ビジネススクールで経営を体系的に勉強したいという30代半ばの人と話す機会があった。話の様子からはやる気満々で、目はキラキラしている。
さぞ勉強しているんだろうと思って最近どんな本を読んだか問うたら、押し黙ってしまった。そして「マンガじゃダメですか」と返答してきた。
冗談こいているのだろうと思ったら、本気も本気。どうやら本というものを読まないらしい。マンガ本という言葉はあるが、マンガと本は基本的には別ものだ。
ビジネススクールで経営を体系的に勉強したいという30代半ばの人と話す機会があった。話の様子からはやる気満々で、目はキラキラしている。
さぞ勉強しているんだろうと思って最近どんな本を読んだか問うたら、押し黙ってしまった。そして「マンガじゃダメですか」と返答してきた。
冗談こいているのだろうと思ったら、本気も本気。どうやら本というものを読まないらしい。マンガ本という言葉はあるが、マンガと本は基本的には別ものだ。
証券会社から文書が届いた。開封すると、「金融商品取引法違反行為の発生を受けた今後の対応への決意」と題した手紙が出てきた。
その証券会社が行った取引が東京地検から金融商品取引法違反だとして起訴され、東京地裁が違反行為を認定する判決を出したらしい。
そうした事実があることは調べて分かった。分からないのは、「金融商品取引法違反行為の発生を受けた今後の対応への決意」というタイトル。 「金融商品取引法違反の判決を受けた今後の対応への決意」なら分かる。
違反行為を犯したのはその証券会社で、その結果、違法という判決が下った。「違反行為が発生した」という表現には、まるで人ごとのような印象がある。責任の所在は自分たち経営者にはなく、まるでお天道様のせいで発生したとでも言いたいかのよう。そこに経営者の逃げが見えるが、それが経営者の「決意」か。
それはそうと、僕はこの証券会社には口座を持っていない。なぜ送ってきたのか不明だ。
「間違ったら、溶かして作り直せばいい」「温めれば、またやり直せる」。宮本信子さんの抑制のきいたナレーションが、劇中で何度も繰り返される。まるでチョコレートは人生のようだ。
ドキュメンタリー映画『チョコレートな人々』の舞台は、愛知県豊橋市にある「久遠(QUON)チョコレート」。登場するのは代表の夏目浩次さん。このチョコレート店の開業者であり、経営者である。
バリアフリー建築を学んでいた学生時代に、障がい者の平均月収(工賃)が1万円しかないことを知り、障がい者雇用の促進と低賃金からの脱却を目指してパン屋を開設した。が、うまくいかなかった。いいパンを作るのは、難しい。パン作りは、その最後の製造工程でミスをすればもう売り物にならず、その日店頭で売れ残った商品は廃棄処分するしかない。
身をもってこうした経験をした夏目さん、めげずに<じゃ、どうすればいいか>を真剣に考えた。行き着いたひとつのアイデアが、チョコレートだった。チョコレート作りが簡単とは言わないが、よい原料を使い、丁寧に手順通り作ればばおいしいチョコはできる。しかも、溶かせばやり直せる。
一流のショコラティエである野口和男さんの協力を得て商品作りをしたのも、夏目さんのパン屋失敗の経験からだろう。そして、メインの商品は、テリーヌ風のチョコレート。ナッツやフルーツが入っていて、見た目がきれいで愉しい。一枚ずつ手切りにされた色とりどりのテリーヌ・チョコは、一枚一枚見た目が違う。その個性は、そこで働く人たちを象徴しているかのよう。
もともと東海テレビの番組として制作された。それが劇場用映画として編集し直されたおかげで、日本中の人がこうして観られる。同テレビ局の制作による「人生フルーツ」や「さよならテレビ」と同じスタイルだ。準キー局の民放テレビ局のなかにも、まだ志とチカラのある制作陣がいるのがうれしい。
このドキュメンタリー映画は、障がい者について知り、考えるきっかけを与えてくれる。が、それだけじゃない。「働くこと」ってどういうことなのか、否が応でも考えさせられる。
とりわけ考えさせられる、いや、突きつけられるのは、映画の終わりでの夏目さんの言葉だ。障がい者の人たちとともに日々苦悩しながら闘っている彼は、「経済人たちから、頑張ってるね、とよく言われるが、頑張ってるねと言うのは所詮他人事だからなんです」と語る。
「大変だね」「頑張ってるね」というのは確かにエンパシー(共感)を示す言葉だけど、それを言い訳にわれわれは逃げていないか、安心していないか。優しそうな夏目さんの、その言葉の切っ先は鋭く、観ているこちらにも向かってくる。
