2023-04-30

「週朝」休刊から広告のあり方を考える

「週刊朝日」が5月いっぱいで休刊になる。廃刊ではなく休刊と言っているのは望みを残しているということだろうか。ぼくは同誌については特集によって年に数回購入する程度だったけれど、いざなくなるとなると寂しい気がする。

今、多くの雑誌がその部数を落としている。新聞も同様だ。書籍も売れなくなっている。活字離れとか以前から言われているが、こと情報モノに関してはそうではない。ネットで読むようになっただけである。活字は読まれている。

それにしても「週朝」は、日本で最も長い歴史を持つ総合週刊誌で、創刊が1922年(101年前!)。その雑誌がなくなるのには、ちょっとした時代の転換感がある。発行のピークは1950年代で、当時の発行部数は150万部を超えていたらしいが、それが今は7万部代にまで減少していた。

編集長の渡部薫さんという方の発案で、終末を迎える雑誌のYouTubeチャンネルが開設された。このまま消え去るのが悔しいのか、会社の上層部へのうさ晴らしなのかわからないが、いなくなる前に自分たちの存在を残しておきたいのだろう。
 

↑ YouTubeのこの動画は、いつの間にか消されていた。朝日新聞社としてマズイと判断したのかネ(2026年2月確認)
「休刊の真実」と銘打ったクリップの中で、編集長は休刊に至った最大の理由として広告が入らなくなったことを強調している。広告が取れない雑誌は制作を続けるのが難しい。広告を入れない『暮らしの手帖』のような雑誌もあるけど、それはきわめて特殊な例。

雑誌が売れるかどうかは読者次第だが、広告媒体としての価値は広告主である企業と広告代理店が決定する。もちろんその判断基準には発行部数があるから両者は切り離せないところはあるけど、広告部門はもっと頑張れなかったのか。

10年以上前になるが、ニューヨークで暮らしていたとき、現地で雑誌を5、6誌ほど定期購読していた。マンハッタンのど真ん中に住んでいたので外に一歩出れば雑誌はすぐに手に入ったが、定期購読は価格が圧倒的に安かったからだ。

年間購読なら送られてくる雑誌一冊当たりの価格は定価の10〜20%。定期購読者で安定して発行部数を確保し、広告収入で稼ごうという考えだ。日本でも低廉な価格が適用される第三種郵便物という制度があるが、そうした幾ばくかの変動費さえまかなえればそれでよし、という購読料金設定がなされていたのだと思う。 

企業の広告費の使い道がかつてのマス媒体からネットに移っているわけだが、ネット広告って企業のマーケティングに実際に役に立っているのだろうか。

ネットユーザー<1人ひとり>の嗜好やこれまでの購入歴に合わせて商品を提示できるというけど、ただ鬱陶しいだけ、そして目障り。ネット上のほとんどの広告は「表現」にすらなってない。目をそらせたくなる代物ばかり。

広告会社の社員など関係している連中は表現をどう作り、どう見せるかをちゃんと考えるべき。それができないなら、すべてAIにやらせた方がいい。無料でニュースページを見せているからといって、これ以上不愉快にさせられてはたまらない。

2023-04-28

1年間、わずか1000円の贅沢

沢野ひとしさんに倣い、ぼくも毎朝10分の時間を区切り身の回りの片付けをすることにした。10分しかやらないのが秘訣。 

この際の片付けとは、あるものをあるべき場所に戻してやること、もしくはなくしてしまうこと。できれば後者で行きたいと思いながらの10分である。

ものを捨てるのは難しい。これは世界中で古来から思われていることに違いない。つまり、人間の性(さが)に強く根付いている。断捨離や、片付けに人生のときめきという表現が使われるのもそのためである。

身の回りがすっきりと片付いていた方がいいと思うか、雑然としていた方が落ち着くかは人それぞれ。どっちでもいいが、身の回りにどんなものがあって、それが必要かどうかくらいは分かっていた方がいい。だから、普段目が行かない本棚の棚にある書籍などを引き抜いてみる。

本の間に挟まれて岩波書店の『図書』が出てきた。表紙をめくると沢木耕太郎のコラムとその号の目次があらわれた。きら星のような書き手がならんでいる。

定期購読のための払込み用紙が挟み込まれており、購読料は送料込みで1年間1000円。これって、ずいぶん昔から変わってないように思う。確実に赤字のはずだ。

そういえば先日、ある取引銀行が今後、取引明細書の送付を有料にすると言ってきた。「紙の使用を減らし、環境への負荷をなくすため」など相変わらず子供だましの理屈を書いていて、今後は毎月220円の手数料がかかるそう。こちらは年間2640円。

2023-04-22

これも利用者サービスのひとつ

最寄りの駅に東急線が乗り入れ、渋谷方面に出るのが幾分楽になった。乗換なしで勤務先まで行けるようになったのは助かる。

それに合わせて、東横線沿線のいくつかの駅を以前より利用するようになり、その1つが沿線のある駅ビルの中の図書館だ。先日、図書カードを作るために立ち寄った。

カウンターで手続きをしているぼくの脇に女性が何人かならんでいる。みな、手には本を抱えている。彼女らの先にあったのは「除菌BOX」と書かれた金属製の箱だ。


この銀色の箱で除菌するらしい。図書館の本は誰が使ったか分からず、どんな菌がついているか分からないからだろう。

だがそこまで気にするかどうかだナ。図書館の本に限らず、書店の棚にある本だって誰が触ったか分からない。神経質になって気にし始めればキリがない。

ただ利用したい人は結構いるようで、そうした利用客からのリクエストでおそらくは設置されたんだろう。新型コロナの影響が大きいかもしれない。

ぼくは本をわざわざ除菌ボックスに入れる気はないが、せっかくだから何か入れたくなった。よく「人は金槌を手にすると、釘を探す」なんて言うが、それに近い。自分の頭を突っこんで除菌してもらおうかとアホなことを一瞬考えたが、扉が閉まらなければ除菌はできない。

そうだ、財布を入れてみようかーーやってみようとしたら、すぐそこにいた図書館スタッフに止められた。

2023-04-21

立つ鳥は何を残すか

新学期が始まって3週間ほどが過ぎた。

民間企業などでは定年を迎えた人はその年齢に達した月に退職していくが、大学の場合は定年を迎えた年の年度末、つまり3月で退職になる。

その月になると退職していく教授の研究室が空き室となり、部屋に掲げてあったネームプレートが取り外される。 

昨年度、退職したある教授が自分の研究室にあった本を部屋の外に山積みにして去って行った。同僚や学生に、好きな本があったらどうぞ、という考えだったのだろう。積み上げられた古色蒼然とした本の山は傾き、いまにも倒れそうだった。そのままでどうするのかと思っていたらひと月ほどして、たぶん大学の指示でだろう、校舎の清掃担当部署が一気に片付けてしまった。

その人がやってきた研究テーマをそのままそっくり引き継いで研究をするというのでもなければ、研究古書をもらおうという人は今はいない。ただ清掃担当者らが余計な仕事をさせられて終わった。

この3月に退職したある元教授は、いまも研究室の外に山のように資料を積み上げたままにしている。いずれ片付けるのだろうが、「しばらく置かせておいてくれ」と言ってるらしい。見苦しさが山積みにされている。

これが企業などであれば、退職日を過ぎてオフィスに残っている私物はさっさと処分されておわりだ。

一方で、いつの間にか(おそらく休日などを利用して)研究室をすべて片付けて風のように去って行く人もいる。それが当たり前のことなんだろうけど、大学にいるとそうした人に人間としてのいさぎよさを人一倍感じる。

2023-04-18

大阪でさっそく出たよ、インチキが

大阪へのカジノ誘致を目的に制作されたPR動画に、奈良美智さんの作品が無断で使われていたことが明らかになった。どこかの広告会社が請け負って制作したんだろうが、お粗末極まりない。

東京オリンピック、パラリンピックの話題が出始めた頃、五輪のシンボルマークの採用図案で盗用が明らかになった騒ぎを思い出す。

当事者の奈良さんは、以下のように自分の考えを表明している。

大きな犬の自作イメージが出てくるのだが、使用を許可したこともない、というか許可自体を求められたこともない。(中略)カジノとか、自分は基本的に好きではないです。

大阪府と市の担当者は記者会見で頭を下げたが、世界的な芸術家の作品を勝手に利用して著作権侵害を起こしているわけで、謝れば済むという話ではないだろう。

 
奈良の作品だけでなく、村上隆の作品もPR動画に無断で利用されていた可能性が高い。もしそうだとしたら、彼から損害賠償請求がでるかもしれないナ。

2023-04-16

カジノができるらしいが

政府が、大阪府と大阪市が申請したIR(カジノを中心とする統合型リゾート)の計画を認定した。

この施設は2029年の開業が予定されており、大阪湾の人口島に建設される。初期投資だけで1兆円を越えるカネが投入されるらしく、関係者はウハウハだ。

計画によると、来場者数は年間2,000万人、売上高5,200億円(そのうち4200億円がカジノ)と表明されている。関西エリアの経済効果は年間1兆1,000億円、雇用創出は9万3,000人、大阪府と大阪市へ運営者から年間1,060億円の税金が見込まれるとか。

やけに話としては景気がいいが、当然、首をひねってしまう。

まず、年間2,000万人もの客をどうやって大阪の埋め立て地に呼び込めるのか。これから日本は人口が減少していく。かつてのような経済成長の勢いももうない。

好況期の1983年にオープンしたあの東京ディズニー・ランドですら、年間2,000万人の来場者を実現するのに20年かかった。2001年に隣接する地にディズニー・シーをオープンして、やっと年間来園者2,000万人を越えている。https://www.olc.co.jp/ja/tdr/guest.html

