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2019年2月9日

リスボンからポルトへ

ポルトガル鉄道でリスボン駅からポルトへと。ジウジアーロがデザインした急行列車で、時間はおよそ3時間弱。快適である。



2019年2月8日

ヨーロッパの西の果て

ヨーロッパ大陸の最西端、ポルトガルのロカ岬までやって来た。



ここからは目前には大海が広がっているだけ。15世紀から16世紀、ヴァスコ・ダ・ガマをはじめとするポルトガルの航海士たちが世界の海に出かけていったのは、この海の向こうに何があるのか知りたかったから。

レガレイラ宮殿の井戸

リスボンから車で西へ45分ほど。シントラという街にあるレガレイラ宮殿の起伏に富んだ敷地の中に、Initiation well と呼ばれる井戸がある。実際は水をためるための井戸ではなく、らせん状に人が上り下りすることができる縦穴である。

人は神に近づこうと高みを目指して塔を築いてきたが、この井戸は「逆さの塔(inverted tower)」と呼ばれている。人間の何か奥深くを探るために地中深く掘り続けられたものかもしれない。

底まで降りていくと、今度は横に何本か横穴が延びていて、泉に突き当たる。






2019年2月6日

鮨が握れば、どこでも生きていける

鮨はインターナショナルな食べ物である。世界中で愛され、食されている。だけど、本物の鮨を提供できているところは、本当に限られている。それは、本物の職人(Sushi chef)がいないから。

写真はミュンヘン空港で見かけたレストランの鮨である。マグロとえび、サーモンが2貫ずつ、あと巻物が2種類だけ。


これが24.5ユーロである。日本円にして3000円以上する。マグロもサーモンもエビも干からびている。

日本人で英語が多少できて鮨が握ることができれば、少なくとも都市ならば世界中どこででも仕事にありつける。日本にいて、これからの社会でAI(人工知能)と競争しながら職を得るより、若者にとってはよっぽど可能性のある生き方だと思うけど、どうだろう。

2019年1月2日

今年の年始は奈良で

年の暮れに思い立ったように新幹線に乗り込み西へ。京都で近鉄京都線に乗り換え、近鉄奈良駅まで。

近くのホテルで一泊し、元旦は初詣に桜井市にある三輪明神 大神神社(おおみわじんじゃ)へ参った。この神社は本殿がなく、うしろの三輪山そのものをご神体にいただく原初の神祀りの様を今に伝える、日本最古の神社といわれている。

真ん中に見えるのが大鳥居

派手さのない神社なので静かにお参りができるだろうと勝手に想像していたのだが、由緒ある神社だけあってなかなかの人出で賑わっていた。

お参りの後は、地元名物の三輪そうめんを昼食にいただいて帰ってきた。

2018年12月31日

落成した興福寺中金堂

昨年10月に300年ぶりに再建された興福寺中金堂。どんなものかと大晦日に訪ねてみたのだが、これがなんというか、朱塗りの鮮やかな建物は写真の通り立派なのだけど、内部は安っぽいとしか言いようがなかった。


中央の釈迦如来像は別として、コンクリートの台の上に無造作(にしか見えない)に配置された何体かの菩薩像。展示の仕方とライティングのお粗末さが相まって、キッチュな感じしかしなかったのが残念。取り合えず落成しました、といったところか。


一方、その後で訪ねた新薬師寺はさすが。小さな寺ではあるが、本堂内部の雰囲気といい、ぐるりと輪を描いて配置された十二神将といい、見事だった。

2018年12月9日

嵯峨野の紅葉

京都にはまだ紅葉が残っていると聞いて、週末の嵯峨野へ。嵐山駅から北へ散策し祇王寺を訪れた。



2018年9月13日

犬と旅する人たち

外国を旅していると犬連れの旅人たちをよく見る。ベネチアでも普通に犬を連れて街を歩いている人たちとたくさんすれ違った。

地元の人たちが散歩に連れて歩いていることもあれば、旅行者が犬を連れていることもある。ベネチアの街を行き来するヴァポレットという船にも犬が一緒に乗船している。

おおむねどの犬も旅慣れた様子というか、人混みにもまれてても飼い主の足下で静かにしているのには感心させられる。

写真は、運河(Canal Grande)の船着き場で一休みしていたカップルとワンコ。


下はトレ・アルキ橋近くの民家が建ち並ぶエリア。夕刻、犬を連れたおじさんがのんびり散歩していた。2階の窓辺から猫が3匹夕陽にあたりながらそれを見下ろしていて、実にゆったりとした時間が流れていた。



