2024年10月4日

社員の幸福は何がもたらすのか

2023年3月期から、日本の上場企業は有価証券報告書への人的資本に関する数値の開示が義務づけられた。

その背景の一つには、幸福度の高い従業員はそうではない者たちに比べて創造性や生産性が大幅に高く、欠勤率や離職率が低いというデータがあるようだ。

そこで、企業の経営者は社員の幸福度を高めるようにしなくていけない・・・・と。幸福度が上がる → 創造性と生産性が高まり、欠勤率と離職率が下がる。という図式か。

だがちょっと待った。何をもって「幸福」と感じるかは、人によって千差万別だし、人の気持ちは移ろいやすく、その時々で何に幸福と感じるかは状況次第で変わる。

給料やボーナスの額か、休みの日数か、信頼できる上司か、良好な職場の人間関係か、与えられている役割か、企業の将来性への展望か、オフィス環境か、などその要因はいくつもある。真面目に考えれば、抽象度の高い「幸福」を経営者が満たすのは不可能といえる。

経営者が取り組むべき対象は、社員の創造性や生産性だ。経営者は社員の「幸福」を考える前に、そこで働く人たちが創造性を振るえて効率的に仕事を進められていると感じられる環境をつくることが先決なのではないか。

そうすれば、社員の幸福感はそのひとつの「結果」として現れてくる。

大切なのは、従業員の幸福感だとかウェルビーイングだとか、つかみ所のないフワフワした抽象概念を目標としないことである。

2024年10月2日

せいぜい頑張ってくれ、石破君よ

先週末の自民党総裁選、一瞬、高市早苗がトップになりそうな風向きで、「よしよし」と期待していたのだが、最終的には彼女は敗れてしまった。

彼女が自民党総裁になれば、安倍派の流れを継ぐ彼女は裏金問題や旧統一教会の問題で野党から集中砲火を受けることは必至で、結果として高市自民党政権は崩壊するのは間違いなかった。だから、リザード高市が自民党総裁選で負けたのは実に残念。

と思っていたのだが、買いかぶっていたようだ。総理大臣になった石破茂は思っていたほど頑強な人物ではないことがすぐ明らかになった。組閣の内容しかり、あっという間に衆院解散で総選挙など、その自信のなさ不甲斐なさを国民に露呈している。

「納得と共感の内閣」だとか。中学校の生徒会か?

これなら石破も高市と大差はない。せいぜい頑張ってくれよ、石破君。どうせ遠からず引きずり下ろされるんだろうから。

それにしても、石破が日本の総理大臣になったというのに、爆笑問題の太田の本音のコメントが聞こえてこないのはなぜだろう。

2024年9月30日

よかったね、袴田さん

26日に静岡地裁で、いわゆる袴田事件の無罪判決が出た。そもそもの事件は58年前に起こったものだ。58年前!

当時の検察の違法な自白強要と証拠捏造により東京拘置所に収監された。死刑囚としての収監期間は2014年3月までの47年7ヵ月に及んだ。

今回の判決に対する検察による控訴の期限は10月10日。事件当時の違法取り調べや捏造された証拠である衣服について、検察が自説を説得力を持って証明することはもう不可能だ。ただ、検察側が腐ったプライドを拭いきれず控訴する可能性はまだ残っている。

「袴田巌さんを救う市民の会」から送られて来た手紙には東京高検検事長宛の「請願書」の葉書が同封されていた。万が一の、これ以上の検察の愚かな判断を起こさせないためのせめてもの最後の一押しである。

袴田さんは現在88歳、支え続けてきた姉のひで子さんは91歳になった。無罪を勝ち取るというシンプルな目的のために毎日を生きてきた、彼らの苦悩は常人にとって容易には想像すらできない。袴田巌さんは、日本の「ハリケーン」だ。

2024年9月23日

映画「本日公休」

台湾映画「本日公休」の主人公は、台中の街で40年にわたり常連客の髪を切ってきた理髪店の女店主。自分に技術を教えてくれ、かつては一緒に店を切り盛りしていた夫はなくなり、一人で店をやっている。

