2013年5月12日
寺山はいつだって帰ってくる
実験的映画『影の映画 二頭女』と『ローラ』、そして途中会場を抜け出した後、最後のトークセッションを見た。
九條今日子や萩原朔美が語る寺山をめぐる話も興味深いものだったが、とりわけ早稲田の学生時代から深い交流があった山田太一の話が印象に残った。
まだ自分たちが何ものでもない頃、お互いの才能を認め合うことになる若者がひょんなきっかけで出会い、親友となり、互いに大きな影響を受けながら成長していく。将来の可能性だけを頼りに自分の道を突き進んでいた幸せな学生時代である。
松竹の助監督からテレビの脚本家になった山田が「早春スケッチブック」という番組をフジのために書いていた頃の話。主人公である死にゆく男を山崎努が演じていた番組だが、毎週その番組が流れた後に寺山が電話をしてきて、脚本の出来について話したという。
今なら番組を録画しておいて後で見ることができる。わざわざ番組が終わったあとに電話しなくても、メールを送ることができる。だけど、山田太一が寺山の話を今も印象深く覚えているのは、自分の番組が放映された後にすぐに電話をかけてきて熱っぽく語られたからだろう。
印象に残るコミュニケーションとは何か、少し考えた。
2013年5月4日
今年の瀬戸内国際芸術祭
前回の作品展示をベースに、参加する瀬戸内海の島が増えたこともあって新たな作品もずいぶん加わった。
駆け足だったが、連休を使って開催地の一つである豊島を訪ねた。横尾忠則をテーマにした豊島横尾館は準備の関係で春の開催に間に合わなかったのは残念だっだが、その分、夏に訪ねる楽しみができたと考えればよいのかもしれない。
http://setouchi-artfest.jp/artwork/a018
島で早朝に散歩をしてる際、竹藪で竹細工をもとにした作品が展示されているのに出くわした。どうも本当は、それらは展示されているのではなく、制作途中のピースとしての竹玉が吊されている(地面に置くと自重でつぶれていくらしい)のだが、見方によっては既にアートである。
2013年5月3日
ハードはダメだが、ソフト(人)には感心
ヘルプデスクに連絡すると、ハードディスクに関する問題で、交換しなければならないらしい。場合によってはマザーボードも。
交換用のハードディスクは日本国内発送の場合は2万円、海外からの場合は7千円らしい。費用の件はもちろんだが、ハードディスクの交換ともなれば当然PCは初期化されるので再設定が必要なだけでなくデータが失われることになる・・・。対応してくれた彼女は、どうするか検討して連絡してほしいと言う。
その彼女、中国人のスタッフである。話し方でそう思ったのではなく(話し方も確かに日本人とは異なっていたが)最初に彼女が名乗った名前が明らかに中国名だったからだ。
ふと思い出したのは、2年ほど前に大連で開催された世界経済フォーラム(夏季ダボス会議)からの帰途のフライトで隣に座っていた女性だ。デルのコールセンターの立ち上げの仕事で大連に3週間いた帰りだと言っていた。
電話の向こうの彼女に「あなたがいまいるところは大連ですか?」と尋ねたら、そうだとの答えが返ってきた。日本語は、ほぼ問題なく扱うことができる。頭も良さそうだ。デルのノートはハードディスクが2年でダメになるのか尋ねたら、買って一週間でダメになる場合もあるし、1ヵ月でダメになる場合もある、との回答。とても正直なのが気に入った。
電話を切って、別のパソコンでメールをチェックしたらさっきの彼女から既に電話で双方が話した内容が簡潔にまとめられた内容のメールが届いていた。押しつけがましさを感じさせず、こちらに金を支払わせるように上手に誘導していた。テンプレートがあるのだろうが、それにしても簡潔ですばやい対応に感心した。
デルのハードは信頼できないが、ヘルプデスクの対応はすばらしい。
2013年4月20日
ものより旅
NYへはできれば何もしないつもりで行った。少なくとも、やりたいこと以外はやらないつもりでNYで暮らしていたし、実際その通りの1年だったと言っていい。時間に追われない、何にも義務感を感じない、やりたいと思ったことは実際にやる、ものを持たない暮らしを続ける。これが年間を通じて自分に言い聞かせていたことだ。
