2022年7月24日

マーク・ライデルからヘンリー・フォンダ

マーク・ライデル監督の映画が観たくなり、『黄昏』を観る。描かれるのは、湖畔の山荘での家族の夏の日々。主な登場人物は、6人のみ。まるで舞台劇のようだと思ったら、やっぱりもとはブロードウェイでかかっていた芝居だった。

映画版が素晴らしかったのは、湖やそれをとりまく自然の美しさだ。原題の On Golden Pondを映し出したのも、映画ならでは。しっとりとしたデイブ・グルーシンの音楽もストーリーと映像によくマッチしていた。

この作品では、主役のヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘプバーンの2人がそろってアカデミー主演男優賞、女優賞を受けた。キャサリン・ヘプバーンは4度目、ヘンリー・フォンダは76歳での初めての受賞だった。

で、ヘンリー・フォンダの『怒りの葡萄』を続けて観ることに。原作はスタインベックの小説で、ピューリッツァー賞を受賞し、のちにノーベル文学賞を彼が受賞する理由になった作品。

オクラホマからカリフォルニアに仕事を求めて移動する貧農の一家。いまからまだ80年足らず前のアメリカでの、土地を持たない農家がおかれた厳しい状況とそれに抗う逞しい人たちの姿は、今のアメリカからは想像できないほど。 

ただ、搾取する側と搾取される側がはっきりと線引きされた社会の構図は、いまも何ら変わってはいない。

 
ところで、スタインベックのこの小説の初版が出たのが1939年。映画が公開されたのは、翌40年。速攻でこれだけの映画を完成させたのは、名監督ジョン・フォードと20世紀フォックスの豪腕プロデューサーだったダリル・F・ザナックの力だ。

2022年7月23日

カペラは冬の星

「カペラが見えてた」と書いたが、ちょっと気になって調べて見ると、カペラは冬の星。

ということは、東の空の比較的低いところに見えてたあの明るい星は何だろう?

木星ー火星ー月ー金星

今晩は、南南東の木星から火星、月、そして東北東の金星まで、なんと4つの星がほぼ直線に並んでいるのを見つけた。また、南西の空には土星も見える。だけど、その他に見えるのはカペラ、くらいか。

もっと空が暗ければ、天気がいいので天の川やカシオペア座なんかも見えるはずなんだけど。街の夜は、肉眼ではこれが精一杯。

2022年7月22日

文科省元局長(続き)

先の記事を書いたあと、有罪判決を受けた元文部科学省科学技術・学術政策局長佐野太が出したコメントを読んだ。

「明らかに不当な判決。後日、控訴に対する態度をあきらかにする」

だとか。

自分と息子を守るためだろうが、文科省の官僚が大学から利益供与として裏口入学を受けたことがどういうことか、分からないはずはないだろう。

文科省局長の有罪判決と大学ブランディング

すっかり忘れていた事件の判決を読み、当時の記憶を新たにした。

発生したのは、2018年の2月。4年前の大学入試の時期のこと。東京医科大学が、当時の文部科学省局長の息子に入試でゲタを履かせて合格させたという一件である。

そもそもの発端は、文科省が起案した「私立大学研究ブランディング事業」の募集に東京医大が選定されたくて、大学の理事長が文科省の局長に飲食の場で自分らが選ばれるための申請書の書き方を局長に教えてくれるように依頼したことから始まっている。

実に身も蓋もない話だが、さらにそれに輪を掛けたのが、その見返りとして文科省のその局長が、当時浪人中だった息子の入学を求め、便宜を受けたといういきさつだ。

私立大学の入試では、ある特定の学生の入学を優先するということはある。たとえば女性を優先するとか、地方出身者を優先するなど、多様な考えがあっていいと思う。

だが、世話になった文科省官僚の息子を見返りに合格させるのは、大学の専権事項にはならない。その元官僚は裁判期間中、自身の無実を一貫して主張していたらしいが、社会常識と照らし合わせればそれがどういうことかは明らかだろう。

この事件で皮肉だったのは、ことの発端が同省の「私立大学研究ブランディング事業」だったこと。名前を読むだけでも首を傾げて笑ってしまうような事業(*)だけど、それで名前を一気に全国に知らしめた医大理事長は立派というか阿呆というか。

* https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/002/002/1379674.htm

文科省とそのプロジェクトに対して下心見え見えで参画を狙った医科大学。双方のトップが裏でそれぞれの利益しか考えてなかったところに問題の核心はあった。そもそもが、この官僚の浪人中の息子のためにこの事業が文科省で組まれたのかも知れないとすら思える。 

