2011-03-14

スーパー店頭で

東北地方の大地震から3日、近くのスーパーの店頭から商品がことごとく消えた。トイレット・ペーパー、米、パン、紙おむつ、生理用ナプキン、紙食器、ミネラル・ウォーター、カセット式ガスボンベ、カップ麺など。

被災後の不安心理なのだろうが、なぜトイレット・ペーパーか。1973年のオイルショック時にも同様の騒ぎが店頭であった。まだネットもない時代だったが、こうした風評が大阪からあっという間に東京へも流れた。実際は、そうしたものは家庭内の在庫になっただけだった。なぜかこうした噂は大阪発が多い。口割け女なんてのも大阪が発信元だった。友人が大阪の仕事相手と電話で話していたら、新宿で放射能が検出されたらしいが避難しなくて大丈夫かと聞かれたらしい。

トイレットペーパーが完売になっているスーパーマーケットで、小さな子供がお母さんに「人間は地震があるとウンチがたくさん出るようになるの」と尋ねたらしい。この問いは正しい。自分で考えることもなく、根拠のない妄想だけで行動する大人より、小さな子の方が賢い。

マーケティングの研究者の中には、店頭のPOSデータの分析を熱心にやっている人たちがいる。地震後にどこで何がどのように売り切れていったか、震災時の消費者心理の一端を知るためにもぜひデータを分析し、結果を発表して欲しい。



2011-03-05

結婚おめでとう

ゼミ生の中尾さんの結婚披露パーティが、12時から神宮前のライブハウスであった。午前中に大学であった入試面接をすばやく終えて駆けつける。

会場はたくさんの若い男女で賑わっていて、たぶん僕が最高齢者の一人か。新婦はベーシスト、新郎はギタリストである。写真はステージで息のあった演奏を見せるふたり。

2011-03-02

戦争博物館(War Remnants Museum)へ

昨晩カンボジアからベトナムへ。昼間、ベトナム戦争の数々の記録を収めた戦争博物館を訪問。今さらながらベトナム戦争の無残さと残した傷跡の大きさに胸がつぶれる感じがする。

「ベトコン兵はどこにもいないが、どこにもいる」とベトナム戦争当時の政府高官が語ったそうだが、密林に隠れて執拗なゲリラ活動を続ける相手に対してとったアメリカ政府の発想は「彼らは密林の中に潜んでいる。であれば、密林そのものを無くしてしまえ」だった。 そして森を枯死させるため、恐ろしいほどの枯れ葉剤を空中から散布し続けた。入っていたのはオレンジ色のドラム缶だったことで、その枯れ葉剤は「エージェント・オレンジ」と呼ばれ、なかには大量のダイオキシンが含まれていた。その影響として、いまなお多くの被害を人びとに残している。

ここには、沢田教一や一ノ瀬泰造など日本人報道カメラマンの写真も多く展示されていた。

2011-03-01

アンコールトム

アンコールトムとその周辺の遺跡群をめぐる。タ・プローム (Ta Prohm クメール語)の遺跡はガジュマルの巨大な樹木に絡め取られている。

遺跡の多くの部分は倒れ、崩れ、廃墟の様相を見せている。人の目に触れないまま、何百年も密林のなかで静かに眠っていた寺院だ。



映画「トゥームレイダー」にも登場した巨大ガジュマル

崩れ、転がった巨石の上を裸足の子供たちが駆けまわっていた。蝉のけたたましさのなかに子供たちの軽やかな笑い声が流れ、つかの間気分が安らぐ。

現地の少女
 


2011-02-28

アンコールワットの遺跡

カンボジアのシエムリップまでは、ホーチミンから空路で1時間ほど。ベトナム航空のエアバス機はほぼ満席だった。カンボジア入国にはビザが必要だが、それを忘れたまま現地へ到着。空港で20ドル払ってビザを入手する。町へは空港から20分ほどで辿り着く。

ホテルでしばらく休んだ後、アンコールワットの遺跡を巡る。11世紀の後半に築かれた石造建造物である。その規模と精緻な設計に驚愕する。

2011-02-27

Just Married

街を散策していたら、教会の鐘の音が。ホーチミン市内の聖マリア教会で結婚式があったらしい。見物に出かけたら、教会の前で新郎新婦がみんなに祝福されていた。なんだか映画のワンシーンみたいだ。

