2023年12月9日

この国の未来が明るくないわけ

ひと月ほど前になるが「「民度低すぎ」歌舞伎町・刺されたホストを応急処置した男性が語る真実、見て見ぬふり異様現場と誹謗中傷」という長いタイトルのニュース記事を目にした。

新宿歌舞伎町の路上で、女性にホストが刺された。たまたま、そこに医師免許をもつ男性が居合わせ、彼は周囲の人に救急車を呼ぶよう要請したあと、その場で倒れた男に対して応急処置を施すことになった。

彼はその時のことを振り返り、こう語っている。

救急車については他の方も呼びかけていたためか比較的早くに動き出してくれましたが、ほかは……。私が男性の安全確保をした後に、“AEDを持ってきてください!”と言っても、みなスマホで撮影を続けていました。(「あなたにお願いしますと」)その場にいた人を指名しても、自分を指してるのかとキョロキョロするわけでもなく、無視してスマホのカメラを向けてきて……
https://news.yahoo.co.jp/articles/cc79d214d7d69be3f604a25aeab2acd2338a2612より

これを読んだとき、現場の風景が見えるようで吐き気がした。

午前1時半の歌舞伎町にいたほとんどは、10代、20代の若者だろう。遊び疲れて、普段以上に思考能力も判断能力も衰えている彼らには、目の前の惨劇もしょせんは他人ごと。おのれに痛みがなければOKで、あとはどれだけその場を「楽しむ」かだ。

その時ばかりは、ビリー・ザ・キッド顔負けの早業で拳銃ならぬスマホをポケットから取り出し、すぐさま撮影に入る。気分はもうSNSのレポーターだ。応急処置をしている人からの「誰か手伝ってください」という声が聞こえても、端から頭には入らぬ。「おれ、カンケーねえから」

これは社会心理学でbystander effectと呼ばれる集団心理のひとつ。bystanderとは脇に立つ人、つまり傍観者。なぜ、傍観者は自ら行動しようとしないのかについては、次のような3つの理由が挙げられている。

  1. 多元的無知:他者が積極的に行動しないことによって、事態は緊急性を要しないと考える

  2. 責任分散:他者と同調することで責任や非難が分散されると考える

  3. 評価懸念:行動を起こした時、その結果に対して周囲からのネガティブな評価を恐れる

誰もがこうした心理になるというわけではないが、ここで示されている「他者と同調する」や「周囲からのネガティブな評価を恐れる」は、とりわけ日本人の特性と合致しているだけに根が深い。

アメリカの慈善援助財団が調査したところでは、「最近、知らない人や困っている人を助けたことがあるか」という問いに対して、「はい」と答えた日本人は21%。調査した142ヵ国で最低の数値だった(2023年)。グラフが示すとおり、アメリカやドイツ、韓国、英国などは半数以上が「はい」と答えているのと対照的だ。

そういえば大学のクラスでこんなことがあった。その日はあるケーススタディをやることにしていた。その企業は日本の熊本に本社をおく、ちょっと特徴的な会社である。

2016年4月、ちょうど熊本城が大きく被災した「熊本地震」があった時だ。その企業も被災し、社員に死者は出なかったものの社員の家族が被災したという報告を聞いていた。また社屋が被害に遭ったため、しばらく操業ができない状態にあった。

イントロでそんな話をしたとき、クラスのなかから笑い声が起こった。すると、それが伝播して教室の方々に追っかけの笑い声が広がった。「厭だな」と感じて、話の途中でここは笑う場面じゃないよ、と諭したら、それに対してさらに笑いが起こった。

その理由は、上記2に関する同調行動がもたらしたものだが、それに加えて彼らにはもうひとつの理由があるように感じた。それは、他人の不幸を快感と感じる心理であり心根である。それがそこにいる社会人大学院生たちだけのことであって欲しいと願いながら授業を続けたが、気持ちを立て直すのに少し苦労したのを覚えている。