パソコンの中にあった音声ファイルをAIに文字起こしさせてみたら・・・あっという間に活字になった。
以下は、以前、銀座にあるラジオ局のスタジオで行った対談の様子から。
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阿川佐和子(ゲスト) ……で、辞表を出そうかなと。もう次の人にね。
小林千鶴(アシスタント) そこまでですか。
阿川 移したほうがいいんじゃないかしら。こんな3連チャンで自分が満足のいかないインタビューをするというのは、私の力が落ちたに違いないと思って。で、沈鬱な面持ちで、その次のインタビューに臨んだら、まあおもしろかったの。だから、やっぱりやめるのやめたと思って。(笑)
木村達也(パーソナリティ) なるほど。阿川さん、インタビューの力が落ちたのかなと思ったって今お話されたんですけど、インタビューの力って、落ちるもんだと思いますか。
阿川 いや、だってインタビューの力があるかどうかもわからないですよ。自分はインタビューがうまいのかどうかということは、さっき申し上げたみたいに、最近何か練れてきたかなって思ったときに、その次にぎくしゃく、ぎくしゃくインタビューして、何か自分でしゃべりながら、こういうつまんない質問してるのは誰よって、私の頭の中で自分に突っ込んでんの。「だからだめじゃない、こういう流れじゃ」なんて。だから、ちっともうまくなってないと思うことのほうが多いですね。
でも、何だろう、何が功を奏したかわからないですよ。とにかく、えっ、その話はどこの雑誌にも載ってなかったし、まだそのゲストは誰にもその話をしてなかったような、これは貴重な話でしたよって、後で担当の編集の人に言われたりして、「えっ。だって私が聞き出したわけじゃない。あちらが勝手にしゃべったんだよ」っていうことはあるんです。別にそういう質問を特にしてないのに、あちらが「思い出したんだけど、こういう話」って言って、「どこにも話してないんだけど、こういう話」っていうふうにしてくださるということは、ほんとに偶然にもあることはあります。
小林 そういうの、うれしいですよね。
木村 何がそれをもたらすんでしょうね。
阿川 まあ、強いて言えば、自分で言うのもなんだけれども、信頼関係をつくるということだと思うんですね。つまり、おべっかを使うわけじゃないし、伺いにくいことも聞かなきゃいけない立場かもしれないと。だけども聞き手として、それから、例えばそのゲストの世界のこと、隅から隅まで熟知しているとは到底思えない、この聞き手は。だけども、こいつには話してもいいかな。こいつにちょっと、もう一つ思い出したこのエピソードも話したら楽しいかなって思わせるという聞き手になんなきゃいけないんだと思うんです、多分。ほんとに人間の感情って、ちょっとしたことで、「ん? 何か早く終わりたいな、このインタビュー」というふうに思うとか、いろんなコンディション、健康状態なんかもかかわってくるけども、でも、その聞き手に聞かれることが、「悪くないかな、まあ」っていう気持ちにさせるようなインタビュアーであることが、まず第一条件かなと私は思って、心がけてますけども。
木村 そうですよね。インタビューを受ける方をイメージすると、まずそこだと思いますよね。
それで、阿川さんが1,000回、ずっと続けている。そういったことを考えて、相手との関係性、信頼性をまず築いてというふうにやるためには、どういうことを心がけているんですか。
阿川 でも信頼性っていったって、別にその人と結婚するわけでもないですしね。
木村 でしょ?
阿川 生涯の友達になろうという話でもない。まあ基本は、『週刊文春』の場合はゲストに2時間、時間をつくっていただく。忙しい方はそうもいかない場合もありますけれども、その2時間の中での関係の信頼性ですから。だからその中で、どう勝負するかということを、やっぱりこっちも、何というかな、気取っている場合でもないし、何だろう。今のはやりの言葉で言うと、「お・も・て・な・し」。(笑)
つまり、お客様がうちにいらしたときに、暑い中を、汗をかいていらして、すぐ冷たいタオルを、おしぼりを用意しますって。それから、お茶は温かいほうがいいですか、冷たいお茶のほうがよろしいですかって言って、コーヒーもご用意していますけれどもというのを、押しつけがましくなく、どうぞここにお座りになってくださいって。今、例えば私が妻なら、主人を呼んでまいりますので、もう少々お待ちくださいっていうのが、感じいい奥さんだなっていうふうにするというのは、聞き手の役割じゃないかと思いますけどね。奥さんにはなってないけどね。(笑)
小林 ありがとうございます。
木村 いらした方が、気分的にかみしもをほどいて、ゆったりあぐらでもかいて、出していただいたお茶でもすすろうかなというふうに、ほっとしてもらえるという、そういう雰囲気。
阿川 ほっとするように。そんなことは無理ですけど。基本、無理ですけど。だけど、できる限りそういう誠意を尽くしたいと思っているという聞き手の側の気持ちを、なるべく目の動きとか、体の動きとか、言葉とか、何かを駆使して伝える。ちゃらちゃら調子に乗り過ぎても嫌だろうし、黙っていられても嫌だろうし。
木村 そうですね。
阿川 ほどよくというか。相手のペースに合わせるというのもあるし。つまり、私は基本、せっかちですけれども、お相手がものすごくゆっくりした人だったら、その人のテンポはちゃんと理解しないと。例えば質問して、今度おつくりになる作品はどんなものですかって伺ったときに、「うーん」というふうに考え込まれると、あ、この質問じゃない、次の質問にしようかなと思って、せかせかせかせかってなると、あちらのペースを壊すことになるかもしれない。ぎりぎりまで待ってみようかなとか、これもわかんないですよ。そのときのかけですからね。
小林 かけですね。
木村 せっかちなんですか、阿川さん。
阿川 私、だってしゃべりも早いでしょ。せっかち。
小林 そうですか。
阿川 せっかちなの。
小林 せっかちエピソード、何か。
阿川 落ちつきがない。
小林 落ちつき、そんなことないです。
木村 いやいや。
阿川 多動性動物って、鶴瓶さんに言われたの。あんた、少し落ちつきなはれって。(笑)
小林 そうですか。
阿川 うん、言われます。
小林 いやいや、そんな、ほんとに。多動性というより、年下の私が言うのはなんですが、小動物のような。(笑)すごい失礼ですね、ごめんなさい。でも、ほんとに。
阿川 まあ、ちょこちょこ、ちょこちょこ、ちょこちょこ、ちょこちょこということでしょ。(笑)
小林 いやいや、とんでもないです。
阿川 ちっちゃいですけど。
小林 すごい、いつもテレビとかで拝見するときに思うんですが、これもごますり発言でも何でもないんですけれども、おしゃれですよね。着ているもの……。
阿川 あれは、今日は自前、テレビはちゃんと、ほんとに私の洋服の師匠と呼ぶスタイリストの女性がいらっしゃいます。
小林 やっぱりいらっしゃるんですね。いっつもお召し物がすてきなんですよ。ビビッドカラーもばっちり着こなしちゃう。
阿川 ……そう?(笑)
小林 はい、そうです。
阿川 ありがとうございます。
木村 そうか、気がつきませんでした。すいません。
小林 ほんとに、ぜひチェックしてみてください。おしゃれなんです、ほんとに見ていて。
阿川 過分におしゃれというときもあるんですけどね。
小林 とんでもないです。
阿川 これは無理だろうという感じのときも。(笑)
小林 そんなことないです、そんなことないです。
木村 阿川さん、1,000回もインタビューをやっていらっしゃって、もういいやって、飽きるということはないですか。もちろん、皆さん1,000人の方それぞれ違うのは当たり前だと思うんですけれども、でもそれだけの人と話してると、幾つかやっぱり類型みたいなものも出てきますよね。
阿川 そうですね。飽きるというのは、自分の質問の構成に飽きることはありますね。やっぱり、来し方を伺うというケースが多いから、小さいころどんな子供でしたかとか、今つく職業に最初になりたいと思ったのはいつですかとか、高校に行ってどうなりましたかとか、それから、大学に行かずに上京なさって、どんなショックを受けましたかとか、何かそういう時系列的に今に至るまでの話を聞いていくという形に、時々自分で飽きる。でも、そういう話を聞いたほうがおもしろいと思われる人もいるし、だからそういうときは、このゲストだったら時系列の来し方を伺うよりも、今一番関心を持っている話を頭から聞いていったほうが、もしかするとその人の人生が透けて見えるかもしれないなというときもあります。
でも、何度も申し上げるというか、あれなんだけど、こちらが企画・構成していったものが100%うまくいったときは、大抵あんまりおもしろくないんですよ。
木村 そうでしょうね。
阿川 えっ、そっち行っちゃうのっていう話になったときのほうが、やっぱり何か、何ていうのかな。
木村 スパークするものがありますよね。
阿川 そうなんですよ。だから一応の構成、本にも書きましたけれども、聞くときには3つぐらいの柱を持って、それは人によって、例えばこの人はおばあちゃんに育てられたって、おばあちゃんの話を聞こうというのと、それから、転職してこの仕事になったという、その前と後の変化について聞こうとか、3つ、何か今、新しく始めたことについて聞こうというような感じで、3つ用意している。そこからどういうふうに派生していったり、最初の1つ目の柱が思わぬ方向に広がったら、それでもいいということにはなるけど、だけど、それ全部崩して、とんでもない話が盛り上がったら、それがもしおもしろかったら、そのときの瞬時の判断で、これでものすごく楽しいんじゃない?