実際、ほとんど物らしい物を買わなかった。家具はレンタルでまかなったし、借りたアパートには冷蔵庫や電子レンジは備え付けだった。日本から持っていたものはスーツケースに詰め込んだ身の回りの衣料品と必要最低限の資料、それとマック1台だけ。
マンハッタン内にアパートを決めて最初に購入したのは、ベストバイという家電量販店で買い求めた32インチの東芝のテレビだったが、そのテレビの台は日本から持って行ったスーツケースで済ませた。
物を持たない暮らしのなんと清々しいことか。与えられているのが1年という期限付きの短い暮らしであったということも、もちろんある。必要な本は大学と市の図書館でかなりのものが手に入った。新刊書は、米国アマゾンでデジタル本を購入してパソコンとキンドルで読んでいた。
ただし旅はたくさんした。それが最大の財産。
2013年4月14日
だから、統計学の考え方は大切
そういえば、北杜夫さんが若い頃に東北の駅前でギクリとしたことがあったと何かに書いていた。その時、目に飛び込んできたのはトマトソースの看板の文字。どうして自分がギクリとしたのか分からなかった。後で考えてみると、当時彼はトーマス・マンに心酔していたせいで、トマトソースをトーマス・マンと頭の中で読み替えていたのだ。アナグラムというやつだ。僕は竹内啓に心酔しているわけでも何でもないのだけど、勝手に脳が読み替えていたようである。
この本は、統計学の役割を一般読者に概観させるような内容になっている。著者が書いているように「現代統計学の基本の考え方は今世紀の前半には確立していたし、主要な統計解析手法は1960年代頃にはほぼ出揃っていた」。近年変わって来たのは、何といってもITベースを利用した統計学の活用である。それとビッグデータと呼ばれるもの。
IBMやNTTデータなど多くの企業がビッグデータの活用を呼びかけ始めている。あなたの企業に埋もれているデータの山から宝を一緒に探しましょうよ、と。しばらくはビッグデータがビジネスの世界で流行りの言葉になるのだろう。「クラウド」の次は「ビッグデータ」か。
西内は、その狂騒ぶりに注意を促す。SI業者やコンサル会社に多額の金を払う前に、正しいサンプリングと適切な検定作業を行った方がいいと説く。同感である。
以前、データマイニングがまるで魔法の杖のように語られていた時期があった。しかし、それが実際のビジネスを展開するうえでどれだけ思いがけない発見を生み出したかを僕たちはしっかり考えた方が良さそうだ。僕自身、その当時、ある大手通販会社が保有する膨大な販売データを仲間と一緒に解析したことがあった。主にオフィス用品を取り扱う会社だったのだけど、バスケット分析の結果見えたのはコーヒーとコーヒーカップホルダーや、フロッピーディスクとラベルシールなど、いかにもといった取り合わせで脱力したのを覚えている。
溜め込まれた膨大な自社内(あるいはクラウド)データを先進的と思える分析ツールで解析すれば、快刀乱麻を断つごとく消費者心理の奥底までも知ることができると経営者は期待してしまうのだろう。何か次の一手が欲しいのは分かる。しかし、その前にしっかり統計学の基本くらいは知らなくては。
それと、個々の消費者が<いま>何を考えているのかを知ることにも増して、自分たちが製品やサービスで顧客の気持ちを<これから>どう変え、動かしていくかを考えることを忘れてはいけない。
2013年4月1日
いいね! は、どの位いいのだろう
そうした時間のこともあるけど、個人の情報をFBのデータベースに蓄積されることへの不安、というか不快感もある。5年後どうなっているかよく分からないが、現ユーザーはすごいヘビーユーザーと「一応アカウントはあるよ」という2つの層に分かれている気がする。
いいね! をクリックするのは、"I'm here" の別表現。すごくいいと思ったのか、まあまあいいと思ったのか、分からない。今では、そのいいね!を事前に設定しておくことで特定の人の投稿に自動的に付けてくれる無料アプリがあるとか。
2013年3月28日
がんばれ、ラジオ
局制作の通販の広告が何度も流れる。同じ広告がそのまま繰り返される時もある。一般の広告主がついていないからだろう。
