昨日、早稲田大学の小野講堂でカリフォルニア工科大学の下條信輔さんのパブリックレクチャーがあった。講演内容は、彼が以前出版した本の内容をもとに情動と潜在認知を中心にしたものだった。
マーケティングの観点からも、いくつも面白いエピソードが紹介されていた。CMの効果を巡る議論や消費者が自ら取った行動を正当化するように判断する認知心理学からの知見は興味深かった。あと、店頭での商品の選択肢の過剰が消費者の不満足度を高めているという議論は、以前Scientific American誌でも似た記事を読んだことがあるが、消費者としての実感からも納得だ。
今年米国でアカデミー賞を受賞した映画「ハートロッカー」の印象的なシーンを思い出した。映画の主人公はイラクに出兵している兵士で、米軍きっての爆弾処理のスペシャリストである。テロによって巧妙に仕掛けられた爆弾を自らの手で処理をするのが彼の任務。専門知識と経験、的確な判断力と決断力が問われる仕事である。
その彼が任務を解かれアメリカへ一時帰国し、家族と一緒につかの間の休息の時間を与えられる。そんななか、彼は奥さんと行ったスーパーマーケットのシリアル(コーンフレーク)売り場の前で呆然と立ち尽くす。シリアルを購入しようと思うのだが、あまりの銘柄の多さにどれにするか決めることができないのだ。戦場で誰よりもタフな判断力を持って生きている彼がである。
このアイロニカルなシーンは、戦場と日常の違いを何にもまして鮮やかに描いていた(それにしても、アメリカの大型スーパーは本当に巨大だ。シリアルや缶スープの売場は、自分の好みのブランドが決まっていない客にとっては、迷宮に迷い込んだも同然かもしれない)。
今回の講演者の下條先生に初めて会ったのは、3年前の秋だったろうか。米国出張のついでに彼が勤務するカリフォルニア工科大のオフィスを訪ねた。その時は、fMRIのデモなどを見せてもらい、そしてニューロ・マーケティングの話などを聞いて帰ってきた。
今回、講演後に彼と少し話をしたが、ニューロ・マーケティングについては彼も僕と同様にその実用展開に関してはまだ現時点では懐疑的だった。企業のマーケティング担当者が飛び付くのを心配していた。その通りだと思う。とかくマーケティングをやっている連中は(僕もだが)おっちょこちょいというか、新しいものにすぐ飛びつこうとする。そうした連中からニューロ・マーケティングは、まるで魔法の杖のように勘違いされないとも限らないから。