まあ、一応は生番組ではないですから、週刊誌の場合には。一応、聞こうと思ったことを幾つか聞いたりすることもあるけれども、やっぱり想定どおりに進まないほうがおもしろいんだぞということは頭の中で意識しますね。
木村 読者は必ずそうですね、期待しているのは。えっ、こんな話が出てきているのみたいな。
阿川 でも、それはほんとにおいしいものじゃなくちゃだめなんですよ。
木村 そうですね、確かに。
阿川 読者は不思議なことに、水戸黄門と同じように、わりにルーティンというものも好きだったりすることもあるし。だから、それをあんまり反逆してもあれなんだけど、それは一々読者に感想を聞いているわけではないですけれどもね。自分の生理的なものとして、このゲストは、つまり10年前と比べたら、今がすごくおもしろいぞ。何でこんなになったのというのとか、それから、読者や私たちがこの人に持っているイメージというものが、えっ、その話でひっくり返っちゃうじゃないというのが出ることを、私は好きです。想定、予想外というのかな。
木村 そうですね。
阿川 おとなしそうな木村先生だと思ったら、何か実はすごい不良の時代があったなんて話、おもしろいじゃない?(笑)
小林 ええっ、ありますか。あったらおもしろいですね。ありますとか言いそうになって、間違えました。(笑)ないですよ、ないです。ないですよね。
木村 さあね。
小林 ええっ。
阿川 意外にあるかもしれないし。意外にというところを掘り返すと、その人の今が見えてくるということ、ありますからね。
小林 そうでしょうね。今は勝手に妄想話なのに、興奮した私がいたので。(笑)
阿川 何かつかんでるんじゃないの、実は。何を悪いことしてたんですか。
木村 えっ。いや、まだちょっと君たちに話すのは早い。
阿川 早い?(笑)早いような話なんですか。大人の話?
木村 いやいや。
小林 スタッフも、「何々?」と。
木村 そうやって相手の懐に入っていくっていうのが、やっぱりすごく難しいと思うんですよね。
阿川 難しいですよ。できないですよ、そう簡単には。
小林 難しいです。
木村 いや、でもインタビュアーとしては僕は、東の黒柳徹子さん、西の阿川佐和子さんだと思っているんですよ。
阿川 私、西やないで。(笑)
木村 ま、東と西、2人挙げるとするとですね。
阿川 私は黒柳徹子さんみたいに立派じゃございません。(笑)
小林 物まねがまさか入るとは思いませんでした。
阿川 あんなことはできません。あの方はお疲れにならないというお話ですからね。私は疲れますけど。「私、疲れたことないの。肩凝ったことないのよ」って言われたことがある。ええっ。
小林 似てますね。
木村 すごいですね。
阿川さん、この人すごいなと思うインタビュアーって、どなたかいます?
阿川 でもインタビューって、今はなしに出た黒柳徹子さんの仕方と、私の方法は全然違うと思いますし、吉田豪さんという方と対談したけれども、吉田豪さんは、本人よりも本人のことを綿密に調べて、あらゆる本と資料を全部読んで、それを机に積み上げて、さあどうだ、君のことは何でも知っているぞって言ってインタビューするという方なんですって。
木村 ルポライターのアプローチですね。
阿川 そうそう、そうそう。そうですね、ルポライターですもんね。だけど私、そんなにほんとに本読めないもんだから、だから間に合ってないことだらけだから、そういう方法もとれないし。だから、人によって、どの人が見事って言われるとわからないけれど。
本にも書きましたけれども、城山三郎さんって、亡くなられた城山さんは、インタビュアーではなかったし、小説家ですけれども、ほんとに企業のお偉い方々にたくさん取材してインタビューして、本をまとめられた方だから、人から話を聞くということについては卓越したお力があったんだとは思うけれども、ろくに質問なさらないんですよ、あの方。
小林 そうなんですか。
阿川 にこにこ笑って、「ふーん、おもしろいね。どうして? あ、そう。それから?」っていう、物の1行にもならないような返しをして、相手にぺらぺらしゃべらせるって、ぺらぺらしゃべったのは私なんですけどね。だけど、この人、私のこと聞いてくれそうっていう表情とか、声のトーンとか。特に女は、つまりしゃべるということで、木村先生を前にしたらあれかもしれないけども、「それはあなた、こういう悩みなんだから、こういうふうにしなさい」っていう解決法を聞きたいんじゃなくて、聞いてほしい。
小林 女性は。
阿川 女はね。だから、それは男の人にとっちゃ、つらいことだと思うの。「またずっとしゃべってるよ、この女」と思うという。だけど、それを城山さんはいとも楽しそうに、私のくだらない話をぺらぺらぺらぺら、ぺらぺらぺらぺらしゃべっているのを、「へえ。あ、そう。ほんとうにおかしいね、おたくは」という感じで優しく聞いてくれると、受けとめてくれてるっていうだけで、あれも話したい、これも話したいになっちゃう。
木村 達人ですよね。
阿川 すばらしかったですよ。それはショックでした。
木村 その城山三郎さんとの話は、阿川さんがインタビュアーとして、城山さんにいろいろお話をしていただくというお仕事だったんですよね、たしか。
阿川 はい。さようでございました。私がインタビュアーとして出向いたにもかかわらず、阿川がひとりでしゃべって終わったというインタビュアーで。
木村 そうだったらしいですね。
阿川 はい。
木村 なるほどね。
阿川 だから、何かというと、何だかわかんないですよね。城山さんが特別な、つまり何というかな、秘技を持っているかというと、そういうことじゃなくて、ひたすら「へえ、おもしろいね」なんて、受け入れてくださるというか、受けとめてくださる。
木村 共感なんでしょうね。共感の度合いをどれだけ持てるかなんでしょうかね。
阿川 だから、よくほら、お坊様とか、宗教家とか、そういう人たちのところへ行って聞いてもらうって、ほんとは心の中でお坊様がどう思っていらっしゃるかわからないけども、「ああ、そうですか。それはそれは」なんて言われると、ずーっと話してたくなるという、あんな感じですかね。
小林 心地よくてね。
阿川 私はお坊様にも尼様にもなれませんけれども。
木村 何か的確なアドバイスを求めているというんじゃなくて、ああ、聞いてくれてるんだ。で、それで安心して、しゃべってることで安心できるし、何か解決の糸口が自分でこの後、見つけられるなという、そういうふうに人って思うのかもしれませんね。
阿川 しゃべるということは、自分の頭を整理することでもあるから。
木村 そうですね。
