鈴木さんは、市長の仕事は「人気のない仕事を繰り返すこと」だと言う。
逼迫した財政のものとでサービスの縮小を進めることのなんと難しいことか。過疎が進む町を効率的に運営するために考案したコンパクトシティの実現のためには、市街地周辺の方には引っ越ししてもらわなければならない。
結果、多くの市民が反発し、不満を抱くことになる。 それを解決するためには、問題を他人ごとではなく、自分ごと化する必要がある。置かれている状況を、全体的に捉えてもらうことしか納得してもらえる筋道はないのである。これは、実際は実に骨が折れる。
鈴木さんは、理想とする政治家像とは、自分の話で市民が「(ある施策が)自分や家族にとっては不利益なことで困る、でもそれは町にとってはプラスになること」と考えてくれるようになることだという。
そうした多少なりとも成熟した民意が育たないところでは、先日も例があったが、無料で提供されている高齢者へのバスサービスが今後は有料になるからといった理由から本来なすべき大きな改革が否定されてしまうことになる。
彼は市長として、5人以上申込があれば、どこにでも出かけて話し合いの場を持つことを約束している。たいていの場合は、吊し上げに会う。だが、彼はそうした場での緊張感を貴重なものと理解している。「政治は恐怖が付きまとう」と。市長のひとつの決断によって、多くの人が傷つく可能性がある。だから、4時間もの集会にも吊し上げられるだろうことを納得で出かける。
まずは相手の話を1時間でも2時間でも聞く(これだけでも大変だ)。そうすれば、何が相手の関心の中心なのかが分かるから。やがて、相手は話し疲れる。そうした時間をかけた話し合いの中で、相手もこちらの考えや想いを理解していってくれるというのが、鈴木さんがこれまでの住民とのやり取りの中で身をもって獲得したこと。
行政のトップとして、彼は「自治体の運営は、経営」という明解な考えを持っている。だからこそ、リスクに備えることと目標としての希望を市民に掲げることを大切している。だが、自治体運営が経営であるという当たり前ことすら分かっていない首長が日本にはいかに多いか。
日本全国、これから人口が減少するのは明白な事実であるにもかかわらず、首長が人口減少社会の中での持続可能性などを話すとたちまち次の選挙で落ちる。縮小均衡といった考えをまだ有権者は受け入れられないのかもしれない。そうしてみると、日本人もデフォルトの可能性を抱えたギリシャ国民と変わりはない。
彼が番組の最後で語った「(そうした状況へ)住民が関心を持つかどうかは勝手だが、無関係ではいられない」という言葉が重くのしかかってくる感じがした。
今朝の番組の一曲は、テイラー・スウィフトの Shake It Off をお送りしました。