2020年12月19日

エリートが出て来ないからこそ

川崎のチネチッタで観た『ニューヨーク 親切なロシア料理店』は、デンマークの映画監督ロネ・シェルフィグが2019年に制作した作品。

重要なセッティングのひとつであるロシア料理店「ウィンターパレス」のあるところは、たぶんマンハッタンのミッドタウンあたりをイメージしているんだろう。主人公の女性クララが2人の子供を連れてたびたび訪れる New York Public Library(ニューヨーク公共図書館)が懐かしい。

なぜ映画の舞台がマンハッタンだったのか。人々(アリスなどそこを訪れた事がないアメリカ人にとっても)の憧れの地で、種々雑多な人が暮らし、そしてタフな場所というイメージが映画の原題である<The Kindness of Strangers> を浮きだたせる舞台としてふさわしかったのだろう。

マンハッタンというと、個人主義の強い人たちが集まった厳しく情け容赦のない競争の地というイメージがあるかもしれないが、実体はたぶんそうではない。

確かにニューヨーカーらは、自分からあまり人に深くは構おうとしないが、それは他人を尊重しているから。話しかけ、必要な助けを求めれば、多くの人たちはさりげなく手を貸してくれる。というのが、以前そこで1年間暮らした僕の経験だ。シェルフィグ監督が醸し出したかった雰囲気もそれだったに違いない。

主題の一つは、救い。映画の中、主人公のそのクララと病院の救急医療の場で働くアリスの2人の女性がストーリーのなかで交差し、それぞれのやり方で救われていく。それをもたらすのは、見知らぬ人たち(ストレンジャーたち)の親切さ。

忘れてはならないのは、アメリカ社会がーーわれわれ日本人には意外かもしれないがーー豊かな共助によって支えられている社会だということ。それを象徴する「シェルター」の存在。

アリスが所属する教会、彼女がそこで定期的に開いている「赦しの会」という集まり、ホームレスらへの食事提供の場、42丁目にあるニューヨーク公共図書館、そしてロシア料理店の「ウィンターパレス」。どれも助けを必要としてる人たちのためのシェルター(避難場所、保護施設)になっていて、そのベースにはコミュニティーの意識がある。

社会的、経済的な成功者(エリート)は誰も出てこない。物語は寓話のようでもあるが、マンハッタンの人たちの実際の暮らしのスライスでもあるように思った。

レストラン・オーナー役のビル・ナイが、飄々としたいい味を出している。