2012年度の広告費を見ると、対前年比で他メディアがいずれも増加しているなか、ラジオ広告だけが減少している。ラジオ全体で1247億円しかない(電通「日本の広告費2012」)。苦しい台所事業は、民放連がラジオのデジタル化に民放全社で取り組むことを断念すると正式に決定したことでもうかがえる。
いま、誰が主にラジオを聞いているのだろう。タクシーの運転者たちだろうか。以前は、電車の中でシャツの胸ポケットに入れたラジオをイヤフォンで聞いていたおじさんが結構いたが、いま彼らですら聞いているのはiPodなどだ。
関東圏の主なラジオ局の放送は、ネットで聞くこともできる。どういう形であれ、ラジオにはこれまで通り放送を続けて欲しい。そして、できるものなら、商品名を連呼するだけのあまり趣味のよくない広告は挟まなくてもよいようになって欲しい。
ラジオが経営難で青息吐息なのは、日本だけではない。米国もそうだ。ニューヨークにいた時、よく聞いていた(流していた)ステーションの一つにWBAIという非営利のFM局がある。そこは年がら年中「私たちが放送を続けるためには、あなた方からの寄附が不可欠です」と訴えていた。民放局とは違い、またそれ以上の苦労があるのだろう。
2013年3月11日
常識を持ってルールとなす
今日のニューヨークタイムズに「自転車は地下鉄で認められてるの?」という内容に対するQ&A記事が掲載されていた。その記事内容は以下のものだ(電子版から転載)。
交通局のサイトにやってはいけないことのリストが載っていて、それは例えば自転車にまたがって地下鉄車両に乗り込んではだめとか、ラッシュアワーは避けること、入口を塞がないようにすること、できれば大型の車両を使っている路線を使うことなどで、記事にあるように "Many of these involve one rule: common sense." である。
また、自転車の持ち込みが危険を伴ったり、乗客の迷惑になる、あるいは運行上の妨げになる場合は、警官や地下鉄職員の判断で自転車の持ち込みを禁止できる。
基本は「コモンセンス(常識)」だというところが好ましい。最近日本だと、何かというと「その根拠を示せ」と相手に迫り、自分の主張を押し通そうとする連中が多いが、基本のところでは「常識は、常識」でいいのだ。
常識に、すべてその明確かつ論理的な根拠があるわけではない。にもかかわらず、相手を困らせたり、あるいは自分の稚拙な論理を振り回すことを目的に「根拠を示せ」という連中が社会や組織に無用なノイズを与えている。
2013年3月10日
The Armory Show 2013
間近に迫った日本への引っ越し準備の合間を縫って、開催場所のハドソン川沿いの会場である桟橋へ。人気ブログ「ニューヨークの遊び方」(http://nyliberty.exblog.jp/)を書いているりばてぃさんに誘われて出かけてきた。
http://www.thearmoryshow.com/
「ピカソからポロックまで」の通り、モダンとコンテンポラリーに渡る多彩なコレクションが展示されている。出展は世界中の著名なギャラリーで、そこで作品の販売が行われる。日本からも Galerie Sho などが出展していた。
ウォーホル |
奈良美智の「Doggy Radio」。喉の下を撫でてやると音量が変化するしかけ |
2013年3月9日
無効請求は棄却されたが
その是正を目的に前回の選挙無効(やり直し)を求めた訴訟の判決で、東京高裁は「最高裁が違憲状態とした選挙区割りを是正しないまま選挙が行われたことは看過できない」として、「違憲」の判決を言い渡したが、「今後、国会による格差是正が期待できる」として、選挙無効の請求は棄却した。
「期待できる」というのは可能性であるが、それを持って違憲の判決をしながら無効の請求を棄却したのは、日和っちゃってるとしか言いようがない。
選挙のやり直しは手間がかかるし多少の混乱も伴う。だからといって「今回はこのままやり過ごそう」という発想がベースにあったとしたら、正義を容易に犠牲にした事なかれ主義として批判されるべきものだ。
