共同通信が、3月3日から5月3日(憲法記念日)までの2ヵ月間のXへの書き込みで「憲法」と「9条」の双方の言葉が含まれるものを集計した。
その数は約230万で、昨年同時期に比べ21倍だったと報じた。共同通信はそのことで「9条」への国民の関心が高まっている、と論評している。
21倍という数字をもっとも重要なファインディングとしているようだが、そもそもXへの書き込み全体が同時期にどのくらい増えたのかを考慮しなければ適切な推量はできない。
なのだが、ここで言いたいのはそうしたことではなく、彼らが使っている「投稿」という言葉の是非だ。
投稿とは辞書によれば「新聞・雑誌などに掲載してもらう目的で自分の原稿を送ること。また、その原稿」とある。なるほど、その通りだろう。
ではXへの書き込みは投稿か・・・? その多くは署名すらない。まともな新聞や雑誌が、書き手の名前も住所もなんにも分からない文章を果たして投稿として扱うだろうか。
変名する前のXはTwitter、それは小鳥のさえずりのこと。そうした勝手なつぶやきは、投稿とは別のもの。誰が言ったかすら分からないようなものは公衆便所の落書きと同列だ。
そんなものをメディアが「投稿」などと称して、さらにはご苦労なことに集計結果など発表するからややこしくなる。本来は、ただ無視していればいいだけ。
