主人公の一人セルジオは、ロシアの大学院でマルクス主義哲学を専攻して学位を得て、いまは母国の大学で教鞭を執っているエリート共産主義者。だが時は1991年。ベルリンの壁が崩れ、社会主義陣営の崩壊の波の中で深刻な経済危機に見舞われているキューバでの暮らしは困難を極めている。
そんな彼の趣味はアマチュア無線である。ニューヨークに住む無線仲間から、本国では報道されない政府にとっての不都合な情報を得ては、将来の行く末を案じている。番組冒頭では、モールス信号で通信をしていた! その後、NYの無線仲間から機器をプレゼントしてもらって、やっと声で通信ができるようになった。
もう一人の主人公であるセルゲイは、母国の宇宙ステーションに滞在中にソ連が崩壊したため、帰還が無期限で延長されてしまったソ連の宇宙飛行士。地球から何百キロと離れた宇宙でひとり、どうしようもなく日々の決まり切った活動を続ける彼は、ある種腹立ち紛れに無線で地球に語りかける。
そこでこのふたりが電波の上で出会って、交信をするというわけだ。その後、このふたりがそれぞれ置かれた悲惨な状況をどう生き抜いているかは映画を観てのことだが、どんな時も投げやりにならず、ユーモアを忘れない考え方はすてきだ。
かつてロシアに留学し、マルクス主義哲学で学位を取ったエリート大学教授が、社会主義の崩壊の波のなかで一気に傍流に押し流されていく様子。宇宙にいる間に母国のソ連が崩壊し、帰るに帰れなくなった宇宙飛行士。そのふたりが、実にローテクなアマチュア無線でつながるというアイデア。皮肉と諧謔が込められていて、どれも気に入った。
セルゲイにはモデルがいる。実際に帰還無期限延長を命じられたのロシアの宇宙飛行士である。ただ名前はセルゲイではない。映画では、典型的なソ連人(ロシア人)の名前としてセルゲイと呼ばれ、同様にセルジオは典型的なキューバ人の名前だ。
スピルバーグが監督し、トム・ハンクスが主演した「ターミナル」という映画があった。確かクラコウジアという架空の国だが、その国からアメリカにやって来た男の物語だった。故国が突然政変で消滅し、パスポートが無効になったために到着した空港(ニューヨークのJ・F・ケネディ空港)から外へ出られなくなった彼とそのターミナル内で働く従業員たちの交流を描いていた。
こちらも自分の意思に関係なく、政治の大きな流れの中で翻弄される個人の不幸と悲哀テーマにしながら、それでも国籍や民族にとらわれず個人と個人が意思を通じさせることで生まれる交流を温かく描いていた。
モチーフは似ているが、どちらもその目の付け所がいい。