子どもからお年寄りまで年齢や性別を問わず来場者を集めることができ、ブランドとして超最強な「ディズニー」ですら20年かかったのである。大阪の埋め立て地のカジノへ、どう計算すれば年2,000万人が集まるようになるのか。中国人観光客だのみだとしても、常識的な推計を越えている。

開業後の経済効果が年1.1兆円あるとしているのもハッタリ、眉唾だと言っておこう。大阪府と市は、その計算式を明らかにし、きちんと説明することが必要だ。

捕らぬ狸の何とかで計画を認め、蓋を開けてみるとやっぱり思ったようには行かず、かといって止めに止められず、最後の最後、破綻して国民に多大な犠牲と負担をかけるようになるのではないのか。

どこかで見た風景が甦ってくる。

2023-04-14

社長が持つべき知性と矜恃

汚職、談合など不祥事にまみれた先の東京オリンピックでは、数々の贈収賄事件が表に出た。そのひとつ、広告会社のADK元社長の公判が東京地裁で行われた。

スポンサー集めに困り、電通の元社員だった五輪大会組織委員会高橋元理事に賄賂を渡し、「助けてください」などと懇願した件である。

ADK元社長は検察に金の受け渡しを認めたうえで、金銭提供については「法律知識がまったくなかった」からと説明した。

社長が逮捕されたADKの社員らは複雑な思いでいることだろう。会社のお偉いさんが逮捕されたという事実にもまして、その人物が法律知識をまったく持っていないと述べたり、競合する広告代理店の出身者に「助けてください」と泣きついた男だという事実について情けないやら、いたたまれないに違いない。

この業界、どうしてこんなに劣化してしまったのだろうか。

かと思うと、同日、大阪万博の起工式が行われ、そこで岸田総理や西村経産相が会場予定地で「くわ入れの儀式」(!)を行った。

「セレモニーには公式キャラクターも登場して会場を盛り上げた」と報道されていたが、それにしてもキミョーなキャラクターだ。

そのうちまた、この万博でもキャラクター選定やらパビリオン設定、セレモニー運営で贈収賄を含む不祥事が出てくるんじゃないか。

2023-04-04

坂本龍一と満月

丸一日、坂本龍一の音楽を聞きながら仕事をしていた。

手元にあった『新潮』に掲載されていた、彼の連載(インタビュー記事をもとに構成)「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」をあらためて読むと、坂本の脱原発(NO NUKES)への思いが筋金入りで並々ならぬものだったことが伝わってくる。

彼は見ることができなかったけど、明後日4月6日は今年にはいって4度目の満月である。今日は十三夜、雲がなく空が晴れていたのでベランダから夜空にカメラを向けてみた。

F8、1/250、ISO100で撮影

2023-04-03

なぜ今も入社式を行うのか、という疑問

日本の経営の特性、あるいは日本企業の硬直化を示す概念として、年功序列、終身雇用とならんで新卒一括採用があげられる。

同質化した社員がみんなで一緒に、同じ仕事を同じようにやることが組織のパフォーマンスをあげることにつながった高度経済成長期の製造業モデルである。

学校を卒業した学生が実社会に入る最初の儀式が、入社式。そこからスタートして、彼ら彼女らは年功序列や終身雇用、男性優位といった、すでにその合理性に綻びが出ている社内規範に組み込まれていく。

今日、多くの企業で入社式が行われた。報道でそうした写真を見たが、ほとんどはこれまで通りのいわゆる入社式である。新入社員の服装は、昔から変わらぬ紺色スーツ。社長らのスピーチも代わり映えしない。日本の「ザ・入社式」は不滅のようだ。

社長が若い人たちを一同に集め、壇上から「おれが社長」「おれが雇用主」「この会社はこういう会社」「お前らはその構成員」と喋りたいことから儀式としての入社式は始まった。ただそれだけである。

「多様性を尊重した職場で、個性を大いに生かして活躍して欲しい」とある大手電機メーカーの社長が壇上から挨拶しているのを見ても、多様性や個性がその会社で本当に尊重されているとはどうも思えない。

小学校、中学校、高校、大学と入学式が行われているから、その次は会社の入社式という日本的なひとつの惰性のなかの習慣である。たしかに学校は6、3、3、4という区切りがあり、ひとつのステージとして成立している。しかし、会社は違う。定年まで40年間そこにいる人もいれば、半年後には転職している人もいるだろう。 

4月に入社した新卒と呼ばれる若者だけを対象にそうした儀式が行われるのも、考えてみればヘンではないか。新卒とか中途とかの境は設けない方がいいとぼくは思っている。同じ組織のなかで仕事をしているのは変わらないのだから。また非正規で働く人たちは、ここでも完全に透明化されている。

入社式は「社長が直接、社員に語りかける貴重な機会だから」や「同期の結びつき、結束を固めるためのよい機会」「人生の節目としてたいせつ」などという言葉が返ってきそうだけど、どれも勘違い。社長は入社式じゃなくてもつねに社員に考えを伝える必要がある。社長ならば、その手段はいくらでももっているはずだ。

同期の結束というのは、本人たちにとってはひとつの安全弁かもしれないが、年功序列意識を構成するベースになっている気がする。

入社の際のセレモニーが人生の節目と考えるかどうかは個人の考えであり、それが好ましいと思う人は家族や友人とプライベートで祝えばよい。

そもそも諸外国では、学校ですら入学式自体がない。オリエンテーションが行われ、続いて授業が始まるだけ。その代わり、卒業式は盛大に祝う。なぜなら、卒業はひとつのAchievement(達成)を示すからだ。それに対して、入学はただのスタート。お祝いする理由がない。

入社式で社長が入社してきた人に向かってうやうやしく「新入社員の皆さん、入社おめでとうございます」などと挨拶するのは本来はヘンなのだ。

あなたの周りにはいないだろうか。いつからそこにいるか本人以外誰も憶えておらず、もちろん入社式も歓迎会もなくそこで働き始め、いまではあなたの部署で欠かせない仕事をしてくれている、実は派遣や任期付きの契約で働いている人たちが。

2023-04-02

JAPROCKSAMPLER

英国から小包が来た。送付元名はWorld of Booksとある。英国にある書店のようだけど、本を注文した覚えはない。

宛名はぼく宛で間違いないので開封してみると、Julian Copeの"JAPROCKSAMPLER"という本が入っていた。この著者についてぼくは聞いたことがない。本のタイトルも初見だ。


本は1960年と70年代を中心とする日本のロック史をまとめたもので、内容は随分と個性的な視点と論調ではあるが、マニアックかつ総括的な目配りが利いていてその精度に驚いた。

おそらく英国の友人Pからのものだろうと踏んで、「届いた」とだけ連絡したら、無事届いてよかったと返信があった。彼はぼくとほぼ同年代。国は違えど、ロックを聞いて育ってきたのは同じ。

ジュリアン・コープは1957年生まれの英国のロック・ミュージシャン。メインストリームを走ってきたミュージシャンではなく(もしそうであれば知ってる)、かなりエキセントリックな音楽をずーとやってきている人物のようだ。

それはそうと、そうした英国のロック・ミュージシャンが、よくもまあというくらい日本の、それも60年代から70年代にかけて、つまり彼が10代の頃のファーイーストの国のロックをこれだけ調べたもんだと感心至極である。

本の巻末にAuthor's Top 50が掲載されていて、これがユニークで面白い。トップ50アルバムなんだけど、1〜3位はFlower Travellin' BandのSATORI、Speed, Glue $ ShinkiのEVE、Les Rallizes DenudesのHeavier Than a Death in the Familyがあげられている。

そのほか特徴的なところでは、天井桟敷のJ. A. シーザーや佐藤允彦のアルバムがそれぞれ複数枚取り上げられている一方で、はっぴいえんどやYMOは1枚も入っていないことか。(ところで今、ウィキペディアのYMOの欄を見たら、そこには既に坂本龍一が「71歳没」と記されていた!)


 
英国人の目から(耳から)すると、はっぴいえんどやYMOはロックの範疇には入らなかったということだろう。確かにそれはそうだ。

2023-04-01

猿が人間になるとき

「全国子ども電話相談室」という、長年続いたTBSのラジオ番組があった。

ずいぶん昔のことだが、たまたまラジオをつけるとその番組が流れてきて、その日の質問は小学生の少女からのものだった。

「人間は、もともとは猿だったんですよね。いま、私の家で猿を飼っているんですけど、いつまでたっても人間にならないんです」というのが彼女の悩み(相談内容)だった。

まるで村上春樹の小説にでも出てきそうな素敵な相談だ。

猿といえば、立憲民主党の小西議員による「サル発言」である。彼が衆院憲法審査会について、「毎週開催ってサルのやることだ」と発言した件だ。

各党から発言の撤回や謝罪を求める意見が相次ぎ、小西氏は30日、「不快な思いをされた方々にはおわびしたい」と陳謝した。

参院憲法審の幹事懇談会後、記者団に対して話した先の発言だが、もう少し正確に引用すると「(参院憲法審では)毎週開催はやりたくない。毎週開催ってサルのやることだ。憲法を真面目に議論しようと思ったら毎週開催なんかできない」と言ったらしい。

また、週1回の開催が定着している衆院憲法審について「何も考えていない人たちだ。蛮族の行為だ。衆院なんて誰かが書いている原稿を読んでいるだけだ」とも語った。

それに対して党の内外から「侮辱」だとの多くの反発の声が上がり、日本維新の会幹部は「誠実に議論している人をサルに例えるとは、憲法を議論する資格がない。立民は厳しく処分すべきだ」と語ったらしい。その後、小西は党によって更迭された。

