2021年3月4日

自らをクライアントとして働く

美術家の篠田桃紅さんが亡くなった。行年107歳だった。

彼女は前衛書家として水墨による独特な抽象表現の作品で知られた。100歳を超えてからも制作に意欲的だったという。伝統的な書でもなく水墨画でもない、独自の世界を切り拓いた美術家だった。

それにしてもなぜか画家には長寿の人が多いように感じる。篠田さんの107歳は別格だが、彼女以外にも長命の画家は多い。

葛飾北斎 89歳
熊谷守一 97歳
横山大観 89歳
東山魁夷 90歳
片岡珠子 103歳
ゴヤ 82歳
モネ 86歳
ドガ 83歳
ピカソ 91歳
シャガール 97歳
ルオー 86歳
など

美術家や画家という仕事には、なにか長生きの秘訣がありそうだ。そもそも彼らの仕事は、労働なのか制作なのか。

ハンナ・アーレントは、『活動的生』で人間の活動的生活を支える3つの条件を労働、制作、行動だとしている。そして、循環的反復によって「食うために」なされている作業は労働であると述べていた。 

元グラフィック・デザイナーで画家の横尾忠則さんは『創造&老年』のなかで「・・・創造の快感は完成への道程のプロセスのあるわけだから、完成はどうでもいいんです」と書いている。とても印象的な一言に思える。

いまは何もかも、特にビジネスでの仕事においては最初から仕上がりをイメージして、それをさかのぼるようにプロセスを組み立てていくという方法論が外れがなく、「効率的」なやり方とされているから。

ビジネスマンと芸術家の違いだと言ってしまえばそれまでだが、プロセスそのものを喜びとすることを多くの人は忘れてしまっているんじゃないか。

画家は描きたいものを描きたいように描く。それが喜び。完成した「作品」でいくら儲かるかなどとはあまり考えないのだろう。そこが歳をとっても元気な秘訣なのかもしれない。

加えて、画家のように、日々手や体を使うことが人がいきいきとしながら歳を重ねていく秘訣であるような気がする。彼らだってもちろんアタマを使っているわけだけど、前頭葉だけを使っている人とは違う。

何かに夢中になって、結果ではなくプロセスを日々楽しみつつ、そのことが自分を含めた広い社会とつながっているという感覚を持っていること。

画家は画家、芸術家は芸術家、課長も部長もない。肩書きや役割によって自分が構成されるているのではないから、真に自由。自分のクライアントは、自分。いい意味での唯我独尊で生きている。これが大切なんだろう、きっと。