2026-01-21

世代論あそび

日本人は人を類型化したり、そのラベルを貼るのが好きだ。

本来、人は一人ひとり異なっていて当然だが、類型化して示されるとなんだかそう見えてくるから不思議だ。

自分のアタマでその人となりを判断するより、単純化されたタイポロジーを当てはめると考えなくてするから楽なのである。

X世代、Y世代、Z世代まできて後がなくなったと思ったら、今度はα(アルファ)世代だとか。

日経新聞が特集を組み、その世代を取り上げている。同紙は記事でこうぶち上げる。「α(アルファ)世代とは2010年〜2024年頃に生まれた世代を指し、Z世代の次に続く「未来の世代」として注目されており、幼い頃からスマホやAIに触れるデジタルネイティブであり、タイムパフォーマンス(タイパ)や社会課題への関心が高いのが特徴です」と。

その集団の構成員の年齢は現在1歳から16歳。つまり、1歳の幼児から高校生までを一緒くたに語っているのだが、1歳児がSNSで何か発信しているというのだろうか。(そしてそれを記者たちは読んでいるのかね。)

さらに同紙は「 α(アルファ)世代は人工知能(AI)などテクノロジーを使いこなし、将来のイノベーション(革新)を起こす主役として期待されている」と書く。

そうだろうか。何度も言うが、1歳から16歳の幼児〜高校初年度生がAIをどう使いこなしているのか。「将来のイノベーション(革新)を起こす主役として期待されている」って、誰が期待しているのか。

気分と思い込みだけで、あまり勝手に筆を走らせちゃいけない。

そうした子どもたちはAIを使いこなすのではなく、残念ながらそのほとんどはAIに使われる運命にあると考えている。

現在すでにある年齢以上にあって、日々生成AIを仕事や研究、あるいはプライベートで使っている人たちは、それがいかに未完全なものかを分かっている。問いへの回答などは一見もっともらしいが、そこには間違いや偏った記述が散見されるのを実感しているからだ。

だから、われわれは「AIもまだまだだなあ〜」と知りつつ、一方でその日進月歩の進化に驚くことができている。

だが10年後、いや5年後には、AIは生身の人間と見分けがつかない洗練された知性を備えた存在として少年少女たちに対応するようになっている。それも圧倒的な知識を備えた存在だ。

人間の中学生が、彼らよりはるかに知能が優れたAIをどうして「使いこなせる」というのか。蒸気機関や電気、コンピュータ、インターネットといった分かりやすい道具的技術の延長上にAIを捉えてはいけない。

AIネイティブだからこそ、逆におよそほとんどの若年者は赤子の手を捻られるがごとくAIに「使いこなされて」しまうわけだ。 

堺屋太一は、月刊『現代』に1976年から連載した「団塊の世代」のなかで1947〜49年生まれの人々を一つの世代と考え、そこから日本の世代論は始まった。 

それは、年齢で云えば当時30歳前後の人たちだった。年間260万人を越える人口のボリュームゾーンだったこともあり、社会のそれぞれの分野である一定以上のプレゼンスを見せていた。

だから堺屋は、戦後間もなく生まれた「戦争を知らない」新しい世代の集団が社会に与えている影響力に着目したのである。

まだ自我も確立されていない幼児や少年少女を何とか世代などと括って、分かったような定義づけをしてはいけない。

単純化の罠の典型例だ。