阿川 だから、相手に解決法を求めるんじゃなくて、しゃべっているうちに自分の中が、「あ、そうか、そうか。あそこで間違っちゃったのかな」とか、「考えてみりゃ、自分もちょっと突っ走っちゃったんだな」って気づきとか、そういう。
つまり、私よく、落ち込んだりするとどういうふうに解決しますかって人に聞かれるんですけども、大抵、相手は誰でも構わないから、とりあえず5人にしゃべる。それで「どうしたの?」って聞かれたら、よくぞ聞いてくださいました、きのうほんとにひどい目に遭ったんですよね、私はこんな話があって、電話があって、怒られてなんて。そのときに私がこういうふうに言ったら、その人怒っちゃって何とかって、ワーワーってしゃべったら、「あ、そう。ええ。あ、そう」って言って聞いてくれて、「じゃあね。ちょっと時間だから、バイバイ」なんて言って。それでまた次に町なかに出たら、久しぶりに友達に会って、それで、「どうしたの、阿川。何か顔色悪いけど」。よくぞ聞いてくださいました、私はこうでって言って、それを5回繰り返すと、いかに自分がばかかということと、それから、自分のしゃべっている話の内容がだんだん洗練されてくるの。
木村 整理されてくるんですね。
阿川 何がポイントだかわかってくる。大したことじゃないということに気がついたりとかね。そういうのはありますね。しゃべるというのはそういう効果も、少なくとも女にはあると思います。
小林 あると思います。私もよくしゃべるので、すごくわかります。
阿川 ね。聞く殿方はかわいそうですけど。
小林 はい。
木村 いやいや。
小林 でも聞いてほしいですよね。
阿川 そうですね。
木村 まあ、でも男も、それがわかれば楽ですよね。ちゃんとした、ほんとに彼女が悩んでいることを解決してあげなくても、話を聞いてあげて、そうだね、うん、そうか、それは大変だったなとか、そんなことあるよねっていうふうに、まあ、上っ面だけだとだめなんでしょうけども、まず気持ちを寄り添ってあげられるだけで。
阿川 いいんだって。
木村 それでいいというのは。すごく安心しますよ。
阿川 私のささやかなるリサーチによると、男性というのは、相手に一番親切なのは解決を示してあげることだと思っているというのは、ほんとですか、木村先生。
木村 まずそこに行きますね。問題の所在は何なんだろうと。
阿川 ああ、なるほどね。
木村 それを分析して、要するに鍵になる要因は何なのか、原因は何なのか。それを解決するためには、まず……。
阿川 3つの方法がある。
木村 そうですね。オプションは3つぐらいあるかなって。それで、じゃ、その中で、まずプライオリティーを1、2、3とつけて。で、じゃ、まず1を相手に投げかけてみて、「いや、そんなの私、時間ないもん」とか言われると、じゃ、2番目のアプローチを投げかけて、みたいな感じで、問題の解決方法をアドバイスしてあげようかなというふうにね。
阿川 それが一番親切なことだと思っているということが、男と女の勘違いなんですよね。
木村 そうなんですか。
小林 そうなんです。
阿川 私もそう聞いたんです。男の人はみんな、親切なことは、つまり解決法を示すことだと。だから例えば、「聞いてくれる? きのうだって、ほんとに隣の奥さんたら、ほんとに感じ悪いのよ、何とかかんとかで」って言って、で、「こう言ったらああ言うし」って言って。「だったらおまえも黙ってりゃいいじゃないか」って。そういうことじゃないの。(笑)私が話している話を聞いてくれりゃいいの。私がいかに不愉快な思いをしたかということを聞いてくれりゃいいの。解決しないでくれる? ということが起こる。
木村 なるほど。
阿川 だから、男の人には申しわけないんですけど、オウム返しをしていただくのが一番という話があります。
木村 それで、1つ質問があるんですけども。
阿川 聞いてないでしょ、今。(笑)
木村 聞いてましたよ。それで、阿川さんそういう、でも例えば、お隣の奥さんからこんな話をされて、ほんと嫌になっちゃうわというのは、どこかで困っているところはあるわけですよね。それは、彼女は自分で解決できるんですか。
阿川 解決するよりも、自分がいかに不快に思っていらいらしているかということを、愛する人に理解してほしいという気持ちが先立っているんじゃないでしょうか。
木村 なるほど。
小林 そうかもしれないです。それで、よく頑張ってるねって。
阿川 大変だったねえ。
小林 そう、その言葉が欲しい。私、頑張ってるって。
阿川 それで、わりに30%ぐらいすっきりしますよね。
小林 はい、すっきりしますね。
阿川 やっぱり? って。つらかったの、私。
小林 そうなんです私、っていう。
木村 同調してあげないとだめなんだ。
小林 はい、同調してください。(笑)
木村 そうですか。で、同調も大事なんですけども、一方で『叱られる力』。『聞く力』に続いて出されて、これも大ベストセラーになっていますけども『叱られる力』、それとその向こう側には叱る力というか、叱る意欲みたいなものが、きっと存在すると思うんですが、それが薄れてきているというような、そういうメッセージを阿川さんはこの本の中で書かれていますよね。
阿川 はい。それは先生、いかがですか。
木村 僕ですか。
阿川 学生を相手にしていらっしゃると。私、正直なところ、自分が企業に勤めたことがないし、学校で教育したことがないし、そういう集団での日常ということはあんまり過ごした経験がないんです。なのに、これ書いたのは、いろんな人にリサーチしたら、そういうことがあまりにも多いというんで、おたくはどう、おたくはどうって聞いていったら、共通項がいっぱいあったので、ここに書いたんですけれども、大学で若い人たちをごらんになって、叱ることはおありになりますか。
木村 ありますね。
阿川 どういうふうに叱るんですか。
木村 例えば授業で、大教室で、うるさいグループがいますよね。そうした場合は。
阿川 おしゃべりしてる?
木村 ええ。特定の子というんじゃなくて、その数人に向けて、僕はもう大声で、「やかましい!」って言いますね。「黙れ! 出ていけ!」とまで言いますよ。君ら、そこで話をしてるのは、いろんな意味で失礼なんだと。1つは、周りで授業を真面目に聞いている学生に対して失礼だろうと。2つ目は、こうやって話をしている僕のほうに失礼だぞと。3つ目は、君たちは自分の時間を使って来ているのに、しゃべりたいんだったら外でしゃべればいいじゃないか。その大事な時間を潰しながら、そこにいるということが、君らは自分自身に対しても失礼なんだぞと。そんな無駄なことはするなって言って、叱りますね。
阿川 そうすると、生徒のほうは。
木村 出ていけって言っても、出ていかないですね、最近の学生はね。でも、黙ってくれますよ。
阿川 出てはいかない?