この事件があって以来、僕は初めて診察を受けるお医者さんには、少々失礼だと思いながらも問診の時に「先生は、どちらで医学を学ばれたのですか?」と聞くようにしている。

偏差値の高い医大の出身者だからといって、優秀で良い医者だとは思っていない。ただその時の彼(女)の返答の仕方は、その医師について多くを語ってくれるので大いに参考になる。

2022年7月17日

「金の匂い」より「文化の香り」

先日、ある親しい友人とひさびさに話す機会があった。

彼曰く「なんだか、早稲田のビジネススクールって、金の匂いが強いよね」。うっ、返答に困った。

「金の匂い」がすべて悪いわけではないけど、やっぱり大学なんだからできれば「金の匂い」より「文化の香り」がするって言われる方が100倍うれしいんだけどネ。

今の状況じゃあ、到底ムリか・・・

2022年7月12日

乱入せよ、さもなくば乱入させよ

夕方、大学正門前の大隈講堂で「村上春樹 presents  山下洋輔トリオ 再乱入ライブ」と題した催しがあった。

開演15分前の午後6時15分、研究室のある11号館の11階でエレベータに飛び乗ろうと思ったら、エレベータホールでN先生とばったり。実は彼とは大事な打合せがあってそれに誘われたのだけど、時間が迫っていたので失礼させてもらった。

このイベント、ネットで申込み、抽選そして当選、チケット引き取りなんかをして9千数百円はたいて出かけたが、何のことはない。普通のコンサートだった。

それとは別に、今回のチケット購入のプロセスはまったくの噴飯物だった。いま思い出しても腹が立つ。客を何だと考えているのかと。

クレジットカード情報を含む個人情報をサイトに打ち込んでチケットの申し込みをすると、「仮登録」という返信メールがシステムがら届き、そこにあるリンクから今度は「キョードー東京メンバーズ」とやらに登録を求められる。当選した際にチケット受け取るため、メールとパスワードを登録して「マイページ」を作らされる。

抽選にするという理由のひとつは、一人でも多くの個人情報を取ることだろう。小銭稼ぎにどこかに流すつもりか。そうでもなければ、当選するかどうか分からない申込者全員のクレジットカード番号を含む個人情報を取得する必要はないはず。

チケットはといえば、抽選結果の連絡を待たされ、当選の連絡を受けたあとはコンビニでの引き取りの準備ができるまで連絡待ちをさせられ、その後、イベント直前にチケット販売業者指定の特定コンビニでチケット実券を受けとることになる。

コンビニ店頭ではいったん店内の機器に予約情報を入力し、プリントされてきた用紙を今度は同店のカウンターまで持参して、やっとチケットが手渡される。あまりにまどろっこし過ぎる。

本来はこれまで通り、申込の先着順で席を決めてチケットを客に郵送する。それで済むはずだ。郵送料なら84円で済むなのに、システム利用料(なんだこれ?)220円とコンビニの発券手数料110円がチケット代金に加算される。客に不必要な手間をかけ、不必要な個人情報をはき出させ、時間を無駄に使わせ、余計な支出をさせている。

キョードー東京が客に負わせたこの一連の手続きは、数々の点で間違いなく最低かつ悪質だと言っておく。

イベントを大隈講堂でやれば、学生を含めて大学関係者が観客として多数来ることは容易に予測できるし、またそれをひとつの目当てにして「早稲田大学共催」となっているはず。大学も安易な名義貸しをせず、もう少ししっかりを吟味しなくてはいけない。

当日の演奏自体は良かった。第一次山下洋輔トリオのメンバーであるドラマーの森山威男とサックスの中村誠一の演奏もすこぶるパワフルで、フリージャズの面白さとダイナミックさを満喫させてもらった。前座の早稲田大学モダンジャズ研究会の演奏も愉しめた。

だが期待したイベント性はほとんどなく、仕掛け人の東京FMがその番組用にカラ宣伝したとしか思えなかったのが残念。観客席に京大元総長の山極寿一さんがいて、山下さんが山尾三省さんと知り合ったいきさつについて質問したのが興味深かったくらいで、他にイベントらしきものは見るものなし。主催者の企画力のお粗末さが露呈していた。

それはそうと、山下洋輔さんには1989年に、中村誠一さんにはそれ以前の1987年ごろか、僕が広告代理店に勤務していた頃にそれぞれあるイベントとCMの仕事をご一緒したことがあり、それから30年以上になるけど、お二人とも「古びてなかった」。