だが日本維新がいう「誠実に議論している」とは、いったいどういう状態を指しているのだろう。上っ面の言葉だけに聞こえるし、そういった人たちを猿と例えるのが、なぜにそれほどまでに問題になるのか。笑ってすませばいいだけだろう。

ぼくも小西氏の言うように、憲法について政治家が毎週毎週議論をするということが実質的な議論として成立するとは考えられない。審査会事務局(つまり役人)のシナリオのもとで表向きだけ飾る操り人形と化すだけである。

それは猿回しの猿のことを指す。

永田町の猿は、いつ人間になるのか。

2023-03-30

教育の場はどう対応すべきか

先日、生成AIが利用できるようになって大学などの教育の場に大きな影響が及ぶということを書いた。

そしたら、友人のN山さんがこんな話をしてくれた。学生たちはもうレポートも卒業論文も修士論文も自分で書かなくなるでしょうと。

彼が言うには、生成AIに書かせた論文やレポートはまだその真偽を見分ける余地が残っている。だがそれを翻訳サイトでちょちょっと加工すればわからなくなるのだ。

生成AIに作成させた論文やレポート、あるいは学生がどこかで見つけてきた他者の論文などをネット上の翻訳サイトを使っていくつかの言語間で翻訳を繰り返し、最終的に日本語に翻訳させると、類似度判定のシステムを用いても見破ることはできない「オリジナル」なものができあがると。

そうだろうね。

そして、これを防ぐ手立ては今のところない。 学生ら自らの倫理観に頼るしかないのが心許ない。パンドラの箱が開いた感じだ。

2023-03-29

ミャンマーでNLDが解散すると発表

ウクライナで繰り広げられている紛争は世界中の人たちが知っている。ロシア軍によって多くの民間人まで殺害され、街が破壊されている状況に世界中の人たちが胸を痛め、心を彼の地へ寄り添わせている。

だが、ウクライナに限らず、暴力的なチカラに抑え込まれ、途切れることのない人権蹂躙の行為が問われることなく放置されたままの紛争地は世界各地に残っている。その1つが、ミャンマーだ。

その悪行に胸が悪くなるようなミャンマーの軍事政権は、この1月に政党登録法という新たな法律を制定し、自分らの気に入らないと思う政党を選挙の場から排除できるようにした。

それを受けて、NLD(国民民主連盟)が解散に追い込まれた。自発的に自分たちで解散を決定したのではない。選挙への届出から排除されたNLDが、現地の選管から政党登録を抹消され、それに伴って解散処分とすると宣言されたのだ。

ミャンマーは何度か訪ねている。旧いパスポートで確認したら、初めて行ったのは36年前の1987年9月だった。当時の国名はミャンマーではなく、ビルマ。首都の名はヤンゴンではなく、ラングーンだった。首都と言っても街の中心部から少し離れれば、そこに水田が広がるのどかな静かな土地だった。

滞在中に現地の女性と知り合いになった。夕方、ホテルの近くを散歩しているときに偶然出会った彼女は、片言の日本語も話した。

その後、手紙をやり取りするなかで彼女がNLDというグループを支援していることを知らされたのは翌年の1988年、NLDが設立された年だ。そしてその翌年、1989年にビルマは国名が軍政によってミャンマーに変更された。

諸外国の中でその軍事政権をどこよりも早く承認し、かの国の呼び名をミャンマーに変更したのは日本政府である。日本政府は今もその国の軍事政権を支持している。あんなに一般市民を殺戮し、苦しめているというのに。

ミャンマーの軍政を後押しする日本の政治家たちの狙いがぼくには分からないが、よっぽど覇権主義に憧れを持ち、民主主義を嫌っているのだろう。

2023-03-28

たった3分でこれだけ変わる

以前のノートを見ていたら、病院に通院した折にたまたま測定した血圧と脈拍数のデータが貼ってあった。13:00、13:02、13:03としつこく3度測ってある。確か待合室にあった測定機器に腕を入れたままで測ったものだ。


何をしたわけでもないのに3分後に血圧が20近く下がり、脈拍数が5下がっている。ブレが大きい。こんなに変わるものか。

面白いことに、血圧には「家庭血圧」と「診察室血圧」という2種類がある。それらの標準値はというと、診察室血圧の方が家庭血圧に比べて5高い。自宅で測るのに比べて、病院などで測ると心理的な要因で5ほど上がるのだろう。

惚れている相手の前なんかだと5どころではない、30くらいはすぐに上がりそう。「恋愛血圧」とでも呼ぼうか。

人間のからだはきわめて複雑なシステムだから、ちょっとした状況の変化にもすぐに反応する。だから検査などでもし好ましくない結果など聞かされても、あまり信用しないほうがいいと思った。

2023-03-26

生成AIの大学での使われ方

野口悠紀雄さんならやるだろうナ、と思っていたことをやってくれた。

生成AIに、試しに評論や論文を書かせてみることだ。彼が使ったのはマイクロソフトのBingで、それに経済評論を書かせるという作業を実験的にやらせてみた。

僕は自分では使ってみてはいないので知らなかったが、Bingがアウトプットする文章には文字数制限が設定されている。しかしそれも、有料バージョンでそのうちそうした制約はなくなるだろう。

今回、3000文字程度の経済評論の仕上げを野口さんは想定したので、何回かに分けて生成AIに作業をさせた。生成AIが作成した文章そのものは紹介されていないが、それは一見すれば問題のない「立派な」評論だったようだ。

ポイントは指示を明確に出しさえすれば、それなりのアウトプットが期待できると言うことだ。

そして彼は、「経済評論や経済解説の多くが存在意義を失った」と述べる。失うだろうではない、失った、だ。生成AIが我われの周りで話題になってまだ1年にもならないというのに。ビジネスユースを想定した正規版は、まだリリースされていないというのにだ。

概要だけを書けば、それで十分です。あとは、生成系AIが詳しいデータや詳しい状況を調べて、わかりやすい記事に仕立ててくれます。したがって、新聞や雑誌や書籍、あるいはウェブにある解説記事の多くは、少なくとも潜在的には、もはや存在意義を失ったと言うことができます。

驚きと不安な気持ちが押し寄せる。

大学という環境を考えれば、学生らの学びのスタイルが急変する可能性がある。今後、ほとんどの分野で学生らはレポートというものを自分の頭と手で書く必要がなくなるからだ。特に学校教育の場で多い「〜について述べよ」といった、テーマが既に設定され、特定の領域を扱うレポートやエッセイの作成は生成AIの独壇場になる。

便利な世の中になったもんだねえ〜

そして若者たちがますます自分の頭を使わなくなる時代が進む。

こうなると狐と狸の化かし合いではないが、どんなレポート課題を設定するかがカギとなる。

こうしたブログもキーワードさえ指示すれば、対話型生成AIが勝手に僕の代わりに書いてくれるようになるんだろう。

2023-03-23

「漠然」の産物だった日本の経済政策

10年続いたアベノミクスの生みの親である経済学者の浜田宏一エール大学名誉教授(87歳)は、長期に及ぶこの政策での効果について問われ、こう回答した。

賃金が上がらなかったのは予想外。私は上がると漠然と思っていたし、安倍首相も同じだと思う。

これを聞いて驚いたのは僕だけじゃないだろう。 「漠然と思った」という理由で始めて、期待した効果が出ないからずーと続けてきて、気がついたら10年も経っていた、というのだから。

「安倍首相も同じだ思う」と言うが、彼から請われて内閣官房参与を長年続けていたからこそ安倍が信用したわけだろう。それを今さら(本人が亡くなったからと)彼に責任を負わせてどうする。

2013年4月に金融緩和策が始まり、為替を円安に誘導した。彼らの思わくは、それによって①輸出関連の大企業の収益が上がる→②賃金が上昇する→③消費が拡大する、という<トリクルダウン>を狙ったものだった。

輸出関連企業の収益は確かに大幅に改善した。だが、賃金へは転嫁されず、また下請けの中小企業に恩恵は及ばなかった。

浜田は「予想外」とコメントしたが、その予想自体は本人が言うとおり、「漠然とした思い込み」でしかなかったわけだ。

企業の収益が上がると賃金が上がるとか、中小企業も併せて収益が上がるとか、あまりにも現実の企業経営や日本の経営者の思考パターンを知らなさすぎるのに愕然とする。

賃金が上がるかどうかはアルゴリズムでもメカニズムでもなく、どう考え判断するかという経営者の気持ち次第だ。

彼らの考えた政策の結果、めちゃくちゃな金融緩和策が10年続き、日銀は目がくらむほどの規模の国債を買った。そして身動きが取れなくなっている。

ここに至るまで、なぜ路線変更ができなかったのか。アベノミクスがアホノミクスと言われる所以だ。

2023-03-22

袴田さんが闘ってきた相手とは

所謂「袴田事件」の特別抗告を、東京高検が断念した。反論の余地を探せないという理由からだ。事件発生から57年が経っている。

それにしても、袴田さんの自白にいたる経緯、逮捕の決め手となった味噌樽から見つかった衣類など、どうみても嘘、つまり捏造なのは明らかなのに、なぜこれまで判決が翻なかったかというと、検察がその「権威」を傷つけられたくないがために制度の不備に乗じて再審を拒んだからだ。

時間がたてばたつほど、組織は自らの過ちを認められなくなるのがよく判る。

57年前に袴田さんを逮捕し、自白を強要し、証拠を捏造した警察官はもう退官している。亡くなっているかもしれない。袴田さんを死刑に追いやった当時の検察の担当もいまはもういない

それから半世紀以上、検察の担当者は何代何代にもわたって引き継がれてきた。当然ながら、一方の袴田さん個人はそのままだ。

何代にもわたって袴田さんの有罪を主張してきた検察官は、組織の先輩らの意向に反して今さら無罪ということを口にできなかった。彼らにとって最優先されるのは、事件の真偽でも法の正義でもない。組織の中での自己の立場と組織防衛だけだから。

