2012年7月9日

石岡瑛子とMISHIMA(ミシマ)

今年の初め、アート・ディレクターの石岡瑛子さんがニューヨークで亡くなった。

アート・ディレクターと書いたが、それはまだ彼女が日本の広告業界にいた頃のはなしで、彼女はそうしたADの仕事もやりながら映画や舞台などの美術監督として世界で活躍していた。

ニューヨークに来る前から気になっていた映画「MISHIMA: A Life in Four Chapters」(1985)もその1つである。三島由紀夫の生涯と作品を題材にしたものだ。石岡さんはこの映画で美術監督を担当した。

 
本作品はフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスがプロデュースし、タクシー・ドライバーの脚本家としてその才能を世間に認めさせたポール・シュレイダーが監督。音楽はフィリップ・グラスだ。見応えのある映画作品に仕上がっている。
 
ところが、三島由紀夫の遺族が反対しているために日本国内ではいまだ公開できないままになっている。日本版のDVDの販売もされず、配信もできない。何を怖れているのだろう。海外ではオープンになっているのに。狭量というか、なんというか。

映画の中で主役の三島を演じているのは緒方拳。そして、もう一つの主役が、石岡が担当したセットデザインである。斬新かつシンボリック、それだけでもこの映画を観る価値はあると思う。

2012年7月8日

寿司屋にもGradeをつけてほしい

ニューヨーク市内の飲食店には、店頭に Sanitary Inspection Grade という貼り紙がしてある。市の衛生局が調査し、その衛生管理の度合いにあわせてA、B、Cという評価を与えており、その評価証は店頭に表示しなければならないようになっているらしい。


客にとってこれは参考になる。一見店内がきれいに保たれていても、厨房で何が行われているかは客には分からないからね。

話は変わるが、NYには寿司を出す店がかなりある。しかし数の上ではその大半は、はっきり言うが似非(えせ)である。いま住んでいるブロードウェイ沿いにも、Chinese and JapaneseやThai and Japaneseといった店がある。味についていえば、そうしたところで出す料理は本当の寿司からはほど遠い代物だ。

中華料理やタイ料理などの「添え物」として寿司などの日本食を出しているところでなく、寿司あるいは日本料理をうたっているところでも、まともな寿司がでてくることは少ない。

米国だからネタや素材が手に入らないからというのではない。少なくても東海岸の大都市では寿司ネタは豊富だ。今では日本にも大量に魚が輸出されている。要は、そうした店には本物の寿司職人がいないのだ。中国人や韓国人、あるいはヒスパニックの調理人が、寿司飯にスライスした生魚を載せればそれでいいとでも考えているように思う。

NYだけではない。先日のワシントンDCへの出張の折り、昼食をとりに入ったチャイナタウンの店のメニューの半分は日本食(もどき)だった。その中心は寿司である。周りの客は中華料理のアペリティフの感じで寿司を注文している。

 食べたいものを食べたいように食べればいいことは分かっていても、やはり日本人としては「ちょっとなあ〜」と思ってしまう。その日の夜は、街の中心部から少し外れるが、日本人が25年前からやっているという店でうまい寿司と日本酒を堪能した。

先に述べたようにNYには寿司を出す店は数多いが、オーセンティックな寿司を出してくれるところは限られている。日本人以外には何が本物の寿司かはわからないから、それでもSushiの看板で客が呼べるのが現状。

寿司屋の認証制度を作ってはどうだろう。先のSanitary Inspection GuideにならってA、B、Cでよい。Sushi-Aは本格的な寿司屋の証し、Sushi-Bはそれに準じるもので本格的ではないが寿司の伝統を感じさせるもの、Sushi-Cは極めてアレンジされた寿司を提供するところ。A, B, Cが付いていないところは、認証外。

誰がどういった基準で審査するかだが、まずが堅く考えることなく、日本人が経営している寿司屋が手を組んでニューヨーク寿司協会とか作ってやればいい。

またまた話は飛ぶが、先月だったかこちらで同性婚が法的に認められるようになったとき、テレビであるコメンテーターが「これは、20年前の寿司と同じだ。気にすることはない」 と上手いことを言っていた。

