MUJI は、世界中でデザインに敏感な人たちによく知られた「ブランド」である。
今日、ミッドタウンにあるジャパン・ソサエティで、無印良品を運営する(株)良品計画の金井社長の講演会があった。
飄々とした人で、人を食ってるわけではないのだろうが、「自分は正直で、ピュアな人間だ」と述べ、司会者の米国人からピュアの意味を質問されると「ピュアは、ピュアだよ〜」と返したのは傑作だった。聴衆のなかの日本人には受けたが、米国人にはどう受け取られたかは分からない。
無印良品が、「これがいい(This is what I want)」ではなく、「これでいい(This will do)」という一つの思想性を製品づくりの骨子にしたところはまことに秀逸で、西洋流の発想からは出てこないところが外国の人たちに逆に新鮮なのだろう。
金井社長の口からは、「アンチテーゼ」(Antithesis:反対命題)という、なんだか懐かしい言葉も聞かれた。現代の消費文化への対抗概念ということなのだろう。その一つとして No name という考え方をあげた。野球のボールにはデザイナー名が付いていない、包丁も誰がデザインしたのか分からない。そうした商品(もの)とデザインの在り方のことである。
確かにそうしたものは僕たちの周りに今もたくさんあり、それらから僕たちは大きな恩恵を得ている。そうした商品はもちろんあってもいい。だけど、デザインには署名性が必要なときもある。そのことで優れたデザインが生まれることがあるから。また、優れたデザインについては、その開発者の名を残すことは大切ではないだろうか。聴診器や注射器だって、それぞれ発明・開発者の名前が歴史に残っている。
ただし、開発者(デザイナー、アーティスト)の名前が刻まれているだけで、5ドルのものが2000ドルになるのは疑問だけど。
http://tatsukimura.blogspot.com/2012/10/2000.html
会場には、デザイン関係の会社の人たちが多くやって来ていた。