2011-02-26

ホーチミンの猫

ホーチミン市内のドンコイ通りで見つけた猫。人なつっこいのか、闘争的なのか。

2011-02-23

IMセミナーを開催

今日は大手町でIM(インターナル・マーケティング)のセミナーが開催された。500名を越える受講希望者があり、今回はその中から抽選で会場の収容人員一杯の190名が参加した。抽選に洩れた皆さん、ごめんなさい。

セミナーのあとは、同じ会場で懇親会。こちらの方も思った以上の方が参加され、多くの企業の方々から相談を受ける。個々の実例を聞くことは、僕の方でも勉強になる。
http://www.nikkei-r.co.jp/topics/news/2011/01/post-49.html

2011-02-21

Version 2.368.....

昨年11月の米国での中間選挙での大敗後、オバマ大統領はそれまでのアンチ企業的姿勢(とりわけ金融部門)を一転させて、法人税の引き下げや規制緩和策など企業寄りの政策を打ち出している。

そうした彼の"change"は、オバマ2.0と呼ばれてるらしい。ネットの進化を表現したウェブ2.0からの連想である。そうであれば、次の転換は「3.0」と呼ばれるようになるのか・・・。

だが大方の場合、ものごとの変化はそう単純ではない。言い換えれば、階段状にストンと一段上がったり下がったりするのではなく、無段階かつ連続的に変化しているのが実状だ。クルマのギアを1速から2速、3速とシフトチェンジして行くのとは違う。

マーケティング3.0というのもある。無段階で連続的な現実をよく知らないまま、第三者的な単眼の観察から後付け的に考えられたコンセプトの一つ。「売る」ための表現上のものなのだろうが、ものごとをあまり単純化し過ぎるとその本質を見失うのはどの世界でも同じだ。

マーケティングの進化の仕方は、突然の大変革(revolution)によるものではない。それは漸進的変化(evolution)である。

2011-02-04

お札の山

ウズベキスタン最後の夜は、JICAからの派遣で来た我々大学関係者と現地のスタッフでグルジア料理の店に出かけた。

ギター演奏を中心にしたグルジア音楽が演奏されるなか、あいだにチーズを挟み込んだパンケーキのようなものなど、ちょっと変わった料理の数々を堪能。グルジアのワインも何本か試したが、味もまずまず。

支払いは、しめて20万スム(Cym)ほど。日本円にして1万円強。ただ、ここでは最も高額の紙幣が1000スムだから、皆の財布からお金を集めると全部で紙幣が250〜300枚ほどになる。慣れないと数えるのも大変である。

20万スム分を、支払う前にお皿に盛ってみた。

2011-02-03

タシケントの街

今日は、午後から少し自由な時間があったので街をぶらつく。









2011-02-01

ウズベキスタン

仕事でウズベキスタンの首都、タシケントに来ている。知り合いからは寒いから気を付けるようにと何度も言われてたのだけど、ほとんどコートなしで過ごせる。現地の人もこの冬は暖かいと驚いている。

この国は1991年までソビエト連邦の一部だった。そのため、建物など旧ソ連時代を感じさせるものが多く残っている。片道3車線という広い道路も当時の名残だろう。

街全体の印象は、途上国とは思えないほどきれいに整っている感じ。裏を返せば、政府によるさまざまな統制が強くきいているといことだろう。

下の写真はウズベキスタン料理の一つ。名前は忘れた。

2011-01-31

投資外国人

飛行機を乗り換えるため、ソウルの仁川空港にいる。今回はここで6時間近く時間を潰さなければならない。航空会社のラウンジにずっといるのも飽きる。広大な空港を気ままにぶらつく。

出国審査窓口に、外交官、クルーなどと並んで投資外国人の表示がある。英語表記は、まさにInvestorsである。いくら投資すれば、一般人とは別ゲートですんなり出国審査が受けられるのだろう。

2011-01-30

宝塚歌劇観劇

親戚の娘が出演しているというので、初めて宝塚歌劇を観に行った。宙組(そらぐみと読む)公演「誰がために鐘は鳴る」である。劇場が思いのほか大きいのに驚く。観客は、予想どおり圧倒的な女性比率だ。しかも年齢は結構高い。

芝居も衣装も何もかも、すべてが過剰。でもそれこそが、タカラヅカなのであろう。僕には(当たり前だが)まったくの別世界。ここまで徹底してやられると文句も出ない。

宝塚には花組や月組、雪組と行った6つのグループがあり、それぞれが全く異なったユニットとして活動している。AKB48の原型の一つはここだ。

2011-01-27

人生万歳!