判決内容に沿ったかたちで選挙の無効を言い渡すか、「期待できる」なんてつかみ所のない話で済まそうとするのではなく、具体的な是正案が設定された期限内に提出されることを条件として付けるべきだったろう。そして、その内容が十分なものと判断されなかった場合、またはその通り実行に移されなかった場合は、遡って無効とする必要性があるのではないか。
2013年3月4日
自転車を鉄道に載せて運ぶ
NYでの在外研究期間を終えて日本へ帰国する日が近づいて来た。急いで身の回りのものを片付けなければならない。
日本に持って帰るもの、当地で処分するもの、誰かに譲るもの。このなかで一番手間がかかるのが、誰かに譲るものだ。
今朝は、自転車をクイーンズ地区に住む友人のところに朝食をご馳走になりがてら持っていった。朝5時に起床。5時半に地下鉄に乗り込む。日曜日の早朝ということで車両は空いていて、周りに気兼ねすることなく自転車を運び込める。
ミッドタウンのペン・ステーション(Penn Station)でロングアイランド鉄道(LIRR)に乗り換える。
地下鉄は自転車の持ち込みは無料だけど、鉄道は持ち込み料が5ドルかかる。しかも、一つの車両に積み込みが許されているのは1台だけ。自転車を持った先客がいると、他の可能な車両を探さなければならない。それを懸念して、今朝は思い切って早起きして乗り込んだのだけど、こちらも車内はがら空きだった。
LIRRの車両に載せたバイク |
学生時代、サイクリング・クラブに入っていた友人が、日本では鉄道で自転車を運ぶ時は分解した上で輪行袋という専用の袋に入れなければ車両に持ち込めないと言っていた。その後も日本では電車に自転車をそのまま持ち込んでいる人を見たことはないから、そうした規則は今も生きているんだろう、きっと。
ニューヨークに住んでいるからといって、決して何でもかんでも米国の方がいいと思っているわけではない。しかし、基本の発想の部分で日米が大きくことなっていることを、この1年間で痛感させられた。
米国には、基本のところで国民がやりたいと思うことが最大限認められる社会が理想だという基本理念がある。一方で、日本は最初から何でもやっちゃいけないことばかりで、その後どこまで許してやるかを役人が裁量で決めていく社会になっている。だから秩序が守られていて社会は安定しているけど・・・新しいことが生まれない。
謂わば、米国は国民のために作られた自由型社会で、日本は役人のために作られた規制型社会。これは思考のパースペクティブの点で、空を自由に飛ぶ鳥と地面をもぐって進むモグラくらいの違いがある。
この数十年間を見て、日本でアメリカのようにイノベーションが(結果として)生まれない理由は、これでかなりの部分が説明できる。
日本人がイノベーティブではないということではない。ましてやDNAの問題ではない。人を取り巻く世の中の環境が問題なのである。
その証拠に、日本が太平洋戦争で敗戦し、それまでの軍国主義がアメリカ式の民主主義に移行し始め、財閥が解体され、それまでの権威者たちが肩書きを剥ぎ取られ、新しい秩序が生まれつつあった混沌の時代には、後のソニーやホンダが生まれている。
どうも我々は、食うや食わずの状況に追いやられて初めて、根本的なところの力が出てくるようだ。
2013年3月3日
米国ヤフーが在宅勤務を見直したわけ
チームで創造性を生むというやり方は彼女が昨年まで働いていたグーグル内で実践されている方法論だ。
「ヤフーをもう一度イノベーター集団にする」のが彼女の目的である。
ニューヨークタイムズなどの記事によると、在宅勤務によって生産性は上がったと報告されている。しかし、業務レベルの仕事の効率化が実現している一方で、仕事の質が低下したり、クリエイティブなアイデアが出にくくなっているのだろう。
社員全員が出勤していれば、自然とカフェテリアや廊下、階段の踊り場などで仲間たちと話をするようになる。そうしたところから思いも寄らなかったアイデアが出たり、コラボレーションの雰囲気が出てくることが期待できる。
もっとも、ただ在宅勤務を廃止するだけで期待通りに物事が進むわけではなく、社員たちが自由にアイデアを交わし合ったり、自然発生的にチームを作って課題にチャレンジしたりしていくような空間と時間とコミュニケーションとプロセスをどのように組織内にデザインしていくかが重要なポイントだ。
