夕方、英国留学時代の同級生だったシンガポール人が、息子を連れてホテルまでやってきた。彼をシンガポール国立大学のHall(学寮)までクルマで送るので、よかったら一緒に行ってみないかと。
大学2年生になる彼は、6つある大学寮の1つに住んでいる。Raffles Hallという1958年にできた歴史のある寮だ。
他の寮生と同様に、月曜日から金曜日まではそこで過ごし、金曜の夜か土曜の朝に自宅にもどる。そして、日曜日の夜、父親(つまり私の友人)が時間があればクルマで大学まで送り届けてやるらしい。
厚かましくもその寮の部屋の中まで入れてもらった。2人部屋である。かなり狭い。ベッドが壁の両側に2つ並んでいるが、その間のスペースは50センチもないくらい。室内設置型のエアコンが部屋の真ん中に鎮座してフル回転していた。本当はエアコンの設置はだめらしい。けれど、それじゃあ暑くて勉強できない。大学当局も見て見ぬ振りをしている。
その後、広大なキャンパスを彼の運転で見て回った。日曜の夜だけあって、とても静かだ。そのなか、キャンパス内巡回の黄色いバスだけが走っていた。
大学には門がなく、誰でも自由にどこからでも施設内に入れる。クルマでの出入りも自由だ。管理社会の典型であるシンガポールで、大学がこのように運営されているのは意外だった。
完全にオープンにしていて、そのために構内で問題や事件が起こることはないのか訊ねてみたが、ほとんど聞かないという。そうした社会的秩序ができているのかもしれない。それと、確認はしなかったがカメラによるモニタリングが行き届いているからかもしれない。
ところで、自宅から通学しても1時間ほどなのに、なぜわざわざ寮に入るのかーー。彼(オヤジの方)曰く、若いうちに共同生活を送ることでコミュニティの一員としての意識を涵養することに役立つからと。
確かに日本の大学でもかつては寮がたくさんあり、学生ならではの共同体としての役割を果たしていた。そういえば、京大の吉田寮の老朽化に伴う建てかえのために明け渡しを大学側が寮生に求めている件は、その後どうなったのだろう。
シンガポール国立大学の寮はとても人気で、入寮のための競争倍率が高い。また一旦入寮しても、翌年度にそのまま残れるのは20〜30%で、残りの学生は退寮させられる。残れるかどうかの基準は、その寮での各種活動(寮の運営参加やイベントの開催など)によって「稼ぐ」ポイント数によって決められる。そうした点は、なるほどシンガポール的なのである。