明日で恵比寿ガーデンシネマが閉館になる。閉館後、ここの施設がどうなるのか劇場のスタッフに尋ねたが、まだ決まっていないという。

僕の記憶では、アメリカ映画の佳作を中心に、全体的に上品かつ上質な映画を選んで上映していた印象がある。思い返せば、ウディ・アレンの作品が多かったような。だからか、最後の上映作品もウディ・アレンが監督した「人生万歳!」だった。

劇場が一つ閉まるからといって、映画が観られなくなるわけではない。映画を上映する数多くのコンプレックスもできているし、自宅ではオンデマンドやレンタルなどで、ほとんどあらゆるタイトルを観ることができる。だが、なんというのか、ノスタルジーなんだろうなあ。自分が身を沈めて映画に触れた劇場の空間がなくなるというのは、ちょっと寂しい感じだ。

2011-01-19

『小さなチーム、大きな仕事』

本書の著者は、米国のソフトウェア会社37シグナルズの創業者2人。1999年にウェブデザインコンサルティング会社として創業し、世界中で数百万人が利用している優れた製品を生み出している。

彼らのビジネスの哲学は明快だ。すごい製品やサービスを生み出す最も単純な方法は、自分が使いたいものを作ること。会社には、広告も営業もオフィスも事業計画も必要ないと断言する。もちろん会議など、彼らにとってはできる限りやらないにこしたことはない。彼らの製品作りの焦点は、早さ、シンプルさ、使いやすさ、そして分かりやすさ。本当に重要なことだけ徹底的に追求し、顧客の琴線に触れるものを作り、ストレートに提供すること。

創造性だけを武器に成長してきたスモールカンパニーの代表選手だからこその特異性はあるかもしれないが、マネジメント理論や財務分析よりも働く人のやる気と思い、顧客とのつながりこそが重要との指摘は今だからこそ新鮮である。自分で新しい価値を社会に向けて創造し、自由に能力を生かしたい人は、気に入った小さなチームで好きな仕事ができるオープンな環境こそ最優先すべきだと教えてくれる。

原題は、Rework。楽しく仕事をやりたいと望んでいる読者に、数々のヒントを与えてくれる一冊である。

2011-01-12

学生からの間違いメール

僕のと似たメールアドレスを持つ早稲田大学の先生にあてたものと思われる間違いメールが来た。送信元は、ある大学の4年生。早稲田のその先生が非常勤で教えに行っているところの学生だろう。

そこには、自分は4年生で卒業を控えていること、その先生の授業の単位が心配なこと、そしてそのため授業を何回欠席しているか回数を連絡してほしいと書いてあった。

教員は学生たちに講義の中で、欠席がある回数以上だと単位を認めないと話したのかもしれない。今回の学生はそれを心配して自分の欠席回数を知りたいのだろうが、大学4年生にもなって飽きれた物言いである。

これまでの欠席の回数を講義担当の教員に教えろということは、あと何回なら欠席しても平気か知らせろと言っているようにも聞こえる。自分のことがモニターできていない、すぐに人に依存する典型的な今時の大学生の体質がよく出ている。

こうした場合、僕だったら「君はもう既にアウトだ」とまずは返答してやるのだが。

2011-01-03

路上の鴉

朝から裏でカラスが騒がしい。群れで鳴いているのではなく、同じ一羽がずっと鳴き続けているみたいだ。

外の空気を吸いがてら通りに出てみると、一羽のカラスが路上に落ちていた。まだ落ちて間もない様子だ。外傷があるようではなく、血も流れていない。なぜ、カラスが死んだのか分からない。

それをすぐ近くから見下ろすように、もう一羽のカラスが電柱の上でずっと鳴き続けている。その鳴き声は、仲間の死を悼んで鳴き続けているようにしか思えない。むせび泣いているのだ。