木村 出てはいかないんですね。
阿川 じゃ、素直に言うことを聞いて、反省して、授業を……。
木村 反省しているかどうかはわかりません。あのやろうって思っているのかもしれませんよね。
阿川 でもやっぱり、叱った効果は出るわけですね。
木村 はい、そうですね。難しいのは1対1で、例えばゼミの学生なんかに対して、まあ叱るっていうのか、指導するというのか、アドバイスをするというのか、ニュアンスはいろいろあるんですけれども、1対1はやっぱり難しいですよね。相手の学生にもよりますけれどもね。別に叱ってないんだけれども、何かこう、自分が考えていることが違う。これをもう一回、ちょっと君、考えたほうがいいよとか、こっちの観点から検討したら、別のアングルから理解してみようとするのもあるかもしれないよみたいなことを言っても、結構自分が否定されたと思ってしまって。
阿川 全否定ということですか。
木村 なんですかね。折れちゃう。
阿川 どうなるんですか。
木村 まあ、ちょっとラジオでこういう、どこまで話できるか。ラジオ終わった後で、何かでお話ししてもいいんですけどもね。
阿川 落ち込んじゃって、先生の前にもうあらわれなくなったりするんですか。
木村 ああ、それに近いこともありますね。
阿川 そうすると、どうするんですか。
木村 びっくりします。
阿川 先生が?
木村 はい。驚きますね。
阿川 こんなことで、そこまで落ち込むとは思わなかった?
木村 はい。
阿川 そういうことが……。
木村 予想外ですから。
阿川 企業の中で頻繁に起こっているらしくて。で、例えば、女性上司が注意したつもりで男性の部下に、これこれ、こうやらなきゃだめじゃないっていうふうに言ったら、翌日辞表を出してきた。それもほんとに、東大みたいなところを出た優秀な生徒が新入社員になって来ているんですけれども、それとか、何かでやっぱり怒ったら、そしたらどっか行っちゃったんだって。一体どこ行っちゃったんだろうと思って、みんなで探したら、机の下に隠れてたっていうのとか、ほんとに聞いたんですよ。
木村 漫画みたいな話ですね。
阿川 漫画みたいでしょ? どうしてそうなるのと言ったら、親にも怒られたことがない。だから多分、頭はいいし、今までいろんな意味でトップランクの人生をたどってきて、そこそこの会社に入社して、ここだって順風満帆にいくと思っていたら、上司からだめ出しをされたと。人生で初めてですよ。そうすると、ここで生きていくことはできないと思っちゃうというのとか。
それからあとは、企業が、これも聞いた話ですけども、会社の研修期間というのは基本的なことをみんなに教えなきゃいけないんでしょ、新入社員。そういうときに、できる限り研修員、つまり教える側は、新入社員に対して声を荒げたり、大きな声を出したり、それから叱ったりしないようにと、上から注意を受けるんです。それをすると、やめていっちゃうから。研修期間にもうやめちゃう人が多く、せっかく採用したのにやめられたら困るから。だから、今日は3時に新人がここを研修で、見回りじゃない、観覧じゃない、10人来るから、だからおまえたち、覚えとけよって言って、その中間の人たちが、声を荒げるな、静かに接しろ、優しい声を出せって、みんな怒られるの。(笑)
小林 へえ、そんなことが。
阿川 驚きですよ。で、あるときにある人が、それこそセミナーみたいなところに行って、若い学生じゃなくて、学生から卒業した社員なのかな、若い社員なんかのセミナーをやるというときに、みんなでディスカッションをしなさいって言って、部屋を出て、しばらく自由にディスカッションをさせてから自分が出ていこうと講師の人は思って、部屋に戻ってったら、誰もいないんだって。これ、泊まり込みのセミナーだったらしいんですけど、みんなどこ行っちゃったんだろうと思ったら、そしたらおのおの自分の宿泊部屋に戻ってたと。それで、パソコンを使ってディスカッションしてたんですって。何ていうの、チャットっていうんですか。で、じかに顔を合わせながらしゃべって、変なことをしゃべって恥かくのが嫌だからっていうんで。そういう例は幾つもあるんですよ。
木村 そうでしょうね。そもそもそういうのを宿舎でね。まあ、男と女を一緒にするのはだめですけど、男の子は男の子で大部屋に入れればいいんですよ。
阿川 ああ、泊まるベッドというか、布団を引いて。
木村 はい、そうです。そうしたら、研修のディスカッションルームを引き揚げて、自分の寝るところに戻ったって、また顔を合わすわけでしょ?
小林 絶対いるっていう状況ですね。
木村 個室に入れちゃうからできちゃうんです、そんなことはね。
阿川 それを、社会人になってからそんなことにビビるということ自体が、その前の問題じゃないですか。
小林 そうですね。
阿川 だから、私はこの『叱られる力』で、これは私は母親になったこともないし、企業に勤めたことがない人間が言うのもおせっかいかもしれないけれども、できる限り小さいころから、つまり、ただ褒めるだけじゃない、ただ叱るだけじゃない、褒めるも叱るも、悲しいもうれしいも楽しいも、寂しいも悔しいも、全部の感情を発揮するチャンスをできる限りたくさんつくっておいて、理不尽に怒られて悔しい、今に見てろ、このお父ちゃんみたいな気持ちも含めて、感情というものをいっぱい袋を、引き出しをつくっておけば、社会に出るまでに何度も何度もそういう嫌な思いとか、いろんな感情の袋を出してこなきゃいけないときが来るときに、あ、これ前使ったな、この袋も前使ったなというふうにして、比較しながら前に進むことができると思うんですけれども、20歳ぐらいまで喜びの感情と楽しい感情しか使ってなかったら、やっぱりショック大き過ぎるんだと思うんですよ。
木村 そうですね。経験がないということが、まず最大の理由かもしれませんね。叱られた経験がないという。それは、でも一方では、叱る人がいなかったってことですよね。
阿川 まあそれは、私は戦後生まれですけれども、やっぱり日本は敗戦して、いろんな要素が組み合わさってると思うけども、これ以上子供たちに悲痛な目に遭わせたくないっていう優しい親心と日本人の優しさが、子供を守ろうというのと、もう自由に生きていかせよう、自分を大事にして生きていってほしいということを、過度にアピールし過ぎたり、ちょっと振り子が行き過ぎたというのとか、それから企業ですぐやめちゃうという人のことを考えると、やっぱり終身雇用というものがなくなったことになって、つまり自分の入ったところは天国のはずだと思っていたところで嫌な人に会ったり、嫌なことをすると、ここは私のいるところじゃない。それから、私の能力はもっとほかのところにあるのに、こんなところで怒られている暇はないって、どうも思っちゃう。傷つくのがすごく怖いみたいなんですけども、人間って傷つき続けてるじゃないですか、ほんとうは。
木村 そうですよね。
阿川 だから、傷つかないで大きくなっちゃうと、大変だろうなと思うんですよ。
木村 ある程度の年になってから傷つき始めると、やっぱりつらいと思うんですね、その人の人生。
阿川 そうそう、子供のころにね。
木村 若いときに傷ついて、それこそ昔、つかこうへいさんが『傷つくことだけ上手になって』っていう、そういうエッセイ集を書いていますけど、70年代の終わりから80年代のころですよ。ちょっと被虐的なところの自分のスタンスのとり方みたいなものがあって、僕なんかは学生時代、そこなんですね。
阿川 はいはい。どういう学生時代だったんですか。
木村 ははは。(笑)
小林 出た。
木村 ああ、うまいですね。こうやって切り返してくるんですね。(笑)
阿川 だって、ご自分でおっしゃったよね。どういう学生時代だったのかなという。
小林 そうですよね。私も初めて聞きます。
阿川 何に傷ついたんですか。
木村 いやまあ、普通の学生と一緒ですけどね。女性に、好きな女に振られて傷ついたりとか。
阿川 大学にはスムーズに入られたんですか。
木村 はい。
阿川 じゃ、浪人もせず。
木村 まあ、そうですね。
阿川 いい成績で。
木村 いや、まあ何とか入ったんですけども。
阿川 入って、それでかわいい女の子とこれから恋人をつくるぞなんて思ったら?