3人の子供たちはそれなりに独立したが、まだいずれも地に足が付いていない感じだ。

娘からこんな時代遅れの店はやめた方がいいと言われても、彼女はいつもの常連客の頭にいつものようにハサミを入れる。変わっていく台湾の社会。世界のどこにでもあるジェネレーション・ギャップ。だけど、台中の街の風景には、「いつもの」暮らしと人間関係が染みついていて、それが実によく似合っているように思える。

彼女は、毎月離れた街から髪を切りに来てくれていた古くからの馴染みの客が床に伏していることを知り、めったに運転しない古い車でその町へ向かう・・・。

やっとのことでたどり着いたその家で、会いたかった古くの客である老人は息を引き取っていた。彼女は横たわる彼の髪を切り、整え、ヒゲをあたり、最後の理髪を行う。

彼女は、いつもの店で、いつもの客といつものように語らいながら、いつものように髪を切る。そのことで相手を知り、関係を自然と作るなかで自分の仕事や生きている意味を感じていたのだろう。自分がどこで生きているのか、自分は誰か、何をすべきかもよく分かって生きている。

本作では、それが決して頑迷さということではなく、ただゆるぎない一人の生き方として自然なものとして描かれていた。そこはかとないペーソスを秘めた佳作である。

2024年9月18日

社外取締役は、お勉強の手段か

シリアルで知られる日本ケロッグの社長である井上ゆかり氏が、彼女の経営者仲間の交友関係を新聞で紹介していた。

そこでは、知り合いの女性経営者であるみずほフィナンシャルグループ取締役会議長の小林いずみ氏から「勉強になるから」と、ある企業の社外取締役を勧められ、引き受けたといったことが書かれていた。

よく平気でこうしたことを公言できると思う。株主らは、彼女の「お勉強」のために社外取締役報酬を支払っているのではない。株主軽視と経営軽視もはなはだしい。しかも、そのことに自分で気づいていない。

また、みずほフィナンシャルグループ取締役会議長の小林も社外取締役の仕事を舐めてはいないか。 

「お勉強」なんだから、井上が社外取締役を務めている企業は、彼女に社外取締役の報酬を払うのではなく代わりに授業料を取ればいい。

海外のファンド、もの言う株主らから、日本企業は女性の取締役比率をもっと上げるべきだという声が寄せられている状況は知っている。だが、単なる数合わせでは何にもならないどころか、明らかに害だ。

真剣に頑張っている女性社外取締役の人たちにとってもいい迷惑だ。

2024年9月17日

社員の解雇規制より、採用時の差別規制を徹底せよ

自民党総裁選の候補が、企業による社員の解雇規制の緩和を口にし、さまざまな意見が飛び交っている。

その口火を切った感じの小泉進次郎は、解雇規制の見直しによって流動性が高まる、そして労働市場が活性化する、生産性が高まると述べる。しかし、これは画餅に過ぎない。

解雇された労働力が、それを求める成長産業に流入してマッチングが果たされ、働く者も雇用する企業もプラスの効果を得られる、と考えているのだろうが大きな間違いだ。そんなデータはないし、確証もない。

ただし、組合側が主張するように、働く者が解雇されないことで「不安を感じず、思いっきり働ける」というのも嘘だ。不安があった方が、人はしっかり働く。安易な職の安定は停滞にしかつながらない。つまり、思いっきり働くのではなく、働くふりだけ上手くなる方向に進む。

さらには、そうした「安定」というのは、正社員にとっての特権でしかない。たまたま、そう、たまたま入社の仕方が正社員と違ったがために非正規として雇用された人は、いくら能力と実際の成果が優れていても正社員に見劣りする待遇しか与えられていない。これはおかしい。

同じ組織で同じ職につく正社員のAさんと非正規のBさんがいて、Bさんの方がAさんより明らかに優れていた場合、経営者はどう処遇を整えるべきか。可能性として考えられるのは、①AさんをBさんと同じ非正規に格下げする、②BさんもAさんと同じ正社員に登用する、③Aさんを非正規に、Bさんを正社員にする、の3案。