前面には出てこないが、経営に行き詰まり、何枚ものカードローンを組んでまで頑張った夏目さんをずっと後ろで支えた、彼の奥さんも凄いと思う。
フェリーニの映画にニーノ・ロータの音楽が不可欠だったように、セルジオ・レオーネの作品にはエンリコ・モリコーネが書いた音楽が欠かせなかった。代表作は「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」「続・夕陽のガンマン」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」など。
もちろんそれだけではない。あの「ニュー・シネマ・パラダイス」(ジュゼッペ・トルナトーレ)や「アンタッチャブル」(ブライアン・デ・パルマ)など、映画とテレビのための音楽だけで500作を超える。脂が乗っていた41歳の時には、1年間に21本の映画の仕事をしているというから驚く。才気煥発、溢れる才能とでも言おうか。
このドキュメンタリー映画では、モリコーニ本人が「ニュー・シネマ・パラダイス」で初めて彼が仕事をした映画監督のジュゼッペ・トルナトーレに、これまでの60年以上にわたる作曲家人生の来し方を語る。また、それ以外に彼を知る70名ほどが「作曲家・エンリコ」について話をするなかで、彼がなしてきた比類なき偉業のようなものが浮かび上がってくる構成になっている。
その顔ぶれ。クリント・イーストウッドやタランティーノ、ベルトリッチなどの映画監督はもちろん、スプリングスティーンやクインシー・ジョーンズ、ハンス・ジマー、ジョン・ウィリアムズ、パット・メセニーなどのミュージシャンや作曲家など多彩な顔ぶれだ。
スプリングティーンは、子どもの頃に映画「続・夕陽のガンマン」を観て、すぐにその映画音楽のレコードを買いに走ったという。そうした経験は、後にも先にもそれしかないという。
その「続・夕陽のガンマン」のイントロ部分の発想をモリコーネが語っているのが面白い。導入の♪タリラリラ〜♪というのは、コヨーテの遠吠えをイメージしている。それ以外にも、彼の音作りの発想はユニークで実に前衛的だ。
彼がもっとも多くの仕事をしてきたのは、なんといってもイタリア映画である。本ドキュメンタリーでは、それらの映画と彼の映画音楽が数多く紹介される。それらの多くは観たことがない。それらは日本では未公開だから仕方ないのだが、古いイタリア映画の豊かさを知るきっかけになった。何十年も、日本人にとっては「洋画」イコール、ハリウッド映画だ。
モリコーネは、映画音楽はもちろん、実験的な音楽でもすぐれた作品を残している。本作品に映る彼は、鉛筆と五線紙だけでがんがん曲を書いていく。タランティーノが彼を評して「ベートーヴェンよりすごい」と(いささか興奮気味に)語っている。
モリコーネが映画の仕事を始めた頃、彼は音楽院時代からの師匠から商業音楽に走ったと批判された。彼自身の中にも、そうした後ろめたさはあった。だがそれを振り切り、幅広い音楽で人びとを魅了し、映画の見方さえ変えた。音楽家として100年後も名前が残るに違いない。
バート・バカラックが2月8日、ロスで亡くなった。94歳。長きにわたり燦然たる光を放った巨大な音楽界の星だった。いや、太陽といっていい。
3Bと呼ばれる大音楽家がいる。バッハ、ベートーヴェン、ブラームス(もしくはビートルズ)らしいが、僕はむかしから、なぜバカラックが入ってないのか不思議でならなかった。
物心がついた頃には彼の音楽があった。そのことを幸せに思う。10代のはじめからアメリカン・カルチャー(とりわけ映画)やポップ・ミュージックへ自然と関心を持ったのは彼がいたから。
この映像はオバマ大統領の主催でホワイトハウスで行われた、バート・バカラックとハル・デイビッドへのトリビュート・コンサートの様子。 バカラックの曲はもちろんだが、そのもととなったハル・デイビッドの詩も素晴らしい。
ディオンヌ・ワーウィックのために書かれ、実際はジャッキー・デシャノンが唄ってヒットした「世界は愛を求めている(What the World Needs Now Is Love)」は、アメリカがベトナム戦争の泥沼に入っていた時期の作品。社会に大きな影響を与えた。
ところで、ホワイトハウスの中では時折こんなコンサートが行われているんだろうナ。一方、永田町の首相官邸では夜ごと・・・?
