひとつであり、本質的な議論はそれとは別途に存在してる。だが、難しいことを言っても理解できない経営者らには、まあそうしたものとまず考えてもらうのも一法だ。そして、たとえ形式的であっても、とりあえずは女性を組織のできるだけ中心部分に送り込むことは無駄なことではないように思える。

「おれたち、<ダイバーシティー>を理解してるもんね」と言いたい経営者らは、女性社員の中からこれぞと思った(各部署から選抜させた)女性社員を対象にした管理職登用への資格取得のための特別研修を社内で実施する。

その根底にあるのは、経営者と人事部で女性社員を持ち上げてやっているという「してやってる」意識だ。選ばれて参加を促された女性たち自身は、そうした不自然な扱いに対して違和感を感じているという人が多いらしい。

聞いてみると、「なぜ女性だけの研修なのか?」と疑問を述べる。そうしたやり方では、自己肯定感が持てないと言う。そりゃそうだろうナ。その感覚は、まっとうだ。

一方で、経営者や人事部は鈍感の極地ともいえる。そうしたことにすら気がついておらず、彼女たちと会社のためという<好意的差別主義(benevolent sexism)>に染まっている。

もうひとつ、僕が不思議なのは、そのような企業で男性社員が声を上げないこと。同じ階層で女性だけが幹部登用を前提にした研修を与えられているのなら、それに対して異議を唱えるのが当たり前だろう。

だが、男声社員が会社に対してそうした場面で異議申し立てをした例を知らない。情けないとしか言いようがない。

この国では、ビジネスパーソンとしてまともな意識をもってるのは一部の女性だけのようだ。日本のほとんどの企業の経営者らはやっぱり基本のところが判っていないし、それらをロールモデルとして会社生活を過ごしている多くの男性サラリーマンも、残念だが思考停止のままだ。