木村 ええ。まあ、大学に入ったのはそれが目的みたいなもんですからね、当然。(笑)
阿川 そうなんだ。
小林 そうなんですか。待って。そんな、先生のイメージが。
阿川 普通そうですよね。
木村 普通そうですよ。
阿川 そんなもんですよ。
木村 そうですよ。
小林 そうなんですね。
木村 田舎で高校まで育って。東京の大学に行く目的というのは、それしかないね。
阿川 受験が終わったら、バラ色のね。
小林 そんな意外なお二人の一面が今日見られるとは。びっくり。
木村 まあでも、そんな感じで。
阿川 で、振られちゃったんですか。
木村 振られますよね、それは。振ることもあるし、振られることもあるし。今にして思えば、ああ、あれが学生時代のだいご味の一つだったかなと。いろいろ自分なりに傷ついて、でもあのときの傷ついた傷なんていうのは、今はもう癒やされているし。
阿川 傷ついたときは、どうなさったんですか。
木村 どうしてましたかね。うーん。シェービングフォームの缶握り締めて、お風呂場で泣いてましたね。
阿川 何それ。(笑)
小林 何、何?
阿川 シェービングフォームって何? 何でシェービングフォームを握り締めなきゃいけないんですか。
小林 気になりますね。
木村 ちょうど握りやすいでしょ。
小林 いや、わからない。(笑)
木村 そうか、お二人はひげそらないから。
小林 わからないですね。
阿川 そらないけど。力が入りやすいんですか。
木村 はい、そうです。
阿川 悔しさが。
木村 悔しいと。
阿川 ああ。
木村 うーんという。
小林 初めて聞きました。
阿川 なるほど。
木村 まあ、そんな学生時代って、やっぱり傷つくわけですよ。で、それは当たり前だったと思うんですけども、今は何なんでしょうね。逆に言えば、僕たちの世代が子供を叱らなくなってきているからということなんでしょうね。
阿川 そうだと思います。そうだと思いますって、だから親にもなっていないのに。だから、叱る側も叱り方が身についていないから、私も本に書きましたけれども、たまに町なかで、ごみをちゃんと捨ててない若者がいたときに、これは注意しなきゃと思って、どういう言葉で注意しようと頭ぐるぐる回って、そこはごみ箱じゃないのよって言ってる声が、もう震えてるの。でも涙が出そうになってて。
木村 わかります。
阿川 やばいやばい、やばいやばい、どうしようなんていって、震えてる場合じゃないでしょって思うんだけども、だから叱ることができないですよね。
木村 なかなか一喝するって難しいですよね。
阿川 この間、キムラ緑子さんにお会いしたんです。女優のキムラ緑子さん。この方がなかなか果敢な方で、新幹線の中でも、ちょっとマナーの悪い人なんかにもぽんぽん、ぽんぽん言うんですって。私もうびっくりして、どうやったらそういうふうにさりげなく、人に注意したり叱ったりできるんですか。「うーん」って言って、「関西弁だと、わりに楽よ」。
木村 ああ、なるほど。
阿川 なるほどね。「あかんで、そこに捨てたら」って言ったら、なるほど、ちょっとユーモアが入るっていうか。
木村 モードが変わりますよね。
阿川 そうですよね。「だめでしょ」って言うと、ちょっときつい感じだけども、「あきまへんな、そこに捨てちゃあなあ」っていう感じでやるといいって言われたから、今度ちょっとやってみようと思いながら、まだチャンスは訪れていないんですが。
木村 ぜひやってみられるといいですね。
阿川 そうですね。
それで、どういう人に振られたんですか。(笑)
木村 いやもう、遠い昔なんで。
阿川 何人ぐらい振られたんですか。
小林 ああ、気になります。
木村 片手から両手ぐらいですかね。
阿川 おお。
木村 多いのか少ないのか、どうなんでしょう。わかりませんけど。
阿川 でもそれは、めげない人ですね。
木村 僕ですか。
阿川 うん、うん。
木村 めげませんよ。だって、世の中は女性、いっぱいいますから。
阿川 シェービングクリームを握れば、元気になるわけですね。(笑)
木村 はい、元気になります。(笑)
小林 おもしろい。
阿川 でもそのときのやっぱり経験は、何ていうか、その後、仕事をしているときに、悔しい思いとか、人とうまくいかないときなんかに、うまく効用していること、あります?
木村 どこかで生きているんでしょうね、そういった思い出が、経験が。と思いますけどね。そういうことの積み重ねじゃないですか。
阿川 そうそうそう。
木村 人生ってね。
阿川 そうですよ。だからちっちゃい、ちっちゃい悔しさみたいなものを、たくさん積み重ねてれば、何か大きいのが来たときに、おお、前回の倍だっていうぐらいに感じられるというときもあるし、それから、これもよく言うんですけれども、私の友達の女性がすごく傷ついて、痛い目に遭って、ああ苦しい、痛い、胸が痛いって、うちへ帰って言ったんです。そしたら、彼女にお兄ちゃんがいて、そうか、そうか、かわいそうにって言って、急に肘をギューッとつねったんだって。「痛い!」って言って妹が泣いたら、ほら、一瞬つらさを忘れられただろうって。(笑)新しい痛みを持てば、昔の痛みは楽になるって言ったの。私は笑っちゃったんだけど、でもそういうこと。この悲しみほど人生の中で一番大きなものはない。もう私は立ち直れない。もう二度と恋なんかできないって思うけど、大抵そんなことはないんですよ。(笑)そんなことないんだから。
木村 みんな生きてますもんね、それでね。
阿川 時間がたてば、何とかほかの楽しみとか、もっと苦しいこととか出てくるから。だから、そういうふうに思わないとっていうことを、頭の転換をさせるためにも、ちっちゃい痛みや苦しみや悔しさはいっぱい経験しといたほうが、何ていうんですかね、木村先生みたいに丈夫になれる。
木村 いやいや。
小林 丈夫に。
阿川 丈夫に。
木村 最近の若い人たち、僕たちもそうですけども、インターネットでメールとかSNSでいろんなやりとりをしますよね。意思の伝達とか。で、表情わからないですよね。で、かわりに何か絵文字をつけたりというのはあるんですけど、でも絵文字でついている顔が、ほんとうにそれを送っている人が思っている表情かどうかはわからないわけなんで、生身の顔が見えない、声が聞こえない中でのコミュニケーションはとてもうまくなっていると思うんです、若い人たちは。とても上手なんですけども、でもそれが、それだけで済めばいいんですけども、どこかでその延長上で実際に会って何かするというときに、そこでギャップが出てきているような気がするんですよね。
阿川 そんなに会うのが嫌なんですか、生身の人間に。
木村 若い人たちですか。
阿川 うん。
木村 どうなんだろうね。めんどくさいのかな。
阿川 どうですか。
小林 いや、私の場合は。
阿川 小林さんは、失礼ながらお幾つぐらいですか。
小林 26です。
阿川 ああ。
