海外小説の翻訳出版を事業の中心とする早川書房社長の「私の履歴書」が終わった。最終回の文章は次のようなくだりで終わっていた。
買おうかどうか思案している本の版権はいくつもある。さて、今夜はどの出版社、どのエージェントに電話をかけようか。
やはりそうなのだな、と思った。電話なのだ。
メールで要件のやり取りはできる。しかし、相手の声を聞き、こちらも肉声で応える、いきなり要件に入るのではなく、ときには相手への気遣いやちょっとした気の利いたスモールトークで雰囲気をつくって、それからビジネスの話に入る。タイパが肝心、などと言っている向きは、背中が痒くなる感じだろう。
手間がかかる、もったいぶったやり取りかもしれない。しかも、電話で話しあったことは、必ずメールや書類で追確認しているはずだ。
だが、やっぱり電話するんだな。相手の国の時刻を頭の片隅におきながら。
彼らが扱っている本という商材の特性もあるし、出版業という製造業やITなどとは違った肌合いのビジネスという背景もあるだろう。
ただ単に性能や特性、価格をもとにその場限りの売買を決めるではない、相手の顔を思い浮かべながら最終的に決めるというやり方。こうしたビジネスを今もやっている業界があるということに、なんだかほっとする。