2018年3月28日

警鐘を僕たちはどう聞いてきたか

書棚を整理していて、1997年に発行された『2020年からの警鐘』という本を見つけた。本が出版されたのは20年以上前である。もとは、当時の新聞に掲載された特集記事を再編集したものだ。

何気なく手に取り、主な目次に目を通しざっと全体を眺めたが、そこに書かれている「このままだと、2020年にはこうなってしまうぞ」という警鐘の数々は、ほとんどそのまま20年後の我々が暮らす現在につながっている。

インターネットを誰でもが使えるようになり、AIが急速に進化して人の仕事を奪うのではないかとの危機感が生まれ、車の自動運転の現実化が増してきた日本の現在だけど、どれもこれも海外から押し寄せてきた潮流になんとか遅ればせながら「対応」しているだけで、日本から生まれ、世界を変えようとしているものはほとんど思いつかない。

今の日本の状況は、19世紀の終わり、ビクトリア朝時代の英国を連想させる。産業革命を世界で初めて成し遂げ、世界の工場として他国に比して豊かさを手に入れたが、その「成功体験」から構造転換に鈍感になり、やがては製造業は米国やドイツに追いつかれ抜かれた。

しかし長らく「英国病」と呼ばれる低迷期を経験したその国も、その姿を変えてまた世界の表舞台でそれなりの存在感を示すようになった。そのためには衰退から100年後、サッチャー首相のイニシアティブによる多くの痛みの伴う国を挙げての改革を待たねばならなかった。

鉄板のような官製規制、少子高齢社会に向けての漠然とした人々の不安感、変わらない学校教育、「日本はこれまでもなんとかなってきた」という日本人的盲信・・・。正直言うとどうしようもない面が多いけど、社会が変わらないなら個人だけでも変わらなければとつくづく思う。