マニュアルの存在を5年間にわたり見逃していたことについて、東電自体が設置した第三者委員会は「秘匿する理由はない」として意図的な隠蔽はないと結論付けた。第三社員会の設置方法がすでに間違っている。 誰がこんな報告書を信用できるというのだろうか。
この国をとてつもないリスクに晒しておきながら、いまだに言い逃れと責任回避にしゃかりきになっているような企業は、はっきり言って消えてもらいたい。
NHKが金曜日の夜に放送している「ドキュメント72時間」という番組がある。取材対象に丸3日間密着して、その間に起こった種々の出来事をカメラに納めて紹介するというもの。
間をあけた3日間でないのがミソだ。連続した3日間、72時間である。その番組を観て感じるのは、わずか3日間だけど、それだけあれば全体像がほぼ分かるという実感。
まったく知らない対象について1日だけ密着観察しても、ほとんどの場合、ある一面しか分からない。だけど3日あれば全体像が分かる。それが「72時間」という長さの不思議なところだと思う。
テレビ番組の取材だけではなく、何かそれまで取り組んだことのなかったテーマについて勉強するときもそう。
まる1日、朝から晩まで資料を読み勉強してもその分野の一部分しか分かった気にならない。けれど、3日間にわたって読み、考え続けるとたいていのテーマならだいたい全体像を理解できるところまで行ける。
72時間とはそういう時間の長さである。
「英語格差」という言葉をめぐる話から始まって、ではそうしたことをどうやって解消するかという話へ。鳥飼さんの問題解決へのアドバイスは明快だ。それは、「英語を勉強すればいいのです」と。
結局は勉強することで乗り越えるしかないというのが、彼女の考え。多くの英語嫌いの人にとっては、ある種身も蓋もないアドバイスではあるが、真実である。
だが、彼女が主張する英語勉強は、決して英語ネイティブ同様のレベルを目指すものでない。自分の目的に沿った力をつけること、発音はハチャメチャと完璧の間を狙うなど実践的なアドバイスも数々うかがうことができた。
また彼女の長年の経験から、人に耳を傾けてもらえる英語とは、決して英語が流暢にしゃべれるというものではなく、むしろたどたどしくても中身が豊かなものであるという指摘にも頷かされた。
ちょっと意外だったのは、日本人は外国の地で一人だとけっこう頑張って英語でコミュニケーションを取ろうとするし、それなりにやっているという話。
ところが、周りに日本人がいるとそのために萎縮してしまい話ができなくなるとのこと。日本人同士で牽制したり、足の引っ張り合いをするらしい。
英語コミュニケーションの能力というより、日本人特有のマインドセットの問題という気がした。
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| 5月28日放送分選曲 |
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| 6月4日放送分選曲 |
ラジオ番組はこちらから
https://youtu.be/xyqaA8D4seE
https://youtu.be/zkU3lUsYPOM
猫にまつわる彼女の仕事は多彩だ。ベースは、保護猫を預かり新しい飼い主を見つけるための保護猫カフェ。その発想を展開して実現させた猫付きマンション、猫付きシェアハウスなど。
賃貸マンションに入居しようと思ったら、先に猫がいるとは傑作である。それらの猫はもとはといえば保護された猫たちで、いわばレンタルである。だが、一緒に暮らせば情が移るというもの。やがて預かっていた住人たちがそのニャンコらを引き取ってくれるケースも多いという。
猫付きシェアハウスは、猫がいわば備品としてそこに備わっている感じのシェアハウスだ。猫好きにはたまらないだろう。
傾向としては減少しているものの、日本では今も多くの猫や犬が捕らえられ、行政によって殺処分されている。もちろん行政もそうした役割はまったく不本意に違いない。特に保健所のその担当者については、とても気の毒としか言いようがない。
環境省が発表している数値だが、猫の殺処分数は2011年が13万匹、12年12万匹、13年11万匹、14年8万匹となっている。同統計で犬は、2011年が4万匹、12年4万匹、13年3万匹、14年2万匹と示されている。早くこれらがゼロになって欲しい。
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| 「スポットライト 世紀のスクープ」(2015) |