だから、先代からの検察官の顔に泥を塗ることにならないよう、そこには正義がないにもかかわらず袴田さんを死刑囚のままおいておかざるを得なかった。それが彼ら検察のプライドだったというが、あまりにも歪んでいる。

警察と検察という個人の顔が見えない組織の保守性、硬直性、怖ろしさ、いかがわしさがこれほどまでに表出するとは。

今後、彼らは袴田さんにどのように謝罪、補償していくのだろうか。

2023-03-20

明日は晴れ

明日の天気。おじゃましたTさんちの猫は、東京は曇りで新潟は晴れと言っております。

2023-03-17

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」

このタイトルがいい、思い切りがいい。どうだ、という製作者の声が聞こえてくる。

本年度のアカデミー賞で作品賞をはじめ7部門でオスカーを受賞した。コインランドリーからマルチバースまで。白人らが演じたのではただのマンガ。登場人物がアジア系ぞろいだから成立している。

主演女優賞はミッシェル・ヨーが、そして助演男優賞は中国系ベトナム人で難民だったキー・ホイ・クアンが受賞した。クアンは「私の旅はボートで始まった。難民キャンプで1年過ごし、なぜかハリウッド最大の舞台にたどりついた。そんなの映画でしか起こらないと言われるが、信じられないことに私に起こった。アメリカン・ドリームだ」と受賞式で語った。

感動的なスピーチであるが、僕は「アメリカン・ドリーム」とは思わない。運営者側が、いまそれが相応しいと考えた「アメリカン・デシジョン」だからだ。

何ごともタイミング。それを象徴する出来事のひとつである。

ミッシェル・ヨーの見事な上腕二頭筋も表彰したい

2023-03-16

保険更新

クルマの保険の更新時期が迫ってきた。現在加入している I デザイン損保へ電話する。新しく売り出しているという保険を勧められる。従来の保険商品比べて内容が簡潔化されている。内容が分かりやすくなったようで結構なこと。

ただ、基本の全体設計がその保険会社にとっての省力化、つまりコスト削減を最優先に開発されてる。たとえば、その保険に加入後はこれまでのような電話でのカスターサービスの電話窓口はなくなる。

契約者による問合せは、すべてその会社のウェブサイト上で客が自分で答えを探すことになる。あるいはチャットボックスと「対話」するしかなくなる。

次にコンタクトしたのは、以前加入していたAダイレクト保険。たまたまそこから送られて来たDMが手元にあったから。サイトにアクセスし、DM上に記された見積もり番号を入力してみた。が、画面がなかなか表示されない。仕方ないので電話した。

状況を話すと「お客様が使っているのはMacですか。Mac以外のパソコンでやってみてください」といとも簡単に言われる。アホかと思う。さすがにアホかとは言わなかったが、何とかするのがお前らの仕事だろう、くらいのことは当然伝える。

「お客様のは推奨環境ではないので難しいと思います」「別のブラウザーでやってみはいかがでしょう」だって。

どうしてそんな案内になるのか。

2023-03-15

ウェブサイトを閉じることにした

Jimdoというツールを使ってウェブサイトを作ってきた。先日、その運営会社のKDDIが利用料金を改定すると言ってきた。

料金がいきなり24%上がる。理由の説明はない。あるか・・・「今後も安全に安定したサービスを提供し続けるため」だというが、やはり説明になってない。

サイトは2012年4月に開設したものだから、開設して11年。長期割引で利用料を安くしてくれるのなら分かるが、逆にこれほど値上げするとは。現在の料金ですら、開設当時と比べて2倍以上になっている。

開設済みのサイトを他社サービスに移行するのは簡単ではない。こうした料金改定は利用者の足下を見てる。

もともと学生に資料を配付するために作ったサイトだが、所属している大学が3年ほど前からオープンソースの学習システムである Moodleを導入したので当初の目的としての用途はなくなっていた。

ということで、今回の値上げを機に有料契約を切ることにした。

このサービスに限らない、ネットのサービスには注意が必要だ。使っているうちにいくつかの理由で中途解約しづらくなる。サービス提供企業はそれをもとにタイミングを狙って無料だったものを有料化し、有料のものは利用料金を驚くほどの割合で値上げしてくる。

そこから逃げられなくなる前に、離脱する方法をあらかじめ念頭においてサービスを利用することが必要なんだろう。 

2023-03-14

42、57、87、88、89、90、98

朝刊一面で見つけた年月を示す数字。

87歳の袴田巌さんを巡る「袴田事件」について、東京高裁は裁判のやり直しを求める再審請求を認めた。

事件発生から57年がたつ。彼は死刑判決を受けた後、執行への恐怖から解離性同一性障害になり、自己を否定するようになったという。でっち上げられた証拠で不当な判決がなされ、国という権力から「お前を殺す」という、殺人予告を裁判での死刑確定から42年間受けてきたのだから。その彼を支えてきた姉のひで子さんは90歳だ。お元気だ。

ささやかながら個人的に袴田巌さんを支援してきた身としても、やっとという感慨がある。

袴田さんのひとつ年上の88歳で、訃報が報じられていたのは作家の大江健三郎さん。

同じく訃報として掲載されていたのが、元宝塚で元参院議長の扇千景さん。大江よりひとつ上の89歳。60年代、当時の富士写真フイルム製の8ミリカメラのテレビCMに出ていたのを憶えている。懐かしい。

イトーヨーカドー堂創業者の伊藤雅俊氏は98歳だった。敗戦後、千住の2坪あまりの洋装店の建て直しから、現在の巨大流通グループを作った経営者。戦後以降の高度成長期という時代もあるが、もう彼のような経営者は日本には現れない気がする。

昭和を強く思い起こさせる5人の方々である。

2023-03-12

『逆転のトライアングル』

リューベン・オルストン監督の『逆転のトライアングル』には、自由奔放な意地悪さが溢れている。本年度のアカデミー賞作品賞の候補作のひとつである。

原題は「Triangle of Sadness」。額の眉間の皺がよった箇所をしめす美容・ファッション業界の用語らしい。日本語にすると「悲しみのトライアングル」か。もってまわった大仰なこの言い回しを映画タイトルに据えたところが、オルストンの意地悪さの第一歩 。

 
主人公のカップル、カールとヤヤはファッションモデルの男女で、上っ面の見せかけだけを飾った中身が限りなく空虚な世界を象徴する。

物語の展開は、パート1から3までの3幕で繰り広げられる。それぞれが「起」「承」「転」であり、最後の3分ほどで「結」をなす。パート1は主人公ふたりについてのこと、パート2は豪華客船に乗り合わせた大富豪などの俗物らと船上でのエピソード。パート3では、船が海賊に襲われ爆破され、カールとヤヤほか数名が無人島に流れ着いたあとの逆転劇となる。

映画は、登場人物のロシアの大富豪(オルガルヒ)や、武器製造会社のオーナーでこれまた大金持ちの英国人夫婦などを底意地悪くからかい、嘲っている。ここで彼らを笑うか、またどう笑うかで観ている方が試される。

最後の3分。ハッとさせられる。この展開はどこかで見たことがあるなと思ったら、1968年公開のフランクリン・シャフナー監督の「猿の惑星」(Planet of the Apes)だと気づいた。

監督のオルストンは、それをやりたくてこの映画を作ったんじゃないのかね。

この作品、笑える話題作ではあるが、作品賞はなさそう。

2023-03-11

254枚であの3月11日を振り返る

毎年3月11日には、あの頃のことを思い出すために以下のアーカイブを見ることにしている。ニューヨーク・タイムズのカメラマンが撮った3月11日から27日までの254点の写真である。

https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/interactive/2011/03/12/world/asia/20110312_japan.html?ref=asia#1

船が陸地に乗り上げ、
家屋が崩壊し、
棺が地中に並べられ、
原発は煙と水蒸気を吹き上げ、
体育館には全面にシートが敷かれ、
理容師や医師や学生のボランティアが集まり、
街があった場所は一面の瓦礫と化し、
老人は雪のなか崩れ落ち、
絞られた生乳は捨てられ、
泥で汚れた写真が見つかり、
多くの人が担ぎ出され、
見つけ出された遺体はブルーのシートでくるまれ、
店頭から商品が消え、
墓石は倒れ、
人々は掲示板の訪ね人メッセージに目を凝らし、
配給の弁当を受け取る長い静かな列ができ、
被災者らの額には放射能の線量計があてられ、
壊れたマネキンの男は笑い、
自衛隊員は黙々と作業し、
人々は手を合わせる。

ニューヨーク・タイムズ紙掲載の写真(2011年3月13日)

2023-03-10

責任ある立場の人間は、責任を取らなければいけない

1945年の今日、東京大空襲と呼ばれる米軍からの大型攻撃があった。飛来した約300機のB29からの焼夷弾など約30万発、約1700トンが投下されるという無差別攻撃で100万人が罹災し、10万5千人が亡くなった。 この被害者数は半端ではない。市民を対象にした大殺戮と云える。

その5ヵ月後、広島と長崎に原爆が投下され、それぞれの地で14万人、7万4千人(1945年末まで)が亡くなった。それと比較しても、東京大空襲で受けた被害の大きさが分かる。

海外の多くの人たちも「ヒロシマ」「ナガサキ」のことは知っている。だが、「トウキョウ」でのことはあまり知られていない。 

都市への空爆というと、アメリカの小説家カート・ボネガットが書いたドイツのドレスデンへの空爆を思い起こす。それは、ドイツ本土空爆の中で最大と言われ、「ドイツのヒロシマ」とも呼ばれている。その空爆での犠牲者数は6万人。トウキョウの数は、それを優に上回る。