2018年9月7日

イタリアの学会終了

今回学会が行われたヴェネツィア大学からヴェネツィア一の観光地、サン・マルコ広場までは運河を渡る船(ヴァポレット)で10分ほど。


広場に面したカフェ・フローリアンは1720年創業という歴史を感じさせる構えの店。しかし、夕方の乾いた空気のなかでは店内よりやっぱりテラス席が気持ちいい。

学会で一緒だったカセサート大学(タイ)の研究者とサン・マルコ広場で

2018年9月5日

ヴェネツィアでの学会

大学が夏休みの期間を使ってイタリアのヴェネツィアで開催されている学会にやってきた。

会場はヴェネツィアを東西に2分するCanal Grandeと呼ばれる運河沿いにあるヴェネツィア大学。1400年代に建てられたゴシック建築の建物である。

今回は、現在Emotion Tech社(早大初のベンチャー企業)と一緒に開発を進めている顧客ロイヤルティと企業の成長力を測定するNPS(Net Promoter Score)の日本版(NPS-J)の日本市場適応性に関して発表した。

日本人消費者の特性をベースにした改良モデルの話だけにどれだけ理解してもらえるか心配したが、聞き手がマーケティングの専門家だけにあまり基礎的な質問が出なくて良かった。

ここでの日中の気温は25度から30度くらいだろうか。ただ、日本のように湿度が高くないので爽やかだ。ランチは大学の中庭でいただくのだが、あとは建物のなか。

晴れた空と滔々と流れる運河。こうした天気のなか教室で時間を過ごすのが馬鹿らしくなってくる。

学会の会場になった大学の教室から臨むベネチアの運河

2018年7月16日

京都で茹で上がる

週末を使い、祇園祭で沸く京都へ行ってきた。宵々々山と宵々山である。


 
巡行を待つ鉾や山をひと通り見て回ったが、宵々々山の日、気温が観測史上最高の38.5度を記録した。まさにうだるような京の夏である。


四条通りを中心にどの通りも人がいっぱいで、行く手を阻まれる。中央にロープを張り、通行方向をひとつにすることで混雑を緩和しようとしてるが、それでもなかなか前に進めない。

次の日は、龍谷ミュージアムを訪ねるために地下鉄で隣の五条駅へ。するとどうだ、まるでガラガラである。東本願寺と西本願寺のあたりもひっそりとしている。ミュージアムも人が少なくゆっくりと観覧ができたのはよかった。




京都の知り合いが言っていたが、京都のまちなかには最近では観光客を相手にしたカプセルホテルや民泊的な簡易ホテルが多数できているとか。安く旅することが一概に悪いわけではないが、そうした安宿に泊まる客は、24時間営業のスーパーで弁当を買ってきて食事を済ませ、土産物はドラッグストアや100均で購入すると半ば嘆いていた。



今年の山鉾巡行の2番目は(一番目は長刀鉾に決まっている)蟷螂山だ。山車の下では「かまきりおみくじ」を引く人たちの長い列が。僕も並んでみた。素朴なカラクリが楽しい。






2018年7月14日

デザインが懐かしい

阪急京都線・河原町駅のホームで見かけたレトロな水飲み場。一緒にいた京都在住の友人は、「水を飲んでる人なんか見たことない」らしいが。


2018年3月1日

ビールはサラダだ

カナダ・バンクーバーのダウンタウンの南部、グランビル橋の下、フォールスクリークに突き出た小さな島のような半島が、グランビル・アイランドだ。

ここにあるパブリック・マーケットは、鮮魚、青果、精肉、各種デリやケーキ、チョコレートなどたくさんの食料品の店がひしめく屋内マーケットである。観光客はもちろん、新鮮な食材が手に入るだけに地元の人たちで賑わっていた。

そのすぐ近くにある地ビールの店、Granville Island Brewingでは工場できたてのビールを飲むことができる。店頭にはビール・サイエンスと称して「BEER IS SALAD!!」という妙な理屈の看板があった。


できたてのビール片手に「これはサラダか?」と意見を戦わすのも一興である。

2018年2月25日

ドキドキを売ろう

バンクーバーの市街地は思っていたより小さなエリアだ。徒歩でだいたい回れる規模だと言っていい。

その市街地から車で北に一時間ほど走るだけで、森林リゾート的な場所を訪ねることができる。観光地して有名なのが、Capilano Suspension Bridge Parkである。見どころはその名の通りの吊り橋とCliff Walkと名づけられた展望コース。

この公園への入場料は、42.95カナダドル。3600円ほど。安くない。


ただ歩くだけなら30秒もあれば渡りきるほどの「ちょっとした」施設だ。目を見張るほどの高さでもないし、そこを歩かなければ見ることができないといった景観もない。だが渓谷の山側の岩肌から飛び出した造作物の美しさゆえか、人気がある。


観光用の目的での同様の設置場所なら、日本でもたくさん考えられるはず。少し工夫するだけでもっと魅力的なクリフウォーク(絶壁渡り)ができる。地方の売り物になること間違いない。

