戦争で親兄弟を亡くし、頼る人のない生き方をせざるをえなかった戦争孤児と呼ばれた子どもたちの数は約12万人と言われる。しかし、これは確かな数字ではないはず。
なぜなら、その子たちは国からも社会からも忌避され、公的に手を差し伸べられることなく社会の片隅に追いやられ、多くは捨て犬のような身だったのだから。
終戦の年である1945年の3月10日にあった東京大空襲で両親をなくした12歳の少女、琴子が主人公。敗戦後、彼女は疎開先から東京に戻り、一面の焦土となった土地で自分が過ごしたかつての家も親もなくなったことを悟り、髪を短く切り少年に身を変えて生きていく覚悟を持つ。
同様に戦争孤児になり、上野駅の雑踏の中で靴磨きで生きている4人の少年たちの仲間となって一緒に暮らすようになる。琴子だけでなく、映画のなかで描かれるそれら4人の子どもたちの人物像とキャラクターもそれぞれ際立っている。
戦争孤児を主人公にした日本の映画というと、野坂原作の「火垂るの墓」(宮崎駿)がすぐい思い浮かぶ。
だが、「火垂るの墓」の清太と節子が戦後の神戸の町で大人たちから見捨てられ、放棄されて命を落としたのに比べれば(こうしたことを比べること自体がおかしい気がするが)、琴子ら5人は劇中で新興ヤクザや漁師の夫婦、ガード下で出会うおばさんなどから生きていくための人間の情を与えられた分、ほんの少しは人間としての扱いを受けていたのが観ていてのなによりの救いだった。
映画で描かれた琴子は、2026年の現在では93歳になる。琴子だけでなく、また琴子が上野駅で知り合った少年たちだけでなく、戦争孤児だった人たちのなかには今も日本の各地で日々を過ごしている方がそれなりの数いるはずだ。
被爆者とはまた違った形で戦争による傷を抱えた戦争孤児たちのなかには、当時の自分を誰にも話さないで生きてきた人が多いにちがいない。彼らが話さなかっただけではない、国も社会も、それら少年少女にちゃんと目を向けようとしなかった。まさに、彼らはこの映画の英語タイトルであるChildred Untoldだった。
原案・脚本・監督の西川美和が、いまこの映画を作らなくてはと思った理由の1つは、今もこの国の方々で生きているはずの、そうした当時の戦争孤児だった人々がこの国にいるあいだに映画として描かなければと考えたからじゃないのか。
西川がこの映画の中心においたのは、観客が琴子ら戦争孤児へ向けるヒューマニズムにもまして、こうした彼女やそれ以外にも多くの人がなぜ深い傷をおわなければならなかったのか、という怒りだ。と思う。
劇中、岡田准一が演じる新興ヤクザの徹が琴子に諭すように説明をする場面がある。
見ただろう、料理屋の座敷の泥棒どもを。奴らは何があっても飢えたりしない。前線で弾にも当たらない。行軍で凍傷にもならなったり、現地の人の家に火をつけたりしない。そうせずに済むためのあらゆる手順をわかっているんだ。誰の機嫌をとって,誰を犠牲にすべきか。
モノはあるとこにはあるんだ。
料理屋の座敷にいたブタどもは、政治家や官僚、軍人、軍属、それと通じる商売人たちだろう。
結果には原因があり、原因をつくった奴らがいる、ってわけだ。
テーマはもちろん、丁寧に練り込まれたシナリオと構成、そして入念な演出が施された心に響く映画だった。







