藤原定家直筆の注釈書「顕注密勘」 |
ところで京都で思い出したのが、映画「オッペンハイマー」のなかで米軍の首脳らが原爆投下地をどこにするか会議で話し合っているシーン。
藤原定家直筆の注釈書「顕注密勘」 |
おフランスから見ると、日本人というのはよっぽど奇妙な民族なのかも知れない。あるいは、いじるのが楽な対象なのか。
フランス人記者が「NPO法人エンディングセンター」という恰好のネタを見つけたことをいいことに、われわれ日本人でも知らないことをありがたくも色々と教えてくださる。
こうした連中は、どこかに日本人に対する侮蔑観があるのだろう。
ところで、その記事の中に日本では世帯数が減少しているという記述があるが、実際はいまも増加している。そして、国立社会保障・人口問題研究所の推定では2030年まで増え続ける見通しだ。
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp_zenkoku2023.asp
(出典)国立社会保障・人口問題研究所、2023年4月12日 |
『クーリエ・ジャポン』
「不気味な“人口減少実験室”ニッポンで、いま起きていること」を仏紙が列挙
Text by Régis Arnaud『フィガロ』フランス
「この区画分けした芝生が、集合住宅のようなものだと想像してみてください」。そう話す井上治代(いのうえ・はるよ)は、死後の住宅の管理人だ。
井上が代表を務めるNPO法人「エンディングセンター」は、孤独な日本人の生前と死後の支援をしている。このセンターの墓地は一ヵ所ごとに数百人を受け入れていて、亡くなった会員はそこで死後、再会することになる。いわば目に見えない小さな分譲地を割り当てられているのである。
「消滅した星」
政府が発表した速報の推計値によると、2023年の日本の出生数は75万8631人だった。これはフランスの2022年の数字とほぼ同じだが、日本の人口はフランスの2倍だ。
農業従事者の平均年齢は67歳で、自衛隊員は平均36歳だ。医療業界では、介護士の年齢が患者の年齢と数年しか違わないということがよくある。引っ越し業者もマンションの警備員も年老いていて、レストランのウェイトレスの手は節くれ立っているが、これはまだ始まりでしかない。
いつまで現状を維持できるだろうか。「もうとても手が回りません」と東京の中心地にある高級ホテルの支配人は嘆く。料金に見合うレベルのサービスを維持するために、ホテル業務を大幅に縮小することを強いられた。
そのすぐ側にある複合商業施設に行くと、昼食時に店を開けていないレストランがあることに気づく。ホールスタッフが足りないのか、食材の配達が間に合わなくなったのか、あるいは客が来なくなったのか……。郵便局はもう土曜日の配達をやめてしまった。
日本が他の国とは違う点
国連によると、歴史上最大の出生数はおそらく2013年にピークを迎えたらしい(「ピークチャイルド」と呼ばれる)。これが世界人口減少の第一段階になるだろう。そればかりか、世界人口の「指数関数的下落」の前触れだろうと統計学者のスティーヴェン・ショーは予言する。ショーは、この現象により近くで立ち会うために東京に居を定めた。
この人口減少は、予期せぬ結果を生んでいる。唯一数が増えている人口区分は65歳以上だが、政府がもっとも配慮しているのはこの層であり、晩年期の生活を支える資金の捻出に心を砕いているのだ。
こういった背景において、他者の負担になるのは高齢者ではなくて子供だということになってしまった。東京で、騒音の種になる保育園を開くのはデリケートな問題で、それはパリにごみ捨て場を作るのと似たようなものだと思われる。
「DQN TODAY」というサイトでは、うるさい子供がどこの通りにいるのか事細かにあげつらわれている。「キックボードに乗った子供たちがわがもの顔で遊歩道で遊んでいて、変な声で叫んでいるので騒がしくて大変です」という投稿が典型的なものだ。
