11時過ぎのマドリッド行きフライトに乗るため、朝6時半にマラケシュで迎えの車に乗り込みカサブランカ空港へ向かう。朝食は前日にホテルに頼んで作ってもらったモロッコ風サンドイッチで道中に済ます。
空港の出国審査を終えてゲートに向かう途中、現地通貨がまだポケットに残っているのに気付いた。両替所がないか探すが見つからない。仕方ないので、免税店で何か適当に買い物でもして使ってしまえとうろついていたら、空港のインフォメーション・カウンターがあったので、そこで両替所を尋ねることにした。
そこには女性が二人。顔を見合わせて、ここにはない、との返事。そして、一人が隣のもう一人を指し「彼女のベスト・フレンドが両替してくれるかもしれない」と言うではないか。そして、やおら立ち上がったもう一人が両替してくるからと手を出した。僕は金額も確認せずポケットの現地通貨(ディルハム)をすべて彼女に渡した。彼女は金額を数える風でもなく、あそこで待っててと少し離れたベンチを指さした。
僕も一緒に行くと申し出たが、首からぶら下げたIDカードをこちらに見せ、自分しかその友人のところへいけないからと言うや、向こうへ駈けていった。待つこと15分、その女は帰って来ない。カウンターに残っているもう一人にどうなっているのか聞いても、要領を得ない。搭乗は既に始まっている。
インフォメーション・カウンターのすぐ脇で女の帰りを待っていたら、そいつが帰ってきたが、こちらがまだいることに気付くやいなや、踵を返してまた向こうへ駈けていった。僕はやっと状況を理解した。空港職員であるはずの女2人にダマされたのだ。
そのままそこにいても、金を持ってトンズラした女は帰ってこないだろうと思い、諦めたふりをして一旦インフォメーション・カウンターを離れて10分後にまた行ったら、何もなかったような顔で座っている。金をだまし取ってやったトロイ日本人は、てっきりもうモロッコの地上から消えたとでも思っていたのだろう。
突然また現れた僕を見ても、さして驚いた顔をしなかったのはこうした詐欺の常連か。金を返すように言ったが、何を言われているのか分からない振りを始めた。フライトの搭乗時間はほとんど終わりかけている。ゲートまでは5分くらいかかる。
相手を睨みつけつつ、カウンターのテーブルを平手で打ちながら「ゲット・マイ・マネー・バック」とゆっくり大声で5回繰り返した。一体何事かと周りの客が全員こちらを振り向く。すぐにセキュリティーのバッジを下げたスタッフが2人やってきた。事情を手短に話し、その女から金を取り返し、処分は任せてゲートへ走った。間に合ったが、ゲートは閉まる寸前だった。
僕をカモろうとした女たちは、コイツら。
座席についた後、汗を拭きつつ、動き出した飛行機のなかでさっきのことを考えてしまった ーー「こんなことがあるんだ」。結局、残った現地通貨は使われることなく、両替もされず、そのまままたポケットに戻って来た。こんなことなら奴らにくれてやってもよかったかなと思いつつも、こうした客を舐めた真似を許すと他の日本人客もやられることになると自分を納得させた。
モロッコよさらば、である。