それにしても、スティービーが演奏するAlfie は圧巻。彼の吹くクロマチック・ハーモニカ(よく見ると鈴木楽器製だ)にはしびれる。
三菱重工が旅客機開発から事業撤退すると発表した。国産初のジェット旅客機として期待されていた「スペースジェット(SJ)」だ。
これまでにかけた開発費用は1兆円で、税金が500億円投入されているなどの報道がなされている。
カネのことはここでは置いておくとして、流れてくるニュースからはいかにも日本人らしい思考スタイルと意思決定が明らかすぎるほど見て取れる。
そもそもの発端は経済産業省の旗振り。そこが今から20年前に小型航空機の開発プロジェクトを起ち上げたことに端を発している。それを受けて三菱重工が子会社として三菱航空機を設立し、「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の名称で事業をスタートさせた。
戦後に日本で開発された旅客機はプロペラ機のYS11のみ。それも今から50年前に生産終了になっている。MRJ、今のSJへの期待は否が応でも高まるというものだろう。それがまず良くなかった。
日本人というのは、期待が高まり気分が高揚してくると判断があまくなる。太平洋戦争での悲惨な戦歴を振り返ればあきらかだ。これにさえ成功すれば・・・、という思いが強くなればなるほど、希望的観測だけがふくらみ、慎重な計画と合理的な判断ができなくなる傾向にある。
今回の撤退に至った要因を専門家らが指摘しているので、いくつか拾ってみたい。
日本は開発が途切れていたのだから、もっと小さい飛行機から試せば良かったのだが、航空会社の要望もあって、一足飛びに90席クラスの旅客機に挑戦した。
三菱重工というと、あの零戦を製造した企業というのがすぐ思い浮かぶ。社内なら尚更のことだろう。資源が限られた大戦中ですら自分たちはあのような優れた航空機を開発できた、という自負があった。その頃と今をつなぐ具体的なものはほとんどないにもかかわらず。「自分たちならできる(はず)」という無謀な自信の存在。
顧客(航空会社)の要望を優先させたというのも、いかにも日本企業らしい。それぞれの航空会社にあわせた外装のペインティングや機内設備のカスタマイズならともかく、製造機メーカーの基本戦略に関わることを目の前の客の声で決定する愚かさ。本当の意味での「顧客主義」とはそうした考えとは別ものだ。
当初、ボーイング社とコンサルタント契約した際に、同社737製のコックピットの使用を提案されたが三菱は断った。一緒に開発していれば、型式証明もうまくいっただろう。
型式証明取得を甘く見ていたからだろう。経験がないにもかかわらず、うまくやれると無根拠に考えていた。肝心の型式証明を出すかどうかは相手次第。つまり、アメリカさん次第なのである。その是非を言ってもしかたなく、とにかく相手の求める線で認めてもらうほかないのが現実だった。
そもそもエンジンはプラット&ホイットニー社製を採用しておきながら、コックピットはなぜ自社製にこだわったのか。
もう日本では国産のジェット旅客機は現れることはないのだろう(ホンダ・ジェットは日本産ではない)。 日本の各重工メーカーは、これからも米ボーイングと欧エアバスの下請け企業として機体の一部を生産し続けるだけだ。
15年かけて結局ギブアップした要因は、貧困なマネジメントにあると見ている。詳細はこれから専門家とジャーナリストがまとめてくれるだろう。
経団連が、その副会長の1人に63歳の女性を選定したとの報道を目にした。
誰を選ぼうが知ったことではないが、気になったのはそこに示されている理由だ。
経団連会長の十倉雅和という72歳のオジさん、日本を代表する化学会社の会長さんらしいが、選定の理由として語ったことには「野田氏が・・・の経験もあり、女性の感性に加えて豊富な経験を生かしてほしい」とか。
女性の感性? 今もそんなものがあるのなら、会長職のおじさんにはそれがどういったものか説明してほしい。また、女性の感性があるなら、当然男性の感性(つまり、あなたの「感性」だ)というのもあるのだろうけど、それはいったい何?