小林 26の私ですが、ぎりぎり昭和なので、結構周りも昭和魂を持っている子が多いので、私の周りはラッキーなことにフェース・トゥ・フェースを大事にする子が多いので、私もどちらかというと、一概には言えないですよ、平成生まれの子以降というか、そういうSNSを多用してる子たちの文化や感覚というのが、どうして? とか不思議に思うことは多々あるほうだと思ってます。
阿川 でもまあ、私だって、この年になって携帯電話がない生活を考えたら、もう途方もなく不安になる。
小林 それは私もです。
阿川 なるし、パソコンがなきゃ原稿も書けない状況ではあるけれど、だけどやっぱり、何ていうのかな、便利なものができればできるほど、人間は忙しくなってないかと。
木村 そうですね。
阿川 思うんですね。旧態依然とした手紙だって、直筆の手紙だってなくなったわけじゃないし、ファクスもあるし、それからパソコンのメールもあるし、携帯の中には何だっけ、LINEとかツイッターとか、私全部やってませんけども、それに返事を書かなきゃいけないという期限時間というのが、昔なら手紙のやりとりしてたら、あなたのことを大好きなんですってポストに入れちゃってから、その反応を待つまでに1週間ぐらい、じっと我慢してその間に、だめかもしれない、でも私のこと好きだったはずだわ、あのときに私、見詰めてたもんね。でもだめかもしれないとか、何か延々考えるという時間が、結構これ、大事な脳みそ訓練になると思うんだけども、今のSNSだと、10分以内ぐらいに返事しないと失礼に当たるらしくて、私も焦るんですよ。用件なんだけど。
小林 わかります。
阿川 何かこの焦り感みたいなものが、結局、何ていうのかな、生身に会っている暇がない状況をつくらせているのかなと。
木村 確かにああでもない、こうでもないって思い悩む時間とか、どうなんだろうなと思いながら一晩過ごして、次の日、朝起きて、また少し気分が変わってみたいな、そういうものがなくなっているんですよね。
阿川 ぼうっとするとか、何もやることないんだけれども、今日一日思い返せば、昼間こんなこと言ったな、あの人こんなこと言ったなってことしか考えてないっていう時間が、ないですよね。
木村 そうですね。
阿川 返事書かなきゃいけないし。
小林 そうですね。何かLINEだと既読っていう、読んだものが。
阿川 そう。あれ、罪だと思うんだけど。
小林 罪ですよね。
阿川 読んでるのに来ないわ、返事っていう。
小林 来ないわって思われてるからどうしよう、で、返さなきゃっていうふうになっちゃうんですよね。そこで今は、そういう中学生とかでLINEの中のいじめがあって、その子は返事が遅いからみんなでいじめようとか、そういうのは私も理解ができない。
木村 中学生とか?
小林 はい。
阿川 一度ちょっと、みんな使い方を考え直さなきゃいけないんじゃないかと、先生思いませんか。
木村 思いますね。ほんと、思いますね。もういっそのこと、なくしたほうがいいんじゃないかって、僕は思いますけどね。
阿川 この番組、大丈夫? そんなこと言って。(笑)結局、メディアはそれ、言い切れないんですよ。だって、大スポンサーなんだもん。
木村 そっか。
小林 難しいですね。
木村 だから、使い方を上手にやっていくしかないんでしょうけどもね。携帯電話は僕はいいと思うんですけども、即座にやりとりができる、チャットができる、そういうアプリとかありますよね。ああいったものを、もう最初からそれを使っている人というのは、使ってなかったころの感覚って持ってないんですよね。そういう意味では、それを相対化できないので、もうそれが最初の記憶として刷り込まれていくわけですよ。手紙を出してどうこうみたいな、「あれ、俺ちょっと漢字間違えちゃってたんじゃないかな」とか、つまんないことで悩んだりとか、「あれ、切手ちゃんと貼ったかな」とかって、何かそんなことを悶々と考えたりとかね。そういったことすら記憶にもうない中で、人とのコミュニケーションをやっていくっていうふうに最初からスタートしてしまうので、だから全然、ちょっと僕たちと違う。
阿川 さっき別の人と話してたんですけれども、手間をかけるとか、めんどくさいことをやるということを極力、何ていうかな、そいでいくのが文明の進化というか、いう方向に来たんだなと。時間を短縮させ、で、めんどくさいことはなるべく手間としてないほうが、みんな幸せになり、便利になると言うんだけれども、実はそれは幸せになるのかどうか、わかんないんじゃないかと思って。
木村 そうですね。
阿川 つまり、デジタル化ということになるかもしれないですけれども、さっきも話してた話なんですけど、例えばお米をとぐっていう作業は、お米をといで、おいしいご飯を炊くということなんだけども、それがめんどくさいから米離れが進んでいくので、無洗米をつくりましょうっていう動きがあった。で、私は大反対したことがあるんですよ。無洗米をつくるということは便利にはなるけども、お米をとぐということに付随する、あらゆるいろいろな作業が、全部なくなっちゃう。タケノコをゆでるときにとぎ汁を使う。それから、植木にとぎ汁を入れるとか、それからとぎ汁が白くなるまでって、どういうところまでなのかをやるとか、それからお釜でとぐのと、ほかの例えばフライパンじゃないけど、普通の鍋でとぐのと、とぎ感覚が全然違うということとか、つまり、感じたり覚えたり考えたりするという、いろいろ派生する問題が全部なくなって、目的地に直接行っちゃうんですよね。
だから今、わからないものが出てきたときに、はい、ちょっとすぐと言って、ウィキペディアとか何とかで調べるんだけども、ほんとは昔は、ええっ、わかんない。どこで調べる? ちょっと電話してみる? って。あ、知らないって。じゃ、この人に電話してみる? あ、わかんないって言われちゃった。じゃ、図書館行ってみる? って。図書館のどこ行くのよ、何? っていう、そのわかんないことにたどり着くまでにものすごい道のりがあって、時間もかかるし面倒もあるんだけど、実はわかんないことがわかるという成果よりも、そこにたどり着くプロセスのほうが、おもしろいことがいっぱいあるかもしれない。大事な恋人に会えるかもしれないんですよ。
小林 大事ですね。
阿川 『ラブストーリー』みたいに、図書館に格好いいお姉ちゃんがいるかもしれない。そういうことを全部はしょるということが幸せだというふうに考えて、まっしぐらに来ちゃった日本の進歩というのかな、それが何か人と人を面と向かって会わせなくしているのかなという気が、ちょっとするんですけどね。
長かった、私の話? すいません。
小林 いえいえ、とんでもないです。そういったところから、やっぱり「叱る」なんでしょうね。方法みたいなものが、お互い叱られるほうも、叱るほうも、難しくなってきちゃっている。
阿川 褒めるもそうなんだけれども、やっぱり叱る、叱られるというのは、気づくということだと思うんですよね。
木村 気づく?