①は社内のモラルに影響を与える。②を実施できればそれにこしたことはないが、人件費が増す。③はそれなりにフェアだと思う。

ぼくは解雇規制は緩和したほうがいいと思う。その代わり、企業などは採用で人を区別してはならないというルールを徹底すること。新卒一括採用をデファクトにするのではなく、より柔軟に人をその能力に合わせて採用することが必須だ。

実際、人材採用に優れた企業は、新卒であろうが中途入社であろうが、能力に合わせて人を処遇している。当たり前のこと。

就職氷河期と言われた2001年、その年の新卒者の就職率はわずか57%だった。そのために、いまだに非正規の職でしか仕事を続けられない人が多いなどという不合理があってはいけない。

合理的に説明のできない正規 / 非正規の区別は、働く人を貶めている。そうした悪弊をすみやかに徹底的に組織からなくすこと。日本の組織の生産性を上げるためには、それが最優先されるべき方策である。

2024年9月14日

リーダーの資質

10日夜、米国のフィラデルフィアで大統領選のテレビ討論会が開催された。米ABCのキャスターの質問に答える形で90分間、カマラ・ハリスとドナルド・トランプが意見を戦わせた。


手元に用意することができるのは、何も書かれていないメモ用紙とボールペン、それとミネラルウォーターだけ。その場で投げかけられる質問に対して、何にも頼らずすべて自分で答える。誰かが書いた原稿を読むだけの日本の政治家とは大違いである。

アメリカの大統領にハリスがなるにせよトランプがなるにせよ、日本の総理大臣はその大統領と高度な交渉をこなさなければならない。だが、どう見てもその日本側のカウンターパートとして相応しい人物が総裁選候補には見当たらない。

アメリカ大統領だけではない、プーチンや習近平とも交渉にあたらなければならないのだが、自民党総裁候補のどの顔もそれら首脳と交渉の場でやり取りをしている姿がイメージできない。

今日、日本記者クラブでそれら候補者が会見に出席し、抱負のようなものを語っていたがどの候補者も具体性がなく、さっぱり理解できなかった。

経済について語った候補が何人もいて、それぞれ「経済成長」、「経済再生」、「所得倍増」といったキーワードを振りまいていたが、どう実現するのか何も語らずじまい。

しかも経済政策について語るのであれば、これまでの「アホノミクス(安倍)」や「新しい資本主義(岸田)」についてまずは総括、反省すべきだろう。

それらについての言及がいっさいなく、ただ経済成長を目指しますとかいっても、当然ながらまるで説得力を感じない。反省だけなら猿でもできる、というが、それすらできない候補ではいかにも心許ない日本のリーダー選出である。

2024年9月13日

演歌歌手がソウルを歌ったらすごかった

ふと聞こえてきたアレサ・フランクリンの "Think"。だが、アレサじゃない。アレサに似たドライブ感・・・。

なんとそれは、日本の演歌歌手の島津亜矢だった。びっくり。彼女が Aya Shimazuの名で出したアルバム「Aya's Soul Searchin' - Aretha Franklin -」からだった。


さっそくアルバムを聴いてみたところ、「Think」「Respect」「A Natural Woman」などアレサの初期の曲が中心に組まれていた。いやあ、ほんとに驚いた。着物姿しか思い浮かばない演歌歌手がこれほどソウルフルな歌を聞かせてくれるとは。

だが考えてみれば、演歌は日本のソウル。それを長年唄ってきているのだから、ソウルを愛する歌心と歌唱技術があれば、確かに唄いこなせるわな。

それにしてもお見事。

https://tatsukimura.blogspot.com/2021/11/blog-post_13.html

2024年9月10日

大手銀行の対応について思うこと

高速道路を走っているトラックに狙いを付け、その車がパーキングエリアに入ったところで「飛び石で高級車が傷ついた」とか 「ボルトが飛んできて当たった」 などと運転手に言いがかりをつける。

そして、彼らの運転免許証をスマホで撮影しては、それを使ってクレジットカードを偽造することを続けていた3人組が捕まったというニュース。

トンデモナイ連中がいたものである。

この事件を受け、警察はむやみに顔写真や住所の入った身分証明書の撮影に応じないように注意を促しているらしい。

それで思い出したのが、先日の三井住友銀行新横浜支店でのできごと。

口座開設のために訪店し、店内の案内係に用件を告げたところ、身分を証明できるものがあるか聞かれたので免許証を出した。「そこに座ってお待ちください」と言われ、しばらく待たされた。

