2010年1月18日

御用達

知り合いから先日お菓子をいただいた。箱には「宮内庁御用達」とある。よく聞く文句であるが、その定義は調べてみるまで知らなかった。

宮内庁御用達制度の前身は、1891年に宮内省が産業振興のために設けた宮内省用達称標出願人取扱順序にもとづき許可した宮内省御用達であり、社会的な信用が条件とされた。その後、1935年に広告での不正などがあれば出入り禁止、許可期間は5年という改正がなされ、1949年の許可を最後に、ということは1954年に制度は消滅したのである。

1935年から54年の間に許可された御用達は83社。現在、自分で御用達を名乗るのは、旧制度時代に許可を受けたことがあるか、あるいは今も納入業者となっているところだが、自分たちから品を献上したり、数回収めただけでそう名乗っている店もあるという。現在では、宮内庁は御用達を公式には認めていない。

よく知られたところでは、醤油のキッコーマン、カステラの文明堂、お酢のマルカン酢、味付け海苔の山本山などがある。御用達は法的な根拠のないまったくの俗称である。自ら御用達を名乗るかどうかは、その経営者の姿勢次第。またそれを有り難がるかどうかも個人の価値観次第だろうが、日本人的メンタリティの一面を見る気がする。

2010年1月16日

塑像


上海の人民公園の地下街で見つけた塑像作家。時間があったので、ひとつお願いした。

割り箸のような心木に色粘土をつけていき、ポイントを着色する。所要時間は20分くらいだったか。出来上がってくるに従い、通行人たちが足を止め、塑像の出来具合をのぞき込み、それからこちらの顔と見比べてニヤリ。2、30人くらいが周りに集まった。作り手もギャラリーが多いと気合いが入るみたいだ。でも出来上がりは見ての通り。あまり似ていない。

2010年1月15日

黄浦公園は全面立ち入り不可


出張中、時間を見つけて外灘(ワイタン)地区から人民公園あたりを歩く。外国ではどこでも時間がある限り歩く、歩く。そうした時の気分はNHKの「世界ふれあい街歩き」なのだが、どうもここではそうもいかない。埃がすごいのである。歩いていると目と喉が痛くなるくらい。

外灘地域はどこも工事中。上海万博に向けての整備なのだろうが、もう少し計画的に段階的にやればいいのにと思う。これも発展過程の一風景か。

2010年1月14日

代官山

上海。ホテル近くのショッピングセンター。

タイ資本だという広大な建物である。なるほど確かに建物の入り口の左右に象の像があった。日本の店もユニクロや無印良品、吉野家などがテナントとして出店している。

4階以上はレストラン街。さまざまな料理がそろっているが、やはり中国料理の店が一番多い。そのなかで見つけた「代官山」という名の店。

かき氷(冬に?)やお汁粉など甘味メニューが中心の店。なぜ店名が代官山かは不明。直接訊ねたわけではないが、日本の資本ではなさそう。現地で売られている日本の雑誌などで紹介されている代官山が「おしゃれ」だから?

2010年1月13日

上海での再会


火曜日の夕方、WBSを2006年3月に修了した黄さんがホテルまで来てくれた。4年ぶりの再会。

その後、浦東の上海料理店に奥さんの周さんも合流し、3人で食事。二人ともとても元気。仕事は忙しそう。プラニングなど自分の仕事はもちろん、日本人のボスと現地スタッフのつなぎ役を務めなければならない様子。クロスカルチュラルな環境の中での、中間管理職の大変さがうかがえた。二人とも頑張ってほしい。

2010年1月12日

ハーバード上海リサーチセンター


昨年ハーバード大学が上海にオープンしたリサーチセンターでのワークショップに参加するため、この月曜日から上海に来ている。参加者は、世界中から集まったビジネススクールの先生たち。

施設は香港上海銀行ビルのひとつのフロアをすべて占め、ボストン本校と同じ教室に加えてグループスタディ用の部屋も十分備えられている。彼らの中国に向ける意欲をまざまざと見せつけられる感じがする。

2009年12月30日

GAN HOSOYA

話題の「アバター」を観に行った。2時間半以上の映画を3D用の眼鏡を掛けて見るのはいささか疲れた。映像の作りは、そのスケール感、ディテールともに素晴らしい。設定も3Dらしく、よく練られている。観ながらもののけ姫やポカホンタスを連想していたのは僕だけだろうか。

映画の後、劇場の近くでPROGETTOという本屋(雑貨屋)を見つけ、そこで世界のグラフィックデザインシリーズ『細谷巌 GAN HOSOYA』を購入。ggg (ギンザ・グラフィック・ギャラリー)Books のコレクションである。以前、銀座7丁目にあるこの小さなギャラリーによく通っていた時期があった。

