2022年11月3日

メタバースの前に図書館へ行け

現在はデジタル・マーケティングの第一線で仕事をしている、かつての教え子と大学近くで昼飯を一緒にとる機会があった。

彼女は僕が教えている大学院(ビジネススクール)にフルタイムの学生として2年間通った。大学院のプログラムには大きくフルタイムとパートタイムの2つがあり、その当時から学生数の上での主流は主に夜間に大学に通うパートタイムの学生だ。

パートタイムでの通学というのは仕事を辞めずに通え、学位が取れるということで彼らにとっては機会費用による損失を抑えられる選択であるが、その分必要とされる授業にただ出るだけで終わる学生も多いように思う。

以前学生たちから、パートタイムの学生は履修に関して「楽勝科目」の授業をやけにとりたがると聞いて妙な感触を持った。楽勝というのは、彼らが思うところでは単位が確実に取れ、しかもAの評価をもらいやすい科目のこと。

そうしたものがあるのかどうか知らないが、もしそうだとしたら、そうした科目の授業をとりたがるモチベーションは歪んでいると言っておこう。成績表でのA評価の数をたくさん増やして、それで有利に転職を進められるとでも考えているのだろうか。

先の修了生だが、彼女は当初、つまり入学前は仕事をしながらパートタイムで通うか、それともフルタイムの学生になるか迷ったという。が、結局、フルタイムの大学院生として早稲田に入って大正解だったと語った。

彼女はその理由として、在学中は大学の授業に出るだけではなく、大学という環境の中でゆっくり広くものを考える時間が持てたこと。そのひとつとして、時間があるときには大学の図書館で思いっきり本を読むことができたことをあげた。

以前、大学院を修了したパートタイム(つまり仕事をしながら夜間に通っていた)の学生たちに、在学中にどのくらいの頻度で大学図書館を利用したか訊ねたところ、在学中に一度も図書館に行ったことがない学生が優に半分以上いて心底驚いた。

彼らにしてみれば、図書館なんか面倒ということか。しかし、図書館では<検索>では見つからない本との偶然の出会いと発見があり、それが本当の知を広げていく重要なきっかけとなる。

ところで、大学教育の場にもDXとやらの名の下でメタバースが取り入れられはじめたようで、東大にはメタバース工学部という新設学部ができたらしい。

そこではネット環境さえあればメタバースによってどこででも学べ、さらに参加型で双方向性を持てるとしている。東大の責任者は「年間20万人を目標にデータを活用できる人材を育成したい」と言っている。(20万人とどのように、そして誰が双方向性を保つのだろうか?)

そもそも、技術的な可能性としてどこででも学べるからといって実際にどれほどの学生がそのネット上で学習するだろうか。技術的に「できること」と、人が実際に「行うこと」は必ずしも一致しない。

授業を受けている校舎から歩いて5分ほどの所にある大学図書館に足が進まないような学生が、アバターに身を委ねてメタバースで一体何を学ぶというのか。僕にはまったくのところ想像できない。