手渡した免許証が気になり、近くにいた行員に免許証を返すように言ったら、「いま奥でコピーを取っていますのでお待ちください」と。 

本人にコピーをとって構わないかと確認することもなく、人の免許証を勝手に複写していたのである。

その支店においてはそれ以外にも首を捻らないではいられないおかしな対応がいくつもあった。近頃の銀行の支店では、こんなことを平然とやってるのかね。

気になって支店長宛にこの件について親展で手紙を送ったが、知らんぷりである。

2024年9月9日

日本の社員のエンゲージメント・レベル

米ギャラップが今年の初めに発表した「State of the Global Workplace Report」は、日本の情けない現状を示している。https://www.gallup.com/workplace/349484/state-of-the-global-workplace-report.aspx?thank-you-report-form=1

社員の組織に対するエンゲージメントを測定する国際調査で、日本は世界125ヵ国中の最下位(イタリアと並んで)だった。エンゲージメントを持っているとする社員の比率は5%。トップである34%の米国と比較すると、その差の大きさに驚く。

この背景には、安倍政権が打ち出した「働き方改革」が影響していると思っている。有給休暇をしっかり取ろうとか、早く帰ろうとか、会社を出たら仕事のメールは見ないようにしようとか、まるで企業で働く大人を子ども扱いして、結果、社員をスポイルした。

休暇を取るなと言ってるのではない。必要であれば、遠慮なく取ることだ。ただし、自分で考えて行動すること。従業員が自由にやればよいことで、人から言われて決めるようなことではない。

政府が箸の上げ下ろしまで監視して注意勧告することで、それまで自然に生まれていた社員と会社の「大人の関係」が薄れてきた。

休め、休め、と言われて、社員にとって、会社はできれば行かなくても済む場所であってほしいところになった。そうした場にエンゲージメントを持てという方が無理というものだろう。

それぞれにとっての働き方を各自が考え、必要に応じたものに変えていく。企業はそれを理解し、支援する。そうした意味での真の働き方改革は必要だ。しかし、それが政府の政策として「働き改革」と括弧に入れられてしまうと、本質から外れた役所の紙の上のアイデアに堕する。

働き方改革関連法案が2019年4月より施行された背景には、日本企業の生産性の低さ(G7のなかで最低)への懸念があったが、施行から5年以上が過ぎた今も生産性の低さは変わっていない。そして、生産性だけでなく、エンゲージメントも日本は世界の最低レベルになった。

本当にやるべき事は何だったのか、振り返ってもいいじゃないのか。

ただこの調査、英語を日本語に直した質問票をもとに調査が行われたはずだが、その際に「エンゲージメント」をどう日本語にしたのかが気になるところはある。

2024年9月5日

パンドラの箱が開いた

『サピエンス全史』が日本でも多くに人に読まれたユヴァル・ノア・ハラリの新作は、Nexus: A Brief History of Information Networks From the Stone Age to AI 。Nexusとは、結びつきとか関係の意味。

ランダムハウスから9月10日の出版予定になっているが、米国の新聞にその一部が掲載されていた。

In the early days of the internet and social media, tech enthusiasts promised they would spread truth, topple tyrants and ensure the universal triumph of liberty. So far, they seem to have had the opposite effect. We now have the most sophisticated information technology in history, but we are losing the ability to talk with each other, and even more so the ability to listen.
人間同士で話し合う能力を失いつつあり、ネット上のボットをまるで自分の友人や恋人のように感じて「つき合って」いる人たちがすでに世の中には少なからずいるらしい。

その本では、2021年にウィンザー城に侵入してエリザベス女王を暗殺しようとした若者が、彼のガールフレンドであり、指南役のチャットボットからその指示を受けていたことや、2022年に当時グーグルのエンジニアだった男性が、自分が開発したチャットボットが意識を持っており、電源を切られることを死と感じて恐れていると主張し、そのボットを守ろうとした末に会社から解雇されたことが紹介されている。