阿川 うん。えっ、違ったの、これ? とか。だから、えっ、私、正しいと思ってたのに、やっちゃいけないわけ? というのは、やっぱり人に言われなきゃ気づかないものというのはいっぱいあって、だめだよ、それじゃって言って、うちでは常識だと思っていたことが、世間一般に出たら、これ常識じゃないんだということに気づくとか、それによって緊張感も生まれるし、何ていうのかな、マイナス物だけじゃないと思うんですよ。だから、その叱り方、見事ねって感心するときもあるし。DJポリスがいたじゃないですか。
小林 いましたね、はい。
木村 渋谷の。
阿川 うん。
小林 見事でしたね。
阿川 ああいう叱り方というのは、ふっと耳に入ってくるという。だから、それを思いついたら、よし、これならちゃんとみんな聞いてくれるぜっていうことに気づいたと思うし、でもいつまでも同じことをしてたら、みんな飽きるだろうなと思うから、じゃ、どうしようかなって頭を使うという。
叱る、叱られるって、相手と自分に緊張感を与えることだから、その中にはいろんな知恵とか方法とか、それからリアクションとか、そこからどうやって逃げようかという悪巧みとかも含めて、いろんなことに気づくことだと思うのに、それをなるべく排除して、つまりリスクのない生活をしましょうというふうになっちゃうと、気づかないで傷ついちゃう。何言ってんだ? ということになるんじゃないかという気がするんです。
木村 基本はあれですね、そうすると、リスクをとらないでリターンだけとろうという、そういうやっぱり現代人の基本的な発想ですね。
阿川 そうです。
木村 痛い目は負いたくない、恥ずかしい目もしたくないし、何かぎこちないような思いもしたくないけども、リターンだけとりたいと。リスクはもう極力排除していく。それが何かとても賢い生き方みたいな、そんな風潮がひょっとしたらあるのかもしれませんね。
阿川 何か、できる限り恥ずかしい思いをした経験を持って、なかなか楽しく生きている人に、国民栄誉賞を上げるとかね。
木村 そうですね。
阿川 何か評価の仕方を逆にしてみたらどうなんですかね。傷つけば傷つくほど輝いている人にゴールデングローブ賞とか、何かよくわかんないけど。
木村 誰もが感心してくれるような、恥ずかしい経験だとか傷ついた経験って格好いいですよね。
阿川 格好いいし……。
木村 僕、すごく格好いいと思うんですよ、そういうのって。
阿川 自分がひどい目に遭った話のほうが、後々、後で人は聞いてくれる話なんですよ。自分がものすごくうまくいって、誰にも褒められて、優秀な成績で学校も社会でも過ごして、それを老後に、「私はこのような人生を送りました」。誰も聞いちゃいないでしょ。つまんないじゃない、だってそんなの。
木村 そうですね。
阿川 もう、ひどい亭主にめぐり会って、借金ばっかりさせられて、私はひどい目に遭って、家族には逃げられるし、なんていう話をしたら、どうして? って、みんな聞きたくなるもんね。それをうまく語る人がいたら、おお、あんた、すばらしい人だねって、みんなが、何ていうのかな、寄り添ってくれるだろうし。
木村 そうですよね。
阿川 ひどい目に遭ったことは、必ず笑い話になるぐらいな気持ちにならないと。
木村 そうですよ。
小林 何かありますか。今までドカーンって。
阿川 ひどい父のもとに育って。(笑)それを原稿料に変えて。
小林 そういう嫌な思い出とかも全て、プラスに変えていく阿川さん。
阿川 けちだからね。
小林 そんなことないですよ。(笑)そのパワーの源って、何ですか。同じ女性として、すごい憧れます。
阿川 源。すごい落ち込むときは落ち込むし、人に八つ当たりするときもあるし、何か私自身が理不尽な感じになるときもあると思いますけれども、でも総じて、「ばかだね、自分は」って笑い飛ばすことができるときになったときに、あ、これは得したっていうかな。得したでもないけど、やっぱり自分を笑ってやることですね。
小林 自分を笑ってあげること。
阿川 だって、ばかなんだもん。
小林 そんなことないですよ。
木村 自分を笑うためには、でも、自分の中にやっぱり自信とかゆとりとか、そういったものも必要ですよね。
阿川 自信は常にないです。
木村 そうですか。
阿川 瞬間的に全くないとは言わないけれども、だけども、よっしゃと言ったら大体、どこかで落ちるしね。転ぶし。でも、自信。自信ありますか。
木村 自信ですか。
阿川 先生、自信ある? 先生として。
木村 先生としてですか。うーん。
阿川 あるんだ。
木村 自信あるふりはしてますね。
阿川 ふり?
木村 はい。で、ふりを続けてると、多分それがほんとになるのかなと思ってますけどもね。
阿川 小林さんは。
小林 私も全くないタイプです。なさ過ぎて、よく怒られるタイプです。
阿川 まあね。あんまり自信ない、自信ないって、謙虚ぶっちゃって、この嫌らしい女とか、私言われたの、昔。(笑)
小林 いや、そんな。
阿川 私が言われたの。小林さんじゃないです。私もそうなの。私なんかとか、それから何か謙虚なような言葉を使っているけど、結局それは嫌らしいってことですよって、人に怒られたことがあって。
小林 気をつけます。
阿川 そうなの。ええーっと思ったけど、だってないんだもん、しょうがないじゃん。
小林 はい。ないんですよね。でも、今逆に、自信がないというふうに聞いて、ちょっと自信が湧いたというとあれですけど、勇気をもらった。(笑)いや、違います、間違えました。勇気をもらいました。はい。何かこんだけきらきら、理路整然にお話されている方でも、何でしょう、謙虚に前を向いてポジティブに生きていこうという姿さえ、姿勢さえ持っていれば。
阿川 ポジティブに生きようとか、何かそういうふうなことじゃなく、何ていうのかな、ひどい目に遭ったことはおかしいですよ。例えば旅行に行ったときに、さっきの対談じゃないけれども、自分が計画したことが全てクリアされて、どこにも遅刻せず、見たいものも見て、買いたいものも買って、予定どおりにうちに帰ってきたら、その旅のことはほとんど覚えていないんだけども。
木村 そうですね。
阿川 前、イタリアで物をなくしたんですよって言って、うわ、盗まれたとかって、さすがイタリアなんて思って、それで人のせいにして、イタリア人だからなんて思ったら、結局私があるカウンターに忘れたってことがわかった。(笑)パソコンを忘れた。それで、それが何かポリスか何かに届けられてて、それでそこに、どうもありがとうございますって、イタリア人だから「グラッチェ、グラッチェ」なんて言ったら、「オオ、パーソナルコンピューター」とかなんか言って、「シー、シー、シー」なんて言って出してくれて。それでやっていったら、ありがとうございますって、日本語でグラッチェは何て言うんだって言われたから、お巡りさんに、お巡りさんですよ。だから私は、「ありがとう」と言ったら、「アリガ?」。「ありがとう」「アリガト?」「シー。アリガト」って言ったら、ものすごい喜んじゃって、そこからずっと私を案内して、その廊下を通って外まで連れて出してくださったの。そのときにすれ違う人に、みんなに「アリガト。アリガト。アリガト。アリガト。アリガト」って。(笑)こんなお巡りさんに出会えたというだけで、この忘れ物は何と価値があったかって。
木村 得しちゃったなって。
阿川 で、1本エッセイ書けますからね。嫌なことは必ず、いいことに転換できるぐらいな気持ちでいて、別に無理にポジティブにしようとかいうんじゃなくて、笑っちゃうことが起こるんですよ、嫌なことが起こると。すりに遭ったりとか、それから何かお金をすられたりとか、そういうときに、かっとなるということは感情的になるということで、そこで自分が、つまり常軌を逸するということ自体が、もう既におかしいことになるでしょ、他人から見たら。
小林 確かに。
木村 そうですね。阿川さん、そういう感じで、何でも予定調和的に物事が進むよりも、逸脱しているほうが、やっぱり自分も楽しめるし、何か豊かじゃないかな。
阿川 まあ、性格とか、いいかげんだというのと、面倒をいとわないと言いながら、めんどくさいんですよね、私。きちんと計画して前に進めるというA型タイプじゃないもんだから。行き当たりばったり。
小林 O型ですもんね。
阿川 雨が降ったときに考えようという。雨が降るかもしれないから傘を持とうとは思わないんです。だからじゃないですかね。
木村 なるほど。
阿川 全然お勧めできませんよ、これは。
小林 いや、同じO型の先輩として。
阿川 あ、O型でいらっしゃいますか。
小林 はい、そうです。
阿川 まあ。
小林 同じO型、同じさそり座でございます。
阿川 あ、ほんと? 売れ残らないようによろしく……。(笑)
小林 えっ、ちょっと待って。
阿川 さそり座まで同じなんですか。
小林 はい。お誕生日、すごい近いです。
阿川 えっ、そうなんですか。
小林 私、10月29日なので。
阿川 えとは?
