崩れ、転がった巨石の上を裸足の子供たちが駆けまわっていた。蝉のけたたましさのなかに子供たちの軽やかな笑い声が流れ、つかの間気分が安らぐ。
2011年3月1日
アンコールトム
崩れ、転がった巨石の上を裸足の子供たちが駆けまわっていた。蝉のけたたましさのなかに子供たちの軽やかな笑い声が流れ、つかの間気分が安らぐ。
2011年2月28日
アンコールワットの遺跡
ホテルでしばらく休んだ後、アンコールワットの遺跡を巡る。11世紀の後半に築かれた石造建造物である。その規模と精緻な設計に驚愕する。
2011年2月27日
2011年2月26日
2011年2月23日
IMセミナーを開催
セミナーのあとは、同じ会場で懇親会。こちらの方も思った以上の方が参加され、多くの企業の方々から相談を受ける。個々の実例を聞くことは、僕の方でも勉強になる。
http://www.nikkei-r.co.jp/topics/news/2011/01/post-49.html
2011年2月21日
Version 2.368.....
そうした彼の"change"は、オバマ2.0と呼ばれてるらしい。ネットの進化を表現したウェブ2.0からの連想である。そうであれば、次の転換は「3.0」と呼ばれるようになるのか・・・。
だが大方の場合、ものごとの変化はそう単純ではない。言い換えれば、階段状にストンと一段上がったり下がったりするのではなく、無段階かつ連続的に変化しているのが実状だ。クルマのギアを1速から2速、3速とシフトチェンジして行くのとは違う。
マーケティング3.0というのもある。無段階で連続的な現実をよく知らないまま、第三者的な単眼の観察から後付け的に考えられたコンセプトの一つ。「売る」ための表現上のものなのだろうが、ものごとをあまり単純化し過ぎるとその本質を見失うのはどの世界でも同じだ。
マーケティングの進化の仕方は、突然の大変革(revolution)によるものではない。それは漸進的変化(evolution)である。
2011年2月4日
お札の山
2011年2月3日
2011年2月1日
ウズベキスタン
この国は1991年までソビエト連邦の一部だった。そのため、建物など旧ソ連時代を感じさせるものが多く残っている。片道3車線という広い道路も当時の名残だろう。
街全体の印象は、途上国とは思えないほどきれいに整っている感じ。裏を返せば、政府によるさまざまな統制が強くきいているといことだろう。
下の写真はウズベキスタン料理の一つ。名前は忘れた。
2011年1月31日
投資外国人
出国審査窓口に、外交官、クルーなどと並んで投資外国人の表示がある。英語表記は、まさにInvestorsである。いくら投資すれば、一般人とは別ゲートですんなり出国審査が受けられるのだろう。
2011年1月30日
宝塚歌劇観劇
芝居も衣装も何もかも、すべてが過剰。でもそれこそが、タカラヅカなのであろう。僕には(当たり前だが)まったくの別世界。ここまで徹底してやられると文句も出ない。
宝塚には花組や月組、雪組と行った6つのグループがあり、それぞれが全く異なったユニットとして活動している。AKB48の原型の一つはここだ。
2011年1月27日
人生万歳!
僕の記憶では、アメリカ映画の佳作を中心に、全体的に上品かつ上質な映画を選んで上映していた印象がある。思い返せば、ウディ・アレンの作品が多かったような。だからか、最後の上映作品もウディ・アレンが監督した「人生万歳!」だった。
劇場が一つ閉まるからといって、映画が観られなくなるわけではない。映画を上映する数多くのコンプレックスもできているし、自宅ではオンデマンドやレンタルなどで、ほとんどあらゆるタイトルを観ることができる。だが、なんというのか、ノスタルジーなんだろうなあ。自分が身を沈めて映画に触れた劇場の空間がなくなるというのは、ちょっと寂しい感じだ。
2011年1月19日
『小さなチーム、大きな仕事』
2011年1月12日
学生からの間違いメール
僕のと似たメールアドレスを持つ早稲田大学の先生にあてたものと思われる間違いメールが来た。送信元は、ある大学の4年生。早稲田のその先生が非常勤で教えに行っているところの学生だろう。
そこには、自分は4年生で卒業を控えていること、その先生の授業の単位が心配なこと、そしてそのため授業を何回欠席しているか回数を連絡してほしいと書いてあった。
教員は学生たちに講義の中で、欠席がある回数以上だと単位を認めないと話したのかもしれない。今回の学生はそれを心配して自分の欠席回数を知りたいのだろうが、大学4年生にもなって飽きれた物言いである。
これまでの欠席の回数を講義担当の教員に教えろということは、あと何回なら欠席しても平気か知らせろと言っているようにも聞こえる。自分のことがモニターできていない、すぐに人に依存する典型的な今時の大学生の体質がよく出ている。
こうした場合、僕だったら「君はもう既にアウトだ」とまずは返答してやるのだが。