驚きだ。人間の心情を理解し、推測し、自己の生存を守るために人間を騙すことすらおこなうAIが誕生していることが明らかになっている。

AIはただ賢い(計算が速い)だけでなく、すでに人間のふりをして「そこに存在しようとする」ことを覚えてしまったらしい。

それを阻止するためにはどうしたらよいのか。アルゴリズムで解決できるのか。いやそれは難しそうだ。アルゴリズムが人の心理を誰よりも学習し、自ら各種のコンテンツを作成して人間を欺くことができるようになっている時点で、それを人間がアルゴリズムで解決するのは無理というものである。

ではどうしたらよいかといえば、現状では分からない。人間のこころのポケットに、いつの間にか忍びこむ悪魔が登場したともいえる。

ハラリは、ボットが人間のふりをする行為は禁止されるべきだと警告を発する。そして、大手テクノロジー企業やリバタリアン(自由至上主義者)が、そのような措置は言論の自由を侵害すると不満を言うなら、言論の自由はボットではなく人間に与えられるべき人権であることを彼らに思い出させるべきだと主張する。

問題はすでに顕在化しているが、解決への道筋は遠そうだ。なにより一番難しいのは、ロシアや中国、北朝鮮を含めた全世界で徹底したルール作りができない限り、有効的措置にはならない点である。

2024年8月31日

コンタクトサービス(株)という詐欺会社

地方に住む老親のもとに、「NTT西日本コンタクトサービス株式会社の●●」と名乗る男から電話があった。

電話料金が安くなるので回線契約を変更しないかというセールスである。電話にでた母親が、今使っているインターネットのプロバイダーが変わると困ると言うと、プロバイダーが変わっても同じメールアドレスを使い続けられるから大丈夫と説明した。ただし、プロバイダーはビッグローブに変更になると言った。

帰省時にこのことをたまたま知り、おかしいと思った。調べると、NTT西日本コンタクトサービス株式会社なんて会社は存在していなかった。営業電話をかけてきたその男が残した電話番号で所在を調べると、その会社は札幌市西区にあるコンタクトサービス株式会社という会社で、コールセンターの経営やプロバイダーの取り次ぎ代行業務をやっていることが分かった。

NTT西日本の回線営業の仕事を受けているんだろう。 また、ビッグローブに連絡し、コンタクトサービス(株)について訊いてみると、彼らの販売代理店であることも分かった。

腹立たしいのは、自社の名前に「NTT西日本」を勝手に付けて名乗っていること。そのやり口で地方に住む老人を安心させ、そしてだまして回線契約を結ばせる手口をこの会社は取っている。 

こうしたセールスのやり方は、準詐欺罪にあたる。違反したときの罰則は、詐欺罪と同じく懲役10年以内だ。

消費者庁に連絡した。今後も同様の報告があれば、何らかの行政処分がとられるはずである。

セコい手口で田舎の年寄りをだまそうとするんじゃないよ、馬鹿タレどもが。

2024年8月29日

生成AIの快感

各地の小中高校では夏休みが終わり、今週あたりから新学期が始まっている。

今年は読書感想文などの夏休みの宿題に、生成AIを用いたものが昨年にまして見受けられるとか。

ほとんどの子どもたちより生成AIの方が(少なくとも見かけの)出来映えが優った読書感想文を書くことができる。

しかも、それをAIで見抜くことは、現時点では極めて難しい。見抜けるのは、普段のその生徒のことをよく知っている担任の先生だけだという。つまり、チェックのためにシステムは使えないということだ。

利用されたのは、読書感想文だけではないだろう。それ以外の宿題や課題にも生成AIによって「解答」されたものが、いまごろ先生の手元に山と積まれているに違いない。

今後の学校教育はどうなっていくのか気になる。文部科学省は昨年の夏、小中高校での生成AIの活用に向けた指針を公表し、生成AIが小中高生の学習に役立つ面があることを強調している。