人口と反比例して増える孤独
人口が減少すると、必然の理として孤独な人が増える。この問題については、「孤独・孤立対策担当大臣」という役職まで作られたが、それほどまでにこの問題は社会をむしばんでいるのだ。日本の人口はどんどん減っているのに、孤独な人はどんどん増えている。村の景色は人気(ひとけ)なく、都市の景色は味気なく、いずれにおいても孤独な人々は中心部の周りにますます集中することになる。
もはや老年を田舎で暮らすことは考えられない。高齢者たちは中心街で暮らすことを好むが、それは村にはなくなってしまった医療施設や商店があるからだ。世帯数は減っているが、一人世帯の数は増えている。
賃貸住宅の平均面積は小さくなり、同じく消費財もより小さなサイズで売られるようになった。レストラン、ホテル、旅行会社は“お一人様”向けに商品やサービスをアレンジし、シャンパンやワインもハーフボトルで売られるものが増えた。
いっぽう、ペット市場規模は爆発的に拡大している。犬は800万匹(註:最新の実態調査では、700万匹弱)、猫は900万匹で、子供の代替物になった。ペットは子供のようにカートに乗り、服を着て、いやいやをしたりするのだ。
買い物も社会活動も自分だけの楽しみになった。銭湯はかつてコミュニケーションと情報交換の場だったが、いまやおしゃべりを控えることが求められている。
さらに、昨今日本は香水ブームだが、これもまた孤独の傾向を表す例だ。このブームは、新型コロナウイルスの流行を機に始まった。「日本人は自分の家で香水をつけることが多いのですが、それは日常に彩りを添えるためであって、家の外で自分が通ったことを残り香によって示す他の国の人とは違うのです」と、日本ロレアル代表取締役社長、ジャン=ピエール・シャリトンは指摘する。
「墓友」
この孤独がもっとも悲痛なものになるのは、死を前にしたときだ。社会規範やしきたりを重んじる日本社会において、死はかつて親族が丁重に取り扱うものだった。
「墓の世話と死者の弔いには33年かかります。この伝統はきわめて独特な社会関係の上に築かれています」と文化人類学者のアン・アリスンは説明する。
彼女が語るには、日本の住民はかつてみんなが「縫い合わされていた」のだという。人々は生者も死者も互いにつながれていて、国家にも天皇にもつながっていた。たった一人で死に直面した場合、死は「場違い」なものになってしまう。
そのために、孤独死した死者の家を清掃する需要があることを見越した産業が生まれた。この未来ある業界を率いる会社「キーパーズ」が謳うように、こういった会社は「遺族の代わり」に最期に備えるのだ。
孤独な人々の死後の魂は「つながりを失った魂」になるとアン・アリスンは語る。役所の棚には6万個もの引き取り手のない骨壺が並び、いつか墓に埋葬されるのを待っている。
遠からぬ未来に故人と呼ばれるようになる人々は、いつでも井上治代のエンディングセンターを訪ねることができる。孤独な3900人の会員は「墓友」と呼ばれ、死を前にして顔合わせする。
おしゃべりをし、軽食を共にし、「もう一つの我が家」で知り合うようになる。それは墓友のためにつくられた一軒家だ。墓友たちは和やかな雰囲気のうちに入棺体験をおこなう。そうして町田の墓地の桜の木陰に埋葬されるのを待つ。
死が訪れてやっと、みんなと一緒になれるのだ。
だとか。余計なお世話である。
特殊な事例を意図的に集めてパッチワークすれば、日本人の奇妙さが浮かび上がる。意図して歪んだ編集をすれば、どんな国について何でも言える。
記事というのは、ただ面白ければいいというものではないだろう。
オイシックス・ラ・大地の会長だった藤田氏が辞任したという記事を見た。
https://news.yahoo.co.jp/articles/03e9f135c0ae0452fe93e78fee3e3240d35f1b23?page=1
