2026-06-20

リアリティから乖離した大学人の単純思考

4ヵ月程前、国内のある学会に退会の旨を連絡した。

その後、何も言ってきてなかったのが、つい先日になって<退会が認められました>とメールを送ってきた。なんというか、日本の学会はどこまでもお役所みたいだ。

振り返ると、ぼくはどうも日本の学会とはあまり相性がよくなかった。 

初めて学会に参加したのは30代後半になってから。外資系企業のマーケティング部署で働くかたわら博士後期課程の大学院生でもあった時、知り合いから商業系のある学会を紹介されて入会した。

初めて参加した学会、そこに最初に登壇した人物は関西のある国立大の経営学部に所属する助教授で、彼女は研究報告の冒頭でこう言い放った。「企業には攻撃型の企業と守備型の企業があります」

「おいおい、ちょっと待てよ、なんだその二分法は」と仰天したのが、最初の感想。

企業は人間と違って、生まれながらの不変なパーソナリティを持っているわけではない。市場において攻撃的な行動をとることもあれば、状況に応じて守備(防衛)的な行動をとることもある。

どうするかはその時の競争状況と、現在の戦略や資源などとの兼ね合いで決定される。 A男さんはいつも物静かな性格で、B子さんはつねに饒舌なタイプといったアナロジーは企業には当てはまらない。 

企業をマーケットリーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーに分けて考えるようなことはある。が、それはその時の特定業界における市場占有率によって取るべき基本戦略を類型化したところからの発想に過ぎない。

彼女の冒頭の発言を聞いておったまげ、すぐに会場にいた周りの参加者の反応が気になり、ぐるりと周囲を見回した。そこでまた烈しく驚いた。

さっきの決定論的な発言に対して首を傾げている人が一人もいなかったからである。みんな何もなかったような涼しげな顔で聞いている。「ダメだ、こりゃ」と思ったのが、2番目の感想。

ビジネスの現場でのたうち回ったことのない安穏な大学人の様態はこうなのだと実感して、自分とは相容れないことを痛感した。

これが一番最初の学会での記憶。そしてぼくが聞いた一番最初の研究報告での出来事である。これが良かったのか、良くなかったのか。

以来、学会活動への目は国内ではなく海外に自然と向くようになった。だから、コロナ禍で海外渡航ができなかった時期を除いて、学会発表はほとんど海外での国際学会で行った。

そのため国内では学会内の何々一派といった集団には一切タッチすることなく、毎回、外国でいろんな国からその都度やって来た研究者たちと仲良く面白くやり取り(飲み食い、小旅行を含む)ができたわけだ。 

思い返せば、すべてはあの時の彼女のあの発言と、それに対する周囲の大学人の無反応(アパシー)から始まった。