カラスにはそうした弔いの感情があるのだろうか。

2011-01-02

全国大学ラグビー選手権

今日は国立競技場で全国大学ラグビー選手権の準決勝があった。

1時半に信濃町の絵画館前で友人たちと待ち合わせ。駅伝の往路の行方が少し気になる。帝京対東海の第一試合に続き、早稲田対明治の第二試合は予定の2時を少し過ぎてキックオフ。

今年の早稲田は強い。ディフェンスがいい。素早く、思い切りの良いタックルが次々繰り出される。体重差で劣る早稲田が明治チームを封じるには、ボールを持った相手選手を早く倒すこと。そして、縦横なパス回しで展開し、機を見て縦に突っ込む。非常に戦略が明快。

しかも早稲田の選手たちは、バックスだけでなく誰もが走れる。それを徹底して前後半の80分続けられたのは、練習の積み重ねだろう。結果は、74対10で圧勝だった。

競技場を後にし、駅に向かう途中、絵画館の前に差し掛かった時にだれかが「絵画館って、中に入ったことある?」。誰も中に入ったことがない。建物は重厚で立派。都心の一等地に建つ。だが、なかにどのような展示物があるのか、僕たちは誰も知らなかった。

2010-12-23

トップと社員の距離

暮れが近づき、他にやらなければならない事はたくさんあるのだが、そうした事からの逃避の気持ちもあり、部屋の片付けを始めた。手始めは本棚。まずはすべての本の背表紙が読めるようにすることを目指して整理を試みる。本棚の奥に収納されタイトルが読めなかったり存在そのものが分からない本は、ないも同然だからだ。

整理の基本は処分。もう読むことはないだろう本はどんどん捨てようと思うが、判別が難しい。迷わず捨てるに限るのは分かっているが。

奥から出てきた本の一冊に、元ソニー社長出井さんの「ONとOFF」(新潮社)があった。まったくページを開いてなかったので、なかをめくる・・・。

出井さんは忙しい。ソニーの社長業以外にGMの取締役などを務め、世界中を飛び回っている。時間がない時は、社用機のファルコンが活躍する。日本での週末は軽井沢で過ごす。昼間はゴルフ、夜はワインを楽しむ。時間があれば、ポルシェなど趣味の車を乗り回す。

そうした話が縷々綴られている。一般的な日本人経営者離れした、いかにも世界企業ソニーの社長らしいオフのスタイルが伺えて面白かった。日本企業の経営者でこれほどのハイセンスを身につけた国際的経営者が他にいるだろうか。

一番驚いたのは、本の巻末を読んでこれらの文章がソニー社内のホームページに掲載したものを書籍として再編集したものだということ。社員たちは、職場のパソコンの画面でこうした文章を読んでいたのかと思うと、彼らが何を思いながら出井さんの書いたものを読んでいたのか気になった。

僕が尊敬する経営者の一人に、元伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎さんがいる。今年6月からは中華人民共和国の日本政府特命全権大使を務めている。彼は伊藤忠時代、一時間あまりかけ電車通勤していたことで有名だ。昼食は一般社員と同じ社員食堂でとったり、関連会社のファミリーマートや吉野家の牛丼を食べることもよくあったという。

どちらがどうというのではない。置かれた立場も異なるし、また人それぞれの価値観であるが、部屋の片付けをしながら、ある面で対照的な二人の経営者のスタイルについて考えさせられた。

2010-12-21

見たいように、人は見る

JR渋谷駅のホームに書道の作品が並んでいた。書かれた文字は、すべて「箱根駅伝」(のはず)である。下の写真で、左から2つ目までも箱根駅伝に読める。なぜなら、駅の壁一面に張り出された何十枚(百枚以上あったかもしれない)がすべて「箱根駅伝」だから。それ一枚では何て書いてあるのか読めなくても、僕たちはまわりに引っ張られて「箱根駅伝」と自然と読んで(読めて)しまう。

だが、ちょっと待てよ。この作者はひょっとしたらいイタズラ心を発揮して、本当は「焼肉定食」としたためたのかもしれない。あるいは、そこまで逸脱しなくても「箱根駅弁」と書いていて、一人ほくそ笑んでいるかもしれない。そうだったら愉快だ。