それによると、辞任の理由は、フクシマ第1の放出水を放射能汚染水と投稿したことの責任を取ってと。
えっ、と思った。だってそれは事実だから。だからこそ、20年もの長い時間をかけて東電は海洋放出することにしている。もし放射能のない真水なら一気に流してしまえば済む。そうしたって、太平洋はあふれはしない。
どうしてこうした話(会長の辞任)になってしまうのだろう。今回の件、何もかもがおかしいように思う。
X(旧ツイッター)で「オイシックスは有機・無添加野菜を販売しているが、『汚染水』で栽培されているのか」といった風評が広がったというが、この批判はそもそもおかしい。海洋放出と野菜の栽培には関係がないことは、誰にでも分かるはず。
この記事を書いたライターもおかしい。藤田氏が学生時代に大学新聞に関わっていて大学当局を批判していたと書いているが、77歳の藤田氏が学生時代だったときの話だろう。そんな半世紀以上も前の話を持ち出して、彼の人物印象を作ろうとしているのは間違ってないか。
そんな記事を掲載するメディアの編集者もおかしい。
彼が会長職にあった会社の社長もおかしい。「高島宏平社長(50)は藤田氏への監督責任を取る形で2月12日~3月末の役員報酬の10%を自主返納した」とされるが、会長だった藤田氏が放射能汚染水のことを書いたのは個人のX上だ。企業の経営とは関係ない。社長が責任を取る筋合いではないし、しかも会長に対する「監督責任」とはどういうこと?
社長だけじゃない。他の経営陣はなぜ藤田氏を守らなかったのか? 経営陣は懲罰委員会によって彼を処分することを決議したというから呆れる。人を傷つける発言とか反社会的なことを会長としてやった訳ではない。
汚染水放出をどう考えるかは人それぞれであるにもかかわらず、それに対し取締役会は懲罰を与える決議をした。しかもそのきっかけがSNS(誰が書いたかも分からない便所の落書き)での風評ときてる。そうしたお粗末な経営者たちこそ懲罰の対象になるべきだ。
藤田氏もおかしい。辞任する必要がないのに辞めてはいけなかった。馬鹿を相手にするのが嫌になったのは分かるけどーー。
どれもこれもが世間の「空気」に怯え、それに従属している。
携帯電話に「入国管理局から重要なおしらせです」で始まる電話が入った。その後、中国語が続き、何も反応しないでいると切れた。
中国語の内容は分からないが、〇番を押せと言った指示があったのかもしれない。
発信者番号は +29532747545だったが、295という国番号はどこにもまだ割り当てられていない。つまり、カモフラージュするためのもの。スマホアプリで簡単にそうした国際電話番号を取得することができるらしい。
日本人はいままで情報セキュリティについて、お世辞でも慎重だったとは言えない。ズボラというかお人好しというか、直に目に見えない事に関して日本人は理由もなく大丈夫だろうと高を括って信じてしまう傾向が強い。
結果、すでに膨大な量の日本人の個人情報が世界に流出している。やっかいなことには自分がいくら注意していても、他人の「連絡先」に情報が入っている場合、それらも一緒に流出してしまう。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/others/nyuukokukanri01_00142.html
口座を持つある銀行から、
【重要なお知らせ】公共料金の未払い料金請求を騙るフィッシングメールにご注意ください
と題するメールがきた。これまでも他銀行から同様のメールを受け取っているし、また銀行のサイトを開いたときにも多くの場合、同様の注意書きが赤字ボールドで記されている。
口座番号とパスワード、あるいはカード番号と有効期限、セキュリティコードを盗み取ろうとするものだが、どうも世の中全体でこうした詐欺および詐欺未遂が増える一方のようだ。
