2009年10月30日

日経東京本社新社屋

日経新聞の教育事業本部を訪ねた。そのついでに、というか、こちらの方が主目的なのだが、新社屋を見学させてもらう。ただし、編集のフロアは立ち入ることができないということでパス。確か、しばらく前に広告局の社員によるインサイダー取引という不祥事があった。そうした事件の再発を防ぐという意図もあるのだろう。

社員食堂でお昼をご馳走になったが、皇居が実によく見える。こんなに近くから、また上から皇居を眺めたのは初めて。当日の快晴もあって、緑が目にしみた。

2009年10月28日

「顧客関係性マネジメント論」第4回

CRM論の第4回目は、ルディー和子さんに来ていただいて「顧客関係性マネジメント再考」というテーマで講演してもらった。彼女は、ダイレクト・マーケティング分野での日本のパイオニアの一人。豊かな経験と、確かな理論を持った数少ない日本での専門家である。

CRMの考え方の本質といったものを、歴史的に振り返りながら詳しく説明してくれた。時間がもっとあれば良かったのだが、90分があっという間に過ぎてしまい、突っ込んだ討論をする時間的余裕がなかったのが残念。

2009年10月26日

本のカバーにカバーは必要か

日本人は本を大切にしすぎかもしれない。物を大切に扱うことには、もちろん賛成。でも、程度を考えた方がいい。

先日、ある書店でのこと。店内で探していた本を見つけ、それらを見つけレジへ。僕の前では30代の男性客が文庫本コミックを3冊購入しようとしていた。書店の女性が、彼にカバーは要りますかと尋ね、その男性客は「はい」と応えた。店員は、文庫版コミック3冊に丁寧に書店の名前が印刷されたカバーを取り付け、それらを紙袋に入れて渡した。

どこの書店でも行われていることだろうが、後ろからそれを眺めていてふと思った。なぜそれが必要なのかと。買った本を大切に扱いたいからか、それとも他人の目から隠すためか。レジ作業はそれだけ時間がかかり、他の客が待つことになる。

日本の本のほとんどは最初からカバーが付けられている。カバーが二重に付けられている本もある。それなのに、さらに書店がカバーを付ける。僕は書店でカバーを付けてもらったことがない。理由は単純。不要だし、手間をかけたくないから。それに、本についているカバーはそれ自体が鑑賞の対象になるものもあるのに、それを隠すことはない。多くの場合は、カバーはさっさと捨てて、なるべくすっきりさせる。

書店では、レジに客がいないとき、店員の方がカバーを折っている。それも、本のサイズに合わせていくつもの種類を。好きでやっている店員さんはいないだろう。

紙資源の無駄でもある。カバーが欲しいお客からは別途料金を取るといい。

2009年10月25日

AmazonKindle

Amazon.comからキンドルが届いた。実物は写真で見ていたより、ちょっとちゃちな感じか。でも機能はまずまず。ダウンロードできるのは英語のコンテンツだけだが、いずれ日本語の書籍や雑誌、新聞も否応なく対応するようになるだろう。

 

3Gに自動的に接続されていて、回線料無料でコンテンツをすばやくダウンロードできる。でもその代わりに、コンテンツの料金はアメリカでのものより割高になっている。通信料が加味されているということだろう。

帰宅途中の車中で新聞(The New York Times)をダウンロードし、そのまま読んだり、あるいはイヤホンで読みあげソフトを用いてニュースを聞く。使い勝手は悪くない。ただ、画面の移り変わりがいささか不自然。このあたりは、zinioを見習って欲しいところ。

画面サイズはやはりキンドルDXのものが欲しい気がするが、日本での販売は今はキンドル2だけなので、しばらくこれを使ってみるしかない。

キンドルは基本的には電子書籍リーダーだが、ブラウザが載ればメールのやり取りやウェブにアクセスできる。白黒のディスプレイも早晩カラーになるだろう。有機ELを用いて折りたたんだり、丸めて持ち運ぶこともできるようになるだろう。

