ドラマのタイトルではないが、不適切というか不適格というか、ここまでやるかとその振り切った姿勢に驚いた。ドナルド・トランプ次期米大統領の次期政権人事案である。
個々の人物について私自身は詳細に知るところではないが、報道されている内容(起こした事件)などだけでも明らかにどうかと思う。
アメリカはどうなっちゃうのか。この調子でいくとかの国で現れるのは、第一次大戦後のドイツで拡がったアナーキズムに違いない。それは、確実な秩序崩壊である。ドラマのタイトルではないが、不適切というか不適格というか、ここまでやるかとその振り切った姿勢に驚いた。ドナルド・トランプ次期米大統領の次期政権人事案である。
個々の人物について私自身は詳細に知るところではないが、報道されている内容(起こした事件)などだけでも明らかにどうかと思う。
アメリカはどうなっちゃうのか。この調子でいくとかの国で現れるのは、第一次大戦後のドイツで拡がったアナーキズムに違いない。それは、確実な秩序崩壊である。先週、谷川俊太郎さんが亡くなった。92歳。ひとは生まれ、ひとは死ぬ。いつかはと思っていたが、いつかはと思っていたが。5年ほど前、横浜で彼が話をするのを聞いたのが最後になった。
毎日新聞によるスクープ。11月13日朝刊
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大川原化工機事件 警察庁幹部「やるな」 消えた警視庁の検証アンケート
化学機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)の社長らの起訴が取り消された冤罪(えんざい)事件で、警視庁公安部外事1課が起訴取り消し後の2021年8月、捜査の問題点を検証するアンケートを捜査員に実施していたことが判明した。だが、アンケートの存在を知った警察庁幹部に外事1課長(当時、以下同じ)が叱責され、課長は「回答は廃棄した」とこの幹部に報告したという。捜査員にも回答は共有されず、アンケートが生かされることはなかった。
大川原化工機の社長ら3人は20年3月、軍事転用可能な装置を不正輸出したとして、外為法違反容疑で逮捕、起訴された。しかし、東京地検は初公判4日前の21年7月30日、起訴内容に疑義が生じたとして起訴を取り消した。
複数の捜査関係者によると、起訴取り消しを受けて、21年1月に着任した外事1課長が検証作業に着手した。当初は会議形式で意見を出し合おうとしたが、捜査を問題視していた一部の捜査員が「記録に残らないのはよくない」と反発。文書として残るアンケートで行うことになった。
アンケートは起訴取り消しの翌月、事件を手掛けた公安部外事1課5係の捜査員(他部署に異動した人も含む)を対象に行われた。毎日新聞は関係者からこのアンケートを入手した。質問部分はA4判2ページ。冒頭で「未来志向型の検証」とうたい、「今回検証した結果が将来の我々の捜査に寄与できるよう、“今後の捜査のあり方はどうあるべきか”について、思いの丈を述べていただきたい」と記されている。
質問は5項目あり、立件に不利な「消極証拠」が存在したのか▽(輸出規制を担当する)経済産業省や地検との関係はどうだったのか--などについて尋ねるものだった。こうした質問は、捜査を指揮した5係長の後任が作成したという。
無記名式で回答を求めたところ複数の捜査員が「(警察官の懲罰を担当する)監察で調査すべきだ」と記した。大川原化工機の製品が輸出規制品に該当するとした公安部の法解釈に経産省が否定的だったことや、輸出規制品との判断根拠になった公安部の温度実験に不備があったことなど、捜査の問題点を詳細に記した捜査員もいたという。
ところが関係者によると、このアンケートの存在を知った警察庁外事情報部長(当時、以下同じ)が「何をやってるんだ」「そんなことはやるな」と外事1課長を叱責したという。結果が外部に出る可能性を懸念したとみられる。
外事情報部長は外事1課長の直属の上司ではないが、全国の外事事件を監督する立場にある。さらにこの部長は、社長らが逮捕された際は警視庁公安部長を務めていた。外事1課長はこの叱責後、回答を廃棄したと部長に伝えた。現在、外事1課にアンケートは残されていないという。
その後に警察を退職した外事情報部長は取材に対し、アンケートや叱責について「時間がたっており、私の記憶には残っていない」と述べた。
警視庁は取材に、大川原化工機側が起こした国家賠償請求訴訟が続いているとして「お答えを差し控える」とした。
(11月13日東京版朝刊1面)
・・・だとさ。
公安部外事1課は自分たちの捜査の問題点がどこにあったのか検証するため、アンケートを捜査員に対して行った。自らの問題点を反省するためにそれが必要だと考えたわけだ。
それに対し、大川原化工機の社長らを逮捕した際に警視庁公安部長を務めていた外事情報部長がイチャモンをつけ、アンケートを廃棄させた。それによって、せっかくの貴重な反省と学習の機会が握りつぶされた。
警察庁外事情報部長はその後、警察大学校の校長になった(その後まもなく退職)。
わずか3年前の事件にもかかわらず、その元警察庁幹部は自分の行為を「記憶には残っていない」って。なんという鉄面皮ぶり。20万人を越える全国の現場警察官たちが苦笑いしている。
この冤罪事件では、無罪だった大川原化工機の人がひとり、勾留中に必要な治療を受けられず亡くなっている。それでも反省を拒む警察官僚というのは何なのだ。
東京電力の社長・会長をつとめた勝俣恒久が84歳で亡くなった。社内で「カミソリ」や「天皇」と呼ばれていた人物である。
カミソリと人が例えられるとき、そこにはいくつかの含意がある。頭がものすごく切れる、経営者として容赦なく人を切る(クビにする)、ものごとの判断が極めて合理的(情をはさまない)などだ。
さてこの経営者はどの意味で「カミソリ」と言われていたのか。
彼はフクシマ第1原発の事故の責任を問われた2018年の公判において、「知りません」「記憶にありません」「技術的なことは分かりません」と繰り返した。確かに冷たく、人を寄せ付けない鋭利さがあった。
そのように裁判では「技術的なことは分からない」と言い逃れを続けたが、原発事故が起こる7年前、東電の地域住民モニターだった町議の女性から「原発の非常用発電機を地上に移して欲しい。大津波に襲われるから」と訴えられたとき、「コストがかかりすぎるから無理。あなたは専門家でないし、考えすぎだ」と一蹴した。
まるで自分は技術が分かっている専門家であるかのような、上から人を見下した態度だ。
非常用発電機を地上に移すことをしなかったため、2011年3月、発電機が水没して電源喪失→注水・除熱機能の喪失→格納容器の損傷→水素爆発→メルトダウンが発生した。そして、電源の喪失は、照明、通信、監視・計測のための手段も完全に奪った。
フクシマの原発事故が<天災>ではなく、東京電力の経営者による<人災>とされる所以である。
勝俣は従業員3万8000人を擁する東電グループの頂点にあり、まさに「天皇」として長きにわたって君臨してきた。東電のような役所根性が根深い企業では、彼のような人物に対して社葬を行って社会的に弔うのが通例だが、新聞発表によると「葬儀は家族で行った」「お別れの会は予定していない」。
世の中には「カミソリ」と称されて内心喜びを感じるタイプの人間と、その真逆の反応を示すタイプがある。写真で見る限りこの男は、明らかに前者だ。
鋭利すぎて、人としての感情も関係性も最後はすべて切り刻んでしまったようだ。
企業経営について議論をしていると「V字回復」という言葉がときおり登場する。V字回復は、辞書によると「一時は落ち込んだ業績や相場などが、V字形に一気に回復すること」とある。
巷でV字回復した例としてしばしば挙げられるいくつかの企業名がある。
日本マクドナルド
日本航空
良品計画
日産自動車
マツダ
森永製菓
ジャパネットたかた
ゼンショー
パナソニックホールディングス
ユー・エス・ジェイ、などだ。
だが、上記の企業において落ち込む一方だった売上のトレンドが上向きに変わったあと、それらの企業の業績が今現在どうなっているが気になる。
一時的に売上あるいは利益を好転させるのは難しいことではない。例えば安売りを集中的に行えば通常売上額は上がる。しかし利益が一緒にあがるとは限らないだけでなく、店頭での価格が低位で固定されるリスクもある。また人件費や研究開発費、マーケティング費を削ればその分の利益が増すが、中長期的な競争力を自ら削ぐことにつながる。
だからこそ、重要なことはV字回復そのものではなく、根幹のところで競争力を組織が身につけることだという方向へ議論は進む。
V字回復した企業において、気がつけばまた売上や利益が下降線をたどっているという例は少なくない。というか、回復したからといってそのまま半永久的に右肩上がりを続けられると思う方がおかしい。
典型例の一つが、6年前にカルロス・ゴーンが去ったあとの日産だろう。ゴーンは、倒産寸前で青息吐息だった日産に着任するや、生産工場を3つ閉鎖するなど大胆なコスト削減をおこなって見事「V字回復」を遂げた。たしかに一時的には。だが問題は、カンフル剤の効果が切れてくるその後だ。