2022年7月11日

当選者らの「バンザイ」について

選挙が行われるたびに思うのだが、当選者やその関係者はなぜ「バンザイ」をするのだろう。子どもの頃からの疑問であり、いまだその違和感はなくならない。

選挙に当選したということは、これから議員として国会で国民の代表として仕事をすること。そこできっちり仕事を成し遂げてから「バンザイ」してくれよ、と子供の時から思っていた。

テレビ画面に映る「バンザイ」当選者とその取り巻きの心の中は、「一仕事終わりや」という気分でいるようにしか見えない。

そうしたなかで「今はバンザイはしない」と言った当選者もいた。どちらが今後に向けて本気かは明らかだ。

2022年7月8日

ジェームズ・カーン

ジェームズ・カーンが亡くなった。彼の映画はいくつか思い浮かぶが、僕は彼がアカデミー賞候補にあがった「ゴッドファーザー」より、その翌年に公開された「シンデレラ・リバティー」の方が記憶に残っている。

彼の役どころはアメリカ海軍の水兵。真夜中で時間切れとなる「シンデレラ休暇」である港に上陸した際、酒場の玉突場でキューをあやつっている女と知り合い、恋に落ちる。その娼婦役を演じていたのは、ニール・サイモンの奥さんだったこともあるマーシャ・メイソン。

実直で頑固で不幸な境遇の親子を放っておけないアメリカ男が、カーンに似合っていた。

監督はマーク・ライデル。「ローズ」や「黄昏」といった秀作を撮っている。

2022年7月4日

10人分も10億人分も同じだから

ブルームバーグの報道によると、中国で最大10億人分の個人情報が当局からハッキングされた。具体的には上海警察のデータベースから住民の氏名、住所、出生地、身分証番号、電話番号、犯罪歴情報などを含むデータが盗まれた。

 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-07-04/REHL1MDWRGG201?srnd=cojp-v2 

紙に印刷された10億人分の情報なら大変な量でちょっとやそっとでは運び出せやしないが、デジタルデータなら手元のキーボード操作だけで済む。警察が管理しているデータですら、ハッカーの手にかかればたやすいものなんだろう。

と思ったら、国内では日経BPの会員情報が不正にアクセスされて、データが外部に持ち出された可能性があるとニュースで流れた。

マイナンバー・カードに収められた日本人のまとまった個人情報は、世界中のハッカーらの垂涎の的。使い方次第で膨大な利益を得られる。だから、そのうちハッカーらのターゲットになるのは間違いない。

あるいは、そうなる前に役所が作業を丸投げした業者から情報が漏れるか、もしくは紛失するか。先日、尼崎市の全市民46万人の個人情報が入ったUSBメモリーが紛失したように。

それを手に入れてやろうとする専門家集団がひしめいている限り、どうやったって100%安全なデータ管理はできないのである。だとしたら、政府が考えているような個人情報の集中的な一元管理でなく、分散管理を行うことが必須なのではないか。

情報漏洩が発覚した際、政府は「今後のセキュリティ対応を強化します」といえば済むが、自分の情報を漏洩させられた個人は、不安をかかえたまま泣き寝入りするしかない。

2022年7月3日

「秘密は何もない」

ピーター・ブルックがパリでなくなった。

オックスフォード大の学生だった17歳で演出家としてデビュー、20歳でRSC(ロイヤル・シェークスピア・カンパニー)の演出家に。22歳でロイヤル・オペラハウスの制作主任に抜擢されたという、英国出身の天才演出家だ。

昔、銀座セゾン劇場で観た「マハーバーラタ」の昂奮を思い出す。 

手元にある彼の『秘密は何もない』(早川)は、僕の愛読書のひとつ。クリエイティブであるということはどういうことか、クリエイティブなものを創造するということはどういうことか、深く考えさせてくれる本だ。

彼は「秘密は何もない」というが、僕には秘密だらけだ。

2022年6月26日

F/A-18と腕立て伏せ

「トップガン マーヴェリック」をIMAXシアターで。お話は簡単で子供にでも分かるものだが、よく練られている。

トム・クルーズ演じるマーヴェリックと、彼の教え子たちともいえる若い選りすぐりのパイロットたちが主人公。だが、本当の主人公は戦闘機F/A-18とF-14だ。これらの飛行シーンには度肝を抜かれる。