この本には懐かしい広告が収められている。でも懐かしいということは、古めかしいこととは別だ。彼のデザインの持つ力。コミュニケーションとしての強さと、端麗さには今も舌を巻く。

ゴリラの表情のアップの写真を使った「さようなら、人類。」というヘッドラインの意見広告。朝倉勇氏のコピーも読ませるが、それと相まって、いや多くの読者はその写真とデザインの尋常ではない雰囲気に「なんなんだこれは」と思い、思わずボディーコピーを読んだに違いない。

三船敏郎の「男は黙ってサッポロビール」は、三船敏郎が広告に出たから人の記憶に残ったのではない。その広告すべてが三船敏郎だったのだ。写真も、コピーも、デザインも、そしてビールも。秋山晶氏が本の冒頭で書いているが、筆文字のこのキャッチは東宝の映画のタイトルを書く書家が3m ほどの和紙に書いた書を複写し、一枚ずつ切り貼りして組んだものだという。「それは文字のデザインだが、書というイラストレーションをコラージュしたもののように見えた」というのも、うなずける。

新聞広告の不振が伝えられる。新聞自体の発行部数や閲読率の減少が主たる理由とされているが、そうした量的な変化だけでない、新聞広告の質の変化がもっと議論されてもいい。

もう15年くらい前になるが、細谷さんと一緒に仕事をした際にいただいた彼の作品集『イメージの翼』が研究室の書棚にあったのを思い出した。正月休み明けに、また手にとってみたい。

2009年12月28日

タダは高くつくか

スケジュール管理とその記録のために7年間ほど使っていたロータス・オーガナイザーからgoogleカレンダーに移行して1年ほどになる。

予定の管理は紙で行っているので、デジタルで行う主たる目的は行動の「記録」である。人と会った日時や場所などを調べるとき、紙の手帳だと結構大変だが、デジタルだと瞬時に検索できる。

ところが、グーグル・カレンダーの検索機能がうまく働かない。ネット上で検索してみると、どうも数ヶ月前から「おかしい」らしい。多くのユーザーが問題の現状を書き込み、グーグルの対応を期待するとともに、その対抗の悪さ(対応のなさ)を嘆いている。検索機能が働くなって困った僕も同じ。

これが有料のソフトなら、ユーザー側の取る方策はあきらかだ。サポート・センターに電話をするか、メールを送って「至急対処せよ」と命ずることになる。ところでが、こいつ(google カレンダー)はタダときた。「何とかせよ」と顧客づらできないだけでなく、どこに連絡していいかすら分からない。困った。

以前のデータを含め、これまでの8年分の行動記録がこのアプリには記録されている。もし、なにかの拍子にサービスが停止されたら、どうしようか。文句は言えても、タダなんだから強制力はない。古来、「タダほど高いモノはない」と言われるが、そうならないうちにデータのバックアップが肝心。

2009年12月21日

三田村和彦氏の連載コラム

読売新聞広告局が発行している「読売ADリポートojo」という機関誌がある。いつの頃からか毎号送られてくるのだが、届くとまず目を通すのがその中に三田村和彦さんが書いているコラムである。

企業の広告担当者の目線で、広告のあり方や代理店など外部のベンダーとの付き合い方などを述べていて、実感に満ちている。彼は企業の元宣伝担当者。その職を離れてずいぶん経つはずだが、当時の体験や感じていたことを元にした論考は、本質を抉っている。

たまたま今手元にある号には「クリエイターつながり」というテーマで彼は書いている。「クリエイター」と呼ばれている(あるいは自分でそう呼んでいる)人たちの身内びいきの関係性とそれを習慣的に許している「業界」の不思議さを指摘し、根底では広告クリエイティブの本来の役割の復権を求めているように僕には読めた。

クリエイティブ・ディレクターという呼称を「耳慣れたけど、やっぱりなじめない」と感じるなど、その感覚は至極まともで共感する。

2009年12月17日

忘年会

今年のゼミは今週の火曜日で終了。来春修了予定の人たちは修士論文の最終の仕上げに忙しいなか、ゼミ修了後に忘年会が開かれた。

場所は、早稲田から高田馬場の途中、住宅街のなかにポツンとあるピザ屋さん。無口だけど気が利く2人の女性が接客してくれる、ちょっと不思議な感じの店だった。途中からこの9月に修了したOBも参加し、賑やかな夜を過ごした。

2009年12月4日

変異型クロイツフェルト・ヤコブ病と献血

駅前で日本赤十字社の献血活動に出くわした。多少時間があったので、献血をしようと申し出た。しかし、事前アンケートのようなものへの記入をした後、丁重に献血を断られてしまった。一人でも多くの献血協力者を求めているはずが、である。