その上で、成果物に不正行為が含まれることがある点を注意するように教育現場に求めている。

これって、ありなのか。生成AIは生徒の学習に有益であると<気の利いてそうな> ことを言いつのりつつ、その運用の責任を現場の先生に丸投げした。

例えばだが、一旦、読書感想文を生成AIに代わりに作ってもらった生徒は、もう自分の手ではそれを書かなくなることは容易に想像できる。「とても便利だけど、使い方に注意するように」などと文科省が言おうが、一度その味を覚えたら手放せなくなるのが人間の常だ。

覚醒剤を渡しておいて、「使い方に注意するように」って言ったって、一度使って気持ちよくなっちまったらいくら頭で分かっていたってもう止められないだろう。それと同じ。注意して使うようにとか理屈を言っても無理なんだから。

一旦味をしめたら止められないのは、小中高生だけではないのも明らか。こうして人は「自分で考える」という行為を急速に手放していっている。

2024年8月28日

日本のビジネススクールは、どこへ行くのか

「週刊ダイヤモンド」の特集記事の一つが、「MBAが中高年に大人気!」。

新型コロナの頃から国内MBAの状況のビミョーさを感じていたが、ここまできているとは。

学ぶに遅すぎることはない、というのは事実だが、40や50を過ぎた人たちが会社の仕事と併行してビジネススクールに通い始めたからといってビジネスの分野でリーダーにはなれないだろう。

20年以上仕事をやっていれば、日々のなかから既に多くを学んでいるはず。自分の仕事を通じて直接学んでいないとしても、少なくとも自分に何が足りないのかくらいは分かっているはずだ。

それすら分かっていないとすれば、ビジネスリーダーはおろか、ビジネスマンとしての基本能力に問題があると言わざるを得ない。

何を知るべきかが分かっていれば、それについて自分で学べばよいのである。いい歳をして、人任せに「教えてもらおう」という段階でリーダー資質にも、基本的な素養にも欠けている。

日本の中高年はどこへ行こうとしているのか。そして日本のビジネススクールはどうなるのか。

2024年8月19日

ドロン、死去

アラン・ドロンが亡くなった。88歳。不世出の俳優だった。

味わいのある二枚目だった。ただ見てくれがいいというのではなく、陰りと深みを感じさせる演技を見せてくれた。

ヴィスコンティの「山猫」や「若者のすべて」など多くの代表作がある。もちろん1960年の「太陽がいっぱい」は、まぎれもない一つの金字塔だ。 

その彼が、NHKの番組でこんなことを語ったことがある。「老いるということは 船が難破するようなものだ。波に翻弄されつつ徐々に沈んでいく」。

前段の「老いるとは・・・」は、仏大統領だったド・ゴールが言った言葉。だが、それを引用し、加えて「波に翻弄されつつ・・・」と語らせたのはドロンの感性である。

一つの時代が終わったように感じる。

彼の死をラスト・サムライと評した仏の各紙

サンゴの白化

地球温暖化が世界各地で海水温の上昇にも影響を及ぼしている。下記の地球で赤いサンゴのエリアは温暖化の影響を受けていることを示している(ニューヨーク・タイムズ・デジタルから)。

サンゴが白くなっても、必ずしも死んでいるわけではない。また、サンゴ礁が永遠になくなるわけでもない。専門家は、もし状況が改善されれば、サンゴはこの白化を生き延びることができると述べている。つまり、サンゴ礁は立ち直る可能性をまだ持っているということだ。

しかし、世界の温暖化が進むにつれ、これらの白化は定期的な白化へと変わりつつあり、そうなると軽度の白化は重度の白化になり重大なダメージを与えるようになる。

だから、放っておけない。

2024年8月18日

アメリカ大統領選の世論調査

アメリカ大統領選の世論調査が発表された。

カマラ・ハリスとドナルド・トランプは、その支持率で接戦を演じている。が、トレンドとしては、トランプが横ばいで停滞しているのに対してハリスが追い上げているのが分かる。

よその国の事ながら、どうなるのかとても気になる。直接投票で自分の国の大統領を自分たちで選べるのが羨ましい。

日本では、岸田首相が今度の自民党総裁選に手を上げないと表明したあと、「待ってました」とばかり、代わり映えのしない顔、顔がぞろぞろ候補者として出てきた。

これらのなかの誰かが日本の首相になるのだろうが、党員ではないので何の影響力ももたず、ただ「ああそうかいな」と傍観するのみである。

議院内閣制を採用するのであれば、例えば英国で労働党と保守党で何年かおきに政権交代が行われるような状態でなければ健全な政治システムとは言えない。その意味で、日本は明らかに専制主義国家である。