将来は、子供たちが教科書と一緒にランドセルに入れて、毎日学校に通うにようになるだろう。先生たちはプリントを印刷する代わりに、電子ファイルで一斉に生徒たちに送信する。そして、教室ではサブ教材として利用されるようになるのではないか。それ以外にもいろんな新しい用途が考えられる。

日本の新聞の配信は、現時点ではもともと電子版の毎日デイリーニュースだけだが、いずれ他の一般紙もコンテンツの販売を開始するはず。結果、新聞の宅配はキンドルの登場によって確実に減ることになるだろう。

2009年10月22日

Sony United Showroom

受付で迎えられて中に入ると、いきなり200インチx4面の高精細ディスプレイが現れる。

昨日、僕たちのゼミは品川ソニーシティ内のソニー・ユナイテッド・ショールームを訪問した。

主にソニーの産業用の最先端商材を紹介するためのショールームである。われわれ一同の関心をもっとも引いたのが、放送局用のカメラ。1秒90コマで撮影するハイスピードカメラなど、それらのカメラの映し出す画質のすばらしさに驚嘆。ここまで映すか。ズームアップすれば、それこそ被写体の髪の毛一本、皺一つまでくっきり映る。タレントやキャスター泣かせだ。

来年度に売り出す予定の3Dテレビと劇場用3D施設のデモも見せてもらった。コンテンツ次第だが、2Dに慣れた目には確かにおもしろい。しかし、3Dを楽しむためには専用のメガネが必要。僕にとってテレビは見るともなく見るもの。新聞などに目を通しながら見るもの。専用のメガネをかける習慣はおそらく持たないだろうな。そこが最大の課題かもしれない。

2009年10月21日

顧客深耕によるCRM

昨日の「顧客関係性マネジメント論」は、PwCの中本さんに来ていただいて、顧客深耕によるリテンションマネジメントのテーマで話をしてもらった。

やはり有効なCRM政策の基本には、しっかりとしたセグメンテーション(分析力)と、それをもとにした組織的展開力(実行力)が不可欠だと痛感。ちょっと気になったのは、一連のそうした作業を統括管理するアカウント・マネジャーをどう育成するのかという点である。

最初はコンサルティング会社などの手を借りて、CRMの発想と手法、システムを組織に組み込み、プロジェクトをスタートすることができたとしても、いずれは自社内で回していかなければならない。そのとき、そのために必要なマーケティング・マインドと分析力、リーダーシップを兼ね備えた人材がいるかどうかがカギになる。人の育成が欠かせない所以である。

2009年10月17日

車中コーヒー禁止令

仕事の帰り、たいていは山手線から途中で私鉄に乗り換える。

熱いコーヒーが旨い季節になった。そのせいか、電車にスターバックスなどのカップを手に乗り込んでくる人が増えた。本人はこれからの帰宅途中、コーヒーでも啜りながら時間をやり過ごしたいのだろう。

だが僕はそうした連中がいると、いささかビクッとする。もし電車が揺れた拍子に、周りの人に熱いコーヒーをかけたらどうするのかと考えてしまうからだ。

電車の中で缶ビールやコップ酒を呑んで酔っぱらっているおじさんもどうかと思うが、個人的にはそうした連中はあまり気にならない。しかし、電車で座席に座っている時、自分の目の前に立っている若い女性にコーヒーカップを片手に携帯メールなどやられた分には、気が気じゃない。

マナーの問題なのだろうが、電鉄会社がなんらかの注意を呼びかけてもいいかもしれない。

2009年10月16日

マックを買った

アップルストアでマックを買ってきた。

思い起こしてみると、初めてコンピュータを買ったのは1989年のことだから、ちょうど20年前。Macintosh Plusという最高にかわいいモデルだった。外付けの20MB(GBではなく)のHDDとプリンターを一緒に買って60万円以上したはず。でも、その後、仕事の場がウインドウズだったために、自宅でもそれを使うことになって十数年。