説明を聞くと、1980年から1996年の間に英国で一泊でもしていた場合、その人は献血ができないということらしい。当時英国で騒がれていた狂牛病の感染への予防措置が目的だという。この病気、正式名称は変異型クロイツフェルト・ヤコブ病と呼ばれている。僕は1991年から1992年のあいだ英国に住んでいたので、このガイドラインに照らせば完全にアウトである。

狂牛病については、当時から潜伏期間はかなり長いと聞いていたが、20年近くたってこの病名に日本で出くわすとは夢にも思わなかった。お礼だというコーヒーのパック飲料と救急絆創膏のセットだけ受け取って、仕方なく立ち去った。

2009年12月3日

「頼れる課長」

今月号の「図書」(岩波書店) に、作家の三浦しをんさんが「頼れる課長」というタイトルで国語辞典をネタにエッセイを書いている。

彼女が出版社の辞典編集部を訪ねた際に観察した編集部員の記述がいい。膨大な冊数の資料が蓄積され、想像を絶する校正刷りの山が築かれている部屋で、部員たちは「情熱的に、黙々と」仕事をしているというのだ。普通では相矛盾するこうした2つの表現も、実際に辞書の編集者たちに会ってみると、なんら不思議ではないらしい。

辞典や辞書は、今の僕たちの時間感覚からすると尋常ではないほどの長い時間をかけて紡ぎ出される。当然、それは長い時間をかけるだけではなく、まさに情熱を胸に秘めた編集者たちが黙々と取り組むことでやっと改訂版ができあがる。

最近の学生たちは、分からないことがあるとウィキペディアにあたる。膨大な数の用語や記事を収め、手軽で無料、ハイパーリンクで芋づる式に手繰っていけるなど、確かに有用性は高い。けれど、記事の内容は玉石混淆。そこでは、よい辞典・辞書が提供してくれる、プロの著者と編集者によって表現された簡潔にしてよく練られた的確な説明はあまり期待できないのではないか。

学生たちの書く日本語が、ちょっと気になっている。気になっている点の1つは、言葉の意味を正確に理解しないで使っていること。話し言葉と書き言葉の違いをきちんと理解していないところがあるのかもしれない。書くためには、正確に言葉の意味を分かっていなければならないし、そのためにはよい辞書をまめに引き覚えるしかない。ま、もちろん、電子辞書でもいいのだけれど。

2009年12月2日

デルのダイレクトモデル

今週の「顧客関係性マネジメント論」は、元デルのマーケティング・ディレクターで、現在はローランド・ベルガー社パートナーの平井さんに来てもらい、所謂「デルモデル」に関して詳しく説明してもらうともに、デルがいかに顧客と「密接にくっついていた」かについて、当時のさまざまなエピソードをもとに話をしていただいた。

デルモデルの成功要因を簡単に言ってしまえば、それは商材であるパソコン、そのプロダクトライフサイクルを誰よりも正確に読み取ったところにある。実際のところは、PCを直販で販売することのメリットに気付いたマイケル・デルの洞察力と実行力、そしてビジネスモデルを構築し、推進していく中での高度な分析的な能力だけでなく、多くの環境が「たまたま」追い風となって見方したところも多いように感じた。

しかし、そうした運のようなものを引き込むのもひとつの経営能力であることには違いない。

2009年11月21日

恵比寿ガーデンプレイスで

今日は、恵比寿のウエスティンホテルで開催されたあるリサーチ会社のフォーラムに参加。

その後、恵比寿ガーデンシネマで映画を観たあと外に出ると、もうすっかり日は暮れていた。

ガーデンプレイスの中庭への階段を下りていくとまぶしい光が目に入り、何かと思うとそこにはバカラ社のクリスタル製のシャンデリアが展示してあった。否が応でも周囲のクリスマスへ向かう気分をかき立てていた。

2009年11月19日

福利厚生のおすそわけ


浜松町にスマート・キャンプという名の施設がある。もともとはある製薬会社が社員のための福利厚生施設として作ったものらしい。現在は、一般の人にも公開し、ビジネスとして経営されている。

今回、そこのプラニングをしている友人の誘いで体験してみることになった。いくつかメニューがあるのだけれど、僕が受けた施術は90分のリフレクソロジー。リフレクソロジーというと例の足裏マッサージかと思っていたが、そこではアロマオイルを用いて肩から背中、腰あたりをゆったりとマッサージするというもの。

まず体調と体質を確認するための質問票に回答した後、好みのオイルの調合から「儀式」はスタートする。十数種類あるアロマオイルから自分の好みのものを調合してもらうのである。背中をさすってもらっていると、あまりの気持ちのよさについ寝入ってしまう。

その後は、同じ建物の1階にある「旬穀旬菜Cafe」で薬膳料理をいただく。選りすぐられた食材を用いた体にやさしいメニューである。落ち着いた、いい雰囲気のカフェだが、ランチタイム、しかも平日しかオープンしていないという。なんか、贅沢。