後継の経営者たちがとった戦略は大きく狙いが外れ、その結果はいまや死に体の同社を見ればあきらか。「V字回復」がもたらす誤謬である。
電通が、明日からラジオCMの制作費を半額にするというサービスを始める。ChatGPTをベースにしたAIに、過去のラジオCMのコピーを一万件ほど学習させることで広告コピーを書かせる。
すでにオフィスの中で、AIが会議や打合せの議事録をまとめたり、プレゼン資料をつくったり、企画案を練ったりしている時代、そのうち広告会社のクリエーターの9割は世の中から消えていくと思っていたら、やはりその通りになってきた。
それにしても、コピーをAIに書かせるというだけで制作費が一気に半額になるとは、どういうことだ。もともと制作費をどれだけ上乗せして広告主に請求していたのか、ということになる。
いずれコピーだけでなく、ナレーションもAIが、広告にかぶせるBGM制作もAIが、SE(効果音)もAIが、そして編集やダビングもすべてAIがやってくれるはず。ラジオCMはテレビCMと違い、基本的にロケなど必要ないのでAI向きなのだ。
となれば、広告会社にCM制作を発注する必要などなくなる。それなりのスキルとセンスがある社員がいれば、広告主が社内でささっとつくれる。
今回の新サービスには、それが分かってて一刻も早く手を打たなければという代理店側の思わくが見える。
政治家は「目」と「口」だと思っている。
人として何を考えているか、政策立案能力はあるか、倫理観はあるか、リーダーシップはあるか、などなど、国民の視点で判断基準とするものは数多いが、いかんせんそうしたものは外から見えづらい。
だが、テレビやネットの画面上に映る彼らの「顔」は一目瞭然だ。そのなかで一番相手を引きつけるのは、間違いなく目。目にどれだけ力があるか、目が光っているか、誠実さを映し出しているか、それとも常に何かを隠している目か、われわれはほぼ直感的に理解する。
そして、現総理大臣のように目が死んでいる場合、つまりそこから多くのことを感じられない場合、われわれの目は彼らの口に向く。真実を語っている口か、情熱をもって相手に思いを伝えようとしている口か、人間としての清潔感を表している口か。
石破首相の場合、目が死んでいる。そして口元が不潔。どうする。
いわゆる袴田事件で、最高検が控訴をあきらめた。事件が起こって58年、容疑者とされた袴田巌さんに死刑判決が出て44年が経っている。その間、彼は日々、次の朝には死刑執行が下されるのではないかという恐怖のなかにいた(はずだ)。
今年7月に検事総長になった畝本直美は、袴田さんの無罪を言い渡した再審判決を「多くの問題を含む承服できないもの」「強い不満を抱かざるを得ず、控訴すべき内容だ」という異例の談話を出した。
初の女性検事総長として内部に向けて強いところを見せたかったのだろうが、客観的に見れば事実関係を理解していないとしか思えない。自分たちの権威を守らんがために往生際の悪いおかしな言い訳を繰り出すのはためにならないという事が分からないのだろうか。目が組織の内側にしか向いていない。
58年前の事件発生後、袴田さんは突如逮捕された。当時の捜査記録には「ボクサーくずれの被疑者を検挙し、県警の威信を高揚した」と記されている。なんたる職業的偏見かと呆れ果てる。
また捜査記録によると、犯行時間帯に現場付近を27人と120台の車両が通っていて、無灯火で走った車や止まっていた車2台もあったが、すべて究明されないまま警察は容疑者を袴田さんに絞り、袴田さんが犯行に及んだ動機を金目当てとした。なぜなら、袴田さんが怨嗟をもとに被害者家族4人を殺害する動機が見つからなかったからだ。
しかし、被害者宅で貴金属などの入ったタンスなどに物色跡はなく、多額の貯金通帳は手つかずのままだった。警察側が考えた犯行動機はまったく一貫性を欠いていた。やがて、捜査機関が捏造したとされる衣類5点が、事件から1年以上もたって味噌だるから発見される。
繰り返すが、今回、検事総長は既に無罪判決を受けている袴田さんを今も犯人視し、判決を「承服できない」「強い不満」と述べた。どの面下げてそんなことが言えるのか。試合終了のゴングが鳴ったあとも、ジャブを打ってきている。検察庁は有罪立証の判断の誤りを自ら率直に認め、袴田さんにきちんと謝罪すべきだろう。
畝本は女性初の検事総長ということで、組織の大方を占める男たちの批判を避けるためにいっそう強硬的姿勢を取ったのかもしれないが、それだとしても許されることではない。定年を数年後に迎える彼女は、検事総長として社会正義を守ることより今自分がいる組織の中で「仲よく(攻撃されずに)」やっていくことしか頭になかったわけだ。
https://www.kensatsu.go.jp/kenjisouchou/
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(付)
検事総長の談話は次の通り(全文)(令和6年10月8日)
○結論
検察は、袴田巖さんを被告人とする令和6年9月26日付け静岡地方裁判所の判決に対し、控訴しないこととしました。
○令和5年の東京高裁決定を踏まえた対応
本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。他方、改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。そして、袴田さんが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。
○静岡地裁判決に対する評価
本判決では、いわゆる「5点の衣類」として発見された白半袖シャツに付着していた血痕のDNA型が袴田さんのものと一致するか、袴田さんは事件当時鉄紺色のズボンを着用することができたかといった多くの争点について、弁護人の主張が排斥されています。
しかしながら、1年以上みそ漬けにされた着衣の血痕の赤みは消失するか、との争点について、多くの科学者による「『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解やその根拠に十分な検討を加えないまま、醸造について専門性のない科学者の一見解に依拠し、「5点の衣類を1号タンク内で1年以上みそ漬けした場合には、その血痕は赤みを失って黒褐色化するものと認められる。」と断定したことについては大きな疑念を抱かざるを得ません。
加えて、本判決は、消失するはずの赤みが残っていたということは、「5点の衣類」が捜査機関のねつ造であると断定した上、検察官もそれを承知で関与していたことを示唆していますが、何ら具体的な証拠や根拠が示されていません。それどころか、理由中で判示された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれている上、推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり、本判決が「5点の衣類」を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません。
○控訴の要否
このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないものであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかしながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さんが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。
○所感と今後の方針
先にも述べたとおり、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。
最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております。
以上
元文部官僚の前川喜平氏が、石破茂が唱える日本国民にとっての人権説を書いていて、その内容に驚かされる。

東京都議会で、カスタマーハラスメント(カスハラ)の防止に向けた条例が全会一致で可決したというNHKのニュース。freeeという都内にあるネット企業の顧客からその会社の窓口にかかってきた電話の録音が番組内で紹介されていた。
その乱暴な話し方の方に意識が向いてしまうので、音声を消してみた。通話の内容は画面に表示されているとおりだ。
NHKの画面作成担当が何を思ったのか、ご丁寧に文字を躍らせるような演出をしているのが余計だが、この客が言っている内容そのものが果たしてハラスメントにあたるものだろうか。
ぼくには、彼が相手(企業の担当者)を傷つける暴言を吐いたり、彼(女)のプライバシーを犯すことをしているとは思えないのだ。彼は、ただとにかく腹を立てて、猛烈に怒ってどなっているだけだ。いささか常軌を逸しているが。
私が気になったのは、電話で強烈な苦情を言っているこの客がなぜこれほどまでに怒っているだろうということ。ここまで彼に強い怒り引き起こした原因が必ずあるはず。それを知りたいのだが、何も説明はなし。番組内で客の音声を流し、これはカスハラだ、と決めつけているだけ。報道としては片手落ちで明らかに配慮に欠けている。