これは、在宅勤務が普通になった企業での見直し例であるが、翻って日本はどうだろう。自宅勤務で構わない仕事をさせるために、いまだ長時間の朝夕の通勤を社員に強いているところが多数だろう。
米国ヤフーの組織がどうなっているか知らないが、非製造業では今後は仕事の内容に合わせて次の3つの勤務形態に分かれてくるように思う。
研究・開発などをやっている人たちはオフィスなどの決まった場で集合的に仕事をする。営業職などは基本的に自宅から客先をまわるスタイルで、週に何日か勤務先に出勤する。 カスタマーサービスなどは自宅の作業が中心になる。
最初のタイプに優秀な人材がより多く就いている企業が、継続的にアイデアを生み、それを形にすることで競争優位を得ることができる。日本では(特に都会では)社員の通勤にともなうストレスや時間コストなどのマイナス面をどう軽減してやるかという厄介な問題の解決が鍵になる。
ところで今日の午前中、同じ建物に住むY澤さんに彼の研究留学先であるColumbia University Medical Center を案内してもらった。戦前からのビルが多く、改修に次ぐ改修で入り組んだ建物になっている。この巨大なセンターではリサーチ、教育、臨床が行われているが、重点は臨床よりリサーチに置かれている。
基礎研究を行っている棟を案内してもらいながら、興味深い話を聞いた。日本の大学病院との違いについて話をしていたのだけど、彼が言うには個々人の能力では日本の医師(リサーチャー)も遜色ないが、プロジェクトベースの研究チームで成果を出して行くのは米国人が圧倒的に勝っているとか。
おもな理由は2つ考えられる。まず、プロジェクト・マネジメントのノウハウとシステムが構築されていること。とりわけ日本に比べ、多分野の研究者が相互に協力し合いながら新たな発見に向かっていく気風がある。そして、メンバーのモーチベーションが高いこと(成果を出せないとプロジェクトが資金的に続かず、雇われている研究者は職を失う)。
日本の大学は、医学部だけではなくどこも縦割りのサイロであり、閉鎖的なムラの集合体である。だから他分野との交流などめったにない。他分野との境界や接合部分にこそ、面白い研究テーマがあるのだけど。
2013年2月21日
グッゲンハイム美術館でのGutai(具体)展
グッゲンハイムでは、特別展として Gutai: Splendid Playground が開催されていた。
http://www.guggenheim.org/new-york/exhibitions/on-view/gutai-splendid-playground
1952年から1974年まで芦屋や大阪を中心として活動していた前衛美術集団である具体美術協会の活動内容を取り上げたものである。ここで紹介されている作家で元々知っていたのは元永定正だけだったけど、この集団の奇想天外な発想と思い切りのいい表現にはついうれしくなり、作品を見てて何度も声を出して笑ってしまった。
偶然かどうか知らないが、時を同じくしてニューヨークにある世界的な2つの現代美術を主に扱うミュージアムが、戦後ほとんど同じ時期に活動した関東と関西のアバンギャルド集団をテーマに特別展を開催している。
http://tatsukimura.blogspot.com/2013/02/tokyo-19551970-new-avant-garde.html
帰りしなに寄ったミュージアム・ショップで現代美術家、堀尾貞治の作品集「Sadaharu Horio」(Vervoordt Foundation)を見つけた。50ドルしたが、迷わず買って帰る。これも今日の収穫。
2013年2月20日
ユニット WORLD ORDER
日本の知り合いが「こんなのあるよ」と、須藤元気の WORLD ORDER in New York のYouTubeサイトを教えてくれた。
その際、「ニューヨークの街で見かけた?」とか聞かれたけど、、、、ねえ。
いま日本では、子どもたちが学校であの歩き方をみんなで真似してんじゃないかなあ。
WORLD ORDER "2012" のプロモーションビデオは、メキシコシティが舞台になっている。
今年の1月に訪ねたテオティワカン遺跡や宿泊したホテル周辺の風景が出てきて懐かしい。