2010-12-11

見てるようで、見ていない

昼間、通信会社から携帯に電話が入った。自宅のネット回線をADSLから光に変えるため、建物への引き込み工事について調査をするという。

調査する回線工事会社が建物を特定するために、住んでいる建物の外壁の色を教えてくれという。はたと考え込んだ。何色だったか・・・。もう10年近く住んでいる建物だ。自分で「知らないはずはない」との思いが脳裏を走る一方で、思い出せない。風景を思い起こそうとするが、建物の色が浮かばない。

なんだかばつが悪くて「分からない」と言いそびれ、つい勝手な想像でグレーと答えた。帰宅した際に見たのは茶色の建物だった。毎日見ているはずなのに、見ていなかった。

人は見たいもの、自分が興味があるものしか見ていない。テレビの広告はまさにそうだ。また、店頭に並ぶ数々の商品もまったく同様。企業は、自社の流す広告は自分たちのターゲットが見てくれているものと思ってしまうところから、計画が単なる思惑に終わってしまうことになる。

2010-12-10

頭打ち

5歳から17歳の日本人男子の身長の伸びが頭打ちになった、という新聞の記事を読んだ。国の2010年度学校保険統計調査の結果から。1948年の調査開始以来初めてとある。

文科省によると「遺伝や骨格から考えると、日本人の身長は頭打ちになった」らしいが、遺伝的に身長が規定されているのだろうか。骨格の変化もないということか。だが待てよ、遺伝が決定要因だとしたら、今後混血の日本人が増えるようになれば状況は変わるかもしれない。「日本人」とは国籍のことである。

それにしても、純血で勝負するのはやはりもう限界なのだと、あらぬ連想をしてしまう。日本企業も日本人にこだわらぬ経営が喫緊の課題になっている。

2010-12-09

あれから30年

ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で殺されてから、今日で30年になる。1980年12月9日夜、就職祝いを友人と新宿の飲み屋でやった帰途、駅のホームで号外を読んでいる人の紙面で知った。何か自分のなかに大きな穴が空いたような気がした。あの日、その後どうしたのか、まったく思い出せない。

2010-12-08

一日何時間働くか

手帳の季節になってきた。書店や文具屋の店頭に種々の手帳がならび始めた。

勤務先から今年も大学名入りの手帳が配布された。歴史のある能率手帳だけあって良くできていている。見開きの左ページが一週間分のスケジュール記入欄になっていて、右側は自由に書き込める白紙ページになっている。

だけど、ある一つの理由から今年もこの手帳を使うことはないだろう。それは、スケジュール記入欄に事前に振られた時刻が朝8時から夜中の12時までだからだ。16時間!

つまりは、ほぼ寝ている時以外のすべての時間帯がカバーされているということ。この手帳を重宝する人ってどんな人か、ふと考える。自分はそうはなりたくないな、と思いつつ。

2010-11-30

バースディ・ケーキ

今日はゼミが始まったとき、学生たちがサプライズで誕生日を祝ってくれた。

近くのケーキ屋からゼミの開始時間に合わせて大学まで配達してもらったという作りたてのケーキ。上には長いロウソクが5本と短いのが2本立ってた。
 

2010-11-27

美術館?宇宙船?

瀬戸内海に浮かぶ豊島に美術館ができた。建築家の西沢立衛が、内藤礼の作品を展示するためだけに設計した美術館である。
http://setouchi-artfest.jp/artwork/26_rei_naito_ryue_nishizawa/

屋根に大きな穴があいていて、光はもちろん、風が入ってくる。周囲の梢の音も聞こえる。雨が降れば、当然雨が入ってくる。それでもれっきとした美術館。この美術館のコンセプトは、僕も中に入るまで分からなかった。
体験型の展示をしているために入館の人数を制限をしている。風に吹かれながら並んで待つ。
こちらはカフェ&ショップ。これも西沢立衛が設計。

2010-11-14

明神ヶ岳へ

昨日は、スカッシュ仲間だった鈴木さんと箱根の明神ヶ岳へ。小田原駅から箱根登山バスで登山口へ向かったが、車中でお喋りしているうちに目的の停留所を乗り越してしまい、結果、予定外のルートで山頂に向かう。道程は長くなったが、富士山を背にすすきの揺れる気持ちのいい尾根を歩くことができた。

天気もまずまずで快調。紅葉もきれい。途中、山中を駆け抜けるトレインランナーや自転車で山頂までやってきたバイカー、わんこ同伴の登山グループなどに会う。残念ながら、近頃流行りの(若い)山ガールとは出会わなかったが、いろんな登山客に会うことができた。

帰りは強羅から登山鉄道で箱根湯本まで。その車中で、仕事でお世話になっているM食品の鈴木女史に偶然出会う。お互いにびっくり。



2010-11-10

ニューロ・マーケティング?