先の都条例では、カスハラを「顧客から就業者に対し、業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義している。
また現在では、一般的な定義として、カスハラとは「顧客や取引先が立場を利用して店員や公務員に暴力をふるったり、理不尽な要求をしたりする迷惑行為」とされている。
例えば店員に土下座による謝罪を求めるなどは、明らかに就業環境を害する迷惑行為といえる。だが、このfreee社への電話で男が言っている内容は、そうしたものとは異なる。
この男性キャスターは、客からの通話の音声を紹介したあと、「こうしたカスタマーハラスメント、いわゆるカスハラを防ぐ全国初の・・・」と、さも当然のように言ってるが、自分の頭ではものを考えていない典型だ。
東京都は議会での制定を受け、本年度中に対策を盛り込んだ指針を示すとしているが、さてどんな指針が役人から提示されるのか。また、それを社会はどう受け取るのか、興味があるところだ。
そもそも暴力や暴行はハラスメントではなく、違法行為。それが誰からであろうが、警察にすぐに通報すればいい。スタッフが我慢する必要も、また我慢させられる必要もない。
また理不尽な要求に対しては「ノー」とはっきり言うことだ。ここにもハラスメントの入る余地はもともとないはずである。
僕自身は、カスハラ(Customer Harassment) という 、日本独特の概念がこれほど一般化するところに現在のこの国のオカシサを強く感じるとともに、日本企業が提供するサービスの品質が全体的に明らかに低下していることが一方で気になっている。
先日、あるカード会社が送って寄こしたサービス改定の文書に不明な点があり、問合せをした。電話番号をその企業のサイトで探したが、なかなか見つからない(見つからないようにしているとしか思えない)。やっと見つけて電話したら「ただいま電話が大変混み合っており・・・」で通じない。
何度もかけ直してやっと通じたら、「本人確認」とやらで、姓名、本人かどうか、生年月日、住所、引き落とし先の銀行名と支店名を言えと言われた。確認したかったのは彼らが送ってきた文書に印刷された文言についてであって私個人の取引内容とはまったく関係がないのだが。
しかたなく「名前は・・・、住所は・・・」とすべて答えてゲートキーパーは越えたものの、こちらが求める回答を出せる担当にはたどり着けない。なんとももどかしい。やっとそれらしい部署に電話が回っても、担当者が席を外しているので後でかけ直させるといわれ半日以上待つも一向に折り返しがないままその日が終わってしまったーー。
自分たちが客に送った手紙の内容について問われ、容易に回答ができない。これをお粗末といわずして何という。
文書の発送日を9月吉日とするものどうかと思う。結婚式の招待状じゃないんだからさ。 日付を書けよ。
2023年3月期から、日本の上場企業は有価証券報告書への人的資本に関する数値の開示が義務づけられた。
その背景の一つには、幸福度の高い従業員はそうではない者たちに比べて創造性や生産性が大幅に高く、欠勤率や離職率が低いというデータがあるようだ。
そこで、企業の経営者は社員の幸福度を高めるようにしなくていけない・・・・と。幸福度が上がる → 創造性と生産性が高まり、欠勤率と離職率が下がる。という図式か。
だがちょっと待った。何をもって「幸福」と感じるかは、人によって千差万別だし、人の気持ちは移ろいやすく、その時々で何に幸福と感じるかは状況次第で変わる。
給料やボーナスの額か、休みの日数か、信頼できる上司か、良好な職場の人間関係か、与えられている役割か、企業の将来性への展望か、オフィス環境か、などその要因はいくつもある。真面目に考えれば、抽象度の高い「幸福」を経営者が満たすのは不可能といえる。
経営者が取り組むべき対象は、社員の創造性や生産性だ。経営者は社員の「幸福」を考える前に、そこで働く人たちが創造性を振るえて効率的に仕事を進められていると感じられる環境をつくることが先決なのではないか。
そうすれば、社員の幸福感はそのひとつの「結果」として現れてくる。
大切なのは、従業員の幸福感だとかウェルビーイングだとか、つかみ所のないフワフワした抽象概念を目標としないことである。
先週末の自民党総裁選、一瞬、高市早苗がトップになりそうな風向きで、「よしよし」と期待していたのだが、最終的には彼女は敗れてしまった。
彼女が自民党総裁になれば、安倍派の流れを継ぐ彼女は裏金問題や旧統一教会の問題で野党から集中砲火を受けることは必至で、結果として高市自民党政権は崩壊するのは間違いなかった。だから、リザード高市が自民党総裁選で負けたのは実に残念。
と思っていたのだが、買いかぶっていたようだ。総理大臣になった石破茂は思っていたほど頑強な人物ではないことがすぐ明らかになった。組閣の内容しかり、あっという間に衆院解散で総選挙など、その自信のなさ不甲斐なさを国民に露呈している。
「納得と共感の内閣」だとか。中学校の生徒会か?
これなら石破も高市と大差はない。せいぜい頑張ってくれよ、石破君。どうせ遠からず引きずり下ろされるんだろうから。
それにしても、石破が日本の総理大臣になったというのに、爆笑問題の太田の本音のコメントが聞こえてこないのはなぜだろう。
26日に静岡地裁で、いわゆる袴田事件の無罪判決が出た。そもそもの事件は58年前に起こったものだ。58年前!
当時の検察の違法な自白強要と証拠捏造により東京拘置所に収監された。死刑囚としての収監期間は2014年3月までの47年7ヵ月に及んだ。
「袴田巌さんを救う市民の会」から送られて来た手紙には東京高検検事長宛の「請願書」の葉書が同封されていた。万が一の、これ以上の検察の愚かな判断を起こさせないためのせめてもの最後の一押しである。
袴田さんは現在88歳、支え続けてきた姉のひで子さんは91歳になった。無罪を勝ち取るというシンプルな目的のために毎日を生きてきた、彼らの苦悩は常人にとって容易には想像すらできない。袴田巌さんは、日本の「ハリケーン」だ。
台湾映画「本日公休」の主人公は、台中の街で40年にわたり常連客の髪を切ってきた理髪店の女店主。自分に技術を教えてくれ、かつては一緒に店を切り盛りしていた夫はなくなり、一人で店をやっている。
3人の子供たちはそれなりに独立したが、まだいずれも地に足が付いていない感じだ。
娘からこんな時代遅れの店はやめた方がいいと言われても、彼女はいつもの常連客の頭にいつものようにハサミを入れる。変わっていく台湾の社会。世界のどこにでもあるジェネレーション・ギャップ。だけど、台中の街の風景には、「いつもの」暮らしと人間関係が染みついていて、それが実によく似合っているように思える。
彼女は、毎月離れた街から髪を切りに来てくれていた古くからの馴染みの客が床に伏していることを知り、めったに運転しない古い車でその町へ向かう・・・。
やっとのことでたどり着いたその家で、会いたかった古くの客である老人は息を引き取っていた。彼女は横たわる彼の髪を切り、整え、ヒゲをあたり、最後の理髪を行う。
彼女は、いつもの店で、いつもの客といつものように語らいながら、いつものように髪を切る。そのことで相手を知り、関係を自然と作るなかで自分の仕事や生きている意味を感じていたのだろう。自分がどこで生きているのか、自分は誰か、何をすべきかもよく分かって生きている。
本作では、それが決して頑迷さということではなく、ただゆるぎない一人の生き方として自然なものとして描かれていた。そこはかとないペーソスを秘めた佳作である。
シリアルで知られる日本ケロッグの社長である井上ゆかり氏が、彼女の経営者仲間の交友関係を新聞で紹介していた。
そこで、知り合いの女性経営者であるみずほフィナンシャルグループ取締役会議長の小林いずみ氏から「勉強になるから」と、ある企業の社外取締役を勧められ、引き受けたということが書かれていた。よく平気でこうしたことを公言できるなと思う。株主らは、彼女の「お勉強」のために社外取締役報酬を支払っているのではないはず。株主をはじめステークホルダーを完全に軽視している。しかも、そのことに自分で気づいていない。
また、みずほフィナンシャルグループ取締役会議長の小林も社外取締役の仕事を舐めてはいないか。
「お勉強」なんだから、井上が社外取締役を務めている企業は、彼女に社外取締役の報酬を払うのではなく代わりに授業料を取ればいい。
海外のファンド、もの言う株主らから、日本企業は女性の取締役比率をもっと上げるべきだという声が寄せられている状況は知っている。だが、単なる数合わせでは何にもならないどころか、明らかに害だ。
真剣に頑張っている女性社外取締役の人たちにとってもいい迷惑だ。
自民党総裁選の候補が、企業による社員の解雇規制の緩和を口にし、さまざまな意見が飛び交っている。
その口火を切った感じの小泉進次郎は、解雇規制の見直しによって流動性が高まる、そして労働市場が活性化する、生産性が高まると述べる。しかし、これは画餅に過ぎない。
解雇された労働力が、それを求める成長産業に流入してマッチングが果たされ、働く者も雇用する企業もプラスの効果を得られる、と考えているのだろうが大きな間違いだ。そんなデータはないし、確証もない。