国民がまだしっかりしているから廻っているけど、自民党政権は知恵も倫理観もない世襲議員の巣窟となり、あらゆる面で世界の変化についていくことができておらず、徐々に徐々にこの国は死んでいっているように思う。

2024年8月17日

衣料と靴の耐用年数

リサイクル素材を積極的に用いるなど、衣料廃棄物の問題に取り組んでいるという英国のアパレルブランドが発表したデータによると、人が生涯で必要とするシャツは23枚、ズボンは22本、ジャケットは13点、靴は63足だとか。

これらの数字は、それぞれの耐用年数に基づいている。それらは、シャツは2.74年、ズボンは2.81年、ジャケットは4.58年、そして靴は1年とされている。

つまり、人が生涯に渡って衣料や靴を利用する年月は63年間と考えられているわけだ。

毎日同じシャツを(飽きずに)着て、2.74年たったら新しいものに交換する。靴も同様、毎日同じ靴を(嫌がらずに)はき続け、耐用年数に達する1年後に新しい靴に換える。実際は、世の中にそんな着方、履き方をする人はいないと思うけど。

そもそも、先のシャツや靴などの耐用年数は、どうやって編み出したのだろう。その5倍近く使い続けている僕は、物持ちが良すぎるのかね。

2024年8月3日

記者たちは、全員暑さボケなのか

 経済同友会代表理事の新浪氏が会見を行った。その会見の最後、「質問が出ると思って待っていたが、出ないので私からどうしても申し上げたい」と切り出し、死者まで出た小林製薬が引き起こした健康被害とその経営責任について考えを述べた。

今回の不祥事を受けて、同製薬会社の小林会長と小林社長は辞任はしたが、その後、月額200万円の報酬で特別顧問に就いていた。

それに対し、新浪氏は「ここまでくると、ガバナンスの質を上げないと話にならない。社外取締役の責任は大きい」と同製薬会社の体制を強く批判したらしい。

それにしても驚くのは、会見に出席していた記者たちは、誰も小林製薬の経営責任の取り方について質問すらしなかったという体たらくである。

記者たちは全員、暑さでノー味噌が溶けていたか。それとも寝ていたか。

2024年8月2日

ライドシェア、出動せよ!?

毎日暑い。記録的な猛暑が続くが、国土交通省が気温が35度を超えた場合に、ライドシェアの稼働台数の増加を「認める」らしい。これまで雨が降った日に同様に出動台数増加を「認める」措置を取っていた。

国交省の役人というのは、自分たちを何様だと思っているのだろう。

雨が降ったら、とか、気温が35度を超したらお前ら「出勤」していいぞと言われて、ライドシェアのドライバーたちが「ありがたや、ありがたや」と喜んで車に乗り込んで街に営業に出て行くと思っているのだろうか。

外国で利用したライドシェアのドライバーたちは、誰もがその働き方を選んだ理由として、自分が「働きたいときに、働きたいだけ、働きたいエリアで働けるのがいい」と話してくれた。一言で言うなら、自由裁量度が高いことがその仕事に就くカギなのである。

政策をタクシー会社に絡め取られてしまい、ライドシェアが名ばかりのものとして「認可」されたところが日本らしい。聞くところによると、日本ではライドシェアの売上の3割から5割がタクシー会社に抜かれるらしい。

本来、ライドシェアそのものは<運輸ビジネス>ではない。移動手段を求めている人(客)とそれを提供できる人をマッチングさせる<ITを用いた仕組み>のことである。

それを、日本の政府は、ライドシェア=運輸業と勘違いしている。だから国土交通省が所管となり、タクシー会社と同列にその業務を考えるという根本的な間違いを犯している。

結果、利便性を得るはずだった利用客もドライバーも、国の誤った政策によって置き去りにされている。

なぜ日本ではいつもこうなっちゃうんだろう・・・。