磨き抜かれた技術で最新鋭の戦闘機を扱うパイロットたちだが、かれらが何かにつけて「罰」として腕立て伏せをさせられるシーンが妙に印象に残った。このコントラストが面白い。単なるストーリー上の演出ではなく、アメリカ海軍では実際にやっているんだろうな。

映画の冒頭あたりで、今後さらに技術が進めば戦闘機乗りは不要になっていくと上官に言われたトム・クルーズが「そうだろうが、それは今日ではない」と返すシーンがあった。

肉体と意思をもった人間を忘れるべきではないという制作者のメッセージである。


2022年6月25日

小田嶋隆さんがなくなった

コラムニストの小田嶋隆さんがなくなった。65歳。面識はないが、同じ時期に大学の同じキャンパスにいたはずである。

訃報で「反骨のコラムニスト」「反権力のコラムニスト」と彼が呼ばれているのは、日本ではそうしたはっきりものを言う文筆家があまりに少ないから。

彼のことを詳しく知っているわけでも思想的な背景を理解してるわけでもないが、書かれたものを読む限り、彼は反骨ではあっても反権力を標榜したわけではないように思う。彼は、右も左も関係なく、ただ理屈に合わない考えやそれにもとづく言説を黙って認めることができなかったリベラリストであっただけ。

そうした彼に「反権力のコラムニスト」というレッテルを貼ったのは、恵まれた組織(大企業)内にいるがため直言したいが彼のようにはなれない、へたれメディア人たちである。

2022年6月22日

2年半ぶりの国際学会出張

コロナ前の2020年1月、ハンガリーのブタペストにいた。学会発表のためだった。

現地では学会後にサーカスを観に行った会場で、現地駐在の日本人夫婦の方と偶然に知り合い、その後食事を一緒したり、帰国後もメールのやり取りをしたりで、思いがけず記憶に強く残る旅になった。

それは一例だが、日本を出て海外に行くと、たいていは新たな出会いや発見がある。それもあって海外の学会に出かけることを続けていた。

だが、中国武漢発のコロナウイルスが一気に拡がり、海外への渡航は一切禁じられた。その後のことはここに書くまでもない。人の移動が制約され、ネット上で展開するヴァーチャルなコミュニケーションにいつの間にかわれわれは違和感を感じることがなくなった。

それから2年半が過ぎて、やっとまあまあ普通に海外に出かけられるようになった。最初は欧州の学会へ出かけようと思ったが、ここはまずはリハビリを兼ねて距離の近いアジアの国にしようと思った。

そこで今回のマレーシアである。マレーシアを訪ねるのは初めてだし、英国留学中に一緒だった友人がいることも背中を押した。

日本からの出国と現地への入国。そして、現地出国と日本への再入国。一番大変だった、というか翻弄されたのは現地からの出国の際の手続きだ。 

今回のフライトはJAL。現地への直通フライトを飛ばしているからだ。ただ、現地空港での乗客の搭乗手続きなどグラウンド作業は、提携先のマレーシア航空が受け持っていて、それが今回大きな問題のもととなった。

これはあくまでも個人的な評価だが、マレーシア航空のスタッフはとても真面目なのだが柔軟性に欠け応用力がなかった。しかも、以前の古い日本政府の感染防止策とその規制手段をいまも適用しようとするので、当然のようにこちらとは押し問答になる。

MySOSとかいう日本政府のアプリをスマートフォンにインストールしていないという理由で搭乗手続きを拒否された。ワクチン接種証明書も、さっき済ませたばかりのPCR検査の証明書があってもである。

そもそもMySOSというのは、もし機内で感染者が出た場合に、日本政府の検疫所がその飛行機に乗っていた他の乗客に連絡を取ることを目的としたもの。住所や名前、連絡先をデータをしていれるだけのアプリのようだ。感染拡大やその防止と関係ない。紙の用紙に渡航で利用した航空便と座っていた座席番号、日本での連絡先を記入して提出すれば済む。実際、最終的には僕はアプリをインストールするなどせず、成田空港で1枚の紙を記入しただけで済んだ。

こうしたことが、その目的を一切知らされず、また彼女らも考えることをしないので、ただただ教条的に以前言われたとおり、そのアプリがないと搭乗手続きを行わないと言い張るだけ。

結局、カウンター周辺にいた、つい10日ほど前に日本からやって来たという日本航空社員が取りなしてくれて搭乗手続きができて機内に入ることができた。彼がいなければ、僕はその便には乗機できなかった。

コロコロ変わる日本の厚労省の政策と未徹底な通達。意味を理解しようとせず、機械的にしか仕事をしない現地スタッフ。日本から着任したばかりで、そうした現地スタッフをまだ掌握できていない日本の航空会社の社員。と、今回の問題の所在は多層で多岐にわたっていた。