ただし、組合側が主張するように、働く者が解雇されないことで「不安を感じず、思いっきり働ける」というのも嘘だ。不安があった方が、人はしっかり働く。安易な職の安定は停滞にしかつながらない。つまり、思いっきり働くのではなく、働くふりだけ上手くなる方向に進む。
さらには、そうした「安定」というのは、正社員にとっての特権でしかない。たまたま、そう、たまたま入社の仕方が正社員と違ったがために非正規として雇用された人は、いくら能力と実際の成果が優れていても正社員に見劣りする待遇しか与えられていない。これはおかしい。
同じ組織で同じ職につく正社員のAさんと非正規のBさんがいて、Bさんの方がAさんより明らかに優れていた場合、経営者はどう処遇を整えるべきか。可能性として考えられるのは、①AさんをBさんと同じ非正規に格下げする、②BさんもAさんと同じ正社員に登用する、③Aさんを非正規に、Bさんを正社員にする、の3案。
①は社内のモラルに影響を与える。②を実施できればそれにこしたことはないが、人件費が増す。③はそれなりにフェアだと思う。
ぼくは解雇規制は緩和したほうがいいと思う。その代わり、企業などは採用で人を区別してはならないというルールを徹底すること。新卒一括採用をデファクトにするのではなく、より柔軟に人をその能力に合わせて採用することが必須だ。
実際、人材採用に優れた企業は、新卒であろうが中途入社であろうが、能力に合わせて人を処遇している。当たり前のこと。
就職氷河期と言われた2001年、その年の新卒者の就職率はわずか57%だった。そのために、いまだに非正規の職でしか仕事を続けられない人が多いなどという不合理があってはいけない。
合理的に説明のできない正規 / 非正規の区別は、働く人を貶めている。そうした悪弊をすみやかに徹底的に組織からなくすこと。日本の組織の生産性を上げるためには、それが最優先されるべき方策である。
10日夜、米国のフィラデルフィアで大統領選のテレビ討論会が開催された。米ABCのキャスターの質問に答える形で90分間、カマラ・ハリスとドナルド・トランプが意見を戦わせた。
アメリカの大統領にハリスがなるにせよトランプがなるにせよ、日本の総理大臣はその大統領と高度な交渉をこなさなければならない。だが、どう見てもその日本側のカウンターパートとして相応しい人物が総裁選候補には見当たらない。
アメリカ大統領だけではない、プーチンや習近平とも交渉にあたらなければならないのだが、自民党総裁候補のどの顔もそれら首脳と交渉の場でやり取りをしている姿がイメージできない。
今日、日本記者クラブでそれら候補者が会見に出席し、抱負のようなものを語っていたがどの候補者も具体性がなく、さっぱり理解できなかった。
経済について語った候補が何人もいて、それぞれ「経済成長」、「経済再生」、「所得倍増」といったキーワードを振りまいていたが、どう実現するのか何も語らずじまい。
しかも経済政策について語るのであれば、これまでの「アホノミクス(安倍)」や「新しい資本主義(岸田)」についてまずは総括、反省すべきだろう。
それらについての言及がいっさいなく、ただ経済成長を目指しますとかいっても、当然ながらまるで説得力を感じない。反省だけなら猿でもできる、というが、それすらできない候補ではいかにも心許ない日本のリーダー選出である。
ふと聞こえてきたアレサ・フランクリンの "Think"。だが、アレサじゃない。アレサに似たドライブ感・・・。
なんとそれは、日本の演歌歌手の島津亜矢だった。びっくり。彼女が Aya Shimazuの名で出したアルバム「Aya's Soul Searchin' - Aretha Franklin -」からだった。
だが考えてみれば、演歌は日本のソウル。それを長年唄ってきているのだから、ソウルを愛する歌心と歌唱技術があれば、確かに唄いこなせるわな。
それにしてもお見事。
高速道路を走っているトラックに狙いを付け、その車がパーキングエリアに入ったところで「飛び石で高級車が傷ついた」とか 「ボルトが飛んできて当たった」 などと運転手に言いがかりをつける。
そして、彼らの運転免許証をスマホで撮影しては、それを使ってクレジットカードを偽造することを続けていた3人組が捕まったというニュース。
トンデモナイ連中がいたものである。
この事件を受け、警察はむやみに顔写真や住所の入った身分証明書の撮影に応じないように注意を促しているらしい。
それで思い出したのが、先日の三井住友銀行新横浜支店でのできごと。
口座開設のために訪店し、店内の案内係に用件を告げたところ、身分を証明できるものがあるか聞かれたので免許証を出した。「そこに座ってお待ちください」と言われ、しばらく待たされた。
手渡した免許証が気になり、近くにいた行員に免許証を返すように言ったら、「いま奥でコピーを取っていますのでお待ちください」と。
本人にコピーをとって構わないかと確認することもなく、人の免許証を勝手に複写していたのである。
その支店においてはそれ以外にも首を捻らないではいられないおかしな対応がいくつもあった。近頃の銀行の支店では、こんなことを平然とやってるのかね。
気になって支店長宛にこの件について手紙を送った。親展で送ったので本人は読んでいるはず。しかし、知らんぷりを通している。
米ギャラップが今年の初めに発表した「State of the Global Workplace Report」は、日本の情けない現状を示している。https://www.gallup.com/workplace/349484/state-of-the-global-workplace-report.aspx?thank-you-report-form=1
社員の組織に対するエンゲージメントを測定する国際調査で、日本は世界125ヵ国中の最下位(イタリアと並んで)だった。エンゲージメントを持っているとする社員の比率は5%。トップである34%の米国と比較すると、その差の大きさに驚く。
この背景には、安倍政権が打ち出した「働き方改革」が影響していると思っている。有給休暇をしっかり取ろうとか、早く帰ろうとか、会社を出たら仕事のメールは見ないようにしようとか、まるで企業で働く大人を子ども扱いして、結果、社員をスポイルした。
休暇を取るなと言ってるのではない。必要であれば、遠慮なく取ることだ。ただし、自分で考えて行動すること。従業員が自由にやればよいことで、人から言われて決めるようなことではない。
政府が箸の上げ下ろしまで監視して注意勧告することで、それまで自然に生まれていた社員と会社の「大人の関係」が薄れてきた。
休め、休め、と言われて、社員にとって、会社はできれば行かなくても済む場所であってほしいところになった。そうした場にエンゲージメントを持てという方が無理というものだろう。
それぞれにとっての働き方を各自が考え、必要に応じたものに変えていく。企業はそれを理解し、支援する。そうした意味での真の働き方改革は必要だ。しかし、それが政府の政策として「働き改革」と括弧に入れられてしまうと、本質から外れた役所の紙の上のアイデアに堕する。
働き方改革関連法案が2019年4月より施行された背景には、日本企業の生産性の低さ(G7のなかで最低)への懸念があったが、施行から5年以上が過ぎた今も生産性の低さは変わっていない。そして、生産性だけでなく、エンゲージメントも日本は世界の最低レベルになった。
本当にやるべき事は何だったのか、振り返ってもいいじゃないのか。
ただこの調査、もとは英語の質問票を日本語に直して調査を行ったはずだが、その際に「エンゲージメント」をどう日本語にしたのかが少し気になる。
『サピエンス全史』が日本でも多くに人に読まれたユヴァル・ノア・ハラリの新作は、Nexus: A Brief History of Information Networks From the Stone Age to AI 。Nexusとは、結びつきとか関係の意味。
ランダムハウスから9月10日の出版予定になっているが、米国の新聞にその一部が掲載されていた。
In the early days of the internet and social media, tech enthusiasts promised they would spread truth, topple tyrants and ensure the universal triumph of liberty. So far, they seem to have had the opposite effect. We now have the most sophisticated information technology in history, but we are losing the ability to talk with each other, and even more so the ability to listen.人間同士で話し合う能力を失いつつあり、ネット上のボットをまるで自分の友人や恋人のように感じて「つき合って」いる人たちがすでに世の中には少なからずいるらしい。