http://tatsukimura.blogspot.com/2013/01/blog-post_7.html
2013年2月19日
ダガンの「戦略的直観」
この本でダガンは、戦略的直観は「思考」であり、「感情」の一形態である単なる直観と区別している。また、「即断」を可能にする専門的直観とも戦略的直観は異なるとしている。著者がいうところの専門的直観とはヒューリスティクスに近い。
クラウゼヴィッツの戦争論アプローチを「戦略的直観」の源流とし、ジョミニの「戦略的計画」と比較している。両者の違いは、一瞬のボールの不規則な流れからゴールラインまでの展開を瞬時にイメージしつつ、それを連続的に繰り返しながら展開するラグビーと、あらかじめゲームプランを描いた上で試合をステップ・バイ・ステップで進めるアメリカンフットボールの違いを思い起こさせる。
これまでの戦略論の文脈のなかではおおかた否定的な意味合いを持たれていた「直観(Intuition)」を正面から打ち出したのは、M・ポーター流の戦略論が戦うべき市場や競争相手を所与のものとしていることへのアンチテーゼである。
現在、企業が置かれている状況は、これまでになく速い変化の波に乗っている。あるいは、呑み込まれている。顧客の嗜好の変化や競合の戦略転換、新しいテクノロジーの登場、それらに伴う企業を取り巻く環境の変化はまるでラグビーボールのようにどこに転がっていくか分からなくなってきている。一方、これから新たにビジネスを起こそうとする連中にとっては、自分たちが未来を作るチャンスが拡がっている。
そうした状況の中で、1970代の産業組織論をベースにしたポーターの競争戦略は、静的な市場の分析には役に立つかもしれないが、そうした市場自体が年々限られてきているのが実態だ。
New Yorker誌でM・グラッドウェルが掲載していた(その後書籍化された)記事や、行動経済学の発展も戦略的直観の重要性が語られる際の背景としてある。今後、この流れに沿った戦略論が次々と現れることになるだろう。ただその際、「語り」に頼ってしまう言説をどうモデル化できるかがポイントになる。
(以下追記 2013年2月25日)
その後、この本のタイトルにある直観(intuition)という言葉に居心地の悪さというか違和感を感じていたが、その理由に今日やっと気付いた。それは、ダガンが言っているところのものは推論(チャールズ・パースが名づけたアブダクション=仮説的推論)だということ。つまりそれは認識であって、直観ではないのである。
2013年2月17日
Girls vs. Boys
http://www.nytimes.com/interactive/2013/02/04/science/girls-lead-in-science-exam-but-not-in-the-united-states.html
いくつかの興味深い傾向が見られる。このテスト点数を見る限り、アジアでは女子が男子より優秀。ヨーロッパと米国では逆で、男子が女子に勝っている。
日本の15歳の世界の中での位置はというと、男子はフィンランド、香港、シンガポール、韓国に次いで5位。女子はフィンランドと香港に次ぐ3位である。(「上海」のスコアは一都市だけのデータしか公表されておらず、中国全体を示すものではないので検討対象から除外)
日本では大学の理系に進学するのは男子の方が圧倒的に多いのは、どういった理由なのだろうか。男子の理科系科目の高校での伸びが女子より大きいからだろうか。あるいは能力とは別に、将来仕事に付くための方向性として女子は文科系科目を、男子は理科系科目を選ぶからだろうか。
2013年2月14日
日本は計画経済国家か
東北電力は東日本大震災で多くの設備が被災した。女川(宮城県)と東通(青森県)の両原発は停止しており、より多くの部分を火力発電に頼らざるを得ないなかで燃料費の増加が経営を圧迫していることが報告されている。
こうした状況の中では 、現実的対応として電気料金の値上げはやむを得ないと思う。しかし、僕が気になったのは記事のなかの次のところである。