昨日、早稲田大学の小野講堂でカリフォルニア工科大学の下條信輔さんのパブリックレクチャーがあった。講演内容は、彼が以前出版した本の内容をもとに情動と潜在認知を中心にしたものだった。

マーケティングの観点からも、いくつも面白いエピソードが紹介されていた。CMの効果を巡る議論や消費者が自ら取った行動を正当化するように判断する認知心理学からの知見は興味深かった。あと、店頭での商品の選択肢の過剰が消費者の不満足度を高めているという議論は、以前Scientific American誌でも似た記事を読んだことがあるが、消費者としての実感からも納得だ。

今年米国でアカデミー賞を受賞した映画「ハートロッカー」の印象的なシーンを思い出した。映画の主人公はイラクに出兵している兵士で、米軍きっての爆弾処理のスペシャリストである。テロによって巧妙に仕掛けられた爆弾を自らの手で処理をするのが彼の任務。専門知識と経験、的確な判断力と決断力が問われる仕事である。

その彼が任務を解かれアメリカへ一時帰国し、家族と一緒につかの間の休息の時間を与えられる。そんななか、彼は奥さんと行ったスーパーマーケットのシリアル(コーンフレーク)売り場の前で呆然と立ち尽くす。シリアルを購入しようと思うのだが、あまりの銘柄の多さにどれにするか決めることができないのだ。戦場で誰よりもタフな判断力を持って生きている彼がである。

このアイロニカルなシーンは、戦場と日常の違いを何にもまして鮮やかに描いていた(それにしても、アメリカの大型スーパーは本当に巨大だ。シリアルや缶スープの売場は、自分の好みのブランドが決まっていない客にとっては、迷宮に迷い込んだも同然かもしれない)。

今回の講演者の下條先生に初めて会ったのは、3年前の秋だったろうか。米国出張のついでに彼が勤務するカリフォルニア工科大のオフィスを訪ねた。その時は、fMRIのデモなどを見せてもらい、そしてニューロ・マーケティングの話などを聞いて帰ってきた。

今回、講演後に彼と少し話をしたが、ニューロ・マーケティングについては彼も僕と同様にその実用展開に関してはまだ現時点では懐疑的だった。企業のマーケティング担当者が飛び付くのを心配していた。その通りだと思う。とかくマーケティングをやっている連中は(僕もだが)おっちょこちょいというか、新しいものにすぐ飛びつこうとする。そうした連中からニューロ・マーケティングは、まるで魔法の杖のように勘違いされないとも限らないから。

2010-10-19

学歴ロンダリングというヘンな言葉

大学の近くの書店の店頭に、少し前の週刊ダイヤモンドが今も高く平積みされていた。特集のタイトルは「壊れる大学」。その中に「驚愕の学歴ロンダリング」という記事があった。これは、有名校の大学院へ進学することでそれまでの最終学歴を変えることを指している。

記事はそのような事に対して多分にシニカルな論調だが、いったい何が問題なのだろう? 問題ないではないか。実際、低偏差値校といわれている大学の出身者でも優秀な奴は結構いる。たまたま15歳から17歳あたりで受験勉強しなかっただけだ。そうした連中が社会に出て、学びの必要性を本当に感じて大学に戻ってくる。僕は結構なことだと思う。

マネーロンダリングは違法行為だろうが、学歴ロンダリングをしたと指摘されている彼らは大学院の正規の入学試験を受けた上で入学しているはずである。そのどこに問題があるのか。学歴ロンダリングという言葉には、上からの侮蔑的な視線を感じる。

2010-10-14

元気はもらうものか

「元気をもらった」という言葉をいつから耳にするようになったのだろう。

ニュース番組の終わりあたりでちょっといい話が紹介され、そこで一般市民へマイクが向けられるシーンが続く。人々は言う。「元気をもらいました」。わくわくした、心が躍った、いい気分になったという意味で、さほど深い思いが込められていないのが判る。「感動を分けてもらいました」というのも同じだ。が、そうした言葉が当たり前の表現になるにつれて、僕たちは元気やら感動というのは、どこかから与えられるものといつの間にか思い始めてはいないだろうか。