ある法律事務所のサイトには、フィッシングメールが成功している確率は低いが、0.001%の確率で成功すれば犯罪者には割に合うと示されていた。「10万人に1人が引っかかれば、めっけもの」というわけか。
だが、そもそもネットでのメール送信にはコストはまったくかからない。ということは、10万件に1件であろうが100万件に1件であろうが、フィッシングメールに対して1件でも狙った反応があれば、奴らとしては儲けになるわけである。
フィッシングを仕掛けるのに、難しい技術はいらない。パソコンが1台あればできる。どこからでも奴らは「仕事」ができる。しかも、不正な手段でパスワードなど取得して警察に掴まったとしても、1年未満の懲役または50万円以内の罰金である。しかも、実際に摘発された話はとんと聞いたことはない。
このままでは、フィッシングメールは絶対になくならない。たとえば、8,000万人が利用登録しているというLINEの個人情報は中国に筒抜けになっていて、データがかの国に流出した可能性がきわめて高い。
https://bunshun.jp/articles/-/70027
本人がLINEを使っていなくても、LINE利用者の「連絡先」に登録されていた人の名前やアドレス、電話番号なども一緒に抜かれているはず。
フィッシングメールには政府や警察も注意喚起をしているし、法改正もなされているが甘々である。抜本的な対策が必要とされている。ひとつの考えは、規制を一気に厳格化すること。だが、これにはリスクも伴う。
もう一つの案は、フィッシングメールの送信が割に合わなくすること。そのための対応策は、メール送信を有料化することだ。実際に詐欺を働こうとしている奴らがどのくらいの数のメールを送信しているのか知らないが、それが割に合わなくすればいいのである。
たとえば、メール1通につき1円の費用が発生するようにする(その支払い方法や支払い先、徴収した金の使途は別途考える)。教育関係や公的組織などは無料にする。企業などは自社内のイントラネットを用いるようにすればいい。
詐欺犯どもが、もし100万通の詐欺メールを送ればその費用は100万円である。さてそれでも奴らはフィッシングメールを送り続けるかどうか。費用を睨んで送信を踏みとどまるのではないか。
ただし、それだけコストがかかるとなると、これまで以上に手の込んだ内容のフィッシングメールが登場してくるかもしれないが。
我々みな、メールはタダなのが当たり前だと思っている。だが、それを変えてもいいんじゃないのかね。フィッシングメールが激減するだけでなく、世の中のつまらぬメールも減って少しは快適な社会になる。
本当に必要とするメールなんか限られている。
昨日、総務省が人口推計を発表した。それによれば日本の生産年齢人口は7400万人ほど。前年比、60万人減。減少は13年連続だ。
生産年齢人口とは、15歳から65歳未満の人口を意味する。「生産活動に就いている中核の労働力となるような年齢の人口」と定義されているが、現在、15〜18歳(高校就学年齢)で労働力となっている人たちはどのくらいるのだろう。
下記の総務省HP内のグラフでは、昭和25年(1950年)からのデータが集計されている。その頃は高校への進学率ですら半数を切っていた。つまり、高校に進学しない半分以上の人たちは確かに「生産」に携わることになる人口だった。
地方の中卒者を中心とする「集団就職」は1970年ごろまで続き、オリンピックのころには「金の卵」が流行語になった。
時代が時代、今とは隔世の感がある。いまも義務教育終了後、つまり中卒で働きに出るひともいるだろうが、全体の中での比率はかなり小さいだろう。
そうすると、正確には実生産年齢と言えない15から18歳を彼らを先の数字から減ずるのが正しい生産年齢人口であり、それが実生産年齢人口とも言える。
