2026-05-17

S・キングの短編を映画化した『サンキュー、チャック』が描くのは、天上天下唯我独尊である

映画『サンキュー・チャック』は3章(3部)仕立てで(それは見終わらないと分からない)、まず第3章から物語は始まる。

世界が、この場合、比喩ではなく文字通りの世界が、すなわち宇宙そのものが消滅して終わりに向かう。これが映画で描かれたこの物語の結末だ。

なんとも厭世的などというレベルを越え、完全にぶっ飛ばしている。途中でテレビに、かつてのカール・せーガンがホストをしていた番組が流れ、そこで彼が宇宙カレンダーについて語るのはご愛敬か。

物語はその第3章の終わりで終末の現れを示した後、第2章、第1章へと謎解きのように話が展開する。これ、映画上の演出かと思ったのだが、スティーブン・キングの原作小説がそうした構成になっている。

主人公のチャックは平凡な会計士。有名人でも何でもない。そもそも米国では、「会計士」とは真面目で面白みのない平凡な勤め人の典型というか、象徴として描かれる。日本では役場勤めの公務員といったイメージだ。

そのチャックが病気で39歳で亡くなる。キングは、その死を宇宙、つまりこの世界全体の消滅と同列に扱い、描いている。彼は、ことし79歳。自分が考える「人生とは」をその作品のなかにいっそう滲ませている感じがする。 

監督のマイク・フラナガンは、原作となった短編をベースにしながら、そのあたりを丁寧に丁寧に伏線を重ねながら一本の映画にした。

第2章、ブリーフを下げて街中を歩くダーク・スーツ姿のチャック。誰も目を留めることのない平凡なビジネスマンが、たまたま出くわしたストリート・ミュージシャンが叩くドラムスの音に何かを感じて(それが何だったかは続く第1章で示される)、その場にたまたま居合わせた、ちょっと訳ありのダンス好きの女性とペアでダンスを始める。

その軽快なダンス(とドラムス)がすばらしい。この映画の白眉のひとつ。

 
一編の短編を原作に、その物語を丁寧になぞりながらも、映画ならではの見せ場を考えて組み立てられた構成力はなかなかだと思う。

ところで第1章で、幼い頃に交通事故で両親をなくしたチャックを親代わりとして育てた祖父母の祖父役を演じたのが、あのマーク・ハミルだったというのは、エンドロールを見るまで気付かなかった。このキャスティングも悪くない。