おおさか維新の会の片山虎之助共同代表は19日、国会内での党の会合で、熊本地震に関して「大変、タイミングのいい地震だ」と発言し、直後に撤回した。 片山氏は「ダブル(衆参同日選)になるのかならないのか、消費税を上げるのか上げないのか、政局の動向に影響を与えることは確かだ」と語った。http://mainichi.jp/articles/20160420/k00/00m/040/069000c
片山氏はコメントを発表。「政局的な節目に重なったという趣旨で発言した。言葉の使い方が不適切だった」と陳謝したが、被災者の感情を逆なでする発言として反発が出る可能性がある。
今朝の日経新聞に「『タラレバ娘』独身の女心」という記事が掲載されていた。そこでの主旨は、婚活とやらを断念する、あるいは積極的に諦める女性が増えているというもの。
霞ヶ関の官庁で働く32歳の女性や都内の会社員、35歳の遠藤さん(仮名)が紹介されていて、そこから一人で生きていく決心をしている女性が増えていると記事は紹介する。
その手の話がどこまで本当なのかは知らないが、ひとつ気になったのは「『街コン』サイトの運営サイトを手がけるリンクバルによると婚活市場は年3,000億円」という記述だ。婚活市場とは何なのか定義もなければ説明もない。リンクバルという会社がどうやって推定したのかも分からない。記事を書いた新聞記者は、こうした数字に疑問を抱かないのだろうか。
3,000億円の市場規模というと、例えば一昨年の国内の音楽産業の市場規模に匹敵する(オーディオ売上1,864億円、音楽ソフト677億円、有料音楽配信437億円、合計2,979億円)。本当にこれと同規模の市場があるのなら、簡単でもいいから内訳を示すべき。
記事を書いた日経新聞の記者は、一応その数字の出典元を示している。読者から何か言われたときは、3,000億円はそのリンクバル社によるデータであって、自分には詳細は分からないとする言い訳のためだろう。
まったく信頼性に欠けている。新聞記事は面白そうであればそれでいいというものではなかろう。
ラジオ局のプロデューサーから「木村達也 ビジネスの森」の聴取率について連絡があった。ラジオの場合、聴取率調査は2ヵ月に一度、ビデオリサーチによって実施されている。
その結果だが、今回もなかなかよかった。男性層30歳台、40歳台でナンバー1。特に男性層30歳台では、第2位の局にダブルスコア以上の差を付けた聴取率だった。
われわれが狙っている、意欲に溢れた中堅ビジネスマンが熱心に聞いてくれている様子がうかがえる。意欲に溢れているかどうかなんて分からないだろうって?
いや、分かるんだよ。そうじゃなきゃ、土曜日の朝から面倒くさい僕の話をラジオで聴こうなんて思わないからさ。
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| 日本経済新聞出版刊 |
日本人は平均的主義に流れがちである。まんべんなく何事もできることがよしとされる。それが優等生に求められることであって、文字通り優れていることの証明となっている。
坂根さんは高校生時代、数学と理科では誰にも負けないが歴史や古文などには興味が持てなかった。しかし、平均的にすべてができなければ難関校に入ることはできない。それに反発を感じ、得意なモノだけに突出した成果を上げようと努力してきたという。
高校生時代からのそうした「ダントツ」への想いは、コマツに入ってからもずっと続いていて、経営者になって打ち出した指針がまさに得意な領域でナンバーワンを目指すダントツ経営。
その結果、同社の現在の2兆円の売上の半分は世界1位の製品から上がっている。2位まで入れれば、売上の85パーセントにのぼる。どこに特化して稼ぐのかが明確になることは大切なことである。社員にも分かりやすい。
ダントツを目指すということは、平均点主義を目指さないこと。決めた領域に特化して、どこにも負けないこと。坂根さんらが設定したのは、環境、安全、ICTの3分野。この3つのキーワードで業界の中で負けないことだった。
今日の一曲は、フォー・トップスで「Reach Out, I'll Be There」。
現地にわずか2泊という駆け足だったが、1年ぶりにスリランカの首都、コロンボを訪れた。今回もJICAからの依頼の仕事である。