最後の最後、現地の空港でのやり取りは、今思い出しても腹がたつことばかり。もともとコロナがなければこんなこともなかったと自分を慰めるしかない。

ところで今回の学会では、最終日のセレモニーで僕の研究発表に対してDistinguished Academic Award(4名が受賞)が与えられた。こうしたことがなければ、もう2度と彼の地は踏んでやるかと怒り心頭だったはず。せめてもの救いかな。 

 

ペトロナス・ツインタワー。観光デッキに昇る予約は今も一週間待ち

  
ホテルの部屋から見えたKLタワー

ヒンドゥー教の聖地「バトゥ洞窟」から見下ろす

日本への直通便は夜便のみ。昼間の時間を使ってマラッカへ足を伸ばした。

2022年6月13日

男女役員数の均衡化義務の意味

日本の話ではない。まずはEU(欧州連合)を中心とした話をしよう。

EU各加盟国と欧州議会が、それらの地域において上場企業の女性取締役比率を増やすための規制案に合意した。

対象となる企業は、2026年6月末までに社外取締役での女性比率を40%以上にしなければならない。このことは、各国で2年以内に法制化することになっている。

また、社外取に限らず全取締役の枠組みで見ると、男女それぞれの取締役の比率を33%以上にするという方針になった。

男女平等、機会均等の考えのもと、女性が企業の取締役にとどまらず、あらゆる場で責任のあるポジションに就くのは大いに結構だと思う。

だが同時に、こういった単純極まりないクオータ(割り当て)の発想には、大いに疑問がある。

先のEUと欧州議会の合意だが、形式的に数字を作るのは阿呆でもできる。たとえば、社外取締役をすべて女性にする。そうすれば、社外取締役の女性比率40%以上も、また全取締役の女性比率33%以上もクリアできる。だが、それが果たして企業経営にとってプラスになるか。

なぜか。今回、そもそも上場企業に限ってのルール設定をしているのが、それが納得いかない。上場企業と非上場企業でなぜ線引きするのかの説明がなされていない。

また、日本企業の社外取締役に見る女性の状況は、以前から極端なインフレ状態にあると言われている。東証の基準をクリアすることを目的としているため、その多くは取締役の内実を伴わない形式優先との批判はあながち間違いではないだろう。

以前、建設機械メーカーであるコマツの相談役、坂根正弘さんと対談したときのことを思い出した。彼は「取締役に女性をつけるのは、難しいことではないんです。社外取締役は、どこかから探してくればすむ」「だが執行役員に女性をつけるのは、社員の採用から始まって、時間をかけて育成しなければならならず、一朝一夕にはいかない」と話してくれた。まさに正論だと思う。

形式要件を満たすために女性の社外取締役を増やす企業があとを絶たないが、その結果、そうした企業が今後どうなっていくか。

IMDなどの調査結果を見るまでもなく、日本企業の国際的な競争力が急低下してる状況の下で、こんな発想で見せかけのガバナンスを行っていることを「経営」だと思っているマネジメントが実に多い。

2022年6月12日

総長決定選挙

総長決定戦の投票締め切りを間近に控え、各候補の選挙活動が続いている。今回の総長戦に立候補しているのは、現総長を含め3名。

僕は来週から海外出張に出るので、その前に投票を済まさなければならない。といっても、レターパックで投票用紙を大学の選挙管理委員会宛に返送するという簡単なやり方だが。

誰に投票しようか決めかねている。前総長というのが一体何をやったか分からないような人物だっただけに、現総長が良く見えていたこともあった。が、本当に3人のなかで最適な選択なのかと迷っている。

勤務先の大学で教員を務める古くからの知り合いと電話で話したところ、その人は大学の執行部を務めたことがあるだだけあって僕なんかより学内の色んな情報を持っており、また大学サイトの選挙ページに掲載されている立会演説会などの動画をきちんと見ると良いとアドバイスされた。

大学というのは、一見、世間からは浮世離れした社会に思われがちな世界だが、ご多分にもれず人間の欲がそれなりに渦巻いているようだ。権力を求める人間の欲求は場所や環境に関係ないようだ。

2022年6月10日

気仙沼で漁師になった彼女

好きな声というのがあって、僕にとってのそうした声の持ち主の一人が松たか子だ。それが理由で、彼女がナレーションをしているNHK BSプレミアムの『新日本風土記』を見る。