少し過去を振り返ってみよう。東京へのB29による空襲は1944年11月24日から始まった。爆撃機が飛び立ったのは北マリアナ諸島の島からだ。それを可能にしたのは、同年7月にサイパン島が、そして続いてテニアン島が陥落したのが決め手になった。

それを機に米軍は制空権を手にし、自由に日本の本土に空襲を仕掛けた。高度1万メートルを飛行するB29 を迎撃できる戦闘機など、そのとき日本にはもうほとんど残ってはなかった。

つまり、このタイミングで日本の敗戦は決定的になっていた。すでに詰んでいたのだ。

死者の数や被害を無駄に広げないためには、その時点で戦争を終結させるしかなかったはずなのに、そうはならなかった。というのは、責任ある立場の人間がそう判断しなかったから。軍部と天皇だ。

情けないことに軍部は既に混乱を極めていた。天皇が決めるしかなかったはずだが、そうしなかった。このまま降参すれば、陸海軍の統帥権を持つ昭和天皇は自分が戦争責任を連合軍から問われるのは必至で、どのように処分されるかを考えたわけだ。

結果、78年前の今日、10万人が死んだ。そして、8月には原爆が投下されて20万人以上が亡くなった。

責任を取るべき立場の者が責任を取らず、国民の生命と生活より自らの保身を最優先した。為政者が頬被りしてやり過ごすこの国の体制が、この時期に出来上がってしまった。そして、今もそれは変わっちゃいない。

2023-03-09

「右向け、右」

来週月曜日(3月13日)からマスク着用への政府の指示が変わる。これまでの「推奨」だったものが「指針の見直し」とかで「個人の判断」になるらしい。 

厚労省のサイトには「令和5年3月12日までは、これまで同様に場面に応じた適切なマスクの着脱をお願いします 」と書いてある。

よくわからない。13日になると医学的、医療環境的に何が起こるからというのか。12/13日の区切りの根拠がない。

「右向け右」と号令をかけるには、タイミングを一にして一斉に、ということなんだろう。

2023-03-07

ジャニー喜多川@BBCニュース

ジャニーズのジャニー喜多川を取り上げたBBCの特番が日本でも放送される。3月18日(土)午後6時からの放映である。

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64832492 

気色悪いこのおっさんのことはまた別の機会に取り上げるとして、日本のメディアはことごとく(文春などの少数を除いて)この件について無視を貫いている。特にテレビは全滅。完全な無視である。

それは彼らがジャニーズのタレントなしでは既に番組の編成と制作ができなくなっているから。毒まんじゅうを食い過ぎて、それなしで体が付いていかなくなくなっているから。

毒は完全にまわり、誰もどうにも手が打てないようだ。

2023-03-06

ネット調査の結果を安易に信用してはいけない理由

インターネット調査が日本に登場してきたのは2000年の頃だったから、もう四半世紀近くになる。

面接法や郵送法といった従来の方法に比べて早く、そして安価にデータ収集ができることで急速に利用者が増えてきた。

その一方で、インターネット調査ならではの問題点も指摘されてきた。たとえば、デジタル・デバイドと呼ばれる、ネット利用者ならではの特性を指摘したものなどがそうだ。完全にその問題が解決したとは思えないが、今ではこれだけインターネット利用が一般になると、属性の点では大きな問題点ではなくなったように思う。

いま、深刻な問題として指摘しておきたいのが被験者(調査会社の登録モニター)の質と行動である。

ある研究者が、ネット調査で被験者である登録モニターが真面目に回答をしているのかどうか調べた。実際の調査会社に依頼してアンケート調査を行った際に、「でたらめ回答」(「いい加減回答」とか「省力回答」とも呼んでいる)を検出する設問を織り込んだ。

すると、設問文に目を通してさえいれば絶対に間違えないはずの選択肢を間違えた回答者が16%いた。 およそ6人に1人の割合である。でたらめに回答したが、たまたま正しい選択肢に「当たった」というケースもあるはず。それを考慮すると、実際のでたらめ回答者率はおよそ20%、つまり5人に1人といったところか。

本来、こんな精度では調査になっていないのは明らかだ。

設問に目を通すことすらせず、でたらめに回答するのは、それでもらえるポイントなどの報酬目当てのモニター登録者だ。しかも1人でいくつものアカウントを持っていたりする。

https://www.nira.or.jp/paper/research-report/2022/23.html
https://www.nira.or.jp/paper/article/2021/wp01.html

ここまで「調査会社」と書いたが、世の中で「インターネット調査を格安で行えます」と称して商売している連中の中には、本格的な調査などやったことがないところも多い。調査をする、というより登録モニターからの回答データが集められるデジタルツールを提供しているだけだ。

どうやって回答を集めているのかという実査は、外からは完全なブラックボックス。だから、きちんと実施されているのだろうと信用するしかない。

調査会社とは呼べないこうしたシステム業者すらも「調査会社」と受け取られてしまっている点にも問題がある。個人的な感覚ではあるが、日本社会は全般的に調査リテラシーが欧米に比べて格段に低い。

多くは、これが調査を行った結果です、と言われると、それをそのまま受け入れる。正直というか馬鹿というか。

ぼくは研究者になってからはもちろん、それ以前に企業でマーケティングをやっていたときに山ほど調査を行ったが、経営者などできちんとしたリサーチ・リテラシーを備えている人というのは経験上、ごくごく一部だった。

(だから、調査結果の数字の見せ方やポイントをちょっと工夫するだけで、経営者たちをいくらでも操作というか誘導できた。が、それはここではまた別の話。)

収集データの話に戻るが、GIGO(Garbage In, Garbage Out)という言葉の通り、ゴミを入力したらゴミな結果しか出てこないのは当然のこと。バイアスのある回答による分析結果をもとに意思決定をすれば、ビジネスでも何でも失敗へ向かって突き進む。 

インターネット以前からしっかりとした調査を行ってきている伝統的な調査機関のなかには、手間をかけて不正モニターや不正回答を排除していくなど手を施しているところもあるが、そうした(面倒だが必須の)対応を取ろうとしない企業が単に「安さ」と「早さ」を訴求し、ビジネスとして伸びていく。 逆選択である。

中身がよく見えないだけに、調査する人たちには注意が必要だ。本来は関係の業界団体が問題意識をもって対応策をとるべきなのだろう。ただその現状を日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)という調査会社の業界団体にヒアリングしたところ、何も手つかず、そもそものところで意識が低くて呆れた覚えがある。

結果、業界内ですでに良貨が悪貨に駆逐されるという事態が起こっている。

利用者側から調査会社としての信頼性が一目でわかるような「認証制度」のようなものが求められる。

2023-03-03

Google のレターと非正規雇用

グーグルの社員に、会社から「退職パッケージ」を伝えるメールが昨日送られた。

これは先般、同社のピチャイCEOが全世界で社員を12,000人削減する計画を公表したものに関係している。 

社員に届いたメールの内容は、彼らに直接的に退職を勧告するものではない。メールを読んだ者が早期に退職を申し出れば、これだけおトクだよという連絡(勧奨)である。

その内容は、さすがグーグルというか、きわめて手厚い。9ヵ月分の給与積み増しなど、提示された条件は以下のようなものだ。

〇通知期間:90日間の通知期間中(契約上の通知期間を含む)、給与が支払われます。2023年3月2日から5月31日まで、通常の給与支払いサイクルに従います。 

〇退職金:2023年のモデル給与(基本給)をベースに、勤続年数1年ごとに1カ月分の基本給(ただし、勤続年数3年未満の従業員は3カ月分の基本給を受け取る)+3カ月分の追加基本給を受け取ります。

〇早期署名支払い(Early Signing Payment):さらに本日から14日以内、つまり日本時間3月16日午前7時までに本契約に署名することを選択した場合、追加の支払いを受けることができます。早期署名支払いが適用される場合、9カ月分の基本給が一括で支払われ、パッケージの一部として扱われます。

〇休暇:勤務地の休暇規定に従って、未消化の休暇に対して支払われます。

〇健康保険(Healthcare):健康保険料として32万5000円(税別)を一括で支給します。

〇再就職支援:新しい職務や異なるチャレンジのために、6カ月間の専門的な再就職支援サービスを利用することが可能です。

〇移民サポート:労働許可証や一時的な移民資格をお持ちの方にとっては、特に厳しい状況であることを私たちは理解しています。あなたやあなたの家族の入国管理に関するアドバイスやサポートを受けることができます。

〇メンタルヘルスのサポート:本人および扶養家族は、引き続き従業員支援サービスを利用することができます。(雇用の)終了から6カ月間のプログラム。

〇ボーナス:該当する場合、2022年の賞与が支給されます。その80%はすでに支給されており、残りは3月に支給される予定です。

〇セールスボーナス:該当する場合、四半期の最終日に採用された場合は、セールスボーナスの支給を受けることができます。

〇クラウドセールスボーナス:該当する場合、解雇日まで支払われる目標ボーナスの日割り計算を受けることができます。

〇 GSU(株式報酬):該当する場合、90日の通知期間中にGSUの権利確定を行う。

実に至れり尽くせり、という内容になっている。

今回のレター配布を受けて、日本のグーグルの中に組合が新たにできたらしい。雇用の継続を目的に「違法な解雇は許さない」と会社側に対して主張している。

が、メディア上の情報を読む限り、社員側に同情する気にはまったくなれない。なぜなら、まずこれは早期退職を決めた際のパッケージ(追加的ベネフィット)について連絡しているわけで、辞めろといっているのではないこと。