小林 うさぎです。
阿川 ああ、よかったね。(笑)
小林 何年ですか。
阿川 私は巳年です。
小林 あ、妹が巳年です。
阿川 あ、2つ違いなんだ。
小林 そうなんです。
阿川 うさぎのほうが働き者ですよ。
小林 いやいや、私も怠けてばっかりなので。
阿川 巳年はね、とぐろ巻いて動かないって、母によく言われる。(笑)
木村 その一方でせっかちで。
阿川 そうそうそうそう。
木村 行き当たりばったりなんですか。
阿川 突然思い立つと、カーッとかいって走り出すっていう。
木村 その行き当たりばったりの阿川さん、これからは、今後はどういうことを中心にやっていかれるんですか。
阿川 今後は何も考えてませんよ。
木村 小説も書かれてますよね。
阿川 はい。必死で書いてます。
木村 『ウメ子』、読ませてもらいました。
阿川 ありがとうございます。
木村 あれ、1999年の坪田譲治文学賞。
阿川 そうですね。行き当たりばったり小説でした。
木村 そうですか。でも、とっても楽しかったです。今後はまたあれですか、小説も書いたり、そういった計画もお考えですか。
阿川 書きなさいよと言ってくださる人がいたら、「ええっ、書けない」と言いながら引き受けますけど、必死に考えるけども、大体私、5年後、10年後とかいう見通しとか、人生の最終目的とか夢とかは、ない。ないっていうか、これも話、長くなるんですけども、よろしいのかしらね。
小林 はい、聞きたいです。
阿川 いや、長くなるのよ。じゃ、はしょって。
木村 どうぞ。
小林 聞きたいです。
阿川 はしょって話しますと、チャン・イーモウ監督っていう人に会ったんです、インタビューで。そしたらチャン・イーモウ監督は、映画監督になるなんて思ってもいなかったと。国民軍の軍人の息子だったから、中国ではとても生きづらい立場にいたときに少年時代を過ごしたので、将来の夢なんて持てるような状況じゃなかったのが、だんだんだんだん世の中が変わったおかげで映画大学に行くことができて、そこからもいろいろ紆余曲折があって、たまたまお手伝いしようと思ってた映画助監督の仕事の手伝いをやっているうちに、「おまえ、これもやれ」って言って、助監督が「おまえ、これもやれ」って言って、映画監督になっていったら、いつの間にか国際的な映画監督になって、称賛されるようになったけれども、僕はそんなこと、最初から望んでたわけじゃなくて、明日ご飯が食べられるかどうかわかんないっていう生活を続けてただけだっていうことをおっしゃったんだけども、でも人生って、そんなもんじゃないかと思うと。
要するに、明日どうなるかとか、目の前の二股をどっち選ぶかということで必死で、それで右に行くと大きな犬がいて怖そうだし、左に行くときれいなお姉ちゃんがいるからそっち行こうかなとか、とにかく二股が次々にあらわれる二股を、1つずつ必死になって、不純な動機も含めて必死になって選んでいくと、思いもかけない目的地に着いているときがあると。だけどその経緯は、全部やっぱり自分が選んでいるんだと。だから自分は、大きな夢を持つということよりも、目の前のことを必死になってかじりついていた結果が、映画監督というところだったんだなと思うというようなことを話されたときに、私は感動しちゃって。
木村 チャン・イーモウ監督ですか。
阿川 チャン・イーモウ監督が。
木村 「紅いコーリャン」の監督ですか。
阿川 そうです、そうです、そうです。そうそう、そうそう。「初恋のきた道」。
木村 ああ、そうですね。
阿川 ですね。それで、私も、例えば夢を持ちなさいとか、目標は何ですかとか聞かれるけども、ちょっとそんなこと考える余裕なく、今締め切り持ってるんですけどとか、それから、明日の対談の資料読まなきゃいけないんですけどということで精いっぱいで、大変至近距離的な物の考え方しかできないんだけれども、だけどもやっぱり、目の前のことを必死にやっていると必ず誰かが見てくれて、これができたならこっちもやってみないかということで、今、仕事が続いてきたんだって実感があるんで。
だから、つまり向上心とか、極端な話が、夢とかばっかりを極端に追いかけていると、自分の今いる場所が不幸になっちゃうんですよね。私はここにいるべきじゃない。
木村 不幸になっちゃう?
阿川 不満になっちゃうでしょ? ここじゃないんじゃないの、私のいるところは。
木村 ここじゃないどこかってものを、いつも求めちゃうと。
阿川 もうちょっと違うところじゃないの? 私の場所はこんなところじゃなかったはずだという、毎日毎日が不満がたまるぐらいなら、毎日毎日のことをやって、今日も頑張って働きました、おいしいもん食べて、さあ寝ます、おやすみなさいっていうほうが、私は人生としては幸せだなというほうを選んだんです。だから、あんまり目標は持たない。そのときになったら何かが来るかもしれないし、そのときになったら必死になって力出さなきゃいけないときもあるかもしれないけど、でも今はとりあえず、目の前の与えられた仕事をとりあえず精いっぱい、仲間と一緒に「いい仕事をしようぜ」って言ってできるほうが、それで夜はビール飲んで、おいしいもの食べて寝るというほうがいいなという理由です。長くなっちゃった。
小林 いえいえいえ。
木村 その繰り返しでやっていらっしゃると思うんですけども、阿川さんのお仕事って、さっきの『週刊文春』の連載もそうですけども、どれも長いですよね。
阿川 ね。どうしてだろう。知らないです。続いたんです。
木村 ね、続いてますよね。それ、すばらしいですね。
阿川 昔、だって『週刊文春』が7年目ぐらいのときに、ああ、7年も続いたんだと思って、10年たったらやめようかななんて言ったら、一緒の仲間が、「あんた、ずうずうしいじゃない? まだ10年雇うって誰も言ってないんじゃない、文春は」って言われて、あっ、そうだな。で、10年続いたらもうけもんよねって言ったら、気がついたら20年になっていたんで。でもそれはやっぱり、これで10年過ぎたとか、これで12年、15年って思ってなかったです。もう、来週の対談3つもあるのにどうすんのっていうことで、泣きながら続けてただけだから。まあ、石段でもそうじゃない? 最初っから150段あると思うとすごくつらいけど。
小林 つらいですね。
阿川 目の前の1歩ずつを、何だこの石と思いながら上がっていくほうが、楽かもしれないと思うんですけど。時々森を見たほうがいいですね、先生。すいません。(笑)
木村 いやいや。
阿川 木ばっかり見ないでね。
木村 まあ、両方見るのが必要ですけどね。
阿川 はい。
木村 今日はほんとうにありがとうございました。
阿川 あ、そうなんですか。ありがとうございました。しゃべり過ぎました。
小林 いえいえいえいえ、いろいろお話聞かせてくださって、ありがとうございます。
木村 何かディレクターが、突然終わったなみたいな感じなんですけど。(笑)
小林 いや、もうほんとにいろいろ、まだまだ聞きたいことがいっぱいあったんですけど。
木村 週刊誌で毎週1回って、大変だと思うんですけども。
阿川 大変ですよ。来週夏休みとるために、今週3本やんなきゃいけない。
小林 そうなんですね。休みって、それが恐ろしいですよね。
阿川 そう。
小林 その分のしわ寄せが来るから。
阿川 休みの前に倒れちゃうもんね。(笑)
小林 体調崩されないように。そしたら旅がエンジョイできなくなっちゃうので。
阿川 ありがとうございます。