2022年11月19日

客にチップをはずまさせろ

長年にわたり髪を切ってもらっているOさんが自分の店を畳んで久しい。もうそれなりの歳だからで、今は昔からのお客さんの依頼があったときだけ美容師として働いている。

お客さんから依頼があると、知り合いの店の一画を借りて髪を切る。職人だから、はさみや櫛、カットケープなど自分の商売道具が入った袋を持ち運びさえすれば仕事ができる。

「包丁一本、サラシに巻いて」ではないが、道具さえあれば腕一本でどこでも、それこそ世界中どこででも仕事ができる人たちで、そうした連中をいつも尊敬してしまう。

人間の体に対してハサミという刃物を使う仕事だから、ロボットではそうそう代替できない。人の頭に髪の毛がある限り、われわれは彼らの世話になり続ける。

先日、彼に髪を切ってもらったあと、その日の次の予定まであまり時間がないなかで昼食を済ます必要があったため、髪を切ってもらった店の近くあったカレー屋に入った。大手のカレーチェーンだ。時間をかけずに食事をするのに向いている。

カウンター席は、1席ごとアクリルの板で仕切られている。コロナ感染防止のためだが、ニワトリのケージみたい。席に着くと目の前には小型のタッチパッドが置かれていて、それで注文する。カレーの種類と好みの辛さ、ご飯も盛り具合を選ぶくらいだから、簡単といえば簡単。

店にとっては、このコロナのタイミングでオペレーションを省力化したいのだ。客としてもスッと入って、パッと頼んで、サッと料理を出されて、ササッと平らげて、またスッと出て行くことができる。

ただ当然ながら、それ以外の外食の仕方もある。

これまた先日のこと、知り合いと4人で和食の店に入った。その日はメンバーの都合で早めの時間にということで集まり、われわれがその店の予約席に着いたときにはまだ先客はひと組もいなかった。

席に通されるや、案内してきた店員は「ご注文はこれでお願いします」とテーブルにおかれたタッチパッドを指さし立ち去った。2人ずつ向かい合わせに座ったテーブルに、10インチ程度のパッドが1枚。それで飲み物と料理を一覧した上で、人数分の注文をすることになっているようだ。

先の店員はというと、店の奥で他の店員とおしゃべりをしている。最初、パッドをくるくる回して向きを変えながら4人でメニューを見ていたが、当然ながらオジサンたちは自分らがやっていることがすぐに阿呆らしくなった。

おしゃべりに夢中になっている店員を呼びつけた。通常の(手に取れる)メニューを持って来るように言う。一瞬、嫌そうな顔を見せるが、軽く睨みつけると「わかりました」と言ってメニューを1冊持って来た。

客が4人テーブルについているのに、メニューを1冊しか持って来ない。こ店にはまだ他の客はひと組もいない。メニューが足らないはずはない。客に対する気遣いが足らないのだ。足らないのではなく、完全に欠落している。 

例の店員をまた呼んで、あと3冊すぐに持ってくるように言う。で、飲み物と料理の注文はパッドではなく、その者にすべて申しつけた。そもそもその時点で、誰かが注文用のパッドを掘り炬燵の下へ放り投げていたし。

最近の飲食店だけど、彼らは客商売のはずなのにそれほど客と話をしたくないのだろうか。不思議だ。メニューにある「板長の今日のお奨め」や「獲れたて鮮魚」についてパッド上でつまらない説明を読ませて、客の気持ちが動くと思っているのかね。

こっちが思わず注文せずにはいられないような生きのいい口上のひとつも聞かせてみろよ、というのは無理な注文なんだろうか。

そうしたサービス経験には、我々しっかりチップをはずんでやるんだけどね。

日本じゃ無理か。