社内では50人ほどが出来たての労働組合に加入したらしいが、泥縄とはこのことだろう。組合が必要と考えるなら、もとから組織し活動しておくべきだ。

また彼らは、日本の労働法で定められた解雇規制を盾に会社側の行為を不法であると訴えているのも違和感が強い。外資系であることでプレミアム分がのった報酬を得ておきながら、職を失うかもしれないとなると、いきなり「ここは日本だ」というのは説得力に欠ける。

彼らには残念だが、こうしたグーグルの社員にはまったく同情も共感もできない。外資企業で稼いでる人間に一番必要なものは、どこに行っても今以上のパフォーマンスを見せてやるぜ、という自信と本物の能力だろう。

メディアを集めて記者会見をする彼らは、自分たちが「天下のグーグル」社員だと思っているからやれるわけで、別にやっちゃいけないとは言わないが、何か勘違いしていないか自分の胸に手を当てて少し考えた方がいい。 

3月2日、厚労省で

コロナをきっかけに数え切れないほどの「非正規従業員」が全国で一方的な人減らしにあったことを思い出す。「非正規」というだけで法の網から抜け落ち、企業にとっての都合のいい調整弁としてバッサバッサと首を切られた。

もちろん、グーグルのような「おいしいパッケージ」なんてなかったろう。そうした人たちは、文字通り食い詰め、住むところを失ったり、子どもが就学をつづけられなくなったりした。

本来もっと社会から目を向けられ、きちんと救われるべきはそうした人たちであることを、これを機にわれわれは確認しておきたい。

2023-03-02

2023-03-01

6ヵ月か、3年か

政府が今月13日から屋内屋外を問わずマスク着用を個人の判断に委ねると発表した。

「日本でみんながマスクをしなくなるまで、どのくらいかかるかね〜?」

友人のN沢氏は、6ヵ月くらいじゃないかと言う。ぼくは、最低でも3年かかるんじゃないかなと返す。

酒の上での賭けである。

2023-02-28

またしても大阪地裁

ちょっと看過できない判決が出た。今度もまた大阪地裁だ。

大阪市生野区で2018年に交通事故で当時11歳だった娘さんを交通事故で亡くした遺族が、運転手側を相手に損害賠償を求めていた。彼女は聴覚に障害があった。

その訴訟の判決公判が昨日開かれた。そこで武田瑞佳(みか)という大阪地裁の裁判長は被告側に賠償金の支払いを命じたが、その金額は遺族が求めたものには届かず、その判決理由として「耳が聞こえない人」の価値は「耳が聞こえる人」の価値の85%だという考えを根拠にした。

なんてことを。

障害があるだけで、その人間の価値は有無を言わさず、あらかじめ割引かれているというのか。

こうした優生思考を根に持った、あからさまな差別主義的判決がどうして日本の裁判所ではいまだ平気でまかり通るのか。こんなことで、この国は近代国家と言えるのか。

この判決について、乙武洋匡氏が「悔しい」とツイッターで呟いたらしいが、当然である。自分の足では普通に移動ができず、物も掴めない彼ならば、自分はどれだけ「ディスカウント」されるのか考えないはずがない。

判決を下した裁判長さんは、さぞ五体満足で立派な体をお持ちなんだろうが。

2023-02-25

マンガと本は別もの

ビジネススクールで経営を体系的に勉強したいという30代半ばの人と話す機会があった。話の様子からはやる気満々で、目はキラキラしている。

さぞ勉強しているんだろうと思って最近どんな本を読んだか問うたら、押し黙ってしまった。そして「マンガじゃダメですか」と返答してきた。

冗談こいているのだろうと思ったら、本気も本気。どうやら本というものを読まないらしい。マンガ本という言葉はあるが、マンガと本は基本的には別ものだ。

2023-02-17

意味を解せない証券会社からの手紙

証券会社から文書が届いた。開封すると、「金融商品取引法違反行為の発生を受けた今後の対応への決意」と題した手紙が出てきた。


その証券会社が行った取引が東京地検から金融商品取引法違反だとして起訴され、東京地裁が違反行為を認定する判決を出したらしい。

そうした事実があることは調べて分かった。分からないのは、「金融商品取引法違反行為の発生を受けた今後の対応への決意」というタイトル。 「金融商品取引法違反の判決を受けた今後の対応への決意」なら分かる。

違反行為を犯したのはその証券会社で、その結果、違法という判決が下った。「違反行為が発生した」という表現には、まるで人ごとのような印象がある。責任の所在は自分たち経営者にはなく、まるでお天道様のせいで発生したとでも言いたいかのよう。そこに経営者の逃げが見えるが、それが経営者の「決意」か。

それはそうと、僕はこの証券会社には口座を持っていない。なぜ送ってきたのか不明だ。

2023-02-14

チョコレートな日

「間違ったら、溶かして作り直せばいい」「温めれば、またやり直せる」。宮本信子さんの抑制のきいたナレーションが、劇中で何度も繰り返される。まるでチョコレートは人生のようだ。

ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』の舞台は、愛知県豊橋市にある「久遠(QUON)チョコレート」。登場するのは代表の夏目浩次さん。このチョコレート店の開業者であり、経営者である。

バリアフリー建築を学んでいた学生時代に、障がい者の平均月収(工賃)が1万円しかないことを知り、障がい者雇用の促進と低賃金からの脱却を目指してパン屋を開設した。が、うまくいかなかった。いいパンを作るのは、難しい。パン作りは、その最後の製造工程でミスをすればもう売り物にならず、その日店頭で売れ残った商品は廃棄処分するしかない。

身をもってこうした経験をした夏目さん、めげずに<じゃ、どうすればいいか>を真剣に考えた。行き着いたひとつのアイデアが、チョコレートだった。チョコレート作りが簡単とは言わないが、よい原料を使い、丁寧に手順通り作ればばおいしいチョコはできる。しかも、溶かせばやり直せる。

一流のショコラティエである野口和男さんの協力を得て商品作りをしたのも、夏目さんのパン屋失敗の経験からだろう。そして、メインの商品は、テリーヌ風のチョコレート。ナッツやフルーツが入っていて、見た目がきれいで愉しい。一枚ずつ手切りにされた色とりどりのテリーヌ・チョコは、一枚一枚見た目が違う。その個性は、そこで働く人たちを象徴しているかのよう。  

もともと東海テレビの番組として制作された。それが劇場用映画として編集し直されたおかげで、日本中の人がこうして観られる。同テレビ局の制作による「人生フルーツ」や「さよならテレビ」と同じスタイルだ。準キー局の民放テレビ局のなかにも、まだ志とチカラのある制作陣がいるのがうれしい。

このドキュメンタリー映画は、障がい者について知り、考えるきっかけを与えてくれる。が、それだけじゃない。「働くこと」ってどういうことなのか、否が応でも考えさせられる。

とりわけ考えさせられる、いや、突きつけられるのは、映画の終わりでの夏目さんの言葉だ。障がい者の人たちとともに日々苦悩しながら闘っている彼は、「経済人たちから、頑張ってるね、とよく言われるが、頑張ってるねと言うのは所詮他人事だからなんです」と語る。

「大変だね」「頑張ってるね」というのは確かにエンパシー(共感)を示す言葉だけど、それを言い訳にわれわれは逃げていないか、安心していないか。優しそうな夏目さんの、その言葉の切っ先は鋭く、観ているこちらにも向かってくる。

前面には出てこないが、経営に行き詰まり、何枚ものカードローンを組んでまで頑張った夏目さんをずっと後ろで支えた、彼の奥さんも凄いと思う。

2023-02-12

誰もがどこかで聞いたあのメロディー

フェリーニの映画にニーノ・ロータの音楽が不可欠だったように、セルジオ・レオーネの作品にはエンリコ・モリコーネが書いた音楽が欠かせなかった。代表作は「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」など。

もちろんそれだけではない。あの「ニュー・シネマ・パラダイス」(ジュゼッペ・トルナトーレ)や「アンタッチャブル」(ブライアン・デ・パルマ)など、映画とテレビのための音楽だけで500作を超える。脂が乗っていた41歳の時には、1年間に21本の映画の仕事をしているというから驚く。才気煥発、溢れる才能とでも言おうか。


6歳の頃に、トランペット奏者だった父からトランペットを教わり始めた。小学校を終えた後、父親の命で音楽院に入学し、その後音楽家として生きていくようになる。小学生の時の同級生がのちに映画監督となるセルジオ・レオーネだった。こうした出会いも興味深い。

このドキュメンタリー映画では、モリコーニ本人が「ニュー・シネマ・パラダイス」で初めて彼が仕事をした映画監督のジュゼッペ・トルナトーレに、これまでの60年以上にわたる作曲家人生の来し方を語る。また、それ以外に彼を知る70名ほどが「作曲家・エンリコ」について話をするなかで、彼がなしてきた比類なき偉業のようなものが浮かび上がってくる構成になっている。

その顔ぶれ。クリント・イーストウッドやタランティーノ、ベルトリッチなどの映画監督はもちろん、スプリングスティーンやクインシー・ジョーンズ、ハンス・ジマー、ジョン・ウィリアムズ、パット・メセニーなどのミュージシャンや作曲家など多彩な顔ぶれだ。

スプリングティーンは、子どもの頃に映画「続・夕陽のガンマン」を観て、すぐにその映画音楽のレコードを買いに走ったという。そうした経験は、後にも先にもそれしかないという。

その「続・夕陽のガンマン」のイントロ部分の発想をモリコーネが語っているのが面白い。導入の♪タリラリラ〜♪というのは、コヨーテの遠吠えをイメージしている。それ以外にも、彼の音作りの発想はユニークで実に前衛的だ。 