日本を代表するはずの経営トップが、女性だからどうのとか、感性がどうのとか。そんなことで大丈夫なのかネ。
映画「猫たちのアパートメント」(Cats' Apartment)は、ソウル市江東(カンドン)地区にある巨大なアパート群を舞台にした人と猫のものがたり。
低層住居のビルを高層ビルに建て替えるためだ。それまで建っていたアパートは5階建てか10階建て。それらの建物間のスペースもゆったりしていて、植栽や公園のスペースも多かった。だからおよそ250匹と推測される猫たちが、そこに暮らす人たちに面倒を見てもらながらゆったりと生きていた。
建物の取り壊しが決まり、徐々にだが人びとがこの地から去って行く。やがて住む人がいなくなり、もとからいた猫たちだけが取り残される。もちろん、そうした事情を猫たちは知る由もない。
このままだと野垂れ死にしかねない野良たちを死なせないために、団地に住む作家やイラストレーター、写真家などの5人の女性が立ち上がり、ニャンを移住させる活動を始めた。
相手は勝手気ままな猫。捕獲ひとつとってもなかなか思うようには行かない。時間がかかる、手間もかかる。でも彼女らは手を休めない。
賛同してくれる元住民らも多いが、地域猫についての考えはそれぞれ。これが絶対という解決策にいたらないままに動く彼女らにはストレスものしかかる。
いまではネズミを捕まえることを期待されているわけでなく、害虫退治を求められるわけでもない、実利的には役に立つことのない猫と人が、それでも一緒に生きていくためにはどうしたらいいのか。
登場人物の一人の女性は「猫はご近所さんだ」という。ほどよい距離で見守りたいと考えている。
途中、集まった猫ママ(この映画中で猫たちの面倒をみている女性)たちが、猫たちは(こうやって世話を焼いている)自分らをどうみているんだろうねえって話す場面がある。
そこにいた一人の女性が、「彼らにとっちゃ、私たちは体のいい缶切りみたいなもんよ」って言う。ハハハ、うまく的を付いている。
イスタンブールの街を舞台にしたネコ映画「猫が教えてくれたこと」を思い出した。
東京から南へ1800キロ。
プールサイドのデッキチェアで本を読んでいたら、休憩時間らしいホテルのスタッフがふたりやって来て何やら探しものをしている様子。
「このあたりに隠れミッキーがいるって言われて」と言うので、彼女らと一緒に探すことに。
ほどなく、それらしいのが見つかった。
関東周辺で3人組に店舗などが襲われる事件が続いている。
NHKのニュースでその事件が取り上げられていたが、防犯カメラに写った犯行現場の映像で、なぜか押し入った犯人らの顔に「ぼかし処理」が施されているのが気になった。
であれば、少しでも多くの人にその映像を見てもらい、犯人についての情報が警察に寄せられるようにすべきはず。その犯人らの映像を放送するときに、肝心の顔にわざわざ手を加えてボカすのはなぜ?
