ふた月ほど前のある日、近くでノラの猫と、のちにその飼い主になる若い女性と知り合った。
鶴見川水系の一つである鳥山川沿いの道を自転車で走っていたとき、橋のたもとで女性がしゃがみ込んで猫を撫でているのが目に入った。
この近くにはノラたちが何匹かいて、地域の猫好きの人たちによって世話をしてもらっているので猫たちもそれなりに人に慣れているのだ。
きょうも通りすがりの猫好きの人がそうした猫の一匹を愛でてやっているのだろうと思って通り過ぎたが、なぜか気になって自転車を止め、通り過ぎた場所へ戻った。
彼女にどうかしたのか訊ねると、猫が怪我をしているという。見てみると、鼻の先がない。鼻がぽっくりとえぐれているのである。しかも、からだ全体はガリガリで極度に衰弱し、ほとんど動かない。これはただ事じゃない。
彼女は、前日もこのニャンと同じ場所で会っていて、その時から具合が悪そうだったのが気になってこの日も様子を見に来たのだという。
ノラ猫をどう面倒みるかは難しい。行動を起こせばその結果があり、相手が生き物だけに行動には責任がともなう。
ちょっとした逡巡はあったが、その場に放置すれば翌日にはこの猫はおそらく死んでいるだろうと思ったので、動物病院にそのOさんとで連れて行くことにした。歩いて10分ほどのところに、新しく開業した動物病院があることを思い出したから。
プール帰りの僕のリュックにはバスタオルが入っていたので、ニャンをそれで包んで病院に持ち込む。まったくの初診、しかも持ち込んだのがノラなので受付の女性から訝られるが、そこは押し切る。
そうして獣医に観てもらったが、怪我の具合と全身の衰弱がひどすぎるのでその病院では対応しきれないと言われ、妙蓮寺駅にある治療体制の整った大型の動物病院の名を紹介される。
突然ノラを持ち込んでもまたそこでも受付で時間を取られると思ったので、その場でその動物病院に電話をかけ、途中で目の前にいる獣医師にスマホを渡して獣医師間で状況をできる限り詳しく伝えてもらった。
タクシーをつかまえ、妙蓮寺駅近くのF動物病院へ向かった。そこで数時間かけ念入りに検査をしてもらう。免疫異常、胆嚢種、リンパ種、腎臓肥大、肝臓異常、その他覚え切れないほどの症状を伝えられる。鼻先がもがれて軟骨が完全になくなっているのは、原因がはっきり分からない。外的な力による損傷なのか、体内の感染症からなのか。
特に問題だったのが、赤血球数の減少がはげしかったこと。極度の貧血状態にあり、先生に勧められて輸血をしてもらい、そのまま入院。歳は4歳から10歳くらいの間だろうと言われた。その年齢の幅の広さが、これまで生きのびてきた環境の過酷さを物語っている。
僕が川っぷちで会ったOさんは、そうしたなかで旦那さんと連絡を取り、保護猫としてのちに「しーちゃん」と呼ばれるその猫を受け入れる覚悟を決めた。
そのまま数日間入院し、退院。Oさんらに大切に面倒をみてもらい、少しずつだけど体重も増えてきた。そうして彼女からときどきしーちゃんの写メがスマホに届く。
あるとき、彼女からまた手術をすることになったという連絡がきた。栄養状態が改善して全身の体毛が伸びてきたのだけど、シッポだけまったく毛が伸びないので動物病院で診てもらったらシッポが壊死していると言われたのだ。
原因は、シッポの根元に輪ゴムかタコ糸のようなものできつく縛られていた跡があったことから、そのせいでシッポが壊死していたのだろうと。骨には異常がなかったので、レントゲン検査では気がつかなかったらしい。
そして、壊死したシッポを切断することに。赤血球数がまだ回復していないので、切断手術後には強度の貧血を再発した。いやはやニャンとも大変である。
シッポが切断されてなくなり、手術のためにお尻のまわりの毛をすっかり刈り取られたしーちゃんの写真が送られてきたときは、なんとも言えない気持になった。
輪ゴムだかタコ糸だか分からないが、誰が何のためにそんな悪さをしたのか、強い怒りが沸く。
振り返って思うのは、もしこの猫が人間に強い警戒感を持っていて人に近づくことなどなかったら、こんな酷い目に遭わされることはなかったんじゃないかということ。
ただ一方で、人懐っこくなければ、あの日、彼女と僕に動物病院に連れて行かれることもなく、その後、保護猫として引き取られることもなかったのだが。
ノラの一生は厳しく、複雑。とにかく少しずつでも元気になって、何とか生き続けて欲しいと思っている。