スリランカは、昨年の1月にそれまでの独裁的な政権から民主的な政権へと変わった。短期で訪れるわれわれのような者には変化は分からないが、昨年に比べて入国がスムーズにいったのはひょっとするとその影響かもしれない。
昨年、今年同様、公務のビザで入国しようとした際は、空港で別室に呼ばれて入国の目的が何なのか詳しく説明させられた。
政権が変わったといっても、長らく続いた前政権時に、大臣ポストを目的にやたらと作られた省庁の数々は今も残っていて複雑な官僚機構を構成している。
今回打合せを行ったのは財務省の一部門だったが、組織が縦割りで全般的に情報の流れが悪い。すっきりするには、かなり時間が必要となるのだろう。
宿泊したホテルの窓から見下ろすと、ビーチに沿ってビルがいくつも建設中だった。シャングリ・ラなどのホテルで、すべて外国資本のものらしい。中国資本が多いと聞いた。インドの近くにありながらも、シーレーンの獲得を睨んだ中国主導で経済発展がなされていくのかもしれない。
鹿の神々しい姿に猟銃の引き金を引けなかったというお話に、じゃあ猟をしなければいいではというシンプルな(短絡的過ぎる?)コメントを返そうと一瞬思いつつ、そうした逡巡や時としての葛藤も含めて猟というものは成り立っているのだろうという考えが頭をよぎり、言葉に詰まってしまった。
安藤さんを迎えての先週の放送のあと、リスナーの方から「動物にも命がある。家族もいる。食べるものに困っているわけでもないのになぜ彼らを撃ち殺すのか」というようなメッセージを番組宛にもらった。
確かにそうかもしれない。しかし、山中に生息している動物を自らの手で仕留めて食べることと、家畜として飼育された動物が食肉業者によって解体処理されたものをスーパーマーケットや食肉店で購入して食べることの違いはどこにあるのか。僕には正直、よく分からない。
話は変わるが、今日横浜の劇場で観た映画「白鯨との闘い」は19世紀初頭の難破船を巡る実話とされていて、そこでは漂流を続けるボートの上で残った乗組員たちが仲間を食べて生き延びた話が挿入されている。
メルヴィルの小説「白鯨」のもとになった巨大なマッコウクジラと船乗りたちの闘いとともに、クジラに敗れた人間が考えた、あるいは生き物として取らざるをなかった究極とも云える生存手段がテーマになっている。
これにもまた考えさせられた。
昨日の番組で選んだ曲は、ジュリア・フォーダムの「Hope, Prayer, and Time」
先日の「木村達也 ビジネスの森」は、ゲストに落語家の立川談慶さんをお迎えした。
噺家の方を番組のゲストにお迎えしたのは初めて。今回は、主に彼の『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』(大和書房)をもとにお話をうかがった。
ブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」がリリースされたのが1975年。今から40年前である。
あれから何度このアルバムを聴いたか分からない。もっとも多く針を落としたアルバムの一枚であることは間違いない。
FMラジオ局で毎週土曜日の朝にやっている「木村達也 ビジネスの森」のなか、いつもゲストとの対談の途中、ブレーク替わりに音楽を一曲かける。番組をスタートして以来、ずっとその選曲も僕がやっている。
当日のゲストや対談の内容をイメージしながら曲を選ぶのだが、基本的には自分の好みのものしかかけない。わがまま。
最初のころは、自宅のレコード棚やCD棚から抜き出して収録スタジオに持って行ってた。ほとんどはオールディーズというかクラシックロックだ。それらは、自分を育ててくれたロックの名曲といってもいい。
2年近くそうした選曲をしていたところ、日本経済新聞が月一で連載している「ロックタイムズ」欄で話して欲しいとの依頼が来た。紙面でロックとの出会い、そしてスプリングスティーンについて語って欲しいと。
ギャラはなし。だけど、受けたよ、それは。70年から80年代のロックについて話するなんて、最近なかったからね。普段、そんな話をする相手は近くにいないし。
というわけで、出来上がったのが今年のクリスマス・イブに掲載された以下のインタビュー記事である。
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| 日本経済新聞 2015年12月24日夕刊 |
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| CD『アンダルシアの風』 |