2026-04-28

本を処分するということ

ちょうどひと月ほど前に、大学の研究室にあった本を処分した。どうやって限られた日数内で研究室を空にするかは、頭を悩ます問題だった。一番の問題は、本をどうするかーー。

クルマで何度か大学に行き、今後の活動に必要となるだろう本、使うかどうかは分からないが色んな理由で手放せない本は書棚から抜き出して箱に詰めて家へ持ち帰った。

それと並行して、知り合いの若い学者に研究に必要と思われる本を自由に持っていってもらった。

残りはまとめて古書市場に出す算段はしていたのだが、繰り返し書棚にならんだ背文字を見ているうちに手放せなくなり、追加で宅配便を使って何箱か自宅へ送ることになった。どう言ったらよいのか、さしずめ本をまとめて手放すのは腕を捥がれるような感じ、とでもいうか。

残りは知り合いの古書店に来てもらい、文字通り束にして持っていってもらった。そして、僕の研究室にあった本はすべて、古書店関係者だけが参加する神保町の「古書市」で売買された。僕がのちに聞かされたその金額は桁が違うのではないかと思うほど安かった。

古書店店主らにとって仕入れの際の書籍は、紙くず同然の存在なんだろうと思わざるを得ない。いかに安く仕入れて、店頭売価との利ざやを上げるかにしか関心が向いていないのかもしれない。業界が将来的にどうなっていくか、その姿が見えてくる。

最初、研究室の本の行き先を考えたとき、自宅の近くに部屋を借りてそこを書庫代わりにすることを考えていた。そうすれば毎月の家賃はかかるが、ことは簡単に思われた。引っ越し業者を雇ってそのままものを移動させればいいと。

だけど考えてみたら、そのために新しく借りた部屋にまずは本棚を10本以上設置しなければならない。それを考えたとき、自分がその場所に縛り付けられるような感覚があってやめてしまった。 

あれからひと月、あまり本を買うことがなくなった。図書館を上手に使えば、必要とする本のかなりのところを借りられることが分かったから。取り寄せなんかで時間がかかることがあるけど、気持を急がせなければ大丈夫だ。

金銭的なことで購入しないのではなく、いずれまたそれらを手放さなければならないと思うと、研究室の風景が思い起こされ「所有」することに対して躊躇してしまうのである。まだ今のところ。