その本では、2021年にウィンザー城に侵入してエリザベス女王を暗殺しようとした若者が、彼のガールフレンドであり、指南役のチャットボットからその指示を受けていたことや、2022年に当時グーグルのエンジニアだった男性が、自分が開発したチャットボットが意識を持っており、電源を切られることを死と感じて恐れていると主張し、そのボットを守ろうとした末に会社から解雇されたことが紹介されている。
驚きだ。人間の心情を理解し、推測し、自己の生存を守るために人間を騙すことすらおこなうAIが誕生していることが明らかになっている。
AIはただ賢い(計算が速い)だけでなく、すでに人間のふりをして「そこに存在しようとする」ことを覚えてしまったらしい。
それを阻止するためにはどうしたらよいのか。アルゴリズムで解決できるのか。いやそれは難しそうだ。アルゴリズムが人の心理を誰よりも学習し、自ら各種のコンテンツを作成して人間を欺くことができるようになっている時点で、それを人間がアルゴリズムで解決するのは無理というものである。
ではどうしたらよいかといえば、現状では分からない。人間のこころのポケットに、いつの間にか忍びこむ悪魔が登場したともいえる。
ハラリは、ボットが人間のふりをする行為は禁止されるべきだと警告を発する。そして、大手テクノロジー企業やリバタリアン(自由至上主義者)が、そのような措置は言論の自由を侵害すると不満を言うなら、言論の自由はボットではなく人間に与えられるべき人権であることを彼らに思い出させるべきだと主張する。
問題はすでに顕在化しているが、解決への道筋は遠そうだ。なにより一番難しいのは、ロシアや中国、北朝鮮を含めた全世界で徹底したルール作りができない限り、有効的措置にはならない点である。
地方に住む老親のもとに、「NTT西日本コンタクトサービス株式会社の岡本」と名乗る男から電話があった。
電話料金が安くなるので回線契約を変更しないかというセールスである。電話にでた母親が、今使っているインターネットのプロバイダーが変わると困ると言うと、プロバイダーが変わっても同じメールアドレスを使い続けられるから大丈夫と説明した。ただし、プロバイダーはビッグローブに変更になると言った。
帰省時にこのことをたまたま知り、おかしいと感じて調べてみるとNTT西日本コンタクトサービス株式会社なんて会社は存在していなかった。営業電話をかけてきたその男が残した電話番号で所在を調べると、札幌市西区にあるコンタクトサービス株式会社という会社で、コールセンターの経営やプロバイダーの取り次ぎ代行業務をやっていることが分かった。
NTT西日本の回線営業の仕事を受けているんだろう。 さらにビッグローブに連絡し、コンタクトサービス(株)について取引関係を訊いてみると、彼らの販売代理店であることも分かった。
腹立たしいのは、自社の名前に「NTT西日本」を勝手に付けて名乗っていること。そのやり口で地方に住む老人を安心させ、そしてだまして回線契約を結ばせる手口をこの会社は取っている。
その会社に電話して状況を説明し、経営者につなぐように言ったら、電話に出た窓口の女はそれを拒み、「岡本から折り返しさせます」とぬかした。ソイツと話しても泥棒に「お前泥棒したか?」と聞くようなもので詮無いだろう。
こうしたセールスのやり方は、準詐欺罪にあたる。違反したときの罰則は、詐欺罪と同じく懲役10年以内だ。
消費者庁に連絡した。今後も同様の報告があれば、何らかの行政処分がとられるはずである。
セコい手口で田舎の年寄りをだまそうとするんじゃないよ、馬鹿タレどもが。
各地の小中高校では夏休みが終わり、今週あたりから新学期が始まっている。
今年は読書感想文などの夏休みの宿題に、生成AIを用いたものが昨年にまして見受けられるとか。
ほとんどの子どもたちより生成AIの方が(少なくとも見かけの)出来映えが優った読書感想文を書くことができる。
しかも、それをAIで見抜くことは、現時点では極めて難しい。見抜けるのは、普段のその生徒のことをよく知っている担任の先生だけだという。つまり、チェックのためにシステムは使えないということだ。
利用されたのは、読書感想文だけではないだろう。それ以外の宿題や課題にも生成AIによって「解答」されたものが、いまごろ先生の手元に山と積まれているに違いない。
今後の学校教育はどうなっていくのか気になる。文部科学省は昨年の夏、小中高校での生成AIの活用に向けた指針を公表し、生成AIが小中高生の学習に役立つ面があることを強調している。
その上で、成果物に不正行為が含まれることがある点を注意するように教育現場に求めている。
これって、ありなのか。生成AIは生徒の学習に有益であると<気の利いてそうな> ことを言いつのりつつ、その運用の責任を現場の先生に丸投げした。
例えばだが、一旦、読書感想文を生成AIに代わりに作ってもらった生徒は、もう自分の手ではそれを書かなくなることは容易に想像できる。「とても便利だけど、使い方に注意するように」などと文科省が言おうが、一度その味を覚えたら手放せなくなるのが人間の常だ。
覚醒剤を渡しておいて、「使い方に注意するように」って言ったって、一度使って気持ちよくなっちまったらいくら頭で分かっていたってもう止められないだろう。それと同じ。注意して使うようにとか理屈を言っても無理なんだから。
一旦味をしめたら止められないのは、小中高生だけではないのも明らか。こうして人は「自分で考える」という行為を急速に手放していっている。
いま店頭に並んでいる「週刊ダイヤモンド」の特集記事の一つが、「MBAが中高年に大人気!」。
新型コロナの頃から国内MBAの状況のビミョーさを感じていたが、ここまできているとは。
学ぶに遅すぎることはない、というのは事実だが、40や50を過ぎた人たちが会社の仕事と併行してビジネススクールに通い始めたからといってビジネスの分野でリーダーになれるかと言えば、現実の社会はそう甘くはない。
20年以上仕事をやっていれば、日々のなかから既に多くを学んでいるはず。自分の仕事を通じて直接学んでいないとしても、少なくとも自分に何が足りないのかくらいは分かっているはずだ。
万一、それすら分かっていないとすれば、ビジネスリーダーはおろか、残念ながらビジネスマンとしての基本能力に問題があると言わざるを得ない。
何を知るべきかが分かっていれば、それについて自分で学べばよいのである。いい歳をして、人任せに「教えてもらおう」という段階でリーダー資質にも、基本的な素養にも欠けている。
日本の中高年サラリーマンはどこへ向かおうとしているのか。そして日本のビジネススクールはどうなるのか。
アラン・ドロンが亡くなった。88歳。不世出の俳優だった。
味わいのある二枚目だった。ただ見てくれがいいというのではなく、陰りと深みを感じさせる演技を見せてくれた。
ヴィスコンティの「山猫」や「若者のすべて」など多くの代表作がある。もちろん1960年の「太陽がいっぱい」は、まぎれもない一つの金字塔だ。
その彼が、NHKの番組でこんなことを語ったことがある。「老いるということは 船が難破するようなものだ。波に翻弄されつつ徐々に沈んでいく」。
前段の「老いるとは・・・」は、仏大統領だったド・ゴールが言った言葉。だが、それを引用し、加えて「波に翻弄されつつ・・・」と語らせたのはドロンの感性である。
一つの時代が終わったように感じる。
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| 彼の死をラスト・サムライと評した仏の各紙 |
地球温暖化が世界各地で海水温の上昇にも影響を及ぼしている。下記の地球で赤いサンゴのエリアは温暖化の影響を受けていることを示している(ニューヨーク・タイムズ・デジタルから)。
サンゴが白くなっても、必ずしも死んでいるわけではない。また、サンゴ礁が永遠になくなるわけでもない。専門家は、もし状況が改善されれば、サンゴはこの白化を生き延びることができると述べている。つまり、サンゴ礁は立ち直る可能性をまだ持っているということだ。
しかし、世界の温暖化が進むにつれ、これらの白化は定期的な白化へと変わりつつあり、そうなると軽度の白化は重度の白化になり重大なダメージを与えるようになる。
だから、放っておけない。
アメリカ大統領選の世論調査が発表された。
カマラ・ハリスとドナルド・トランプは、その支持率で接戦を演じている。が、トレンドとしては、トランプが横ばいで停滞しているのに対してハリスが追い上げているのが分かる。
よその国の事ながら、どうなるのかとても気になる。直接投票で自分の国の大統領を自分たちで選べるのが羨ましい。
日本では、岸田首相が今度の自民党総裁選に手を上げないと表明したあと、「待ってました」とばかり、代わり映えのしない顔、顔がぞろぞろ候補者として出てきた。
これらのなかの誰かが日本の首相になるのだろうが、党員ではないので何の影響力ももたず、ただ「ああそうかいな」と傍観するのみである。
議院内閣制を採用するのであれば、例えば英国で労働党と保守党で何年かおきに政権交代が行われるような状態でなければ健全な政治システムとは言えない。その意味で、日本は明らかに専制主義国家である。