顔にボカシを入れる一般的な理由は2つ。ひとつは、人権やプライバシーに考慮して。ということは、今回の場合、容疑者たちのプライバシーにNHKが考慮したのか。
ふたつめは、肖像権侵害で訴えらえないように手を打って。相手が誰であれ、訴えられないようにするため最大限注意を払っておくというのがNHKの習性。
あるいは、さらに考えられる別の理由としては、写ってる犯人が自分たちだからというのもあるな。
とにかく、NHKの報道局の人は、こうした見せ方を誰もおかしいと思わないのか。とっても不思議だ。
ニュージーランドのアーダーン首相が辞任することを発表した。
彼女は昨日、「もはや私にはきちんとこなせるだけの力がない。満タンの状態で、かつ予期しない課題に備えて余力がある状態でない限り、国を率いる仕事はできないし、するべきでもない」と述べたという。外国のメディアでは「burn-out(燃え尽き)」という言葉が用いられている。
彼女はまだ42歳。2017年の総選挙で政権交代を実現し37歳で首相に就いた。首相として産休を取得したり、国連総会へ赤ちゃんを連れて出席するなどが話題になっていた。
一国の首相というトップの仕事は、超ハードなんだろう。そうかと思うと、日本にはこんなボケた老政治家がいまも重要なポジションに長々としがみついている。
麻生太郎という日本のフクソー理、自民党のフクソー裁が、地元である福岡県で行われた講演会で「少子化最大の要因は女性の晩婚化」と訴えた。自分の財布の中身など気にしたことがないボンボンが、無神経な浅慮の発言をまたしでかした。
それに対して各方面から異論や批判が噴出した。まあ、そりゃそうだろう。例えばネットの掲示板での「1番の理由は女性も馬車馬のように働かないとやっていけないからです。馬車馬のようにストレス社会で働き、家の事もし、子育てをするのは無理ゲーです」という女性からのブーイングはその一つで、当然である。
年齢の問題ではない。実際、たとえばスウェーデンやフランス、英国といった日本より出生率が高い国の女性の平均結婚年齢は日本より高いのだ。
このオッサンの頭は輻輳(フクソー)している。脳みその中身がこんがらがった、こうした手合いこそが、一刻も早く辞任してもらいたい。
ガキの頃からお坊ちゃん育ちで好き勝手言い放題。周りの大人がきちんと咎めたり、たしなめたりしないまま育てるとこうなる。
白杖を手にしたマージェリーという女性が登場するマスターカードのコマーシャル。彼女が自分の家を出て、周囲のいろんな人たちと挨拶をかわし、いつものお気に入りのカフェでラテを注文する。
広告会社のMacCannが制作したこのコマーシャルでは、視覚障がい者である彼女の世界をスポットライトを使って効果的に表現している。
彼女の財布に収められたTouch Cardと呼ばれるカードの脇には、小さな刻み目が付いている。四角い刻み目はクレジットカード、丸はデビットカード、三角はプリペイドカードだ。
ちょっとした工夫で、健常者の便益を何も損なうことなく視覚障がい者の手助けとなっている。いいね。
世の中の多くの企業、いやほとんどの企業がダイバーシティ(多様性)の大切さを語り、自分たちはそれを心がけていると声高に謳っているが実際は口先だけ。
そうした企業の経営者が思うところの薄っぺらなダイバーシティは、せいぜい会社の女性管理職比率を少しばかり上げることに終始している。経営者が真剣に考えていないから、消費者に何も響かない。
このコマーシャルは、ちょっとした工夫が大きな効果と共感を生むことを教えてくれる。必要なのはイマジネーションだ。
何たらPayといったアプリと違い、実際に手に触れることができるクレジットカードならでは。
ところで、CM中でマージェリーが訪ねたカフェはバニラ・ラテが4ドル50セント(約600円)する。日本でも物価上昇が叫ばれているが、米国に比べればいかにまだ安いか分かる。給料も安いが。
映画『ドリームホース』の舞台は、ウェールズの小さな村。昼間はスーパーのレジ係、夕方からはバーで働くかたわら、近くに住む両親の世話に追われている一人の主婦が主人公。連連と過ぎる日常にどこか鬱々とした気持ちをかき消せない日々を送っていた彼女が、たまたまバーで馬主の話を耳にし、村の連中を巻き込んで馬主組合を立ち上げて馬を育てることになる。
これ、作り物の話ではない。もとのドキュメンタリー映画があり、それをベースに本作がつくられた。お話は実話ということもあって、筋書きはシンプル。だけどシンプルだからこそ、多くの人たちの琴線に触れるものになっている。主人公の彼女(ジャン)は私であり、あなただからだ。
舞台になっているウェールズの風景が美しい。映画を観たあと、偶然、ウェールズに暮らす学生時代からの友人からメッセージが来た。
音楽好きな息子とSohoのレコードショップにいて、Japanese Ambientというコーナーを見つけたが何がいいのか分からないのでアドバイスしてくれという。
日本の環境音楽について僕にはすぐに返信できるような知識はない。彼らがいる店に在庫があるかどうかしらないが、とりあえず坂本龍一と武満徹はどうかと返信した。たまたまこのところ、仕事しながら彼らの音楽を聴いていたというだけの理由なのだけど。
映画『ドリームホース』では、むかし彼からもらったManic Street Preachers のCDに収められてた曲が劇中で使われていたこともあって、映画を観たよ、と伝えたら、今度よかったら厩舎に案内してやるよって返ってきた。いまもそのままその村に残っているらしい。元旦、暦が2023年に変わってまもなく、ニューヨークの友人Dからニューイヤーメールが届いた。そのなかで、彼がいま読んでいる本としてダンテの『神曲』をあげていた。神曲!
