お盆の帰省客の流れに逆行して京都へ。
お昼過ぎに着き、さっそく歌川国芳展が開催されている京都市京セラ美術館へ。向かいの京都国立近代美術館は何度か行ったことがあったが、この美術館は初めて。
京セラが主体となって竣工した美術館だと勝手に思って訪ねたところ、やけに建物が重厚で歴史を感じさせる。しかも、名前が京セラ美術館ではなく、よく見ると京都市京セラ美術館。
調べて見ると、京都市がネーミングライツの契約を結んだ先が京セラで、だからこの名前の美術館になっている。市と結んだ契約金は50年間で50億円。半世紀にわたる契約を結べたのは、稲盛さんの意向が働いたからだろう。
歌川国芳展はこれまでに何度も見ているので、実はそれほどわくわくしながら訪ねたわけではなかったのだが、思いのほか展示作品が充実していて、知らない作品がたくさんあった。大漁だった。
いつもそうなのだけど、美術展を見終わるとぐったりと疲れてしまう。立ちっぱなしで1時間以上歩くこともあるが、ずっと集中しているから頭がしびれてしまうのだ。リラックスして楽しめばいいのに、と連れ合いから言われるが、どうもつい。
美術館の前にやけに昭和なタクシーが駐まっていた。ずいぶん前に生産中止になっているトヨタ・コンフォートだ。
乗り込んで行き先を告げ、シートに体を預けて見回すと、ドアに窓を開けるハンドルがついている。嬉しくなる。
彌榮自動車という京都市で古くから営業しているタクシー会社で、運転手に車の営業歴を尋ねたら、「使い始めて16年くらいです」と。さすがに昭和からではなかったけど、営業用の車にしてはずいぶん長く使っている。そして、その車の走行距離は60万キロ越えていた。ますます嬉しくなる。
窓のハンドルで思ったのが、先日の千葉での大雨とそれによるクルマの水没事故だ。今回、道路の水かさが増してドアが開かなくなった車が続出した。そして車の電気系統がやられて、ウインドウが動かなくなって脱出できなくなった。
そんな事故のことを聞いて思ったのが「なぜパワーウインドウが必要なのか!」といういつもながらのアナクロな罵りだ。
昔から、車の窓くらい電気の力を借りることなく自分の手で開ければいいと思っていた。その方が開き具合の調整が楽だし、エンジンがかかってなくても開け閉めできて、ずっと便利だと思うんだけどね。
何が嬉しくて車にパワーウインドウが付いているのかとさえ思う。
今度車を買い換えるときは、パワーウインドウをオプションで窓開けハンドルに変更してくれるようディーラーに話してみよう。