20年前は多くの米国人が魚を生で食べるなんて気持ち悪いと思っていたけど、いまはすっかり生活の一部になっている、ということである。

2012年7月7日

ニール・ヤングのドキュメンタリー

ジョナサン・デミが監督したドキュメンタリー映画「Journeys Neil Young」をアッパーウエストサイドにあるリンカーンセンター内のシネマへ観に行った。

全編、ニール・ヤングのトロントでのソロステージを追ったものである。途中、自分でハンドルを握り、クラシックな車を運転して移動する車内で語るニールのコメントはあるが、それ以外は彼は何も語らない。ただ歌うだけ。

ステージの上でも「俺の歌を聴いてくれさえすればいい」とばかりに素っ気ないのがいい。


独特の乾いた、それでいてむせび泣くような声。ニールヤングならではの70年代から変わらぬ歌声である。

2012年7月5日

4th of July Fireworks

今日は独立記念日で、米国は祝日である。1年の中で最大の花火が行われる日でもある。NYでは百貨店のメーシーズがスポンサーとなっている花火大会が、夜の9時20分から行われた。年によってハドソン・リバー(西側)かイースト・リバー(東側)のどちらかで開催される。今年はハドソン・リバーで行われた。


川沿いの遊歩道は、芋の子を洗うような混雑ぶり。川の4カ所に打ち上げ台を設置しているらしい。隅田川で見るような「ドドーン、ドンドーン」といった腹の底に響く迫力のある大玉の打ち上げ花火はあまりないが、4カ所からの打ち上げが見事にシンクロしているのが特徴的だ。日本の花火は職人たちの経験と技、こちらはコンピュータのプログラムによる打ち上げなのだろう。

テレビではNBCがNY(ハドソンリバー)の花火を、CBSはボストン(チャールズリバーか?)の花火を生中継で放映していた。アメリカという国の最大の誕生日を、いささか(僕には)大げさと云える演出で祝っていた。こうしたイベントがあると、米国人の愛国心はひとつになって高まる。多民族社会だからこそ、何かにつけて国民全体が星条旗の下で気持ちをひとつにするような催しと演出が凝らされる。

96丁目あたりのハドソン川沿いから撮影

2012年7月4日

セグウェイについて

ワシントンDC市内のフランクリン・スクエアで、セグウェイの練習をしている5名ほどに出会った。街中をひとりで颯爽とセグウェイする若い女性も見た。

セグウェイは、ワシントンDCの街によく似合ってる。NYほど交通量が多くなく、道に穴ぼこやこぶが少なく、きれいに舗装されていて走りやすい。それにバリアフリーが徹底されていて、車道と歩道が段差なくつながっているからだ。

セグウェイが日本の公道での走行が認められていないのは、何故だろうか。自転車ほどスピードがでず、とても安全なのに。環境への負荷も少ない。セグウェイを使うためには20センチほどのステップへの上り下りさえできればOK。足腰の弱った人でもこれで外出でき、行きたいところにいける。

電動車椅子とセグウェイは何が違うというのだろう。座って乗るか、立って乗るかの違いしかないはずだ。行政の「何かあったら自分たちの責任になる」という、新しいものへの理屈抜きの抵抗感とリスク意識だけが妨げとなっている。

日本でも地方の観光地が、特区としてセグウェイでその街や観光名所を巡ることができるように規制緩和するとか考えてみればよいと思う。

2012年7月2日

ワシントンDCで

学会2日目が終了。今日はレセプションなどはないので、早めに会場を飛び出して、まずは近くのNational Gallery of Art へ。ここは彫刻のコレクションが充実している。絵画は13世紀以降の欧州とアメリカ絵画を中心に展示されている。フェルメールの作品も何点か展示されていた。



写真はあまりないのだけど、Bruce Davidson という米国人の写真家が撮った80年代初めのNYの地下鉄内をモチーフにした作品が20数点あって、それが面白かった。今とはまったく違う、汚く、落書きだらけで、人々の熱気と暴力の匂いがするNYサブウェイの雰囲気が伝わってきた。

その後、City Segway Tour という会社が運営しているWashington DC Segway Night Tour に参加。セグウェイで、ガイドと一緒にワシントンDC内の名所をまわるというものである。6時から30分ほど乗り方の練習をしたあと、8名のグループで町へ出た。日本ではセグウェイは公道の走行は認められていないが、アメリカでは平気だ。車ではなく、自転車に準ずる扱いのようである。