15から65歳というひとつの括りは、統計データの連続性からは保つべきだろうが、その名称(意味合い)は検討し直した方がいい。増加し続ける65歳以上の高齢者の数も、15年から20年後にはピークを迎える。その後は減少に転じていく。そして子供の数は、減り続ける一方だ。
ところで、日本では人口減少が問題だと言われ続けているが、1964年の東京オリンピックの頃は日本の人口は1億人に達していなかった。日本はこれから30年かけて、その頃と同じ人口に戻っていく。
ただ、そのときの顔ぶれ(年齢別構成比)は大きく変わっていることだけは間違いない。そこは、活力の失せた干からびた社会になってしまっているんだろう。
年齢別人口構成比からだけ見ると、65歳から74歳の層を生産年齢に入れるのが1つの解決策に思える。ほぼ日本の全人口が同じ(約1億人)である1964年とその90年後である2055年を比べてみると、1964年の生産年齢人口は6,744万人、生産年齢層を拡大した2055年の生産年齢人口は6.286万人。その枠内の人数の減少率は7%ほどになり、その程度は技術の進歩で埋め合わせできる。
後はその上の層、つまり75歳以上の高齢者を中心にした社会保障費をどう手当てするかである。防衛費をアメリカの言いなりになって盲目的に拡大している場合ではないということが分かる。
こういうところは、本来あまり好きじゃないのだが、でも実際行ってみないことには気に入るかどうか分からないから行ってみた。
確かに眺めはすばらしかった |
パノラマで撮影 |
地上200メートル36階の展望デッキ(スカイパークって言うらしい)を一回りし、そこでサッポロビールを一杯飲んだ後、ショッピングセンター、フードコート、地下にあるカジノも行ってみた。
シンガポールの人たちはカジノに入るために入場料がかかるが、観光客は完全無料で入れる。ただし入るときと出るとき、それぞれパスポートを提示させられる。
現地の友人曰く、政府はシンガポール人がカジノを利用することはまったく推奨していない。それはそうだろう。政府も含めての胴元が金を儲ける以外、何の価値もそこでは生まないんだから。
カジノの中はシンガポールであるにもかかわらず喫煙自由で、客たち(多くは中国人観光客)が歩きながらタバコをスパスパやっている。煙い、クサイ。それがカジノ。大阪で維新の会がやりたがっているのが、こうした施設だ。
日本語が併記された施設内の案内表示。 日本人も上得意客なんだろう |
今日は午後、ランチを取りながらNUSビジネススクールの教授と打合せ。
その後、施設をぐるっと案内してもらったのだが、ビジネススクールだけでビルが3つある。またそれ以外に、それらと隣接する形で卒業生のためのビルも。そこにはプールまであったのにちょっと驚かされた。
外出先から宿に帰る途中、少し道に迷い、表通りからいくぶん離れた裏道を通っていたら、トンネル通路のなかにさりげなく設置された廃品回収箱を見つけた。
ここに書かれた説明を読むと、衣料、(柔らかい)玩具、枕、宝石(マジ ?!)、バッグやベルト、靴、カーテンなどの日用品を回収してリサイクルに回しているらしい。なかなか結構な試みである。
若い女性が2人やって来て、この「Let's RECYCLE」の前でお互いに何やら言葉を交わした後、持って来たボストンバッグの中身をザバザバと投入していった。なるほど、彼女たちのような若い人が積極的に環境保全へ取り組んでいるんだなと思った。
ただ、この回収箱の側面には、破棄された衣料品189,000トンのうち、わずか4%しかリサイクルされていないとある。まだまだ、これからという感じ。
街の中心部にあるフォートカニング・パークは、標高160メートルほどの小高い丘である。そこが見事な公園になっている。
午後、出かけた際にその公園を抜けて目的地へ行こうとしたら突然途中でシャワーに見舞われた。シャワーと行っても、最初はポロポロと来ただけだったので10分か15分かで止むと思い、大木の下で雨宿りをしていたのだけど、急に雨脚が強まりどうしようもなくなり、公園内のホテルに飛び込んだ。