 
彼がもっとも多くの仕事をしてきたのは、なんといってもイタリア映画である。本ドキュメンタリーでは、それらの映画と彼の映画音楽が数多く紹介される。それらの多くは観たことがない。それらは日本では未公開だから仕方ないのだが、古いイタリア映画の豊かさを知るきっかけになった。何十年も、日本人にとっては「洋画」イコール、ハリウッド映画だ。

モリコーネは、映画音楽はもちろん、実験的な音楽でもすぐれた作品を残している。本作品に映る彼は、鉛筆と五線紙だけでがんがん曲を書いていく。タランティーノが彼を評して「ベートーヴェンよりすごい」と(いささか興奮気味に)語っている。

モリコーネが映画の仕事を始めた頃、彼は音楽院時代からの師匠から商業音楽に走ったと批判された。彼自身の中にも、そうした後ろめたさはあった。だがそれを振り切り、幅広い音楽で人びとを魅了し、映画の見方さえ変えた。音楽家として100年後も名前が残るに違いない。

2023-02-10

さよなら、バート

バート・バカラックが2月8日、ロスで亡くなった。94歳。長きにわたり燦然たる光を放った巨大な音楽界の星だった。いや、太陽といっていい。

3Bと呼ばれる大音楽家がいる。バッハ、ベートーヴェン、ブラームス(もしくはビートルズ)らしいが、僕はむかしから、なぜバカラックが入ってないのか不思議でならなかった。

物心がついた頃には彼の音楽があった。そのことを幸せに思う。10代のはじめからアメリカン・カルチャー(とりわけ映画)やポップ・ミュージックへ自然と関心を持ったのは彼がいたから。

この映像はオバマ大統領の主催でホワイトハウスで行われた、バート・バカラックとハル・デイビッドへのトリビュート・コンサートの様子。 バカラックの曲はもちろんだが、そのもととなったハル・デイビッドの詩も素晴らしい。

ディオンヌ・ワーウィックのために書かれ、実際はジャッキー・デシャノンが唄ってヒットした「世界は愛を求めている(What the World Needs Now Is Love)」は、アメリカがベトナム戦争の泥沼に入っていた時期の作品。社会に大きな影響を与えた。

ところで、ホワイトハウスの中では時折こんなコンサートが行われているんだろうナ。一方、永田町の首相官邸では夜ごと・・・?

それにしても、スティービーが演奏するAlfie は圧巻。彼の吹くクロマチック・ハーモニカ(よく見ると鈴木楽器製だ)にはしびれる。

2023-02-09

15年後のギブアップ

三菱重工が旅客機開発から事業撤退すると発表した。国産初のジェット旅客機として期待されていた「スペースジェット(SJ)」だ。

これまでにかけた開発費用は1兆円で、税金が500億円投入されているなどの報道がなされている。

カネのことはここでは置いておくとして、流れてくるニュースからはいかにも日本人らしい思考スタイルと意思決定が明らかすぎるほど見て取れる。

そもそもの発端は経済産業省の旗振り。そこが今から20年前に小型航空機の開発プロジェクトを起ち上げたことに端を発している。それを受けて三菱重工が子会社として三菱航空機を設立し、「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の名称で事業をスタートさせた。

戦後に日本で開発された旅客機はプロペラ機のYS11のみ。それも今から50年前に生産終了になっている。MRJ、今のSJへの期待は否が応でも高まるというものだろう。それがまず良くなかった。

日本人というのは、期待が高まり気分が高揚してくると判断があまくなる。太平洋戦争での悲惨な戦歴を振り返ればあきらかだ。これにさえ成功すれば・・・、という思いが強くなればなるほど、希望的観測だけがふくらみ、慎重な計画と合理的な判断ができなくなる傾向にある。

今回の撤退に至った要因を専門家らが指摘しているので、いくつか拾ってみたい。

日本は開発が途切れていたのだから、もっと小さい飛行機から試せば良かったのだが、航空会社の要望もあって、一足飛びに90席クラスの旅客機に挑戦した。

三菱重工というと、あの零戦を製造した企業というのがすぐ思い浮かぶ。社内なら尚更のことだろう。資源が限られた大戦中ですら自分たちはあのような優れた航空機を開発できた、という自負があった。その頃と今をつなぐ具体的なものはほとんどないにもかかわらず。「自分たちならできる(はず)」という無謀な自信の存在。

顧客(航空会社)の要望を優先させたというのも、いかにも日本企業らしい。それぞれの航空会社にあわせた外装のペインティングや機内設備のカスタマイズならともかく、製造機メーカーの基本戦略に関わることを目の前の客の声で決定する愚かさ。本当の意味での「顧客主義」とはそうした考えとは別ものだ。

当初、ボーイング社とコンサルタント契約した際に、同社737製のコックピットの使用を提案されたが三菱は断った。一緒に開発していれば、型式証明もうまくいっただろう。

型式証明取得を甘く見ていたからだろう。経験がないにもかかわらず、うまくやれると無根拠に考えていた。肝心の型式証明を出すかどうかは相手次第。つまり、アメリカさん次第なのである。その是非を言ってもしかたなく、とにかく相手の求める線で認めてもらうほかないのが現実だった。

そもそもエンジンはプラット&ホイットニー社製を採用しておきながら、コックピットはなぜ自社製にこだわったのか。

もう日本では国産のジェット旅客機は現れることはないのだろう(ホンダ・ジェットは日本産ではない)。 日本の各重工メーカーは、これからも米ボーイングと欧エアバスの下請け企業として機体の一部を生産し続けるだけだ。

15年かけて結局ギブアップした要因は、貧困なマネジメントにあると見ている。詳細はこれから専門家とジャーナリストがまとめてくれるだろう。

2023-02-08

女性の感性、男性の感性

経団連が、その副会長の1人に63歳の女性を選定したとの報道を目にした。

誰を選ぼうが知ったことではないが、気になったのはそこに示されている理由だ。

経団連会長の十倉雅和という72歳のオジさん、日本を代表する化学会社の会長さんらしいが、副会長選定の理由として語ったことには「野田氏が(中略)の経験もあり、女性の感性に加えて豊富な経験を生かしてほしい」とか。

女性の感性? 今もそんなものがあるのなら、会長さんにはそれがどういったものか説明してほしい。また女性の感性があるなら、当然男性の感性(つまり、「あなた」の感性だ)というのもあるのだろうけど、それはいったい何なのか? 

日本を代表するはずの経済団体が、いまごろ女性だからどうのとか、感性がどうのとか、そんなことでこの国の経済は本当に大丈夫なのかネ。終わっちゃいないか。

2023-02-06

缶切りのひとりとして

映画「猫たちのアパートメント」(Cats' Apartment)は、ソウル市江東(カンドン)地区にある巨大なアパート群を舞台にした人と猫のものがたり。


そこは143棟ものアパートが建っていたマンモス団地。かつては6000世帯、2〜3万人が暮らしていたが、再開発のために建物はすべて取り壊されることになった。

低層住居のビルを高層ビルに建て替えるためだ。それまで建っていたアパートは5階建てか10階建て。それらの建物間のスペースもゆったりしていて、植栽や公園のスペースも多かった。だからおよそ250匹と推測される猫たちが、そこに暮らす人たちに面倒を見てもらながらゆったりと生きていた。

建物の取り壊しが決まり、徐々にだが人びとがこの地から去って行く。やがて住む人がいなくなり、もとからいた猫たちだけが取り残される。もちろん、そうした事情を猫たちは知る由もない。

このままだと野垂れ死にしかねない野良たちを死なせないために、団地に住む作家やイラストレーター、写真家などの5人の女性が立ち上がり、ニャンを移住させる活動を始めた。

相手は勝手気ままな猫。捕獲ひとつとってもなかなか思うようには行かない。時間がかかる、手間もかかる。でも彼女らは手を休めない。

賛同してくれる元住民らも多いが、地域猫についての考えはそれぞれ。これが絶対という解決策にいたらないままに動く彼女らにはストレスものしかかる。


画面では、地面すれすれの低位置に構えたハンディカメラが猫を追う。その猫の映像とそこにかぶさるピアノは、われわれにお馴染みの岩合さんの「世界ネコ歩き」と雰囲気がどこか似ている。

いまではネズミを捕まえることを期待されているわけでなく、害虫退治を求められるわけでもない、実利的には役に立つことのない猫と人が、それでも一緒に生きていくためにはどうしたらいいのか。

登場人物の一人の女性は「猫はご近所さんだ」という。ほどよい距離で見守りたいと考えている。

途中、集まった猫ママ(この映画中で猫たちの面倒をみている女性)たちが、猫たちは(こうやって世話を焼いている)自分らをどうみているんだろうねえって話す場面がある。

そこにいた一人の女性が、「彼らにとっちゃ、私たちは体のいい缶切りみたいなもんよ」って言う。ハハハ、うまく的を付いている。

イスタンブールの街を舞台にしたネコ映画「猫が教えてくれたこと」を思い出した。

2023-01-24

この眉毛のかたちがいい

「日本人とは何か」を考え続け、日本中を旅した日本民俗学の開拓者は、ニューヨーク・マンハッタン生まれのナンセンス・ジョークの天才コメディアンだった。

 

2023-01-22

Tito's ウォッカ

これくらい自由にやれるのは(酔っ払った)マーサ・スチュワートだからか、それともテキサス産ウォッカのテレビCMだからか。


それにしても、人は歳を取ると声が低くなるんだ。

2023-01-21

隠れミッキー

東京から南へ1800キロ。

プールサイドのデッキチェアで本を読んでいたら、休憩時間らしいホテルのスタッフがふたりやって来て何やら探しものをしている様子。

「このあたりに隠れミッキーがいるって言われて」と言うので、彼女らと一緒に探すことに。

ほどなく、それらしいのが見つかった。

2023-01-20

犯人の顔にボカシがいるか

関東周辺で3人組に店舗などが襲われる事件が続いている。

NHKのニュースでその事件が取り上げられていたが、防犯カメラに写った犯行現場の映像で、なぜか押し入った犯人らの顔に「ぼかし処理」が施されているのが気になった。

 
せっかく防犯カメラに記録された映像で、犯人逮捕のための貴重な手がかりだ。押し入って犯行を働いているのは明らかで、その犯人はまだ捕まっていない。

であれば、少しでも多くの人にその映像を見てもらい、犯人についての情報が警察に寄せられるようにすべきはず。その犯人らの映像を放送するときに、肝心の顔にわざわざ手を加えてボカすのはなぜ?