彼とは35年を超える付き合いだが、「最近、何か面白い本は読んだか。自分はダンテの『神曲』にはまっている(I’m doing a deep dive into Dante’s Divine Comedy)」というメールを受け取るとは思ってなかった。
僕は『神曲』は読んだことがないし、これまで読もうと思ったこともなかった。だが彼が、
It feels like I’m visiting another planet for the first time. This is something I never thought I’d be able to tackle but I’m having the best time with it.
と書いているのを読んで、ネット書店に注文した。別の惑星を初めて訪れているような読書体験ってすごいじゃないか。これは読んでみなければと思わせる。
日本語訳には、イタリア文学者の須賀敦子さんがその<地獄篇>を訳している版もあるのを知ったという理由もある。
今朝、宅配便が届き、箱を開けてみると、そこには『神曲<地獄篇>』とその翌日に注文した清水ミチコ『カニカマ人生論』が入っていた。
さてどっちから手に取ろうか。ダンテの神曲か、みっちゃんのカニカマか。
最近では音楽を配信サービスで聴くことが多くなったが、毎年正月の休みにはレコードを聴いて過ごすことにしている。
むかしは当たり前のことで何でもなかった、ターンテーブルを操作したり、レコードを裏返したりするのがなんとなく面倒で、普段はなかなかその気にならないからだ。
もう忘れていたようなLPを棚から取り出し、ターンテーブルに載せ、ライナーノーツに目を走らせる。ときどき意外な発見があり、得した気分になる。Bob Dylan's Greatest Hits を聴いていたとき、ジャケットに付録として挟まれていたミルトン・グレイザーが描くディランのイラストを発見した。イラスト面を内側に折りたたまれて収納されていたので、これまで気がつかなかった。
出てきたミルトン・グレーザーのイラストレーション |
ディランの初めてのベスト・アルバム。 グラミー賞(デザイン部門)を受賞したLPジャケット |
この手書きのスケッチがもとになって、上の4文字のタイポグラフィと文字組みがデザインされた。
毎年、元旦に経済団体のお偉いさんへの年頭インタビューが公開される。
今年のそれだが、 経団連会長の十倉というおっさんが「企業の研修や教育だけでなく、個々人に届くようなリスキリングのやり方も考える必要がある」と述べていた。
かつては、経団連の会長は何かと言えば「イノベーション」と威勢よく言っていたのがいささか様変わりしたものである。イノベーションからリスキリングへ、大言から足下への転換か。ただどちらにしても意味をちゃんと理解しているようには思えないけど。
大晦日に年越し蕎麦を食いながら読んだ(我ながら行儀がわるいね)2022年の最後の本が、矢崎泰久と和田誠の『夢の砦』だった。
稀代のジャーナリスト・編集者と天才イラストレーターが作った雑誌『話の特集』にまつわるさまざまな話や、そこに集った多彩な才能溢れる人たちを描いたゴキゲンな本だ。
『夢の砦』という同名の本に、小林信彦が(たしか)1980年代の初頭に書いたものがあって、こちらも雑誌の編集と制作をめぐる素敵な本だったけど、まったく別もの。
矢崎らのその本の最後に、矢崎が2019年に亡くなった和田への追悼文を書いている。もとは『ユリイカ』2020年1月号に掲載されたもので、雑誌を一緒に作ってきた同志である和田への愛情溢れる文章と語りにほろりとしたのだが、けさの新聞で矢崎が暮れに亡くなっていたことを知らされた。
本の著者紹介には「卒寿を目前にした現在も生涯現役のフリーランス・ジャーナリストを志して健筆をふるう」とあったのに、残念である。