2011年1月3日
路上の鴉
見下ろすかたちで、一匹のカラスが電線の上からずっと泣き続けている。その泣き方は、仲間の死を悼んで泣き続けているようにしか思えない。カラスにはそうした感情があるのだろうか。
2011年1月2日
全国大学ラグビー選手権
今日は国立競技場で全国大学ラグビー選手権の準決勝があった。
1時半に信濃町の絵画館前で友人たちと待ち合わせ。駅伝の往路の行方が少し気になる。帝京対東海の第一試合に続き、早稲田対明治の第二試合は予定の2時を少し過ぎてキックオフ。
今年の早稲田は強い。ディフェンスがいい。素早く、思い切りの良いタックルが次々繰り出される。体重差で劣る早稲田が明治チームを封じるには、ボールを持った相手選手を早く倒すこと。そして、縦横なパス回しで展開し、機を見て縦に突っ込む。非常に戦略が明快。
しかも早稲田の選手たちは、バックスだけでなく誰もが走れる。それを徹底して前後半の80分続けられたのは、練習の積み重ねだろう。結果は、74対10で圧勝だった。
競技場を後にし、駅に向かう途中、絵画館の前に差し掛かった時にだれかが「絵画館って、中に入ったことある?」。誰も中に入ったことがない。建物は重厚で立派。都心の一等地に建つ。だが、なかにどのような展示物があるのか、僕たちは誰も知らなかった。
2010年12月23日
トップと社員の距離
整理の基本は処分。もう読むことはないだろう本はどんどん捨てようと思うが、判別が難しい。迷わず捨てるに限るのは分かっているが。
奥から出てきた本の一冊に、元ソニー社長出井さんの「ONとOFF」(新潮社)があった。まったくページを開いてなかったので、なかをめくる・・・。
出井さんは忙しい。ソニーの社長業以外にGMの取締役などを務め、世界中を飛び回っている。時間がない時は、社用機のファルコンが活躍する。日本での週末は軽井沢で過ごす。昼間はゴルフ、夜はワインを楽しむ。時間があれば、ポルシェなど趣味の車を乗り回す。
そうした話が縷々綴られている。一般的な日本人経営者離れした、いかにも世界企業ソニーの社長らしいオフのスタイルが伺えて面白かった。日本企業の経営者でこれほどのハイセンスを身につけた国際的経営者が他にいるだろうか。
一番驚いたのは、本の巻末を読んでこれらの文章がソニー社内のホームページに掲載したものを書籍として再編集したものだということ。社員たちは、職場のパソコンの画面でこうした文章を読んでいたのかと思うと、彼らが何を思いながら出井さんの書いたものを読んでいたのか気になった。
僕が尊敬する経営者の一人に、元伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎さんがいる。今年6月からは中華人民共和国の日本政府特命全権大使を務めている。彼は伊藤忠時代、一時間あまりかけ電車通勤していたことで有名だ。昼食は一般社員と同じ社員食堂でとったり、関連会社のファミリーマートや吉野家の牛丼を食べることもよくあったという。
どちらがどうというのではない。置かれた立場も異なるし、また人それぞれの価値観であるが、部屋の片付けをしながら、ある面で対照的な二人の経営者のスタイルについて考えさせられた。
2010年12月21日
見たいように、人は見る
だが、ちょっと待てよ。この作者はひょっとしたらいイタズラ心を発揮して、本当は「焼肉定食」としたためたのかもしれない。あるいは、そこまで逸脱しなくても「箱根駅弁」と書いていて、一人ほくそ笑んでいるかもしれない。そうだったら愉快だ。
2010年12月11日
見てるようで、見ていない
調査する回線工事会社が建物を特定するために、住んでいる建物の外壁の色を教えてくれという。はたと考え込んだ。何色だったか・・・。もう10年近く住んでいる建物だ。自分で「知らないはずはない」との思いが脳裏を走る一方で、思い出せない。風景を思い起こそうとするが、建物の色が浮かばない。
なんだかばつが悪くて「分からない」と言いそびれ、つい勝手な想像でグレーと答えた。帰宅した際に見たのは茶色の建物だった。毎日見ているはずなのに、見ていなかった。
人は見たいもの、自分が興味があるものしか見ていない。テレビの広告はまさにそうだ。また、店頭に並ぶ数々の商品もまったく同様。企業は、自社の流す広告は自分たちのターゲットが見てくれているものと思ってしまうところから、計画が単なる思惑に終わってしまうことになる。
2010年12月10日
頭打ち
文科省によると「遺伝や骨格から考えると、日本人の身長は頭打ちになった」らしいが、遺伝的に身長が規定されているのだろうか。骨格の変化もないということか。だが待てよ、遺伝が決定要因だとしたら、今後混血の日本人が増えるようになれば状況は変わるかもしれない。「日本人」とは国籍のことである。
それにしても、純血で勝負するのはやはりもう限界なのだと、あらぬ連想をしてしまう。日本企業も日本人にこだわらぬ経営が喫緊の課題になっている。