2026-10-29

「書く人」、山崎努

週刊誌で楽しみにしている連載に、役者の山崎努の「山崎努の「どんぶらこ」」(週刊文春)がある。

半年ほど前からの連載だと思うが、見開き2ページのコラムというか語りというか、内容は彼の身の回りで起こったことや周辺の人たちのことなどが軽妙洒脱なタッチで綴られている。

山崎は何冊か本を出しているが、ぼくがまず手にしたのは『俳優のノート』(メディアファクトリー)。

新国立劇場の杮落としとして公演が行われた「リア王」の稽古と初公演の際の日記である。綴られているのは1997年7月の本読みから翌年2月の千秋楽まで、日々の詳細な出来事や思ったこと、考えたこと。

それが実に面白い。ものを作っていくことの大変さ、ダイナミズム、奥深さが見えてくる。べつに役者でなくても、多くのことを感じられる。役者でなくても、誰もが日々の中で毎日を作っているのだから。

その山崎のドキュメンタリー映画が上映されるというので、有楽町の丸の内ピカデリーへ行ってきた。ワールド・プレミアとして東京国際映画祭で上映された『山﨑努 -俳優の肩ごしに-』がそれだ。

そのなかで、山崎が自分の台本に膨大な量の書き込みをすることが紹介されていた。その時スクリーンに映ったのは映画の台本だと思ったけど、その緻密さと役への粘着性に驚かされた。実に几帳面なんだ、書き込みが。

書き込みは何かを忘れないためのメモ的なものというより、山崎は書くことで自分の頭を整理していたんだと思う。

書くことは思考すること、思考を整理すること、それを客観的に評価できるようにすること。山崎努は、クセの強い字で書き続ける。