今日のその番組だが、テーマは「気仙沼」。番組の冒頭で、いきなり知り合いの娘さんが画面に現れた。

実は、新聞のラテ欄で「気仙沼で都会から移住し漁師になった女性」という番組説明を見たとき、ひょっとしたら・・・、とは思っていたのだけど。

彼女は横浜生まれの横浜育ちのはずだ。大学卒業後は青年海外協力隊の隊員として何年間かアフリカのマラウイで活動をしていたと聞いていた。それだけで、突然「私、漁師になる」と言い出したとしても、なんとなく納得できそうな感じがする。

僕は彼女に直接会ったことはないのだが、彼女のお母さんにお世話になったことがあり、その子が震災復興のボランティアとして宮城でいろんな活動をしているとか、数年前から漁師になりたくて気仙沼の船頭のもとに通っていると話には聞いていた。

テレビに映る彼女は、華奢な見かけではあるがとても逞しく見えた。網やロープを日々扱う彼女の手がアップで映る。若い彼女の手は、カサカサで荒れ放題だ。爪のところから血が滲んでいる。彼女はそれを喜んでいるわけではないが、ちょっとした勲章のように感じている節も窺える。

番組終了後、彼女の母親に「NHKの番組、見ましたよ」とメールしたら、「日焼けがどうの、美白がどうのとおしゃれにばかり気をつけていた高校生時代とは全く違ってますね。なんだか母の私にも手の届かないところまで行ってくれたようで嬉しいです」と返信があった。

思いもしなかった夢を追いかける娘が心配で仕方ない一方で、親元から遠く離れ、親たちの想像を超えた逞しさで自分の生き方を突き進む娘に、大きな希望を感じているように僕には思えた。

そんな彼女には、赤の他人ながらとにかく元気で、思いっきりやってほしいと願っている。

2022年6月7日

株主総会招集通知も少しは進化したら

6月の下旬は上場企業の定時株主総会の時期。各社から「招集ご通知」が送られてくる。

どれも昔から同じスタイル。サニタイズされた表面的で型どおりな情報ばかり。決議事項は、だいたいどの企業も定款の一部変更と取締役/監査役の選任だけだ。だから代わり映えするわけない。

いつからか、取締役候補者のスキルマトリックスなる表を掲載する企業が出てきたが、それを見てもよく分からない。勝手な自己申告だろうから信憑性がなく、ほとんど意味を感じない。株主が判断する際の役に立つとは思えない。

取締役候補くらいは、ウェブサイトで自分がこれまで何をやってきたのか、どういう考え方で取締役に就こうとしているのかを株主などに語りかける動画くらい掲載したらどうだろう。

やろうと思えば簡単にできるはず。「前例がないからやりません」って? そーかい、だからあんたたちダメなんだヨ。総会をもっと爽快なものにしようという発想でも持ったらどうだ。

2022年6月6日

「なぜ日本は没落するのか」

ノーベル経済学賞候補と言われた森嶋通夫さんは、日本と英国を行き来しながら日本の行く末について考察していた。

その彼は、1999年に著した「なぜ日本は没落するのか」で50年後、つまり2050年頃の日本について「国際的発言力のない没落した国に落ちぶれている」と予言した。

なぜ50年後を彼は予言できたのか。あるいは、予言できると考えたのか。おそらく彼は、その当時の学生たち、二十歳前後の若者を見て50年後の日本の行く末を予言したのだ。 

日本では政治の世界においても経済の世界においてもリーダー的ポジションにいるのは60代後半から70代のオッサンが中心であり、50年後にどうなっているか、彼は当時の教育の場の状況とそこにいる若者らを見て予測したのである。

日本の戦後の学校教育は知識偏重で「価値判断を行う能力」「論理的思考で意思決定を行う能力」の涵養を疎かにしていて、そして50年後にはそれらの教育を受けた人間が政官財の指導者になっているはずだから日本は没落する、と考えた。

森嶋の基本的な認識は、現在の日本人は堕落したという点にある。それを断定的に述べることはここではできないが、政治はもとより経済においても、日本は没落した三流国家に成り下がってしまったのは事実だ。

彼が云う50年待たず、わずかその半分以下で到達してしまった。森嶋は、国が栄えるかどうかはその国民性にあるとしている。想像力に欠けた硬直化した発想と、右へ倣えの意思決定を範とする日本という国のスタイルがその典型である。

2022年6月4日

何ごとも訓練・・・

交通誘導員のための練習かな。近くの公園で見かけた、ちょっとのどかな風景。