2009年11月18日

最新PCをダウングレードする

勤務先の大学から新しいPCを配給するからねというメールが突然来て、それからしばらくして新型のノートPCが届いた。

実はこのPC、OSがウィンドウズVistaだという。で、届いたPCは一度も起動しないまま、大学のITセンターに持ち込んでXPにダウングレードしてくれるように依頼。どうも同じような考えの教員がたくさんいるようで、結局OSを入れ替えてもらうためにPCを2週間ほど預けることになった。

(僕にとっては)まったく不必要なアップグレードを重ねること自体、いい迷惑。メーカーはそろそろいい加減にして欲しいなあ。


2009年11月12日

IBM自身のCRM

 













今週の「顧客関係性マネジメント論」(寄附講座)は、日本IBM執行役員の田崎さんにお越しいただき、「ibm.comのセールスイノベーションの実践」のタイトルで講演してもらった。

電話によるセールスセンターと対面営業を顧客視点でシームレスにつなぎ、ビジネスチャンスの発掘と最適な提案を実現していく同社の試みは10年以上前から始まり大きな成果を上げている。そして、今ではテレセールスが同社の売上の10%以上を占めるに至っているという。

組織営業の重要さはどこの企業も理解はしているが、その実現に骨を折っている。単なる理念だけでなく、トップマネジメントのリーダーシップから始まり、社内の制度、システム、人的資源の活用等が有機的につながり、補完し合って初めて継続的なチーム営業の仕組みが組織内に埋め込まれる。その成功モデルのひとつをクラス内で詳細に披露してもらった。

それにしても印象的だった話のひとつは、かつての汎用コンピュータ全盛の時代は、米国の本社から日本に割り当てられる限られた新型機の台数を巡って、購入希望企業がくじ引きをしていたという事実。これを「いい時代」と振り返るか、企業の危機への入り口だったと考えるか。

2009年11月11日

エコという言い訳

あるネット銀行から「取引残高報告書などの電子交付サービスのお知らせ」というのが郵送されてきた。 「・・・電子交付に切り替えることで、報告書などの整理保管が容易になり、また、紙(資源)の使用量の削減および郵送過程で輩出されるCO2の削減など、環境負荷の軽減にも貢献できます・・・」とある。

確かに理屈はそうだが、本音は印刷代や郵送料、その他のコストをなくすためなのは子供でも分かる。だいいち、どの位の環境貢献になるのかさっぱり分からない。エコを引き合いに出すのが「お約束」なのだろうが、違和感は確実にある。


そういえば、ある大手証券会社系のネット証券は、顧客に切り替えを促すのではなく、一方的に報告書の郵送を止めた。顧客が自分でその証券会社にアクセスし、IDやパスワードを記入して確認せよというわけだ。今回はそれに比べれば随分ましということか。

2009年11月5日

『実践CRM』出版記念フォーラム開催














先週の木曜日、『実践CRM』の出版を記念したフォーラムが、産学共同研究センターが入っているトッパンフォームズ本社(汐留)の1階大ホールで開催された。

センター副理事長の永安さんの挨拶の後、僕が基調講演をやらせてもらい、その後、同書の執筆仲間であるPwCコンサルタント株式会社の中本さんと百貨店松屋の所さんにそれぞれ執筆内容をもとに講演をしてもらった。

2009年11月2日

「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」

友人の妹尾堅一郎さんが新しく書いた本を送ってくれた。日本は技術力には今だ優れているのに、世界的なシェアを獲得するような製品を育てられないのはなぜか、という多くの人が疑問に感じていることを分かりやすく整理している。要約するならば、この本でのポイントは研究開発戦略、知財戦略、事業戦略の3点を一体的に実施することとしている。

世界を席巻したiPodと製品の技術面では優位と言われながら市場で負けたウォークマンの対比は、ビジネススクールでは古典的ともいえるケースになっているが、そうした例は近年枚挙にいとまがない。でもこうしたケースは、日本企業に限った話ではない。先日、韓国の現代自動車が日本市場から撤退することを決定したとの報道を読んだ。いまでは世界第5位の自動車メーカーが、日本市場では手も足も出なかったのはなぜか。

製造されたクルマの性能や品質が劣っているわけではないことは、JDパワーズの調査レポートなどが証明している。デザインか、価格か、ディーラーサポートか。理由はそれぞれ挙げることができるが、一言で言えば、理屈ではないというのが大きな理由ではないか。残念ながら「どうにも好かない」という消極的な日本人消費者の気持ちが最大の理由ではないかという気がする。

モノが売れるのにはワケがあるようで、ないような。簡単にそのワケが分かれば、誰もが大成功する訳であるが、そんな理屈はあり得ない。そこが顧客行動の厄介なところ。マーケティングが科学とアートを行ったり来たりしている所以である。