夕食後に天気がよかったのでルーフテラスで風にあたりながら本を読んでいたら、後ろから子どもの声が聞こえてきた。
日本語なので振り返ると、3歳くらいの女の子とその父親の2人がいた。切りのいいところで本を閉じ、話しかけた。日本の監査法人に勤めているというNさん親子で、少し前から家族でニューヨークに来ているらしい。仕事ですかと聞いたら、研修が主で1年半の滞在予定だとか。いまどき、なかなか羨ましい。
その監査法人というのは、私のゼミ修了生が昨年まで務めていた会社だった。昨年の初め頃だったろうか、彼が研究室に相談にやってきた。人員整理のためのインセンティブ・パッケージが会社から発表になり、手を挙げようかどうしようか悩んでいるという。大手の監査法人だけあってか、その経済的補償は十分なものに思えた。「一年間、世界中を旅して回れるね」と僕が彼に言ったのは、冗談だけではない。それほど魅力的な内容だった。
今日のニューヨーク・タイムズに、"The Human Disaster of Unemployment" という記事を見つけた。それによると、雇用を失った人の中で6ヵ月以上仕事を探して入るにもかかわらず職に就けない人の割合が、米国の就労者全体の4.2%になった(2010年度の統計)。リーマンショック以前の2007年度の数値は、0.8%だったから3年で5倍以上に膨れあがった。4.2%の中には6ヵ月以上経っても就職先が見つからず、職探しを諦めた人の数は入っていない。それを加えると、数値は1.5倍になるという。
経済学者のダニエル・サリバンとティル・フォン・ヴァクターの論文によると、職を失った男性高齢者がその翌年に死亡する確率はそうではない場合に比べて5割から10割高まる。理由の一つとして挙げられているのが自殺率の増加である。最近のあるレポートによると、失業率が10%あがると(つまり8%が8.8%になると)男性の自殺率は1.47%分上がると報告されている。
病気にも関係がある。その原因については詳しく説明がなされていなかったが、失業者がガンで死亡する比率はそうでない人より25%高い。心臓病や精神疾患を病む割合も高くなっている。また本人だけでなく、職を失ったことは家庭全体に影響を及ぼす。男性が職をなくした場合、その夫婦の離婚率は一般的な夫婦に比べて18%高くなっており、女性の場合は13%高くなるとの統計数値がある。子どもの学業達成度も低下する。
記事は、ドイツで実施されているジョブシェアリングの導入を提案していた。企業や国が負担する種々の手当などのコストを考えると、業務の分担の見直しによる労働時間の短縮の方が理にかなっていると主張する。経済的な理由だけではない、長期間にわたり職から離れた場合、職業人としてのスキルを衰えさせるだけでなく、自尊心を失せることになる。
日本でも以前ジョブシェアリングが議論されたことがあったが、じきに耳にしなくなった。職種にもよるが、その適用をもう一度検討してもいいんじゃないだろうか。労働の流動性が低い日本の方が、米国よりも適用しやすいのは間違いない。そもそも、誰だっていつ首を切られるかわからない会社にロイヤルティを持って働くことなど出来るわけがないのだから。