問題は作れるかどうか。技術的な問題ではない、意思決定的な問題として、日本で役人がそれを決められるかどうかである。

このクリフ・ウォークを真似てでも、他より早くこうした施設をつくりPRしたところが勝ちだ。

2017年12月10日

鬼ヶ島とも呼ばれる青ヶ島

週末を使って青ヶ島(東京都青ヶ島村)へ行ってきた。

直通の交通手段はなく、八丈島まで全日空機で飛び、そこから東方航空のヘリコプターでわたる。なかなか人気のルート(島)らしく、ヘリの予約は取りづらい。

何年か前、取材で世話になった若者が青ヶ島小学校で先生をしていると聞き、訪ねようとしたことがあった。その時は天候のため八丈島で足止めをくらい、2日待って結局青ヶ島へは渡れず、八丈島の見学だけして本土へ帰ってきたことがあった。

雨や風はたいていのことでは平気らしいが、ヘリは有視界飛行なので霧のために視界がない日は飛行できないし。フェリーは海がしけると出港できない。

有人島としては伊豆諸島の最南端に位置し、東京都心からは360キロほどの距離。小笠原諸島などに比べればそれほどの距離ではないのだけど、アクセスがよくないために、離島中の離島といった印象がある。

島の周囲に浜辺はなく、ほとんどが垂直に近く切り立った崖で囲まれていて、近づき難いことから鬼が島とも呼ばれていたとか。


上の動画は大凸部と呼ばれる島の最高地点の展望台からの360度。ここから島最大の特徴である二重カルデラの地形がよく観察できる。北には八丈島が望める。

民宿で夕食を済ませた後、尾山展望公園に星空を眺めに出かけた。月の出が午後10時半過ぎの予定なのでそれまでは漆黒の空に星が観察できるはずだったのだが、そらの四分の一位を雲が覆っていたので、見上げる空中に満天の星とはいかなかった。

それでも冬の大三角形(おおいぬ座のシリウス、オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン)がきれいに見え、流れ星をいくつも観ることができた。

2017年8月30日

越えられる人間の知性、越えられない子ガメの野性

鹿児島県・屋久島の北東部にある永田集落のいなか浜は、北半球最大のアオウミガメの産卵地として知られている。今日の昼間、まぶしい日射しのなか訪ねてみた。


アカウミガメの産卵の時期のピークは、5月から7月。だから、僕が行ったこの時期はもう産卵が終わり、浜の陸地に近いあたりには砂浜に細い棒が何本も立てられていた。

ここにウミガメの卵が埋まっているから立ち寄らないでね、という意味で地元の人たちが立てた印である。

60日ほどで孵化するので、ちょうど砂の下で卵は孵化している最中のはず。一匹のアカウミガメから一度に生み付けられる卵の数は100から140個。殻を破って出てくるのは夜中だけ。外敵から身を守るためだろう。砂の表面の温度の変化から時間帯を知って、這い出てくるのだという。

3日から7日間かけて地表に出てきた子ガメたちは、夜を待って巣穴から一斉に這い出し一目散に海に向かう。その後は広い太平洋で回遊生活を送り、若い頃は海を渡った北米大陸の沿岸で過ごしているという。

30年ほどで成人ガメになり、また屋久島の浜に産卵のため戻って来るのである。いつもは海中で暮らしているので、浜に上がってくるのは産卵の時だけだ。

それにしても、彼らが生まれながらに備えているコンパスというかGPS機能はすばらしい。子ガメは海を見たことがないのに、どうやって砂から這い出した後、海の方向が分かるのか。そして30年も経ってどうやって自分が生まれた屋久島の場所を知ることができるのか、本当に不思議だ。

2045年にはAI(人工知能)が人間の知性を越えるシンギュラリティ(技術的特異点)がやって来るとか聞かされると、僕はちっぽけな子ガメの姿を思い浮かべ、ケッと思う。

2017年8月26日

鹿児島桜島

ゼミ合宿で初めて訪れた鹿児島。その中心にある桜島の姿。



2017年4月3日

Up, Up and Away(カッパドキア熱気球)

岩肌を掘って作られた洞窟ホテル(Cave Land Hotel)を朝4時に出かける。カッパドキアは、まだ暗闇のなか。熱気球にガスバーナーの炎が吹き込まれると、気球はその機体をゆっくりとむくむくともたげてくる。準備ができたあと、ゴンドラに乗り込み上空へ。

熱気球のゴンドラから、手持ちのソニーCyber-shotで撮影した。よく聞くと、同乗したいろんな国の人がそれぞれの言葉で話しているのが分かる。

2017年4月2日

カッパドキアのきのこの山

トルコまで来て、カッパドキアの奇岩を見て日本のチョコレート菓子を思い起こすのはどうしたものだろう。



青空と奇岩を背景に、堂々とした野良猫が横たわっていた。


前足、ふんばってます

2017年3月31日

ボスポラス海峡を渡る

国際学会出席のため、先日からイスタンブールに来ている。午後、無事発表を終えたあと、街に少し出てみた。

写真は、ボスポラス大橋から見下ろしたボスポラス海峡。この海峡でアジア大陸とヨーロッパ大陸が分かたれている。右側の土地がヨーロッパ、左側がアジア。多摩川を渡って、東京都から神奈川県へ移動するのと何ら変わりない。