久しぶりに買ったマックは、当時のものとはまったく違うが、でも同じ。遥か昔の同級生にあったような感じとでもいおうか。やはりマックは、マック。そこが凄い。

そもそも、なぜ今マックを買ったのか。一つの理由は、昔からマイクロソフトがどうも好きではないこと。そして、昨年読んだ本のなかの一冊『最後の授業』で、著者(講演者)であるランディ・パウシュがマックに改宗したと語っていたことだ。その最後の授業は本に付いているDVDで観ることができるし、またYouTubeでも公開されている。http://www.youtube.com/watch?v=nrFMRuB2lbA

なぜ彼が「改宗」したのか、その理由について彼は語ってはいない。が、たぶん、彼も本当はマックの方が好きなのに、周りとの関係(ネットワーク外部性)でウインドウズをしかたなく使い続けていたんじゃないかな。

2009年10月15日

顧客関係性マネジメント論 第2回

 

 

 

 

昨日は「顧客関係性マネジメント論」の第2回目の授業。元アクセンチュア株式会社パートナーの杉井さんに「これからの企業に求められるCRM戦略」のテーマで、アクセンチュア流の顧客評価の考え方を中心に話をしてもらった。この講座は寄附講座として開講されていて、毎回各分野の専門家に来てもらい、CRMについてそれぞれ語ってもらうという趣向である。

杉井さんが説明された、企業から見た顧客の貢献度評価の方法は、とても合理的で分かりやすい手法だった。しかし一方で、収益貢献度の低い顧客グループを良くも悪くも排除することにつながるアプローチに、学生たちからは異論もいくつか出てきた。単純に収益という数値評価だけで顧客の扱いをドラスティックに変えてよいのだろうかという問題提起だ。

どちらの見方が完全に正しいというものではない。そもそも、状況適応的に個別の現実に即して適切な顧客との関わり合い方を実現するのがCRMであり、それについて考えるのがこの講座の目的でもある。これからますます面白くなりそうである。

2009年10月8日

今学期初めてのゼミ

10月7日は、秋学期初めてのゼミ。

いつもの活動の後、小一時間ほどのブレイクを取り、その後仕事帰りに早稲田に寄ってくれた9月修了生の猪狩くんが、在学生たちに「修士論文作成にあたって」と題したプレゼンをしてくれた。

学生が修士論文の研究を進めていく上で有益な彼なりの様々な工夫や経験談は、在学生たちに新鮮だったに違いない。われわれ教員が学生に研究はこうしろ、ああしろと言うより、自分たちの知っている先輩が体験を熱く語ってくれるのが、彼らには一番の動機づけになるうようだ。

終わりに、みんなで記念写真をパチリ。この写真の中に5カ国のメンバーがいる。

2009年10月6日

京都 山田松香木店

日曜日のお昼前、烏丸通りの大垣書店で本を何冊か買ったあと、京都御所の西隣にある山田松香木店を訪ねた。江戸寛政年間から続く200年を超える歴史を持つ香木の専門店だ。

清潔な店内にかすかな香りが漂っていて、ゆったりとした気分になる。

この会社の9代目である山田洋平君は、2008年春にWBSを修了したMBA。休日の突然の訪店だったにもかかわらず、2人のお嬢さんたちを連れてかけつけてくれた。経営者としてこれまでの伝統を守りつつ、50年先を見据えた新たなチャンレンジにも期待している。

今回はあまり時間がなかったけど、次回はゆっくり聞香でも体験したい。

2009年10月4日

大覚寺観月会

10月3日は中秋の名月。京都嵐山にある大覚寺、大沢池の観月会に出かけた。

午後2時に京都駅到着。2008年3月に大学院を修了した鬼頭君と奥さんの真里奈さんが駅まで来てくれたので、隣接するホテルで再会。2人ともすこぶる元気。

夕方からは京福電鉄(通称、嵐電(あらでん)というらしい)で嵐山まで。そこから大覚寺へは地図を見ながら徒歩で。散策を兼ね、ちょうど良いくらいの距離。

やはり名所だけあってそれなりのにぎわいと人混みだった。既に舟席券はすべて売り切れだったが、大沢池周辺をのんびり歩きながら名月を観賞した。池面に移った満月が静かに揺れている。