ツアーの終了は9時過ぎ。日はもうすっかり暮れていた。結構疲れたが、気持ちのいい疲労感である。セグウェイは誰でも簡単に乗れて安全、小回りもきき、極めてすぐれた移動手段だと思う。

前半の映像で奥に見えるのは、国会議事堂(連邦議会)

2012年7月1日

フィラデルフィア駅で4時間半待ち

鉄道(アムトラック)でNYからワシントンDCへやって来た。途中、フィラデルフィアで列車が4時間半ほど停車したまま動かなくなった。竜巻の発生によって電力供給が不安定になったためである。

列車が止まってまもなく、売店のある車両へ向かった。途中の車両でマイケル・ムーアを見かけた。4人掛けのボックスシートで彼のスタッフらしい3人と熱心に打合せをしている様子。飲み物とサンドイッチを手に自分の車両に戻る時には、彼らはもういなかった。

4時間半ほどしてやっと走り始めたが、その後も徐行を繰り返し、結局、予定通りであれば3時間弱の区間を8時間50分かかった。

アメリカの交通機関では思いもよらないことが起こる。ある日、ニューヨークで地下鉄に乗って大学へ向かった。96丁目駅から大学のある116丁目駅まで各駅停車の電車で3つなので、いつもはほんの5,6分の距離である。ところが、96丁目の駅を出た地下鉄が止まらない。途中、車内放送で線路のポイント故障のために通常の運行ができないと言ってる。いったいどこまで連れて行かれるのか。車内放送で何か言っているのだが周りがうるさく、スピーカーの音もよくないので聞き取れない。近くのアメリカ人に尋ねたが、その人も内容がよく聞き取れないらしい。

やがて電車が止まったのは、158丁目の駅。その駅は上り方面のホームと下り方面のホームが繋がっていないので、いったん改札を出て地上に上がり道の反対側にある入口から駅に再入構しなければならなかった。

米国人はこうした際には実に辛抱強いと思う。こうしたことが当たり前になっているからだろう。

2012年6月29日

飼い主を訓練せよ

大阪府のある市で、散歩中の犬の落とし物の処理に困った役所が飼い主に税金(飼い主税)をかけることを検討しているという記事を目にした。

以前にも書いたが、ニューヨークには犬を飼っている人が多い。マンハッタンの中の住居はほとんどがアパート(日本で言うマンション)なので、朝や夕方は犬の散歩に出かける人で通りが溢れる。犬好きのニューヨーカーとその犬の関係については思うところがあるが、それはまたあらためて書くとして、多くの犬が町を散歩しているわりに「落とし物」が放置されているのを見たことはない。

犬だって部屋のなかに用意されたシートや犬用トイレより、外でのびのび用を足したいはずだ。それが、自然ってものだろう。だから外に連れて出てもらった時にウンチもすれば、おしっこもする。ウンチは飼い主やドッグ・ウォーカーがちゃんと拾って片づけている。これは、犬を飼う人のルール。市の条例でも定められている。

こちらの犬の大半は、どれもよく訓練されている。日本(少なくとも例の大阪府のある市)では、犬の躾ではなく、まずはダメな飼い主の躾が必要なようだ。

すべての飼い主に一律に課税したのでは、きちんと糞の処理をしている飼い主に対して不公平だろう。


Victory for Obama Care

今朝(米国時間)、米連邦最高裁が、オバマ政権の医療保険改革法は事実上合憲との判決を下した。以下はニューヨーク・タイムズ紙のBreaking Newsから
WASHINGTON — The Supreme Court on Thursday upheld most of President Obama’s health care overhaul law, saying it was authorized by Congress’s power to levy taxes. The vote was 5 to 4, with Chief Justice John G. Roberts Jr. joining the court’s four more liberal members. 
この報が出てすぐ、ロムニーをはじめ同法に反対する共和党の幹部議員が次々と反対の声明を発表している。この改革法が米国の自由の精神に反していると主張している。医療費の支払いをどうするかは個人の責任で、国が主導する保険制度で賄うべきではないといっている。自己責任という言葉が頭に浮かぶ。日本のような皆保険制度が導入された場合、個人の負担が増えると主張しているが、彼らの後ろには多額の献金をしている保険会社がある。