顔にボカシを入れる一般的な理由は2つ。ひとつは、人権やプライバシーに考慮して。ということは、今回の場合、容疑者たちのプライバシーにNHKが考慮したのか。

ふたつめは、肖像権侵害で訴えらえないように手を打って。相手が誰であれ、訴えられないようにするため最大限注意を払っておくというのがNHKの習性。

あるいは、さらに考えられる別の理由としては、写ってる犯人が自分たちだからというのもあるな。

とにかく、NHKの報道局の人は、こうした見せ方を誰もおかしいと思わないのか。とっても不思議だ。

頭のなかが輻輳している日本の副総理、副総裁

ニュージーランドのアーダーン首相が辞任することを発表した。

彼女は昨日、「もはや私にはきちんとこなせるだけの力がない。満タンの状態で、かつ予期しない課題に備えて余力がある状態でない限り、国を率いる仕事はできないし、するべきでもない」と述べたという。外国のメディアでは「burn-out(燃え尽き)」という言葉が用いられている。

彼女はまだ42歳。2017年の総選挙で政権交代を実現し37歳で首相に就いた。首相として産休を取得したり、国連総会へ赤ちゃんを連れて出席するなどが話題になっていた。

一国の首相というトップの仕事は、超ハードなんだろう。そうかと思うと、日本にはこんなボケた老政治家がいまも重要なポジションに長々としがみついている。

麻生太郎という日本のフクソー理、自民党のフクソー裁が、地元である福岡県で行われた講演会で「少子化最大の要因は女性の晩婚化」と訴えた。自分の財布の中身など気にしたことがないボンボンが、無神経な浅慮の発言をまたしでかした。

それに対して各方面から異論や批判が噴出した。まあ、そりゃそうだろう。例えばネットの掲示板での「1番の理由は女性も馬車馬のように働かないとやっていけないからです。馬車馬のようにストレス社会で働き、家の事もし、子育てをするのは無理ゲーです」という女性からのブーイングはその一つで、当然である。

年齢の問題ではない。実際、たとえばスウェーデンやフランス、英国といった日本より出生率が高い国の女性の平均結婚年齢は日本より高いのだ。

このオッサンの頭は輻輳(フクソー)している。脳みその中身がこんがらがった、こうした手合いこそが、一刻も早く辞任してもらいたい。

ガキの頃からお坊ちゃん育ちで好き勝手言い放題。周りの大人がきちんと咎めたり、たしなめたりしないまま育てるとこうなる。

2023-01-09

「多様性」への姿勢をカタチにする

白杖を手にしたマージェリーという女性が登場するマスターカードのコマーシャル。彼女が自分の家を出て、周囲のいろんな人たちと挨拶をかわし、いつものお気に入りのカフェでラテを注文する。

広告会社のMacCannが制作したこのコマーシャルでは、視覚障がい者である彼女の世界をスポットライトを使って効果的に表現している。

彼女の財布に収められたTouch Cardと呼ばれるカードの脇には、小さな刻み目が付いている。四角い刻み目はクレジットカード、丸はデビットカード、三角はプリペイドカードだ。

ちょっとした工夫で、健常者の便益を何も損なうことなく視覚障がい者の手助けとなっている。いいね。

世の中の多くの企業、いやほとんどの企業がダイバーシティ(多様性)の大切さを語り、自分たちはそれを心がけていると声高に謳っているが実際は口先だけ。

そうした企業の経営者が思うところの薄っぺらなダイバーシティは、せいぜい会社の女性管理職比率を少しばかり上げることに終始している。経営者が真剣に考えていないから、消費者に何も響かない。

このコマーシャルは、ちょっとした工夫が大きな効果と共感を生むことを教えてくれる。必要なのはイマジネーションだ。

何たらPayといったアプリと違い、実際に手に触れることができるクレジットカードならでは。 

ところで、CM中でマージェリーが訪ねたカフェはバニラ・ラテが4ドル50セント(約600円)する。日本でも物価上昇が叫ばれているが、米国に比べればいかにまだ安いか分かる。給料も安いが。

2023-01-07

おとぎ話のような実話

映画『ドリームホース』の舞台は、ウェールズの小さな村。昼間はスーパーのレジ係、夕方からはバーで働くかたわら、近くに住む両親の世話に追われている一人の主婦が主人公。連連と過ぎる日常にどこか鬱々とした気持ちをかき消せない日々を送っていた彼女が、たまたまバーで馬主の話を耳にし、村の連中を巻き込んで馬主組合を立ち上げて馬を育てることになる。 

これ、作り物の話ではない。もとのドキュメンタリー映画があり、それをベースに本作がつくられた。お話は実話ということもあって、筋書きはシンプル。だけどシンプルだからこそ、多くの人たちの琴線に触れるものになっている。主人公の彼女(ジャン)は私であり、あなただからだ。

舞台になっているウェールズの風景が美しい。映画を観たあと、偶然、ウェールズに暮らす学生時代からの友人からメッセージが来た。

音楽好きな息子とSohoのレコードショップにいて、Japanese Ambientというコーナーを見つけたが何がいいのか分からないのでアドバイスしてくれという。

日本の環境音楽について僕にはすぐに返信できるような知識はない。彼らがいる店に在庫があるかどうかしらないが、とりあえず坂本龍一と武満徹はどうかと返信した。たまたまこのところ、仕事しながら彼らの音楽を聴いていたというだけの理由なのだけど。

映画『ドリームホース』では、むかし彼からもらったManic Street Preachers のCDに収められてた曲が劇中で使われていたこともあって、映画を観たよ、と伝えたら、今度よかったら厩舎に案内してやるよって返ってきた。いまもそのままその村に残っているらしい。


2023-01-04

神曲か、カニカマか

元旦、暦が2023年に変わってまもなく、ニューヨークの友人Dからニューイヤーメールが届いた。そのなかで、彼がいま読んでいる本としてダンテの『神曲』をあげていた。神曲!

彼とは35年を超える付き合いだが、「最近、何か面白い本は読んだか。自分はダンテの『神曲』にはまっている(I’m doing a deep dive into Dante’s Divine Comedy)」というメールを受け取るとは思ってなかった。

僕は『神曲』は読んだことがないし、これまで読もうと思ったこともなかった。だが彼が、

It feels like I’m visiting another planet for the first time. This is something I never thought I’d be able to tackle but I’m having the best time with it.

と書いているのを読んで、ネット書店に注文した。別の惑星を初めて訪れているような読書体験ってすごいじゃないか。これは読んでみなければと思わせる。

日本語訳には、イタリア文学者の須賀敦子さんがその<地獄篇>を訳している版もあるのを知ったという理由もある。

今朝、宅配便が届き、箱を開けてみると、そこには『神曲<地獄篇>』とその翌日に注文した清水ミチコ『カニカマ人生論』が入っていた。

さてどっちから手に取ろうか。ダンテの神曲か、みっちゃんのカニカマか。


2023-01-03

ミルトン・グレイザーのイラストレーションが出てきた

最近では音楽を配信サービスで聴くことが多くなったが、毎年正月の休みにはレコードを聴いて過ごすことにしている。

むかしは当たり前のことで何でもなかった、ターンテーブルを操作したり、レコードを裏返したりするのがなんとなく面倒で、普段はなかなかその気にならないからだ。

もう忘れていたようなLPを棚から取り出し、ターンテーブルに載せ、ライナーノーツに目を走らせる。ときどき意外な発見があり、得した気分になる。Bob Dylan's Greatest Hits を聴いていたとき、ジャケットに付録として挟まれていたミルトン・グレイザーが描くディランのイラストを発見した。イラスト面を内側に折りたたまれて収納されていたので、これまで気がつかなかった。

出てきたミルトン・グレーザーのイラストレーション
 
このレコードが米国で発売されたのは1967年のこと。その日本版を手に入れたのは、僕が高校生だったときだろうか。

ディランの初めてのベスト・アルバム。
グラミー賞(デザイン部門)を受賞したLPジャケット
 
ミルトン・グレイザーは2020年に91歳で亡くなっているが、間違いなく「超」がつく優れたグラフィック・デザイナーでイラストレーターだった。いわば、アメリカの和田誠。彼の仕事で誰もが知っているものが、以下のロゴマーク。


このアイデア、彼がマンハッタンのなかをタクシーで移動しているときに頭に浮かんだものだという。彼のそのときのスケッチはこんなものだった。


この手書きのスケッチがもとになって、上の4文字のタイポグラフィと文字組みがデザインされた。


これがボブ・ディランをモチーフとした、グレイザーのもとのイラスト。アールヌーボー風でカラフルに色分けされたディランの髪は、いくつもの才能を発揮する彼の多彩さを表現しているんだろう。そして右下のDYLANの書体が、当時のポップ・カルチャーの雰囲気を感じさせる。

2023-01-02

擬(もど)きとしてのカニカマ

正月2日は、清水ミチコ リサイタル@日本武道館。今年のテーマは「カニカマの夕べ」。

ばかばかしくも楽しく、大いに笑った。ユーミンならぬユーミソなど、擬き(カニカマ)としての自信あふれるステージだった。