国民がまだしっかりしているから廻っているけど、自民党政権は知恵も倫理観もない世襲議員の巣窟となり、あらゆる面で世界の変化についていくことができておらず、徐々に徐々にこの国は死んでいっているように思う。
リサイクル素材を積極的に用いるなど、衣料廃棄物の問題に取り組んでいるという英国のアパレルブランドが発表したデータによると、人が生涯で必要とするシャツは23枚、ズボンは22本、ジャケットは13点、靴は63足だとか。
これらの数字は、それぞれの耐用年数に基づいている。それらは、シャツは2.74年、ズボンは2.81年、ジャケットは4.58年、そして靴は1年とされている。
つまり、人が生涯に渡って衣料や靴を利用する年月は63年間と考えられているわけだ。
毎日同じシャツを(飽きずに)着て、2.74年たったら新しいものに交換する。靴も同様、毎日同じ靴を(嫌がらずに)はき続け、耐用年数に達する1年後に新しい靴に換える。実際は、世の中にそんな着方、履き方をする人はいないと思うけど。
そもそも、先のシャツや靴などの耐用年数は、どうやって編み出したのだろう。その5倍近く使い続けている僕は、物持ちが良すぎるのかね。
経済同友会代表理事の新浪氏が会見を行った。その会見の最後、「質問が出ると思って待っていたが、出ないので私からどうしても申し上げたい」と切り出し、死者まで出た小林製薬が引き起こした健康被害とその経営責任について考えを述べた。
今回の不祥事を受けて、同製薬会社の小林会長と小林社長は辞任はしたが、その後、月額200万円の報酬で特別顧問に就いていた。
それに対し、新浪氏は「ここまでくると、ガバナンスの質を上げないと話にならない。社外取締役の責任は大きい」と同製薬会社の体制を強く批判したらしい。
それにしても驚くのは、会見に出席していた記者たちは、誰も小林製薬の経営責任の取り方について質問すらしなかったという体たらくである。
記者たちは全員、暑さでノー味噌が溶けていたか。それとも寝ていたか。
毎日暑い。記録的な猛暑が続くが、国土交通省が気温が35度を超えた場合に、ライドシェアの稼働台数の増加を「認める」らしい。これまで雨が降った日に同様に出動台数増加を「認める」措置を取っていた。
国交省の役人というのは、自分たちを何様だと思っているのだろう。
雨が降ったら、とか、気温が35度を超したらお前ら「出勤」していいぞと言われて、ライドシェアのドライバーたちが「ありがたや、ありがたや」と喜んで車に乗り込んで街に営業に出て行くと思っているのだろうか。
外国で利用したライドシェアのドライバーたちは、誰もがその働き方を選んだ理由として、自分が「働きたいときに、働きたいだけ、働きたいエリアで働けるのがいい」と話してくれた。一言で言うなら、自由裁量度が高いことがその仕事に就くカギなのである。
政策をタクシー会社に絡め取られてしまい、ライドシェアが名ばかりのものとして「認可」されたところが日本らしい。聞くところによると、日本ではライドシェアの売上の3割から5割がタクシー会社に抜かれるらしい。
本来、ライドシェアそのものは<運輸ビジネス>ではない。移動手段を求めている人(客)とそれを提供できる人をマッチングさせる<ITを用いた仕組み>のことである。
それを、日本の政府は、ライドシェア=運輸業と勘違いしている。だから国土交通省が所管となり、タクシー会社と同列にその業務を考えるという根本的な間違いを犯している。
結果、利便性を得るはずだった利用客もドライバーも、国の誤った政策によって置き去りにされている。
なぜ日本ではいつもこうなっちゃうんだろう・・・。
トランプが選んだ副大統領候補のヴァンス上院議員が、民主党のハリス大統領候補らを「Childless Cat Ladies(子供いない惨めなおばさんたち)」 と呼び、蔑む発言をしていたことが米国で話題になっている。
この事実は、大統領候補のトランプにとって間違いなく致命傷になるだろう。懐刀となるだろうと期待して選んだ候補によって自爆してしまった感じだ。
これで秋の米大統領選へ向けての流れが、また一気に変わった感じがする。
日本でも子供のいない女性のことを「生産性が低い人間」と蔑んで表現した自民党議員がいたが、コレもそれと同じ穴のムジナだ。
国を問わず、そうしたことを口にするどうしようもない人間はどこにでもいるということだ。
先日の昼食時、近くの駅ビルのエレベータに乗ったら、そこに女子高生が4人いた。そのなかの2人は、エレベータの中でペヤングの焼きそばを食べていた。ただ手にしていたのではない。割り箸片手に、焼きそば麺をががががっと啜り込んでいた。
ちょっとビックリしたね。しかも、その一人が手にして食ってたのはペヤングの「超大盛りサイズ」。
なんだコイツらと思い、最初、彼女たちの存在を頭から消して無視していたが、なぜかその様子が可笑しくなって、その少女らに「うめえか?」と訊いたら、声を揃えて「うまい!」。
で思い出したのが、先日たまたま見た、「新宿野戦病院」という新宿歌舞伎町の病院を舞台にしたフジの番組である。
その番組の中で、主人公の小池栄子がちょっとアクセントのズレた岡山弁をしゃべっている。「ぼっけえ」「ぼっこう」「でえれえ」「もんげえ」といった岡山弁だが、どれも「すごく(very)」「ものすごい」を意味する表現だ。「でえれえ でえこん てえてえて」は、岡山弁で、大きな大根を炊いておいて、の意味だということを小池が番組中で言っていた。
確かにそうなんだけど、ストーリーと直接の関係がなく、そうした一発芸的な台詞に苦笑した。
半世紀近く前に岡山を出て以来すっかり東京の言葉でやって来たが、記憶の奥底に干からびて残ってた澱のようなものが反応した。
脚本の宮藤官九郎は、生まれも育ちも岡山とは関係ないはずだが、今回、主人公に岡山弁を話させているのは何故なのか、岡山生まれとしては少し気になる。
番組の中、小池はペヤングのファンである。
三谷幸喜がニール・サイモンやビリー・ワイルダーを連想させるエスプリの利いた(正統派的)台詞で笑わせるのに対して、宮藤官九郎はペヤングと岡山弁である。
笑いへの持っていき方が違う。しかもエッジが立っている。
13日の演説中にトランプ米前大統領が銃撃を受けたことについて、上院議員のバーニー・サンダースがCNNでコメントを述べていた。
その話しぶりは実に矍鑠としたものだった。サンダースはバイデンとほぼ同年代だ。
スピーチの最中に重要なこと、例えば他国の大統領の名前などを言い間違えるなど、その認知能力の衰えが感じられるバイデン現大統領より、サンダースの方が大統領候補によっぽど相応しいように思えた。
若者層に人気があるし、無党派層も取り込めるんじゃないか。何と言っても、今回の銃撃で草の根アメリカの「スーパーヒーロー」になっちゃったトランプには、よほどの人物じゃないと立ち向かえない。
欧米のメディアを見ると、熱心なトランプ支持者はトランパー(Trumper)と呼ばれている。 それに yをつけてtrumpery になると、見かけ倒し、がらくた、 ろくでなし、たわごと、といった意味になる。
野球にはほとんど興味がない。が、ドジャーズの大谷翔平選手の活躍は、ついつい気になる。彼の人並みはずれた能力だけでなく、あの個性は魅力的だ。
昨日のブルワーズ戦で、大谷選手は今季20個目の盗塁を決めた。彼は足が速いことに加えて、自分がピッチャーだから投球フォームから盗塁のチャンスをつかむのも上手いんだろう。
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| 盗塁する大谷選手(7月7日)、AP通信 |
盗塁って見ていて面白い。バックネット裏からのカメラ・アングルだと、手前に送球するキャッチャーと打席のバッター、画面なかほどにピッチャーが、そして画面奥(画面上方)に右から左に全力で疾走する一塁ランナー、 ランナーが向かう先にボールを捕球する体勢で構える2塁手。この構図はとても絵になる。
大谷の場合、先に書いたように足が速いしスタートも上手いから首尾よく盗塁成功となることが多いけど、多くはきわどいタイミングでセーフだったり、アウトだったりする。
野球のベース間の距離って上手く設計できていると思う。調べたら、その長さは90フィート(27メートル43センチ)。もしこれが91フィート、あるいは89フィートだったらどうだったろう。
わずか30センチほどの違いだけど、野球の面白さが大きく変わっていたんじゃないかと思う。誰が決めたんだろう、90フィート。
昨日の東京都知事選挙で小池知事が3選を果たした。ホームランとか、でかいヒットを打ったわけでなく、たくさんの盗塁(48億円かけたプロジェクション・マッピングなど)をかさねて点を稼いで勝ったという印象だった。
今日、静岡で気温が40度になったらしい。死者とかでてなければよいが。
今さらながらであるが、この気温の上昇、そしれその大元となる地球の温暖化は何とかならないものだろうか。
1850年以降の全地球の平均気温をグラフにしたものが以下のものだ。1970年ごろから急激な上昇が見られ、2010年ごろからはそれに一層拍車がかかっている。
