クリストファー・ノーランが脚本と監督を務めた「オデュッセイア」には度肝を抜かれた。3時間の上映時間が、あっという間だった。
前作の「オッペンハイマー」で作品賞や監督賞をはじめアカデミー賞で7部門受賞すると、こんな途方もないスケールの映画を製作することも可能になるハリウッドというのはすごい。嫌いだが、やはりすごい。
今回のノーラン版とも言えるオデュッセイアは、ホメロスが書いた全24話をベースにしながらも単純な歴史スペクタクルではなく、彼の解釈による人間オデュッセウスの心の内側を映像化した作品である。
トロイとの10年戦争を勝利に導いた知将オデュッセウスを、原作が描いた人間離れした(神の恩寵を一身に受けた)スーパーヒーローではなく、戦いで数多くの殺人と略奪を行い、部下をすべて死なせて自分だけ生き残って故郷にたどり着いた、悔恨の念を拭い去ることができない一人の人間として描いている。古代ギリシアの叙事詩を現代ドラマへ移植したわけだ。
そうした人間ドラマがテーマの中心ではあるが、冒頭で度肝を抜かれたと書いたとおり、映像のスペクタクル感は半端じゃない。CGももちろん使って描いている一方、巨大なセットや船は実物大のものを撮影用に建造しているのがわかる。
映画の中、<ゼウスの掟>という台詞が頻繁に語られていたが、これは最高神ゼウスが「見知らぬ旅人は温かく迎え入れ、持てなすべし」とした最重要の戒律である。実際、映画ではその掟に背いた者は破滅していった。
これって、ひょっとしてノーランがトランプ政権がとる現在の米国の移民政策を批判しているのかも、って印象を受けたけど。ノーランの政治的信条についてはボクは知らない。