まるで統制経済である。電気料金は東電が昨年5月に家庭向けで平均10.28%の値上げを申請したが、経産省の審査で8.46%に圧縮し昨年9月から実施した。昨年11月に関電が同11.88%、九電が同8.51%の値上げを申請し、今年4月の実施を目指して経産省の審査を受けている。
一見すれば、東京電力が10.28%の料金値上げをしようとしたのを8.46%に抑えてくれた経産省は、国民にとって「正義の味方」と受け取れないこともない。しかし、元々が総括原価主義で計算された数字だ。
問題は、価格について市場のメカニズムが存在してないということである。
さらには、数字の中身が国民にはブラックボックスであるだけに、東電は経産省と前もって相談済みで10.28%増の数字を作ったと疑われたとしても不思議ではない。結果として、電力会社はもともとの目標を達成し、経産省は中身を知る由もない国民から「いい仕事をした」と評価されるというシナリオだ。
政府がやらねばならないのは、電力の地域独占体制の変更や発送電分離を着実に進める手立てを考え、電力供給と需要についての新たな制度設計をすることである。既得権を持つ勢力の「それなら、停電が頻発してもいいのか」という脅しがいつまでもまかり通るのはおかしなことだ。法人だけでなく、個人も米国のように電力供給事業者を自由に選べるようになるといい。
2013年2月11日
大臣、それとも投資家?
なぜ「1万3千円」なのか。その数字の算定基準は何なのかが知りたい。なんとなくそう思って言ったとしたら、大臣が話すような内容ではないはずだ。メディアもそれをそのまま報道するだけで、金額の根拠を問わないのはまったくの認識不足。
そもそも閣僚が、市場によって決定される株価や為替レートについて「こうあるべき値」を口にすること自体が間違っている。
先の大臣は、自分か家族が保有している株式の値上がりを念頭に、経済財政大臣ではなく投資家の立場で発言してしまったのか。あるいは、誰かに誘導されているか。どちらにしても、やってることがおかしいことに変わりはない。
2013年2月10日
体はアタマ
路肩で雪をかぶったまま放置された車 |
今日の午後、国連ビルの近くにあるジャパン・ソサエティで劇作家の平田オリザによるワークショップがあった。興味半分で出かけた。参加者用のチケットはすでに売り切れなので、僕が手にしているのは見学者用のチケットだ。
初めて集まった集団をどうやって一つにまとめるか、メンバー間に共感を生み出すか、自然なコミュニケーションが行き渡るようにするか。自分を他者(たち)との関係性の中でどう表現するかというコミュニケーション(デザイン)の構築を目的にした練習が多かった。彼が用いている手法は、大学でも応用できそうな感じだ。
何年か前、劇団「第三舞台」が行うワークショップに参加したことがある。そちらは、役者がどう脚本を読み、役作りをするかを狙いにしたものだった。
僕たち大学人がやっている仕事は、あまり身体を使わない。しかし、知性というのは頭から生まれてくるだけではなく、体からも生まれてくると思っている。正しくは体がなんとなく発見し、頭がやがてそれに気づき言語化する、という感じだ。そう、体はアタマなのだ。僕が旅をする目的のひとつは、そのもう一つのアタマに考えるきっかけを与えてやることだと考えている。
2013年2月7日
Tokyo 1955–1970: A New Avant-Garde
日本が戦後から復興、再生を目指し馬車馬のようにかけ始めていた時代、熱気が溢れかつ混沌とした世の中でさまざまなアートのうねりが誕生していった。静かな今では、その勢いは創造もつかないほどだ。アートが時代に一撃を加え続けた15年である。
いろんな運動に赤瀬川原平が登場する。今さらながら、彼のアーティストとしての影響力の大きさを感じる。
http://www.moma.org/visit/calendar/exhibitions/1242
2階にThe Yoshiko and Akio Morita Media Galleryと名づけられたギャラリーがあることを今日まで知らなかった。ここで現在、Performing Histories (1) という展示会が行われていた。
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