池の周辺にはみたらし団子やたこ焼き、おでん、焼きそばなどの模擬店が。なぜか一番人気は、たこ焼き。べったら漬けを売っている店などもあって、月明かりに照らされ、全体的にほんわかした雰囲気だった。

2009年10月3日

『松下で呆れ、アップルで仰天したこと』

竹内一正『松下で呆れ、アップルで仰天したこと』日本実業出版社、2003

昭和32年生まれのビジネスマンで、
松下電器産業とアップルコンピュータを経験した著者によって、極めて日本的な松下電産と、アメリカ的、というより、その中でもとりわけ自由で創造的な組織であるアップルが対比されている。社会人として松下で育った著者が、アップルという全くの異文化、別世界で出会った驚きや戸惑いの数々が読んでいて楽しい。

阪神タイガースファンとアップルファンの共通点には唸った。
阪神球団幹部は誰一人として、阪神が優勝するために何をすべきか、何が問題なのかを真剣に考えていない。それを日頃から考えているのは、阪神ファンだけだというのだ。そして、アップルはというと、その企業としての行く末を真剣に心配しているのは、アップル社の経営陣ではなく、アップルファンだけだという。まあ、そんなこともないだろうが、でもいかにもと思わせられる。これが、本物のブランド・ロイヤルティというものだ。

著者がアップルジャパンで働いている日本人を2軸で4分類してい
る。第1の軸は、アップルジャパンに入る前の企業が日本系企業が外資系か。第2の軸は、アップルでの仕事の営業かマーケティングかある。もっとも日本的なのが、元日本系企業出身で、現在営業部門につとめている人。仕事は国内での付き合いがほとんどのため、外資系といっても英語を使うことはほとんどなく、人間関係も対日本人である。その対抗が、もともと外資系で、現在マーケティング部門で働いている連中。外資系のドライな環境に慣れていて、本社との英語でのやりとりが求められる。外国で教育を受け、普通の日本人とは幾分精神構造が異なっている。

単純な分類ではあるが、
この4分類は僕が知る限りでも確かにしっかりと類型化できる。自分はというと、もともとは結構ベタな日本企業で社会人としての基本を叩き込まれた後、外資系企業のドライな世界をいくつか渡り歩いてきた。どちらの良さ、悪さも知っているつもりだが、最初が日本系企業でよかったとつくづく思うことがある。

2009年10月2日

短時間「制」社員

台所で鍋を磨いていたら、後ろで「タンジカンセイシャイン」という言葉が聞こえた。どこかで聞いた言葉。学生時代のことだから、もう30年近く昔のことだ。僕も「タンジカンセイシャイン」だった。

勤務先は東京国際電話局、今のKDDIである。週3日、夜8時から深夜0時まで、新宿のKDDビル(当時)の中で国際電話のオペレータの仕事をやっていた。アルバイトみたいな勤務体系だけど、ちゃんとした正社員で組合にも入れられ、会社の健康保険証ももらっていた。

当時はまだ国際ダイヤル通話がそれほど一般的でなく、KDDのオペレータを経由しての指名通話が一般的だった。宛先は世界各国だったけど、多いのは米国と韓国と台湾あたりだった。3分間の基本料金が3600円という、今では信じられない値段だった。

KDDとしては、一般の正社員に深夜勤務をさせることがコスト高だったのか、大学生をトレーニングし、社員として雇って使っていた訳である。その頃のKDDは、まだ国際電信電話株式会社法に則って運営されている半官半民の企業だった。

夜だけで、しかも毎日行かなくても良かったのは僕ら学生にとっては有り難かった。通常の勤務形態とは異なるから、短時間制社員と呼ばれていた。昨年だったか、KDDIは交換手経由の国際通話サービスを完全に止めたので、もうこうしたかたちで働いている人はいないんだろう。

さきのテレビのビジネス番組の特集は「新しい働き方」で、そこで紹介されていたのは短時間正社員だった。昔は「制」だったが、ここでは「正」だ。つまり、正社員に重きが置かれているわけで、この背景には短時間勤務の労働者、すなわちアルバイト、パート、非正規雇用という考えがある。
 
人の働き方(働かせられ方)から、その時代が見える。