とにかく建物のなかに入らなきゃと一番近い扉を開けて飛び込んだら、その扉はホテルの厨房の裏口(つまり搬入口)だった。そこいた厨房スタッフの人たちにゴメン、ゴメンと言いながら奥へ進み、ホテルのレストランの真ん中を通ってフロントのところへ出た。
雨はなかなか止まず、結局そのあと、40分近くロビーで雨が止むのを待たせてもらった。ただ、こうした天気はこの国では珍しくないわけで、今日の僕のような客、いや正式には客でもなんでもない人間も温かく放っておいてくれるだけでなく、ホテルのスタッフはみんな、僕の前を通るときには軽くお辞儀をしていってくれる。もちろん僕もそれを返す。
夕方、英国留学時代の同級生だったシンガポール人が、息子を連れてホテルまでやってきた。彼をシンガポール国立大学のHall(学寮)までクルマで送るので、よかったら一緒に行ってみないかと。
大学2年生になる彼は、6つある大学寮の1つに住んでいる。Raffles Hallという1958年にできた歴史のある寮だ。
他の寮生と同様に、月曜日から金曜日まではそこで過ごし、金曜の夜か土曜の朝に自宅にもどる。そして、日曜日の夜、父親(つまり私の友人)が時間があればクルマで大学まで送り届けてやるらしい。
厚かましくもその寮の部屋の中まで入れてもらった。2人部屋である。かなり狭い。ベッドが壁の両側に2つ並んでいるが、その間のスペースは50センチもないくらい。室内設置型のエアコンが部屋の真ん中に鎮座してフル回転していた。本当はエアコンの設置はだめらしい。けれど、それじゃあ暑くて勉強できない。大学当局も見て見ぬ振りをしている。
その後、広大なキャンパスを彼の運転で見て回った。日曜の夜だけあって、とても静かだ。そのなか、キャンパス内巡回の黄色いバスだけが走っていた。
大学には門がなく、誰でも自由にどこからでも施設内に入れる。クルマでの出入りも自由だ。管理社会の典型であるシンガポールで、大学がこのように運営されているのは意外だった。
完全にオープンにしていて、そのために構内で問題や事件が起こることはないのか訊ねてみたが、ほとんど聞かないという。そうした社会的秩序ができているのかもしれない。それと、確認はしなかったがカメラによるモニタリングが行き届いているからかもしれない。
ところで、自宅から通学しても1時間ほどなのに、なぜわざわざ寮に入るのかーー。彼(オヤジの方)曰く、若いうちに共同生活を送ることでコミュニティの一員としての意識を涵養することに役立つからと。
確かに日本の大学でもかつては寮がたくさんあり、学生ならではの共同体としての役割を果たしていた。そういえば、京大の吉田寮の老朽化に伴う建てかえのために明け渡しを大学側が寮生に求めている件は、その後どうなったのだろう。
シンガポール国立大学の寮はとても人気で、入寮のための競争倍率が高い。また一旦入寮しても、翌年度にそのまま残れるのは20〜30%で、残りの学生は退寮させられる。残れるかどうかの基準は、その寮での各種活動(寮の運営参加やイベントの開催など)によって「稼ぐ」ポイント数によって決められる。そうした点は、なるほどシンガポール的なのである。
神奈川県の黒岩祐治知事が、品川と名古屋を結ぶ予定になっている中央リニアのことで静岡県の川勝知事に苦言を呈した。
静岡のエリアでは、工事に伴う生態系への影響や水資源がどのようになるかの調査結果が得られていないとして工事を中止させていることを指してのことである。
黒岩神奈川県知事はその際、リニアは「国家プロジェクト」なんだから「責任を果たすのが当然」と言い切ったらしいが、大きな勘違いをしている。
そもそも国家プロジェクトの定義は何なのか。リニアはJR東海という民間企業が始めた取り組みではないのか。
