2024年3月13日

映画「オッペンハイマー」

96回目になるアカデミー賞では、「オッペンハイマー」が作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞した。

 
原爆の開発責任者だったJ・ロバート・オッペンハイマーについて描いた作品である。僕は先月、この映画を2回観た。飛行機の中、行きと帰りだ。他に観たいものがなかったからだけど。

さて、昨年7月に米国などで公開されたこの作品は、まだ日本では公開されていない。原子爆弾の本質、原爆でのヒロシマ、ナガサキでの被害や被災者の姿などがきちんと描かれていない、という批判がすでに多く寄せられていることがその理由の1つだ。

日本人の一般感情としてそれは分かるが、この映画はそれを目的に作られたものではない。「ゴジラ」とは違う。

焦点は原爆そのものではなく、その開発の中心人物で原爆の父と呼ばれた(呼ばれてしまった)人物の思いや葛藤が中心のストーリーだ。映画として世界中に配給され、商業的に成功するものをと考えたならそうなる。しかたない。だから、日本人がこの映画に「NHKスペシャル」のような作りを期待したら間違っている。

映画で描かれた原爆の「向こう側」にいたわれわれ日本人が考えるべきこと。それは、この映画がヒロシマ、ナガサキの被災者の状況をきちんと描いていないことに対して不満を募らせることではなく、なぜ原爆の投下を相手に許してしまったのか、なぜそれを止められなかったのか、つまり大戦の負けを認めるべきタイミングでそうした対応(降参)を国の中枢部が決められなかったのかだ。

僕は米国による日本への原爆投下を認めているのではない。しかし、もし日本が原爆を大戦中に先に開発していたなら、日本の軍部は間違いなくそれを敵国に対して使用していただろうこと、そして、そうした戦争にともなう開発競争のなかで、大局的にどのように国民と国を守っていくかという考えが、日本の中枢部には決定的に欠けていたことは確かである。