彼らのように何でも「個人の責任」と考えるのであれば、そのうち警察も税金の無駄だからなくして、各自が拳銃や武器で武装して、自己責任で自分や家族の生命と財産を守るべきだと言い出すかも。大金持ちは、自分たちでセキュリティガードを雇えるから全然問題ないかもね。でも、今の米国のように何千万人もの人が健康保険に加入できないままやってきたのは、やっぱりおかしいと思う。

http://www.nytimes.com/2012/06/29/us/supreme-court-lets-health-law-largely-stand.html?emc=na

2012年6月28日

夏休みの大学構内で

米国の大学の夏休みは長い。その間、キャンパスは静かで落ち着いた雰囲気である。

コロンビア大学にある芝生の上で、幼児たちが遊んでいた。どこからやって来たのだろう。近くに保育園かなにかあるのだろうか。静かなキャンパスに子どもたちの賑やかな声が流れ、ほんわかした空気が漂っていた。


2012年6月27日

グランド・セントラル駅構内のアップルストア

楽天の関連会社が年に一度NYで開催するイベントがニューヨークの老舗ホテル、ウォルドルフ・アストリア・ホテルで開かれ、僕も招待してもらったので出かけてみた。参加者は500名ほど。日本から楽天の代表取締役会長兼社長の三木谷氏がやってきてスピーチしていた。

その帰り、グランド・セントラル駅でアップルストアに立ち寄った。 東側のテラスの大部分をいまアップルが使用している。展示レイアウトは他のアップルストアと共通していて、ゆったりした空間のなかで客は自由にアップル製品にさわり、操作することができる。

週末の新聞に、アップルの店員の給料に関する記事が掲載されていた。アップルストアの多くの店員は時給ベースのアルバイト。平均時給額は、11.9ドル。売上に応じたコミッションなどの追加はない。他の小売店で働く店員と比べて決して高い給料とはいえないなか、スタッフの高いロイヤルティをどうやって保っているのか、ずっと不思議に思っている。いくつかポイントがあるのだろうが、(彼らのとっての職場である)ストアのデザイン、立地、雰囲気も重要な点であることは間違いない。




2012年6月26日

何かやれば、食える

東京と比較して、ニューヨークには物乞いが多い。ただ、何も「表現」せずに小銭をせびっている物乞いは、4人に1人くらいか。あとは、何かしら「芸」をしている。

地下鉄に乗っていると、ギター片手に、あるいは数人のコーラスで歌の一節を歌い(一駅間で見せ物が終わるように)、その後、金を乗客から集めているアーティスト(?)にもよく出くわす。先日は、まだ中学生らしい黒人の女の子3人組が、アカペラでコーラスを披露し、乗り合わせた客から拍手と多くのチップを集めていた。

彼女たち、一駅ごとに隣の車両に移っては同じ芸で稼いでいた。同じ区間を行ったり来たりしながらやっているのだろう。

さほど上手くもない歌や楽器の演奏に対して、どんな人が金を出しているのか観察していて分かったのは、あまり懐具合がよくなさそうな人たちが彼らに金を渡してやっていること。逆に、金回りの良さそうな人たちの多くは、見て見ぬふりである。

アッパーウエストサイドへ向かう42丁目の地下鉄ホームに、両腕のない青年が立っている。肩から突き出た15センチほどの両腕にプラカードをぶら下げている。首からはお金を入れもらうための籠を下げている。

彼を見るたび胸が締め付けられるような気分になる。そして、ついポケットのなかで何枚かの札を数えたりする。それでも僕は、まだ彼に「施し」を与えたことはない。どうも後ろに「マネジャー」がいるような気がしてならないから。

舗道に作品を作成するアーティストも多い。翌日には消えてなくなる

2012年6月25日

夏至を過ぎ、今はまだ8時半くらいまで外が明るいけれど、これから日没の時間が少しずつ早くなっていく。

陽が落ち、次第にあたりがほの暗くなりかけてきた頃、ハドソン川沿いのリバーサイドパークのいくつかの場所で、螢の乱舞が始まる。散歩の帰りしな、両手のひらで一匹すくい、アパートに持って帰ってきた。・・・ゲンジボタルだ。