ただその会社には「皇帝」と呼ばれて30年近くもその企業を牛耳っていた経営者がいて、その人物が安倍元首相と連んで事を進めていたから、いつの間にかそれを「国家プロジェクト」と言い始めた連中が出てきただけだ。
リニアは国家プロジェクトではない。また、もし国の金が注ぎ込まれているから国家プロジェクトだという向きがいたとしても、そのことと「責任を果たすのが当然」かどうかは別の問題である。
この黒岩というおじさん、国家総動員法でも日本にまた復活させたいのだろうか。国家がどうのとか、そうした大きな理屈で盲目的に物事を判断するのではなく、もっと冷静に事の是非を考えた方がいい。
無理か。頭の中が「アワビにバナナ」だからナ。
https://bunshun.jp/articles/-/61913
チェンマイに4日ほどいて、バンコックを経てシンガポールに戻って来た。
バンコックの宿の宿泊費は、シンガポールのおよそ3分の2から半分。そして、チェンマイはバンコックの3分の2から半分である。つまり、チェンマイのホテルは、シンガポールの半分から4分の1の値段ということになる。
値段が半分から4分の1で部屋の広さは3倍、ホスピタリティのレベルは2倍である。総計すると、チェンマイのホテルの価値はシンガポールの12倍から24倍という計算になる。
シンガポールには、その効率的な社会システムなど優れたところが数多くあるが、海外から遊びで来るところでなく、あくまで金を稼ぐ場。とりわけ今のように安い日本円を財布に入れてやってくる日本人には、そうとしか思えない。
ホテルにもよるが、僕が泊まり歩いている宿ではCNNもBBCも映らない(契約していない)ことが多い。英語でニュースが聞けるチャンネルがないか探すと、ABCかアルジャジーラ(Al Jazeera)に落ち着く。
契約チャンネルにCNNもFOXもないけど、ABCは映ることが多い。CBSやNBCは映らない(だからSNLは見られない)。
そうした状況の中では、ニュースでは断然アルジャジーラが見応えがある。中東カタールのドーハに本拠地をおく放送局だが、イスラム寄りの放送局ではない。僕が見る限り、極めて高い中立性を保っているニュース専門局だ。
局のモットーは「一つの意見があれば、もう一つの意見がある(the one opinion and the other opinion)」というもの。オルタナティブの重要性を示すもので、これはすごくいい。
アルジャジーラのニュース番組 |
それにしても、こちらで視聴できる「NHKワールド」は、一体誰に向けて放送しているつもりなんだろう。編成担当が何を考えて制作しているのか、まったく分からない。これじゃ、誰も見るわけないな。いや、とにかく日本語が恋しくてしょうがない日本人が見るか。
アルジャジーラと比べて、あまりに番組のクオリティが低いのは予算のせいか、制作能力のせいか、やる気のせいか。ともかくNHKの国際放送は、あんまりみっともない番組を外国で流すのは止めた方がいいと思う。
宿の前に自転車が何台か並べてあったので、1台借りて町に出た。
これなら遠くへ行けそうなので、昨日まで出かけていた市街地と反対の方面にペダルを漕ぐ。 すぐ脇を抜き去っていくクルマの排気ガスを浴びつつ、地面の凸凹に車輪を取られないよう注意をしながら自転車を走らせる。だんだん周囲の人口密度が低くなっていく。
途中で線路に突き当たったので、線路に沿ってその脇を北へ向かって進むとチェンマイ駅に着いた。チェンマイの街は、街を挟んで西にチェンマイ空港、東にチェンマイ駅がある。
駅の構内は静まりかえっている。タイムテーブルを見ると、もともと発着の本数が少ない。駅にはプラットホームが4番まであるが、列車を待っている客はいない。いるのは、ホームのベンチ寝ている若者だけだ。荷物がないところを見ると、旅行者ではなく地元の青年なんだろう。静かにゆっくり昼寝できるとやって来てるのかも知れない。