自発的に何かを発見するのではなく、元気や感動という「サービス」や「快楽」の消費者になりつつあるようにも思える。

2010-10-04

商標権にまつわる経験

昨日、用語について書いたが、先日こんなことがあった。N村総合研究所のサイトに、マーケティング関連の提案書が掲載されていた。内容は、企業に対するセールスシートだ。

そのなかに、僕が商標権を持つ用語が複数回使われていた。一般の人に新しい情報や知識を広めるための論文や研究報告書なら構わないが、料金表まで載っているコンサル提案書に商標を勝手に使われるのはちょっと困る

ネット上の提案書に掲載されていた担当者3人に、メールでサイト内容が商標権に触れている旨を連絡した。ややあって返事が来た。「弊社法務部、知的財産部と協議の上、ご回答さしあげますので、少しお待ちください」。

そして数日後、「ご指摘いただきました、商標についてですが、弊社提案書の表現を「●●●●●●●」に変更いたしましたので、ご報告いたします。以後、ご指摘の商標については利用いたしませんので、ご理解ください」と連絡してきた。

サイトを確認してみると、掲載されているpdfファイルはすでに修正されていた。まあ、これで問題解決なのだろうが、気がつかなかっただけとはいえ他人の商標権を侵害してたのだから「スミマセンでした」の一言も添えるのが礼儀だと思うが・・・。ごめんさないと言うと、金でもせびられると思っているのかもね。

2010-10-03

文科省の就職支援

大卒者の就職率の低さに対応するため、文科省が財政支援を始める。新聞の報道によれば「就業力」(何にでも「〜力」をつければいいというものではないだろうに)の育成に取り組む大学・短大に対し、一件当たり年間2千万円程度を援助するらしい。

学業を終えても職に就けないのは、確かに大変な事である。しかし、これは大学卒に限った話ではなく、高校を卒業した後も職に就けない生徒も増えている。そして、高卒で就職できそうもなかった、あるいはできなかった生徒たちの多くは大学に進学しているのかもしれない。

数の上ではすでにわが国は大学全入という環境下で、ことさら「大卒でも」とか「大学を出たのに」といった発想は転換した方がいい。

2010-10-01

木田元と独習

昨日まで、日経朝刊の「私の履歴書」欄に哲学者木田元さんのことが取り上げられていた。彼は、英語、ドイツ語、ギリシャ語、ラテン語、フランス語を農業専門学校と旧制の大学で独習した。

「・・・テレビもない、貧しくて酒も呑めない、そんな時代だからこそできたことなのかもしれない。考えようによっては、いい時代だったことになる」という言葉を噛みしめる。

2010-09-28

「おひとりさま」と「独居老人」

朝刊を読んでいて、雑誌広告のなかに見つけた「おひとりさま」という言葉。東大上野センセイの本『おひとりさまの老後』から拡がった言葉だが、ネット書店で検索してみると「おひとりさま」をタイトルに据えた本は彼女以外にもいろいろあるようす。

ところで「おひとりさま」って誰のこと? 「独居老人」あるいは「一人暮らし」と何が違うのだ。同じなら、なぜわざわざ言い換える必要があるだろう。「少女売春」が「援助交際」と言い換えらえた時のように、実態は変化しないにもかかわらず言葉の違い一つで我々が受け取るイメージは一転する。本質を隠蔽しかねないこうしたレトリックには注意が必要だ。本田由紀らが『「ニート」って言うな!』でニートという言葉の不適切さを指摘していたが、「おひとりさま」にも同様のものを感じる。

そういえば、経営学の分野にも実態はほとんど変わらないのに、まるで新しいコンセプトであるかのような新しい用語やフレーズがしばしば登場してくる。たいていはコンサル会社が「創造」したものだが、こちらも注意が必要だ。

2010-09-26

野坂昭如

野坂昭如と野田秀樹の対談集を読んでいたら、野坂が「日本はやがて没落します。そういう時に否応なく差別が出てくると思う」と語っていた。平成3年、19年前のことである。