2012年6月24日

ブルックリン美術館

ブルックリン美術館まで、ミッドタウンからは地下鉄に乗って20分ほどの距離である。ここは、ニューヨークではメトロポリタン美術館に次いでの規模を誇っているらしいけど、館内を歩いた印象ではそれほどの規模という感じはしなかった。館内のレイアウトがすっきりしていて分かりやすいのがその理由かもしれない。

近代・現代美術のコレクションはMETやMoMAには及ばないが、アジアや中東など非西洋美術のコレクションとそれらの展示には趣向が凝らされ、マンハッタン内の美術館といかに差別化をはかるかが考えられている気がする。

駅からすぐだし、週末でもあまり込んでいない。すぐ隣に植物園や公園があるのもいい感じだ。http://www.metmuseum.org/


2012年6月22日

ピンクのわた菓子

普段、フランス料理は食べないようにしている。理由はいくつかあるのだが、それはここでは書かない。

しかし、先日の出張中のこと、モントリオールに来たからにはさすがと思わせるフレンチも悪くないかと思い出かけてみた。実は、同じアパートの住人であるY澤さん夫婦からお勧めの店を教えてもらっていて、ニューヨークを出発する前にレストランを予約していたのだ。お二人は同じ医大に勤務するお医者さん同士で、モントリオールにはやはり学会で昨冬訪れたとか。

そこはモダン・フレンチの店で、ひと皿ひと皿の料理に趣向が凝らされているとともに、ウエイター、ウエイトレスもよくトレーニングされていて、程よいホスピタリティーを感じさせるものだった。

この歳になると、食事の際にやはりカロリーを考えてしまう。そこで食後はデザートはやめておこうと思いコーヒーだけを注文したのだが、ギャルソンが「当店にいらしたからには、スイーツをお召し上がりにならないままお帰しするわけにはいきません」と言って、いくつかの甘いものをテーブルに運んできた。その一つが、コットン・キャンディー。むかし懐かしい綿菓子である。


このピンクの綿菓子、今店頭に並んでいるNew York誌の表紙でエマ・ストーンがほおばっていた。


2012年6月21日

Wall Street Walk Tour に参加

午前中、コロンビア大学ビジネススクールが主催するウォール街のウォーキング・ツアーに参加。以前、ウォール街の金融機関で働いていた女性がガイドとして周辺を案内してくれた。今日はとても暑かったが、ひとりで散策するだけではわからない各建物のいわれなども聞けたので、まずまず。

右手のバーガーキングの広告が下がっている建物がニューヨーク証券取引所

ワールド・トレード・センターあとに建設されている1 World Trade Center ビル
NYで最古の歴史を持つトリニティ教会。その向こうに1 WTC。

2012年6月20日

名和晃平と琳派

クロイスターを訪ねた後、メトロポリタン美術館のジャパニーズ・ギャラリーで開催中の琳派展を観に行く。名和晃平のPixCell-Deer#24(2011作)が琳派のひとつのコレクションとして展示されている。こうした解釈の自由さがメットらしい。

http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2012/rinpa-aesthetic 



これぞ、Museum & Gardens

南北に細長いマンハッタン島のほぼ北端に、メトロポリタン美術館分館のクロイスターズがある。

地下鉄のAトレイン(デューク・エリントン楽団の「A列車で行こう」のA Trainだ)で190丁目まで行き、そこからフォート・トライオン公園を通り抜けると中世の修道院を模した赤茶色の建物が現れる。
http://www.metmuseum.org/visit/visit-the-cloisters/

クロイスターズのクロイスター(cloister)は、修道院の回廊のこと。南フランスにあった修道院のロマネスク風回廊をニューヨークへ運びこんで作られた。

スポンサーは、あのロックフェラーだ。ロックフェラーにしろ、カーネギーにしろ、アメリカの大富豪には文化的で精神性の高い社会貢献活動を残した人びとがたくさんいる。


2012年6月18日

眼下にマンハッタンを見る

モントリオールからニューヨークへ帰るフライトで、窓からマンハッタン島が見えた。真ん中に見える巨大な長方形がセントラルパークである。