待合室(といっても正確には部屋ではないのだが)にはバックパックを背負った白人が何人かいた。若者だけでなく、中年の夫婦も。おそらくチェンラーイか、ラオス国境あたりへ行くのかもしれない。チェンマイ2日目。昼間に出歩くのはかなり疲れることが分かったので、暑い時間帯は静かに宿で過ごすことにする。日がほぼ沈むかけたころから、街へ。
街の中心部を歩いているとマッサージの店、カフェ、入れ墨の店が多いのに気づく。それとバイクを取り扱う店も多い。前の3つは、明らかに観光客目当て。
マッサージ店で働いているのは、ほぼすべて女性である。若いお姉さんを揃えた店と中年以上の女性を従業員として集めた店と、明らかに店のタイプが分かれている。
僕がフットマッサージをやってもらったのは、後者。アスリートのような筋肉質のおばさん(歳はよく分からない)に揉んでもらった。
店頭のメニューだと1時間が250バーツ。30分でやってくれと頼むと200バーツだと言う。180バーツに値切り、マッサージが終わったあと、担当者に20バーツをチップで渡した。
マッサージ自体は、最初香油のようなものを塗って香りを立て、その後はジョンソン・エンド・ジョンソンのベビーオイルかと思えるオイルを足に塗りながら、さすりながら、揉んでいく。取り立てて何もないけど、気分のせいか、いくぶん足が軽くなる感じがした。
本当はね、しっかり身体全体マッサージしてもらいたいところなんだけど、日本出発前に発症した帯状疱疹で左の胸から脇、背中が刺すように痛い。これをマッサージ師にグイグイやられたら、痛さで間違いなく卒倒しちゃうからね。残念。
フット・マッサージの後、ピン川の畔のガーデン・レストランで、スズキのフライとビール。ステージではバンドが懐かしいアメリカン・ポップスを演奏していた。男性と女性のツイン・ボーカルだが、その女性が上手い。
帰りしな、ステージ近くに寄って「よかったよ」というサインを送った。彼女が唄いながら、ぴょこんと頭を下げた。まだ学生のような感じだった。
バンコクからクルマで北へ1時間半ほど。こちらの人によると、正しくはアユタッヤーと発音するらしい。
ここは14世紀から王朝がおかれ、400年以上にもわたって栄えた古都。その後、18世紀にビルマに攻め入られて陥落し、町は破壊された。多くの寺院は壊され、仏像は首をもぎ取られた。そうした破壊の歴史がこの街のあちこちに残っている。
アユタッヤーを代表するワット・プラ・ラーム、ワット・マハタート、ワット・プー・カオ・トーン、そしてワット・チャイナッタナーラムを訪ねた。
それら4つの寺院の入口にはそれぞれチケット売りのおばさんがいる。4つめの寺院を訪ねたとき「もう3つも同じチケットを買わされたよ」と3枚の半券を見せて苦情を言ったのだけど、何食わぬ顔で「ワン・バイ・ワン」と言われてしまった。ガイドが隣で「ワン・バイ・ワン」とつぶやき苦笑していた。
タイ人は入場無料で、外国人観光客だけが有料となっている。ま、仕方ないけど。
首をもぎ取られた仏像 |
三輪のトゥクトゥクのドアにUNESCOの文字 |
傾いている仏塔 |
暑い日は昼寝をするのが正しい |
首のない仏像の列 |
ガジュマルの木に仏さんの頭が |
バンコク市内には、ムエタイ(Muay Thai)のスタジアムが2つ。そのなかの1945年に創立されたという歴史的あるスタジアムで試合を観た。
今日のマッチは8つ、午後6時15分に第1試合のゴングがなった。テレビ局が入っていて、中継で番組を流しているが、午後8時で番組中継は終了。試合は第5試合あたり。
テレビ局のカメラマンがいなくなると、一気に会場の空気が変わった。特にセコンドで大騒ぎしていた選手の所属クラブの連中がさっと消えてしまった。
大声を上げるセコンド。リング上の選手には迷惑なんじゃないかね、これ。試合が始まる前に、念入りに儀式のようなことを両選手が行う。タイのムエタイは、日本の相撲のようなものなんだろう。