2010-09-24

Bizスポ

BizスポというNHKの夜の番組がある。平日の夜間に帯で流れている。内容は経済情報とスポーツ情報だから、Bizスポらしい。対象はサラリーマン。とりわけ中心ターゲットは、おじさん。

おじさんってのは、仕事に関係する経済ネタと息抜きのスポーツニュースにしか興味がない連中と思われているから、こうした番組(ビジネス&スポーツ)ができるんだろうな。番組コンセプトの割り切りの良さにはある面で感心するが、文化的な雰囲気は微塵もない。ならばいっそのこと、ビジネス&セックスにしたらどうだ(ま、無理か)。

2010-09-23

富士山と中秋の名月

ようやく空気が澄んできたのか、朝霧高原のススキのむこうに富士山が全体を見せている。

今日は十五夜、中秋の名月である。

2010-09-22

早稲猫(わせねこ)

6号館の端っこで見かけた早稲猫2匹。もっと近くで撮ったアップの写真もあるのだけど、近づいても人に慣れているのか逃げない。「早稲田大学地域猫の会」のみんなからいつも世話を焼いてもらっているからだろうな。幸せ者である。

2010-09-21

学位授与式

敬老の日の昨日は、大学院の秋の学位授与式だった。僕のゼミからは、Ivan、Andy、Wendyの3人が無事修了式を終えた。式典の後は、大会議室で乾杯式を行い、その後僕の研究室でIvanがアルゼンチンからお土産に持って帰ってきてくれたワインで4人で乾杯。2年間という大学院の期間はあっという間だったと思う。これからが、彼らにとっての本番だ。

2010-09-15

3年前はどのくらい過去か

これまでやろうと思ってながらできなかった、正式にはやらなかった部屋の片付けを始めた。

まずは床やテーブルに積み重ねたままで放置されてる本や雑誌を片付けることから手を付ける。古い雑誌はページを開かずにそのまま処分、と自分に言い聞かせて始めたもののついつい気になりページをめくってしまう。

積み重ねられた雑誌の山のいくつかはビジネス関係の雑誌だ。ある山は、3年くらい前のもの。めくってみると、わずか3年ほどしか経っていないのに注目の成長企業と持ち上げられた会社がすでに業界でほとんどプレゼンスを無くしていたり、ヒット商品として取り上げられたもののなかに今では完全に店頭から消えたものも少なくない。

なぜだろうかと、つい考えてしまう。あれからわずか3年。消費者の嗜好の変化(飽き)や競合製品の登場など要因はさまざまだが、それにつけても疑問は「なぜ変化に対応できなかったか?」の一点につきる。

歴史に学ぶというほどたいそうなものではない。近未来という言葉あるとしたら、3年前は近過去といえるかもしれない。その近過去を振り返ることで、僕たちは多くのことを学習できる。マーケティングの分野では、どうやって新市場を創造するかという「将来に向けた」テーマが重視される。それは当然のことだが、そのためには近過去に目を向けた考察が有効だろう。捨てるはずだった3年前のビジネス雑誌を教材に用いて行う授業「マーケティング・リフレクション」でも考えてみようか。

当初の目的だった片付けは今も遅遅として進まず。でも、あれやこれや考える事ができたから、まあ良しとしよう。

2010-09-12

直島の「村プロジェクト」

フェリーで直島に渡る。まだ訪ねたことのない地中美術館を見たくて出かけたが、美術館の入り口で手に入れた整理券は入場(チケット購入)まで1時間45分待ち。汗がしたたる暑さに、根性が折れる。http://www.benesse-artsite.jp/chichu/

この島では、今回の芸術祭の作品以外にも常設の作品を数多く見ることができる。「村プロジェクト」という名の、古い民家をアーティストの創作のモチーフとして自由に仕立て上げてもらうという活動だ。大竹伸朗の作品もいくつかある。かつて歯科医院だった建物を舞台にした「はいしゃ」のなかでは、巨大な自由の女神が吹き抜けにスックと立っていた。(建物の内部は撮影禁止)


同じく大竹伸朗の手になる直島銭湯「 I ♥ 湯」と名づけられた美術施設がある。彼が得意とするスクラップブックの手法が建物の内外で展開されている。しかも、ここは本物の銭湯。なかに見学だけの目的で入ることはできない。つまり、500円入って入浴する。楽しい。