日本でこれまで記録された最も高い気温は41.1度。静岡県の浜松市(2020年8月17日)と埼玉県の熊谷市(2018年7月23日)である。
今日はまだ7月7日。梅雨は明けていない。今夏、最高気温を記録するのだろうか。
2020年に、プライベートのメールをgmailからfastmailに変更した。fastmailの運営会社は1999年に設立されたオーストラリア企業だ(米国企業でないところが肝心)。
変更の理由は、gmailはたしかに無料で良くできた便利なツールだが、プライバシーの点で大いに懸念がある。いや、懸念があるどころか、実際のところ、すべての内容が彼らにスキャンされている。利用規約を読めば分かる。だが大半の人は読まない。だから気づかないうちに巧妙にやられちゃってる。
プライバシーについては、個人が気にするかどうか。気にしない人間は、それでよろしい。
最初、gmailではプライバシーを覗かれている気持ち悪さがあってfastmailを使い始めてみたのだけど、特に最近便利だと思うのがfastmailのmasked emailのサービスである。
これはいわば覆面アドレス。日常、各種のサイトへの登録時にメールアドレスの記入を求められる。だが、よほど信頼できるもの以外は、masked emailのアドレスで登録する。
fastmailは、それをいくつでも使える。すごく簡単につくれ、不要になったら抹消すればいい。運営母体がセキュリティを最優先に考えている企業だからのサービス。
fastmailは、gmailやYahooメールのように無料ではない。どうでもいいやり取りは、それらフリーメールを使えばいい。ただ、個人的なプライバシーが少しでも含まれるコミュニケーションは、信頼できるシステムを使った方が安心できる。
「タダほど高いものはない」というのは揺るぎない真理だからね。 利用の申し込みは以下からできる。
https://join.fastmail.com/86abc12d
先月26日の新聞記事である。
この人物、記事にあるように性的少数者について「見るのも嫌だ」と記者団に語ったという岸田政権の広報担当だった官僚。
それが今度、経産省の通商政策局長に昇格した。なかなかのポジションである。
経産省は、その「昇格」の理由を説明する責任があると思う。そうでなければ、新卒者の役人離れはますます加速するだろう。こんな職場には、まともな神経を持った学生が就職したくなくなるのは当然だ。
そんな当たり前のことが、長年にわたり内々だけで固まっている組織の人間には分からなくなっている。
昨日、日本時間で朝10時から行われたバイデン=トランプのテレビ討論を見た。
僕は米国人ではないが、当然関心はある。どちらが、あるいは誰が米国大統領になるかは、世界全体に大きな影響を及ぼす。(いまだ地球温暖化を否定するトランプがなったら大変だ。)
82歳のバイデンと79歳のトランプの論戦は、想像以上にお粗末でガッカリものだった。トランプは論点をずらし、答えるべきものに答えようとしない。今さらながら不誠実でウソに塗り固められた人物であることが浮かび上がる。
かたやバイデンは認知能力の衰えた、癇癪持ちの年寄りの醜い姿を晒していた。
アメリカ大統領という、いまでも世界で最強のパワーを持つポジションの人物を選ぶというのに、まるで田舎の村長をどちらにするかのような低内容の討論に終始していた。それにしてもヒドイ討論会で、選択に悩む米国の有権者も多いことだろう。
討論後のCNNの調査では、トランプが「勝った」とするのが67%、バイデンは33%だった。議論内容のファクトチェックが済んでいない段階で、数多くのウソを自信満々に述べたトランプを米国の有権者が何を評価したのか分からないが、これが米国の大統領選テレビ討論なのである。
すべてを左右するのは「印象」だ。マクルーハンの時代から何も変わっていない。これは考えてみれば、怖ろしいことである。
今回の討論会の後、アーロン・ソーキンが制作した「The West Wing」(Warner Bros.)を何本か見返した。そこで大統領を演じたマーティン・シーンのような大統領候補であったなら「完璧」だったのだろうが、それは望むべくもない。
今朝のニューヨーク・タイムズで、トーマス・フリードマンがバイデン陣営に対して大統領選から退くべきだという意見を述べていた。アメリカのため、世界のため、そしてバイデンと彼の家族、スタッフのためにその決断が求められているのだと。同感である。
カマラ・ハリスへの候補者スイッチがうまく行くかどうか。
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| The New York Times |
本読みについて書いたら、コメントが送られて来た。
そのなかに、小学校でやっている始業時間前の「朝読」(朝の読書)と似てるという意見があった。朝に行う、時間を区切って行う、読みたい本を読む、集中して読む。なるほど、似たようなものかもしれない。
ほかに、20分といえども朝の忙しい時間帯には難しいという意見も何人からか。
そうした人は、こうしてみればどうだろう。出かける時にはバッグに必ず本を1、2冊入れるという、これもいたって簡単なこと。
で、通勤や移動で電車に乗ったときには、すぐに本を取り出す。ポイントは、意味もなくスマホを取り出し、いじったりしないこと。
これだけで本読みの時間は確実に確保できるはず。
むかし、帰りの電車の中でのこと、読み始めた本が面白かったので目的の駅についても下車せずにそのまま読み続けたことがあった。残りのページ数の半分を読み終えたところでいったん下車し、それから反対方面の電車に乗って帰宅した。
電車の中は読書に向いている。
という本(集英社新書)が売れている。
多くの日本人が、「そうそう、そうなんだよな〜」と共感しているからだろう。
その本を読む時間があるのなら、もともと読みたいと思ってた本を先に読んだ方がいいのに、という突っ込みはここでは置いておこう。
結局のところ、「そうなんだよなぁ〜」と多くの人が考える理由は、日々の仕事が忙しくて時間が取れない、時間的な余裕があってもついスマホを見てしまう、と云ったところか。
だけど大切なことは、本を読まなきゃいけないという強迫観念なんか持たないことだと思う。本を読まないのは、本当に読みたいと思う本がその人にないからだ。読みたい本がないなら、本を読む必要はない。本はたくさん読めばいいってものじゃないしね。
学年末になると、定年で大学を辞めていく教授のなかに自分の研究室にあった本を一気に放出していく人がいる。研究室の中にあった本が外の廊下なんかに積み上げられ、そこに<どうぞご自由に>なんていう張り紙がしてある。
そうして何十年も溜め込んだ年代物の本が、廊下やラウンジなんかのスペースに鍾乳石のように立っている。だが、残念ながら古くてほとんどは使い物にならない本だからか、誰も持っていこうとしない。
その柱の脇を通るたびによく蓄えたな、と思うと同時に、本の冊数と人間の中身は関係ないとつくづく感じた。
僕自身、若かった頃は、毎年最低でも自分の背丈をこえる高さの本を読むことを一つの目標としていたが、いまはそんなつまらない考えは持たない。
ところで、日々の仕事などで忙しくて本を読みたくても読む時間がないという人たちにもできることがある。ポイントは、最も本を集中して読めるときに読む、というきわめて単純なもの。
僕の場合は、脳がもっとも疲れていない朝起きてすぐの時間。ベッドから出たら窓を開けて外の空気を室内へ入れ、すぐに本読みに入る。20分間、立ったまま本を持ち、部屋の中をウロウロしながら読むことだけに集中する。
起き抜けのアタマというのは余計なゴミが何も入っていなくて、そのせいか集中して本を読み進められる。たとえば新書本なら、その時間で半冊は読める。
もし上記の問いが自分に投げかけられたとしたら、どう答えるだろうかーー。
日本の13〜29歳に対して、日本政府がその質問を投げかけた。こども家庭庁のサイトによれば、質問の対象者は約1,000人、調査はインターネットで実施されたとある。
13歳と29歳とでは16歳の違いだが、同じ16歳の差でも63歳〜79歳のレンジ(範囲)とは明らかに違う。調査では集団を2つに分けた方がよかった。また、13歳を相手にネットを利用して歪みがない正確なデータが取れたかどうかはあやしい。が、まあそれらはここでは置いておこう。
「あなたは自分自身に満足しているか」との問いに、肯定的(「そう思う」+「どちらかといえばそう思う」)に答えた日本の若者の割合が57.4%で、同時に調査した米国やドイツ、フランス、スウェーデンより低かったと『こども白書』で指摘されている。
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| こども家庭庁のサイトから |
ただ、ちょっと待てよ。そもそもこの設問は適切なのか。自己肯定感や自尊感情といったものの測定を狙ったのだろうが、普段われわれ大人ですら「自分自身に満足しているかどうか」なんて考えることは稀だ。問われた中学生や高校生が、この問いをどう受け取ったかが気になるところである。
勉強でもスポーツでも音楽でも、それが何であれ、自分がもっと上達したいと思って目標を設定して頑張っている若者ほど、きっと今の自分に満足はしていないはず。だけど、これは彼らに自尊心が欠如していることとは別だ。
むしろ、「自分自身に満足している」とあっけらかんと答えることができる<自己満>な人に対して、僕はそれが大人であろうが子どもであろうが、違和感を感じてしまう。
渋谷区が路上での飲酒を禁止する条例を強化する改正案が成立した。これまでは10月末のハロウィーンと年末年始に限って禁止していた路上飲酒が、通年で禁止されることになった。といっても、夕方6時から朝の4時までの時間制限付きだ。
条例改正に至った理由として、渋谷区は路上飲酒者のマナーの悪さをあげている。具体的に指摘されているのは、ゴミのポイ捨て、騒音、通行妨害らしい。そしてそれらの対象者の8割近くは外国人観光客である。
渋谷区はこのままではいけない、と思い、条例を改正したのだろうが、これで変わることは、そうした路上での迷惑行為を行っている外国人に対して、区が契約している警備会社の警備員が「条例違反しているから止めなさい」と言えるようになることだけだ。ただし罰則はないので、本質的な抑止力にはなりえない。
行政は、公的な規制を設定すれば問題が解決すると思っているのかもしれないが、人の行動や行為は日本人外国人問わずそれほど簡単に変わりはしない。
そもそもゴミのポイ捨てと路上飲酒に、どういう関連があると考えているのだろう。ゴミのポイ捨ての理由は単純だ。酒を飲むからではない。ゴミを捨てたくても、ゴミ箱がないからだ。渋谷に限らず、日本の街を歩いていたら、誰でも感じるはずだ。また駅におかれているゴミ箱も少ない。
行政や電鉄会社が、ゴミ箱がなければゴミは客にそれぞれ持ち帰ってもらえる、と考えてゴミ箱を撤去しておいて、ゴミのポイ捨てを嘆くのはお門違いだ。
海外からの渡航者から、ゴミを捨てるところがないのでバッグに入れて宿泊先のホテルまで持ち帰っているけど愉快なことではないとよく聞かされる。回収のコストがかかっても、必要なゴミ箱は公的なスペースに設置しなくてはいけない。
路上でグループで騒ぐとか通行妨害を行うかどうかは、その連中とその場所の持っている雰囲気次第だ。渋谷という所が、そもそもハロウィーンにかこつけて(その本来の宗教的意味も知らずに)羽目を外して大騒ぎできる場所だと認識されてしまっているのが根本にある。
一方、都内の他の観光地、浅草や銀座などで路上飲酒による問題を聞かないのはそれが理由だ。
渋谷は、すでにそうしたイメージの街になってしまっている。街自体が、文化も歴史も感じさせないからだろう。区議会が今ごろ条例を変えてみたところで、それで問題が解決するといった類のものではない。
日本盲導犬協会が盲導犬を利用する視覚障害者を対象にした調査の結果、視覚障害者が盲導犬を伴っての受け入れ拒否をいろいろな場で受けていることが分かった。
いちばん多いのが飲食店。調査に回答した視覚障害者の半数以上が、盲導犬を伴って入店しようとしたときに入店を拒否された経験があるという。
以前、全盲の方に話をうかがう機会があったのだが、彼が今の奥さんと結婚前にデートしたとき、盲導犬を連れてある全国チェーンのカフェに入ろうとしたら入店を断られてしまったという。真冬のことだったが、仕方ないので屋外のテーブルでコーヒーを二人(と一匹)で飲むことになり悲しい気持ちになったと語っていた。
また調査では、電車やタクシーといった交通機関の利用の際にも、盲導犬を理由にその利用を拒否された人が多いことが分かった。電車を運行する電鉄会社が盲導犬を拒否するのは言語道断だし、タクシーの運転手がそんな対応をしているのにも首をひねってしまう。
日本でライドシェアが地域限定かつ時間限定的ではあるが少しずつスタートしたようだが、しかしそれらは諸外国のライドシェアとは全く異なり、既存のタクシー運営会社が運営を行うというのが日本での展開のされ方である。
その際の理由として挙げられるのは、タクシー会社のドライバーはきちんとした研修を受けており、プロのドライバーとしてその運転技術においてもサービスにおいても優れているから、といったことが言われているが、盲導犬を伴う視覚障害者を拒否して何がプロのドライバーかと思ってしまう。
またそれ以外、盲導犬の受け入れ拒否にあった場として宿泊施設や医療機関といったものがあげられていた。
罰則を設けるのが一つの策だが、それ以前にサービス機関で従事する人たちに正しい知識を持ってもらう必要がある。社会のなかで学ばないのであれば、学校教育でしっかり教えることが肝心なんだろう。
都内大田区にある医療法人が、「景品表示法が禁じるステマ広告を行ったとして消費者庁から行政処分を受けた」という報道があった。
自分たちの病院についての高評価の口コミを、一件550円で誘引していた。具体的には、インフルエンザ接種料金を550円分割り引くから、グーグルマップで★5つ付けてね、というやり方。わずか550円に引かれて、269人が星5の評価をしていた。都合、費用は147,950円か。
ただ、ここではその病院や書き込みを商売とするインフレンサーなる職については置いておく。
問題は、ステルス・マーケティングという言葉。新聞の見出しでは縮められてステマと表現されている。気持ち悪くて、背中が痒くなりそう。
この言葉、決して新語ではない。たとえば、日本経済新聞でその用語が使われはじめたのは2012年のこと。ところが、それ以来ずっと紙面に使っておきながら、先週6月8日の紙面では用語解説まで載せていた。
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| 日経新聞 2024.6.8 |
「ステルス・マーケティング」だの「ステマ」だの言っても一般の読者が理解しているわけではないからだろう。しかも厄介なことに、なんとなくマーケティングの正規の一つの手法のように勘違いしてしまっている。
シンプルに「やらせ」と日本語で言えば済むものを、なぜ横文字を使いたがるか。
そういえば、「リスキリング」も同じ。それを取り上げた記事では、その言葉の後にわざわざカッコで(学び直し)が付け足されている。ならば、最初から「学び直し」で済む。つまらない横文字を使う必要はない。
ステマだ、リスキリングだ、インフルエンサーだ、プラットフォーマーだとか、いったいどこの国の人間なんだと思ってしまう。
グーグルからメールが来た。
Google Domainsで私が取得(購入)したインターネット・ドメインが、他社に管理が移管されたという。利用者(所有者)に対して何の事前連絡や説明もなくだ。
移管先の企業はどうせ子会社なんだろうが、自分たちの都合で勝手に物事をすすめ、金を支払っている利用者をゴミだと思っている。
・・・かと思いきや、いま調べて見ると企業としての親子関係での移管ではなく、金銭譲渡のようだ。グーグルのサイト上には以下のように、Squarespace社がグーグルの「顧客アカウントを買収した」とある。
![]() |
| https://domains.google/intl/ja_jp/から |
以前書いたANA国内線の「24時間前通知メール」について、全日空から返事があった。
そもそもは、搭乗日の前日に全日空からメールが届き、そこに記されたチェックイン情報にターミナル番号が記されていなかったので不思議に思ったことに端を発している。
そこにはフライトの日付、便名、区間、時間、予約番号、ターミナル番号、確認番号の項目が示されているのだが、なぜかターミナル番号の欄だけブランク「-」になっていた。
ターミナル番号の項目があるのだから、そこに本来は番号が示されているはず。記載していない理由を航空会社に訊ねたところ、一週間以上経って、社内で確認するために日数がかかってしまったという前口上につづき、「エラーなどではなく、それが本来のメールの仕様」であるとの回答。
不記載にしている理由を尋ねているのだが、それについては未回答なので再度質問した。
返ってきた回答は、
ターミナル番号については、最終的にすべての客が事前のオンライン・チェックインをするものと考えているようだ。先の「24時間前通知メール」と彼らが呼んでいるところのメールでターミナル番号だけを未表示にしている理由については依然として不可解なままである。
オンラインチェックインをお済ませいただきますとQRコードと一緒に画面に出てまいります。
実際に搭乗時される際にご覧いただく
画面にターミナル番号があるため
その事前メールである「24時間前通知メール」の
ターミナル番号の記載が「-」という点に
ついては着目されていなかったと思慮致します。
搭乗するにはそのためのターミナルが分からないとダメなのでは。意味がわからない。
そして、メールの文末に、
また、誠に恐縮ではございますが、このメールの
送信アドレスは送信専用でございます。
返信いただいても対応はいたしかねますので
どうかご容赦いただきますようお願いいたします。
これ以上言い訳が続かないと思ったからか、やり取りを遮断してきた。
ちなみに、彼らがいう「送信専用のアドレス」というのは、実際は送信専用ではない。それまでメールのやり取りをしたスレッドが残っている。利用者を遠ざけるための方便としてウソを言っている。